第77話 晩餐会
無事に建国祭が終わったその日の夕方。
王城では少し早めの晩餐会が開かれていた。
参加者はゼスを筆頭にアイザック、マクシミリアン、ケイラス、ミアの五人。
広間の中央に設置された巨大なラウンドテーブルで食卓を囲んでいる。
「やっぱりこの料理はピーターが作ったのか」
「はい。腕によりをかけて準備しました!」
コースも中盤に差し掛かった頃。
料理を並べに現れたピーターに、ゼスは笑いかける。
「そういえばフローラさんは? 今日見かけてないけど」
「姉さんは今頃、街中で引っ張りだこになっていると思います。はしゃいで怪我をした人や、呑み過ぎた人なんかで溢れかえっていますから」
「そっか、大変だね……」
周囲がお祭り騒ぎだからこそ、《治癒》持ちのフローラは馬鹿騒ぎするわけにはいかないらしい。
「それに……あ、いえ、それでは失礼します」
「? うん、ありがとう」
何かを言いかけたピーターだが、慌てて口を閉ざすと、逃げるように隣の配膳へと移っていった。
「しかし今日は本当に良い経験をさせていただきました。まさかあの大樹海がこれほど見事に発展しているとは。ゼス陛下の手腕は見事ですね」
「戴冠式でも申したとおり、俺は何もしてないですよ」
「ご謙遜を。私たち公国も、精進しなければ」
ちょうど向かい側に座るマクシミリアンはしみじみと語る。
長い間雪に覆われていた公都の街並みは、お世辞にも発展しているとは言い難い。
大樹海の中で発展を遂げた王都ユグシルを見て、彼自身思うところがあるのだろう。
噛み締めるように言葉を紡いだマクシミリアンに、隣でワインを呷るアイザックが突っかかる。
「その必要はないのではないか?」
「……アイザック陛下。それはどう言う意味でしょう」
「遠い昔、エグリス帝国の栄光ある貴族の一人が、辺境ゆえにまともな支援を受けられぬ窮状に悩み、自治を求めて独立した」
グラスをそっとテーブルに置き、意味ありげな笑みを刻みながら続ける。
「帝国はそれを阻止せんとしたが、天の差配と呼ぶべき吹雪により撤退を余儀なくされ、以降、その地は年中降り続ける雪により外界と隔絶されることで独立国としての歴史を保ち続けた」
広間に響いていた食器の触れ合う音が途絶える。
どこか緊張感のあるやり取りに、誰もが手を止めていた。
「んっ、これもおいしい」
……否。教皇猊下の名代であるミアだけは、食器の音を立てることなく静かに食事を楽しんでいる。
「それは他でもない我が国の歴史ですが……、それでアイザック陛下は何を仰りたいのでしょう」
「なに、公国を囲んでいたあの吹雪が消失したとの報告を受けたのでな。せっかくの機会に、余から一つ提案をしようと思ったまでのこと」
「提案?」
「余が皇帝である以上、帝国民の幸福は義務である。ゆえにかつてのように辺境だからと見捨てることもすまい。どうだ、帝国へ帰属するというのは」
何に臆することもなく、アイザックは不敵な笑みを浮かべて言い切る。
対するマクシミリアンもまた、毅然とした態度で応じる。
「一考の余地さえないお話です」
「果たしてそうだろうか。そなたが自国の将来を憂うのなら、帝国に組み込んだ方が良いだろう」
「私が憂いているのは自国の将来ではなく、これまでの過去。我が公国の未来は今、明るく照らされております」
「……ふむ。しかしそう強情な態度で良いのか?」
アイザックの声に冷たさが宿る。
「吹雪なき今、我ら帝国をもってすればそなたの国を落とすことなど容易だぞ」
「――ッ、それは、宣戦布告ということでしょうか」
「そこまでにしていただこう」
緊張感が最高潮に達したところで、ゼスは鋭い声を発した。
二人の視線がゼスへ向き、料理に舌鼓を打っていたミアも手を止めて顔を上げる。
一同の視線が集まる中、ゼスはアイザックへ告げる。
「ここは懇親を深める場所。いかにアイザック陛下といえど、その場を掻き乱すような真似はお控えいただきたい。それに」
そこで言葉を区切り、今度はマクシミリアンを見つめる。
「公国は帝国の力がなくとも、十分に素敵で幸せなところですよ」
「ゼス陛下……」
マクシミリアンが感激した様子で目を見開く。
対するアイザックは閉口し、その黄金の瞳でジッとゼスを見つめる。
「あ、ええと……」
鋭い眼差しを浴びて、ゼスははたと気付く。
(これって帝国に喧嘩売っちゃったことになるのか? いやでも、流石にあの状況を止めないわけにもいかないし……!)
