第76話 戴冠式
聖堂での一連の儀式が終わる頃には、すでに陽が昇っていた。
聖堂内で儀式に参列していた人々は、そのまま列をなし、聖堂の外へと出る。
そして、オルサ王国の親衛隊に誘導されながら、大樹と王城を囲う壁の外へと向かった。
「ゼス、どうだった?」
「わたくしたちのこと、見直したんじゃない?」
建国祭の参加者たちで整然とした列を形成する中、自由気ままにふわふわと空中を漂い、ユグシルとディーネがゼスの元へ現れる。
「見直すも何も、俺の認識は変わらないよ。君たちがいてくれて本当に頼もしいよ」
「その割には、私を遠ざけようとするけど」
「いやそれとこれとは話が別というか」
「ふふっ、シルちゃんは照れてるのよね〜」
「照れてない」
先ほどまでの大精霊らしい厳かで神聖な姿はどこへやら。
こうして言い合う二人はどこにでもいる町娘のように見える。
「二人もこれからの行進に付き合ってくれるんだっけ」
「そう。この後の戴冠式まで、やることはないから」
「この街をみんなで一緒になって歩き回るなんて、楽しそうな行事、参加するに決まってるわ」
精霊による国土への祝福の次は、国民からの承認。
建国祭においてそれは、王自身が街中を進み、国民の視線を集める行進になる。
アークライト王国やエグリス帝国では馬車に乗って街中を移動するが、王都ユグシルは徒歩で事足りる広さだ。
それに自分の足で歩いた方が、王都の街並みや人々の声をより味わうことができる。
そんなゼスの意向もあって、これからの行進は徒歩で行われることとなった。
「いやぁ、楽しみです。大樹海に築かれた都市を見るのは。昨日、こちらへ来た際の移動中に少し拝見した程度なので」
隊列の中央にゼスを初めとした諸国の長とそれに連なる者が集められ、マクシミリアンが浮かれた様子で言う。
それに微笑み返しつつ、視界の隅にミアやアイザック、そしてケイラスを捉えながら、いよいよ隊列が動き出した。
王城を囲う石壁。その出入り口が近付くにつれて、人々の声が聞こえてくる。
そして――。
「うぁあああ! ゼス様ぁあああ!!」
「オルサ王国ばんざぁあい!!」
「――――」
石壁を抜け、正面の広場に出るや否や、圧倒的なまでの歓声がゼスたちを襲った。
まだ早朝だというのに沿道に集まった多くの人たち。
その顔一人一人に見覚えがある。
共に、この大樹海を切り開いてきた仲間である同胞だ。
「これは……」
「ふははっ、この余を持ってしても、これだけの歓声はそう浴びることはない。車体越しではなく、こうして体を晒しているからか? ……いいや、そうではあるまい」
「救世主様の……ゼス陛下の、人徳」
この歓迎の歓声を前に、ゼスが国民からの信頼され、長としての承認を得ていることに疑いを持つ者はいない。
最早パレードの主目的は果たされたが、様式美を兼ねているため、行程はこのまま進められる。
街中の大通りを練り歩いていく。
沿道沿いの建物同士を結ぶようにして中空に渡されたガーランドが、ただの道を華やかに飾り立てる。
随所に出店が構えられ、鼻腔をくすぐる食べ物の香りはまさに祭りといった賑わい。
「あの旗ってどこのだ?」
「あれはエグリス帝国のだよ。隣のはコルド公国。で、あれがアークライト王国に、神聖セレスティア教国」
「おいおい、大陸中の国が来てるってことか?」
「ああそうさ、この場所が……この国が認められたってことだよ」
ふと、自分の名を呼ぶ大歓声に紛れて、そんな会話が耳に飛び込んでくる。
声のした方を見ると、隊列に掲げられた旗を指差して、嬉しそうに噛み締める人々の姿があった。
これもまた、行進の目的の一つ。
他国の要人たちと共に民たちへ姿を見せることで、他国との繋がりを国民たちに広く知らしめる。
(今までは一方的な宣言で建国を主張していたわけだけど、今日からは違う。諸国に認められ、本当の意味でオルサ王国が建国するんだ)
◆ ◆ ◆
王都中を練り歩いての行進が終わり、再び王城に戻ってくる頃には時刻は昼前になっていた。
休憩を兼ねて、ゼスや国賓たちはそれぞれ個室で軽食をとる。
そしていよいよ建国祭の締めくくり。
オルサ王国建国に向けての、最後の儀式ダッシュ戴冠式が行われる。
中央を縦断するように真紅の絨毯が敷かれた大広間。
その最奥の高座に設置された玉座。
この王城において最も不可侵の聖域たる王の間にて、王の任命がなされる。
聖堂での儀式と同様に、最後に王の間に入室するのはゼスだ。
重厚な大扉の傍に立つソニアが、先ほどから話しかけたそうにそわそわとしている。
だが、すっかり彼女の補佐役となったエルフ族のセグウィンの目もあってか、なんとか踏みとどまっていた。
そして、ソニアらしい元気のいい紹介が行われる。
「オルサ王国国王、ゼス陛下、ご入場ぉおお――!」
