第78話 みんなと
「これって……」
ユグシルたちに連れ出されて向かったのは、王城のすぐ目の前にある広場だった。
昼間は大勢の人たちでごった返していたその場所には、普段は設置されていない明かりがいくつも置かれ、昼間のような明るさが確保されている。
そして何よりも目に留まるのが、広場に並べられたテーブルと椅子の数々。
「ゼスはここに座って」
「それはいいけど、これは一体なに?」
「いいから座って」
「わ、わかったって……」
有無を言わさぬユグシルの言葉に、案内された椅子に大人しく腰を下ろす。
すると――。
「っ! ユグシル……!?」
「そのままいいって言うまで目を瞑ってて」
突然後ろからユグシルに目を手で覆われた。
抵抗しようとするも、相変わらず強引に言われ、されるがままに目を瞑る。
(……なんだか、すごい物音が聞こえる……)
少しの間そうして視界を奪われ続け、唐突に目を覆う手が離れた。
「ゼス、開けて大丈夫」
「……はぁ、一体なんだったん――」
目を開いた瞬間、ゼスの視界を花びらが埋め尽くす。
「「「「「ゼス様! 誕生日おめでとうございます!!」」」」」
「……えっ」
誰もいなかったはずの広場には、大勢の人が集っていた。
彼らの手には花びらが詰め込まれた籠。
そこから掬い上げた花びらを、祝福の言葉と共にゼスへと振りかけてくる。
「今日ですよね、ゼス様のお誕生日は」
「ロバート……」
すぐ傍に現れたロバートが、にこやかに微笑みながら声をかけてくる。
(そうだ、建国祭で頭がいっぱいですっかり忘れてた)
周囲の声でようやく思い出したゼスへ、背後にいるユグシルが囁く。
「ゼスの誕生日、ロバートが教えてくれた。だからこうしてお祝いすることができた」
「シルちゃんったら、どうして教えてくれないんだぁって怒ってたのよ?」
「別に怒ってない」
ディーネの告げ口にユグシルはむすぅと頬を膨らませる。
改めて周囲を見回すと、決して狭くはない広場いっぱいに人が集まっている。
これだけの人が自分の誕生日を祝ってくれていることに、ようやく理解と感情が追いつく。
胸の中にじぃんと沁み入るものを感じながら、ゼスは口を開く。
「みんなありふぁ、ぶっ、ぼっ、み、みんなの気持ちは伝わったから、もう花は大丈ぶっ」
今なお振りかけられる花びらに、顔が埋め尽くされ、開いた口の中にまで侵入してくる。
危うく窒息しそうになったゼスの姿に、花びらの雨は収まった。
「大丈夫ですか? ゼスさん」
「フローラさん。これぐらい大丈夫――」
ごほごほと咳き込むゼスに、《治癒》をかけてくれるのは、桃髪エルフの少女フローラだ。
このぐらいのことで心から心配してくれるのは、なんとも彼女らしい。
そう思ったところで、晩餐会でピーターが何かを言いかけていたことを思い出した。
「そっか、ピーターはこの準備のことを隠したのか」
「ええ、そうです。あの時は口が滑りそうになって焦りました」
フローラの後ろから現れたピーターが、照れ笑いを浮かべる。
そうして姉弟が揃ったところで、二人は改めてゼスへ笑いかけた。
「ゼスさん、改めてお誕生日おめでとうございます」
「二人とも本当にありがと――ぶげっ!?」
二人に体を向けたことが災いしたのか、無防備になった懐にとてつもない衝撃が加わり、肺から空気が押し出される。
視線を落とすと茶色の毛並みに狼耳がぐりぐりと押し付けられていた。
「ソニア、いくらなんでも勢いが良すぎるって」
ゼスの声も虚しく、ガバッと顔を上げたソニアは満面の笑顔で話し出す。
「主様! お誕生日おめでとう!! あたし、今日一日偉かったでしょ!? ずっと主様の周りでけいご? してた!」
「うんうん、戴冠式の時もちゃんと仕事してたもんね。偉い偉い。それにありがとう」
「えへへ〜! あたし偉い〜!」
飛び込まれた衝撃で胸はヒリヒリとするが、悪気がないことはわかっているので、褒めることに集中する。
その後も続々と、広場に集った面々から改めての祝福の言葉を受け取る。
「ぬぉお今日は大層めでたい! ゼス殿の戴冠に、誕生日とは! こりゃあ呑むぞぉ!!」
「長は呑みたいだけじゃねえのか」
「何を申すか!! ゼス殿と出会ってから、この日をどれだけ夢見てきたことかぁ!」
「もう! 呑むのはいいですけど、また倒れないでくださいよ!」
身の丈ほどの樽を持ち上げ、豪快に酒を呷るララドを、フローラが嗜める。
傍ではエルフ族たちが呆れ混じりに眺め、獣人族はやんややんやと囃し立てる。
笑い声と叫び声、そして僅かばかりの叱声が広場に飛び交う。
その光景を眺めながら、ゼスはお祝いに現れた街の人たちから渡された肉串やパン、シチューを頬張る。
「晩餐会の後なのにいくらでも食べられるなぁ」
「どれ、我にも少し食べさせよ」
霊石が瞬き、フリルが現界する。
肉串を差し出すと、器用に食べ始めた。
「うむ、美味であるな」
「珍しいね、フリルが何もない時に出てくるなんて」
普段は霊石の中に留まっているフリルが現界する時は、大抵がゼスに危険が迫っている時だった。
ゼスの言葉に、フリルはふんすと鼻を鳴らす。
「なに、あまりにも楽しそうであったからな。我もその空気を直に味わいたくなったのだ。そなたもそうであっただろう?」
「……うん、そうだね」
建国祭で王都を見て回りながら、この空気の中に飛び込みたいと思っていた。
ずっと胸元の霊石にいたフリルにはお見通しだったらしい。
そして、そのことを見抜いていた人がもう一人。
「きっとゼスのことだから、そうだろうと思った」
「ユグシル」
「だからゼスの誕生日を祝うのは、建国祭が終わった後。王様としての務めが済んでからにした」
「俺のこと見抜かれすぎててちょっと複雑だなぁ……」
照れるゼスに、ユグシルは微笑む。
「ゼスのこと、ずっと見てるから」
「えっ?」
「私だけじゃない。フリルもディーネも、他のみんなも、ゼスのことを見てる」
「――――」
ふと広場へ視線を戻せば、フローラやピーター、ララドやジージジ、その他大勢の人たちと目が合う。
そしてみんなが笑顔を返してくれる。
(前世では家族を早くに亡くして、今世でも家族に見放されてた俺が、こんな大勢の人たちに支えられて、見守られるなんて……)
「俺は本当、幸せ者だな。でもだからこそ、この幸せをみんなにも返さないと」
この国は始まったばかり。
大樹海の浄化だって残っている。
これから先やらないといけないことは増えていく。
きっと困難なことにも直面するだろう。
でも、今のゼスに不安はなかった。
この最高の仲間たちと一緒なら、きっとどんなことだってできる。
一向に納まることのない笑い声の中、ゼスはそう確信するのだった。
これにて四章完結となります!
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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