09. 昼餐会
大広間に何列もの席が用意される。田舎の小貴族の屋敷には似つかわしくないほどの規模だった。
カルヴェント子爵家にとって不本意な相手とはいえ、歓待しない訳にもいかないのだ。
上座にはエイレンが座る。ローザを当主として認めずと通知されてしまったためだ。次席はアカデメイア学長代理のアレン、三席目に王都の使者と護衛隊長を務める近衛騎士と続く。 高位貴族の子息ばかりで固めているから、子爵家の当主家族より身分が高く、席次が高いのが当然ということだろう。
ローザの方は家臣や領軍の幹部たちと別テーブルだ。敢えて隅の方に座ったのは、荒事が起きる前に避難できるように。穏やかに晩餐が終わるとは、カルヴェント子爵家側の誰もが思っていない。
隣のテーブルは王都から来た一行の護衛が二個小隊。
――まるで葬儀の席みたいね。
ちらりとエイレンの座るテーブルを見る。
使者の顔色は悪く、護衛の近衛騎士たちは不機嫌そうで、誰もが黙して食事を進めていた。逆にローザたちのテーブルは、遠慮して小声ではあるが、和気あいあいとしてとても楽しい。あっという間に出された食事を終えて、食後のお茶を堪能した。
「では、私はお先に失礼します――」
食事の後は酒の入った少々猥雑な宴会に雪崩れ込む。特に騎士の割合が多い晩餐の後は羽目を外す者が多く、女性にとっては不愉快な時間になりやすい。だから女性陣は若い令嬢だけでなく、年配の女性も含めて全員が早々に退出する。
のだが……。
「酌の一つもしないのか?」
ローザの前に足を突き出しながら、近衛騎士がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。周囲の騎士たちも同じような、イヤラシイ目つきだった。
――性質の悪い。
実家が高位貴族であるとか、近衛騎士団でそれなりの地位にいるとか、そういった飾りのお陰で偉いのは、剣を頼りとする騎士としてどうなのだろう。護衛として付いてきてはいるけれど、その全員が領兵の誰よりも弱そうだ。
――足を斬り落としても良いかしら?
突き出された足をまじまじと見ながら悩む。結婚してから護身術として剣を習い始めた。
このまま壁に飾られた剣を抜いても許される気がしてきた。
「妻を酒場の女と同列に扱うような家ではありません」
エイレンが冷ややかに、酔った騎士を牽制する。
「たかが子爵の癖に」
「高位貴族なら、無料で女を侍らそうなんて吝嗇な真似が恥ずかしいと知るべきだな。少なくとも実家の辺境伯家ではそうだった」
爵位を嵩にきた相手には、同じように爵位で返す。エイレンの言うところの実家は、形ばかり養子に入った本家を言うが、相対する者たちが気付く様子はない。
そもそも出自も碌に調べてなさそうだ。
「ところで――」
騎士たちの煽りを聞き流しつつ、話を変えた。
「ロナヴィエル王国の騎士は、他国でも無礼を働くのが基本姿勢なのか?」
「確かにどこの国かわからん雛だがな、一応はこの国の子爵家だぞ、小僧」
言い返す騎士に同調して、ほかの騎士たちもゲラゲラ笑う。
「いや、カルヴェントの直系を当主と認めず、夫の俺が当主になった時点で、自動的にイルターニア帝国の領地だ。そういう前例があってね。今回とは逆にイルターニア帝国の貴族家が、ロナヴィエル王国出身の婿を当主の座に据えた結果なんだが」
そこまで言って一拍置く。
説明前の溜めを作ることで、注目させる手法だ。アカデメイアの教えは実戦でも役に立つ。
「百五十年前に起きた国替え事例。主役はクラメンドル侯爵家って言うんだが」
さらりとカルヴェント子爵家の元寄り親の家名を出した。
直後、広間に緊張が走った。
かの家は遠い親戚に当たる。もっとも互いに親戚という意識がないほど、何代も前に侯爵家を離れた子女が興したのが我が家だ。
エイレンは気付かない振りをして、話を続ける。
「国家間の仲裁を専門とする法学者が仲裁に入った記録があるんだ」
わざともったいぶって一拍置く。
「今回も同様に、イルターニア帝国出身者が当主になったため、国替えが妥当と判断した」
「――!!」
王家の使者の顔から血の気が引いて真っ青になった。
今でこそロナヴィエル王国とイルターニア帝国の関係は良好だが、当時は一気に関係が悪化し険悪になった。領土を奪われる結果になった帝国が矛を収めた結果、戦争まで発展しなかっただけで。
その後、小さな小競り合いが頻発した。時のクラメンドル侯爵は、交通の便が悪く滋味豊かとはいえない土地を、分家に与えて独立した領として面倒ごと押し付けた。結果、現在のカルヴェント子爵家のほか、二つの男爵家が分家として独立したのだ。
使者が不勉強なら、そういった経緯を知らず「痴れたことを……」と言い返したのかもしれない。
でもこの地方の郷土史を多少は齧っていたらしい。エイレンの言葉を史実だと理解している様子だ。多少、護衛を務める騎士たちより勤勉みたいだった。
「そもそも国王陛下の認められた当主と婚姻の、どちらもを無効にする権限が、立太子もしていない第一王子にあると思っているのが、おかしいと思いませんか?」
