10. 宣戦布告
ストックが切れたので毎日更新できません。
あと数話で完結なのですが……。
広間に領兵が入ってきた。入れ替わるように非戦闘員が退室する。
私やアレン、トールなど戦えない関係者は、王都から来た騎士や兵士たちが次々と剣を取り上げられていくのを横目で見ながら退室していく。
本当は終わるのを見ていたかったけれど、陽が完全に暮れる前にやることは色々あるのだ。
「関所は?」
広間の外に伝令が待機していた。
「侯爵家側、制圧完了です。攻城戦部隊出発しております」
「男爵家側、制圧完了しました」
報告を聞きながら厩に向かう。
「順調みたいね」
国替えはカルヴェント子爵家と二つの男爵家だけでも良かった。
でもクラメンドル侯爵領も元はイルターニア帝国の領地だった。
だから――――奪ってしまおうと決めたのだ。どうせなら手土産は多い方が良い。
ロナヴィエル王国では何度も煮え湯を飲まされた。行き掛けの駄賃代わりに奪っても許されると思う。
侯爵家の居城を攻撃する部隊は、大き目の隊商を装って進む。明日の夜か、明後日の朝には城に到着して制圧する予定になっている。
――問題は城を死守することよね。
平時に建てられた居住性を優先させた城は籠城戦に向いていない。攻めるは易いが守るは難い。城を取り返しにくる軍がなければ、戦いにはならないけれど。
侯爵領にある二つの城塞都市は、市庁舎と兵舎を強襲――と言っても大した武力はないから、数倍の軍勢で押さえる。カルヴェント子爵領から半日ほどで到着可能な都市は今夜、もう一つの侯爵領でも王都寄りの方は居城襲撃の前夜に決行予定だった。既に隊商などに化けて人の配備は終わっている。複数の宿に分かれて泊っているから、さほど不審に思われていないだろう。仕入れのために十日や半月ほど滞在する商人も少なくない。
侯爵家の居城、城塞都市と順調に制圧した後は領境に陣を張り戦争に備える。前線を担う部隊は、明日の早朝に子爵領を出発予定だ。
「既に準備は終わっているのね」
厩の前には、騎士二十人が待機済みだった。兵装を整え馬を脇に従えている。
その脇では頑丈な作りの箱馬車に馬がつけられ、移動するところだった。広間で制圧した騎士たちを連れて行くためのものだった。
彼らは領主館から少し離れたところにある兵舎の地下に作られた牢に収容される。
この時のために自領の兵力を増強し、ヘルンヴァール辺境伯家の兵を受け入れてきた。独立後は国境線を挟んで緊張が続くはずだから、一時の需要では終わらない。
「なんだ、ここにいたのか」
「旦那様のお見送りに」
馬車を見送っていたら、背後から声がかかる。
攻城戦の指揮官はエイレンだ。本隊は既に出陣しているけれど、歩兵や荷馬車を含めた編成だから歩みは遅い。騎馬なら一刻や二刻ほどの遅れがあっても、あっという間に追い付くのだ。
「気を付けて」
「ああ、戦場と言っても侯爵の居城を落とすだけだから大したことはないな。どちらかというと領地を掌握する方が大変そうだ」
「有能な助っ人がいるじゃない」
トール以外にも戦略史研の卒業生が応援にかけつけてくれている。ロナヴィエル王国とは隣接していない国出身の、同じく法学者であり、母国で実家の領地経営や法律顧問をしていた人だ。「面白そうだな!」の一言で遠路はるばる来てくれた。制圧直後から重要書類を押さえて、業務の移管を速やかに行う予定。
エイレンは制圧した居城を維持する方に注力する。その昔住んでいた籠城戦も可能な城から、居住性を重視した城に移り住んだから攻撃するのは易いが、占拠し続けるのは難しいのだ。
古い方の城も手入れはしているらしいから、場合によっては拠点を移すと言っていた。
ただ現在の居城は、前線と想定される王都側の領境から半日ほどの距離にあり、連携を取るには良い立地らしい。古い城の方は侯爵領の中央よりカルヴェント子爵領に近い場所にある。前線との間で伝令を走らせるには少々遠すぎた。
「無理はしないで」
「ああ、約束する。絶対、無事に帰ってくるから」
「待ってる。でもあんまり遅いと迎えに行ってしまうかもしれないわ」
「それは困る……。ネルドートにさっさと終わらせろって言っておくよ」