内心で頭を抱える中、アイザックはこの晩餐会が始まってからというもの沈黙を保ち続けるケイラスを向く。
「ケイラス殿はどう思う?」
「ッ、は?」
「そなたは余とゼス殿、どちらの肩を持つ」
「それは……」
突然の大胆な問いにケイラスは困ったように視線を彷徨わせ、伏し目がちに答える。
「我がアークライト王国は、大陸の安寧を願うばかりです」
「ふむ……では教国はどうか」
次いで話を振られたミアは、ゆっくりとまばたきをして、悩むことなく答える。
「教国は、救世主様をあらゆる面で後押しする」
「ふははっ、なるほどなるほど、やはりあの日感じた通りだな!」
相手にされなかったのにも関わらず、アイザックは愉快そうに膝を叩き、青年らしい無邪気な笑みを向けてくる。
「ゼス殿、そなたはまさにこの大陸の特異点だな! 歴史も何もない国の長が、この大陸の勢力図を書き換えた。帝国や教国ではない、今後大陸はそなたを中心に回っていくだろう!」
「……もしかして、アイザック陛下は現状を把握するために挑発するような真似を?」
アイザックの態度に引っ掛かりを覚え、その可能性に思い至る。
これまでは四カ国によって形成されてきた大陸の勢力図に、オルサ王国が加わったことで、どのような変化を遂げるか。
それを確かめるためだけに、マクシミリアンを挑発し、それに対する諸国の反応を見る。
(だとしても大胆だし、危ない橋だ。下手をすればそのまま戦争に発展することだってあり得るのに。……でも、アイザック陛下ならやりかねない)
疑惑の目に、しかしアイザックはふっと笑う。
「ゼス殿の考えすぎだな。余はただ、帝国の国益を考えただけのこと。しかし些か不躾ではあった。マクシミリアン殿、気を悪くしないでくれ」
「……いえ、こちらこそ」
公国を巡るやりとりはひとまずの着地を見せ、ゼスはほっと胸を撫で下ろす。
こうして、晩餐会は多少殺伐としながらも、今後の五カ国の立場と力関係を占う形で幕を閉じた。
◆ ◆ ◆
「はぁ〜〜〜つかれたぁああああ!」
晩餐会を終え、自室へと戻ったゼス。
式典用の外衣と礼服を脱ぎ、いつもの服へと着替えるや否や、ベッドに倒れ込む。
「アイザック陛下は相変わらず怖い人だ。マクシミリアン陛下が天候を操れなかったら、危なかったかも……」
あの場では話さなかったことだが、仮に帝国が攻めてきても、マクシミリアンは天候を操る神遺物、『天穹剣』でいつでも以前の状態にすることができる。
しかしそこまで話してしまえば、晩餐会の場に収まらない事態になっていたかもしれない。
アイザックにもまた皇帝としての自負とプライドがある。
ベッドの上で寝返りをうち、仰向けになったまま顎を上げて窓を見る。
日の出前から始まった一日だったが、すでに外は暗くなっている。
しかし、遠くが微かに明るいのは、いまだ祭りを楽しむ王都の明かりが漏れているからだろう。
「仕方ないことだけど、俺も混ざりたかったな」
行進の最中、楽しげにする人たちを見て羨ましく思わなかったといえば嘘になる。
しかしもう、そんな身勝手を許される立場でないことも理解していた。
今日はこのまま眠ってしまおう。
そう思った時だった。
「! ユグシル、ハク」
扉が開いたかと思えば、ユグシルとハクが現れた。
「ガルゥ、ガルガルゥ」
「ちょ、どうしたのさ」
ベッドに寝転がるゼスに突っ込んできたハクは、そのまま服の裾を咥え、ぐいぐいと引っ張り上げる。
たまらず起き上がったゼスへ、ユグシルが悪戯っぽい笑みを浮かべて告げる。
「ゼス、少し来て欲しい」