本音の見えない貴族的な笑みを貼り付けながら使者を追い詰めていく。実際、私とエイレンの婚姻は、二か国の君主が認めた正当なもの。国王が自身の決定を覆してもいないのに、王子如きがあれこれケチをつけるのはお門違い。
「ついでに言えば、愛人を得るのもお兄ちゃま頼りの、情けない第二王子もどうなんだろうな?」
エイレンが煽る。自分の妻を無理矢理召し上げようとしたのが業腹らしい。
王都からローザを召し抱える勅旨が複数回届いているが、最初は第二王子の署名だった。何度も突き返していたら、四度目から第一王子に変わり、五度目の今回、伝令だけでなく使者が迎えに来たのだ。
「改めて言う。我々の婚姻はロナヴィエルの国王とイルターニア皇帝が認めたものだ。王子如きが横槍を入れられるもんじゃない。ついでに使者が派遣される以前に、当主を交代している。そんな訳で実は既に俺が当主なんだ」
言い終えたエイレンが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「王宮の夜会の翌日、第一王子から社交の禁止と王都からの退去をご命令された直後に手続きした」
審査があるから即日の回答にはならない。
だけれど学園で知ったローザの名を、そのまま確認しない雑な第二王子と、弟に泣きつかれて面倒臭そうに勅旨を書いただけの第一王子は、改名後の正式な名前を確認することをしなかった。
当然ながら勅旨はすべて無効なものだ。例え国王の認可があったとしても。存在しない者に対する命令が有効である訳がない。
だがカルヴェント子爵としての申請は、正しい名前で行われているから有効なのだ。申請の三日後、王都の屋敷に届けられた受理と手続き完了の知らせは、早馬で領地に届けられた。
実は使者が来るより以前に、子爵領はとっくにイルターニア帝国の地になっていたのだった。
「飛び地を守るのはどうなんだろうな!」
使者よりも早く我に返った騎士が吠える。
負け犬の遠吠えに似たその指摘は正しい。使者の認識が子爵領とイルターニア帝国の間には男爵領が間にあると思い込んでいるのなら。
「何の対策もしていないと――?」
エイレンが笑みを深める。
「既に二つの男爵家が、後継者不足を理由に子爵家に吸収されている。意味はわかるな?」
どこの、とは言わずとも国境に接している男爵家というのは、話の流れから理解できる。カルヴェント子爵領はイルターニア帝国の飛び地ではなく隣接地域になったのだ。第二王子は私には執着しても、カルヴェント子爵家には何の興味も持たなかったらしい。男爵家の編入も、きちんと手続きを終えているのに、気付きもしなかった。
うらびれた鄙の領地と侮っていたのに、国替えという特大のしっぺ返し。たかだか下位貴族が三家離反しても、元の領地が小さいから国への影響は非常に小さい。
とはいえ王家の面子は丸つぶれだ。
そもそも――男爵家がカルヴェント子爵家に編入したのは何年も前の話だ。こちらも中央で気づかれないように手を打っているから、注視していなければわからなかっただろうが。
「貴様ら――!」
使者の護衛たち――ロナヴィエル王国の近衛騎士が一斉に剣を抜くが、それよりも早くローザと同じテーブルについていた領兵たちが剣を抜いた。
軍人になるべく鍛えていたエイレンも、使い込んだ剣を抜いている。
というより真っ先に剣を抜き、一行の責任者の首元に剣先を決めていた。
学者の家に生まれたアカデメイア育ちのアレンを始め、足手まといになりそうな者たちが争いから距離を置くように、広間の端に寄る。
「帝国は戦争を望んでいるようだな」
「否? 妻を守る一番円満なやり方だが?」
「言うに事欠いて!」
「カルヴェント子爵の言葉は正しいですよ」
中央に歩きながら、一人の文官が話し始める。
「既に前例がありますからね。国際法上、正しい行動となります。当時のロナヴィエル国王が同様の事例があれば、領主が同じように国替えするのを保証した記録もあります」
前子爵と同じ年ごろの細身の男だった。
「私、法学者のトールと申します。ゼルウィカ王国にて禄を食むものですが、後輩の危機と聞いて馳せ参じました。休職しておりますから、個人の立場ですよ」
イルターニア帝国とは反対にあるロナヴィエルの隣国から来たと名乗った。国から正式に派遣されたのではないと付け加えるのは、国同士の軋轢を考慮したのだろう。
法学者からの説明を受け、王族の使者だけでなく騎士までもが王国の不利を悟った。「明朝、できるだけ早く王都に帰還して報告せねば」と思ったのが、手に取るようにわかった。
だが彼らの目論見は裏切られ、しばらく辺境に留め置かれるのは、私たちの書いた台本通りだった。
――王家からの使者一行の蛮行を、イルターニア帝国は宣戦布告であり、武力による恣意行為だと判断――
この言葉により、ロナヴィエル王国側からの武力攻撃によるイルターニア帝国との戦争が始まった。