ヘルンヴァール辺境伯家の三男の名を出す。今回の戦争で前線指揮を執る総大将だ。エイレンにとって従兄弟であり義理の兄でもある。アカデメイアで会ったフェルディオも一緒に出征するらしい。
「私からも伝えておくわ」
ロナヴィエル王国軍と剣を交えることになる前線部隊は、明朝、侯爵領に入る予定。
エイレンの指揮する部隊が侯爵家の居城を制圧すると同時に、隣接する常備軍の兵舎を押さえて露払いする。前線部隊が領内の行軍に支障が出ないようにするため、半日ほど時間差を作ったのだ。
「気を付けて……」
「ああ、四か月もあれば決着する。待っててくれ」
戦略史研での検討通りの予定を口にする。
冬の始まり……寒さが厳しくなるころに、兵站の問題で撤退するだろうという予測だった。もしロナヴィエル王国側が粘れば、春の農作業が始まる前まで戦線は維持されるだろう。
軽い抱擁の後、馬に乗った。
本当は口づけを交わしたかったけれど、さすがに家臣の前でそこまでできない。
馬上で軽く手を振ると、一気に駆けだした。
姿が見えなくなるまで、その場で見送るしかできない。
だけど感傷は一時的なもので、これからはやることが増える。気持ちを切り替えて広間に戻った。
* * *
城塞都市制圧の報は、起床時間より早くもたらされた。
更に二日後、侯爵家の居城占拠の報がエイレンから届いた。翌日には前線部隊が侯爵領の端に到着、展開したとの連絡が。
侯爵家の反対隣は伯爵領だ。元のカルヴェント子爵家の領軍より規模が大きいとはいえ、ヘルンヴァール辺境伯家とその縁戚の混成軍とは、規模も練度も圧倒的に違う。
こちら側への牽制と足止めのために軍を展開するだけだろうという予測通り、前線部隊から遅れること数日で到着したものの、偵察と陣地取りだけで、仕掛けてくる様子はないと報告があった。
エイレンは侯爵の居城制圧直後から、領の運営に必要な書類を押収して、速やかな領地の移行を進めている。私と結婚しなければ辺境伯軍の将官になる予定だったから、実は後方で書類仕事をしているより、前線に立ちたい気がする。そう思っていたら、フェルディオと一緒にイーヴァルの実家である男爵家を占拠し、一族を追放して領地を分捕ったと連絡があった。案の定で笑ってしまう。
どうせ王国軍の主力が来る前に鬱陶しい男爵家を一つ、羽虫を潰すような感覚で潰したのだろう。諸侯の軍は時間稼ぎをしているだけで、自分たちから仕掛ける気はない。
出征から一ヶ月半経過し、王国軍が領境に到着したと連絡が入った。
それまでに伯爵領をはじめ、近隣の諸侯軍も展開していたらしく総勢二千に上るらしい。
千対二千。
単純な算術なら数の有利は圧倒的に向こうだけれど、こちらの前線部隊は元の地形が有利な上に陣地形成済み。前に出るならともかく防衛戦であればこちらの方が有利な状況だった。
何より練度が違う。イルターニア王国とロナヴィエル王国の国境は百年以上続く平和な状態だったけれど、国内外を見回せば小競り合いや小さな国境線の移動は日常茶飯事で、ヘルンヴァール辺境伯軍も国内の戦場に何度も応援を送っている。真っ向からぶつかっても負けはしないだろう。双方の損耗が激しくなるのが目に見えているため、やらないだけで。
「少し涼しくなったかしら……?」
窓の外から見えるのは一面の金の海。小麦の収穫期直前だった。
エイレンが出征したのは初夏。強い日差しの中で背中を見送った。
「そろそろ開戦ね」
カルヴェント子爵家もヘルンヴァール辺境伯も領軍に農民はいない。でも王国軍は人数を嵩増しするために農民を動員している筈だ。
これ以上、膠着状態が続き農民を拘束し続けたら、収穫に間に合わないどころか来年への影響も大きい。
侯爵家の居城からは、早々に夫人と嫡男の妻子が実家に帰された。同時に女性使用人も家に戻されている。男性使用人は本人希望により残留組と退職組に分かれたと手紙にあった。
王宮からの使者――開戦のきっかけになった――と随伴の官吏も、領境に伯爵家の領軍が到着したときに解放済み。現在、子爵領に残っているのは護衛として来た騎士たちだけである。彼らは終戦まで留め置かれるか、捕虜交換になるまでここで監禁生活だ。