真紅の絨毯の両脇に並び立つ面々の視線を一身に浴びながら、ゼスは王の間の最奥へ向かう。
そして、玉座へ上がる階段の袂で立ち止まり、玉座の両脇に立つユグシルとディーネを見上げる。
二人は小さく笑うと、ゼスの背後に集まった国賓や廷臣たちに向けて問いを投げた。
「この者が、この地を治めることに異議のある人はいる?」
「それとも、彼が王になることを認めるかしら?」
二人の大精霊から放たれた問いに、まずは廷臣たちが叫ぶ。
「異議なし!」
「ゼス様こそ、この地を治めるに相応しいお方!」
次いで国賓たちが、新たな王の誕生に賛同していく。
「エグリス帝国皇帝アイザック・フルード=エグリスは、その者を歓迎しよう」
「私、コルド公国公王マクシミリアン・コルドも賛同いたします」
「……アークライト王国国王ケイラス・アークライトも、異議はない」
「神聖セレスティア教国アラスター・アリンガム=セレス教皇猊下の名代として、新たな王を歓迎する」
行進によって得た国民たちの承認、そしてこの場に集った者たちからも承認を持って、すべての準備は整った。
ユグシルとディーネはお互いの顔を見て、こくりと頷き合う。
そして、眼下に佇むゼスへ向けて、ユグシルはゆっくりと口を開いた。
「ゼス。あなたはこの国と民を導き、王としてこの地を治める覚悟はある?」
それは先ほどの問いと同じく、「ある」と答えるためだけの形式的な問い。
だからゼスは何の迷いもなく、頷けばいい。
だが――。
「ゼス……?」
黙り込むゼスに、ユグシルは不思議そうにする。
背中に大勢の視線が突き刺さるのを感じながら、ゼスは躊躇いがちに口を開いた。
「……正直、国や民を導くことができるかって言うと、素直に頷ける気がしない」
「ぶふっ」
赤裸々な言葉にアイザックが吹き出す。
それに肩を竦めて、ゼスは続ける。
「今日の建国祭の準備も、俺はほとんど何もしていない。みんなのおかげだ。それは建国祭に限った話じゃない」
今日の行進で見て回った王都も、昨日訪ねた開拓地ディーネも街並みも。
ゼスがしたことはその発展ぶりに比べれば皆無に等しい。
正直なところを言えば、自分なんていなくてもなんとかなるとさえ思う。
「――でも」
そこで一度言葉を区切り、ゼスは目を瞑る。
そうして再び開く頃には、その目に強い決意を宿していた。
「みんなが俺のことを必要としてくれているのなら、俺はその期待に応えたい。それに約束したからね」
「約束……?」
「この地を一緒に変えていくってね」
「――――」
ゼスの言葉に、今度はユグシルが黙り込む。
それは森流しの刑で大樹海へ飛ばされ、行く当てもなく彷徨ってた時。
定住地を求めていたゼスと、大樹海を守ることを使命としていたユグシルが交わした約束。
『あなたもここにいて欲しい。私と一緒に、この地を変えて欲しい』
『いいよ』
視線を交わす二人の中で、あの日のやりとりが鮮明に蘇る。
「はいはい、つまり王様になる覚悟はあるってことで〜! ほら、シルちゃんッ」
ディーネがパンッと手を叩き、ユグシルへ目配せを送る。
それを受けてユグシルは弾かれたように動き出す。
玉座の上に置かれた本物の王冠。
それをそっと両手で持ち上げると、ふわりと舞うようにしてゼスの元へと降りていく。
翡翠色の瞳に見つめられ、ゼスは自然とその場に膝をつき、頭を差し出した。
「ゼス、あなたに王冠を授ける」
「謹んで拝領します」
ずっしりとした重みが頭の上にのし掛かる。
それは物理的な重みだけではない。
この王冠を戴いた瞬間に、ゼスは正統な王としてこの地に君臨したのだ。
王の間に喝采が湧き起こる。
そんな中ゆっくりと立ち上がったゼスは、玉座に座るよりも先にバルコニーへ向かった。
「うわっ、凄い人の数だ」
王城の目の前の広場に集まった群衆は、ゼスが初めてこの王城に足を踏み入れた時の比ではない。
王冠を戴いたゼスが姿を現すと、群衆たちの熱気と歓声が高まっていく。
「! あれは……」
ふと足元に影が落ち、反射的に顔を上げたゼスの視界の先。
雄大な青空に、無数の黒い点が飛び回っている。
その点はこちらへ徐々に近づき、そのシルエットがはっきりと浮かび上がった。
「ハクたちか……!」
顔を上げたゼスを不思議がった群衆たちもまた、空を飛び回る竜たちの姿に気付く。
王の間に集っていた国賓たちもまた、窓越しにその姿を捉えた。
そして――。
「ガルゥゥゥウウウウ!!」
大きな咆哮と共に竜たちが口を開き、その喉奥にエネルギーを収束させる。
そうして放たれた《竜の息吹》。
ハクを筆頭に、幾体もの竜たちによって空に放たれた火炎の渦は壮観の一言。
どこの国にも真似できない祝砲に国賓たちは唖然とし、国民たちは歓声を上げる。
「ハク、みんな……ありがとう」
戴冠式の熱狂は、まだしばらく続くのだった。




