第74話 国賓たち
開拓地ディーネの観光、もとい視察を終えて王都へと戻ったゼスたちは、王都内の交易所へ赴いていた。
交易所はすでにすごい人集りで、ロバートを始めとした文官たちの姿もある。
招待状を受け取るや否や、自力で大樹海に踏み入ったエグリス帝国皇帝アイザックというイレギュラーが存在したものの、アークライト王国との国境を除いて、大樹海はいまだ魔物が巣食う危険地帯。
大切な国賓たちにそんな場所を進ませるわけにいかない。
そのためゼスたちは、国賓の移動手段としてシルク商会の《交易路》を頼ることにしたのだ。
明日の建国祭を前に、国賓たちはこの王都へ前入りする手筈となっている。
すでに王都入りしているアイザックを除いて、順々に《交易路》を通じて転移してくるだろう。
ゼスはその出迎えのため、交易所に来たのだった。
「これはこれはゼス陛下!」
ゼスの到着に気付いたスターロードが、ハットを外しながらスマートに駆け寄ってくる。
「スターロードさん、今日はお願いします」
「! おや……?」
スターロードは目を丸くすると、すぐ傍に佇むロバートへ探るような視線を送る。
一連の仕草で彼が何を気にしているのか察したゼスは、苦笑混じりに口を開いた。
「ああ、口調のことでしたら、取り繕わないことにしたいんです」
スターロードとの最後の会話は、王の間で行った謁見だった。
あの時はロバートの提言でいかにも王らしい口調で接していた。
だが。
「そういう王だけでないことを知ったので」
コルド公国公王マクシミリアン。彼は親しみのある王だった。
彼のような人がいるのなら、自分のような若輩者が無理をする必要はない。
「ロバートは残念そうでしたけど」
ゼスのパスを受け、当のロバートも肩を竦める。
「私は王然と振る舞われるゼス様も、素晴らしいと思っていますが……想定外なことに、エグリス帝国皇帝やコルド公国公王との密接な交流が生まれましたからね。ゼス様が口調を取り繕っても、それがとってつけたものであることは明らか。却って逆効果になるかと」
「それに、どうせゼスはすぐにボロが出る」
「ひどい!」
傍から飛んでくる辛辣なユグシルの言葉に、しかし言い返せない。
一連の説明を受けたスターロードは、なるほどと頷いた。
「ゼス陛下がどのように振る舞われようと、私共シルク商会は陛下の御用達商会としてお支えするまでです」
「! その通りですね! ゼス様の偉大さは口調どうこうで測れるものではない! 私が浅はかでした!」
「なんで盛り上がってるの……」
スターロードの手をガシッと掴み、いたく感動するロバート。
おかしな空気感をたち払うべく、ゼスはわざとらしく咳払いをした。
「それで、送迎の順番はどうなってるんだっけ」
「最初にコルド公国より、マクシミリアン公王陛下が。次いでアークライト王国よりケイラス国王陛下が。最後に神聖セレスティア教国より、教皇猊下の名代――となっています」
ロバートが手元の紙を参照して整然と答える。
するとスターロードが改めて感服した様子で両手を広げた。
「いやはや、まさか四カ国すべてが建国祭への出席に同意するとは。これもゼス陛下のご威光のなせる業ですな」
「本当にその通りですよ!!」
「二人とも、それはもういいから……ほら、来るよ」
スターロードとロバートが共鳴し合う中、交易所の奥に設置された《交易路》の陣が輝きを増していく。
その瞬間に話を打ち切り、ロバートたちも出迎えに向けて居住まいを正しだした。
◆ ◆ ◆
まず最初に現れたのは、コルド公国の一団。
その先頭に佇んでいたマクシミリアンは、《交易路》の光を受けて眩そうに顔を顰め――ゼスの姿を捉えると、朗らかな笑顔を浮かべた。
「――これは、ゼス陛下。わざわざのお出迎え、痛み入ります」
「お久しぶりです、マクシミリアン公王陛下。この度は我が国にお越しくださり、感謝いたします」
「……おや? もしやそちらの女性も」
和やかに握手を交わす中、マクシミリアンはゼスに付き従うディーネを目敏く見つける。
その隣に並ぶユグシルと交互に見比べ、疑問を口にした彼へ、ゼスは素直に答えた。
「ええ。彼女もユグシルと同じ大精霊です」
「ディーネよ」
「なんと……」
ひらひらと手のひらを振るディーネに驚きを隠せないマクシミリアンは、感服し切った様子でゼスへ向き直る。
「我が国は、本当に心強い友を得ました」
「それは俺たちもですよ」
和やかな二人の王の束の間の団欒を、周囲の人間たちは笑顔と共に見守った。
次に現れたのは、アークライト王国の一団だ。
交易所に集ったオルサ王国の文官たちの多くは、元々ケイラスの政策に反抗し、大樹海へ追われた者たち。
対して今なおケイラスに仕えているアークライト王国の文官たちは、そんな彼らとかつて対立していた関係。
お互いが気まずそうな視線を交わす中、一団からケイラスが現れる。
「――ッ」
久方ぶりのケイラスとの再会に、ゼスは思わず息を呑んだ。
(この人が、本当にあの父上……いや、アークライト王国国王ケイラスなのか?)
かつて宿していた荒々しさと隠しきれない野心、獰猛な面持ちはすっかりと鳴りを潜めていた。
髪型こそ整えられているものの、灰色が目立つようになり、その相貌の皺も増えている。
痩せたのか、あるいは痩けたのか。顔の輪郭がくっきりと浮かび上がり、その皺も相まって老け込んだ印象を覚える。
何よりも変わったのはその眼差しだった。
映るものすべてを見下し、自信に満ちていたその輝きは虚ろだ。
その目が、ゼスの姿を捉える。
ケイラスがゆっくりと歩き出し、ロバートたちが身構えるのを視線で制しながら、ゼスもまた歩み寄る。
「――此度は、栄えある式典にお招きいただき、感謝する。ゼス陛下」
「……こちらこそ、歓迎します。ケイラス陛下」
驚くほどすんなりと差し出された手を握り返した。
「どうしたの?」
ケイラスたちアークライト王国の一団が滞留先の小塔へ案内され、静けさを取り戻した交易所。
最後の国賓を待つ間、自分の手を見つめるゼスへ、ユグシルが不思議そうに尋ねる。
彼女の顔を見つめ返し、ゼスは曖昧に笑った。
「いやなんというか……思えば、あの人の手を握ったのは、これが初めてだなって思って」
思っていたよりも細く、冷たい手だったなという。
本当に、それだけの感慨だった。
最後に王都へ現れたのは、神聖セレスティア教国の一団だ。
各所に金色の刺繍が施された純白のローブを纏った集団。
ごく僅かな領土しか有していないながら、教皇の権威により、大陸中に影響力を有するある意味での大国。
その影響力を後押しするように、彼らの装いと立ち居振る舞いには神秘に気配がする。
そんな一団の中から一人、装いの違う人物が現れる。
一言で言うなら白い少女。
純白の長髪に、真っ白な肌。
扇のように生え揃ったまつ毛からその瞳に至るまで、無垢の色に染まっている。
明らかに、存在感が違う。
周囲の人間が息を呑む中、こちらへ向かってくる少女へゼスは名乗る。
「初めまして、ようこそオルサ王国へ。俺はオルサ王国国王ゼスです」
「……あなたが、救世主様。思って通りの人」
「えっ?」
ポツリと零れ出た少女の声は、自然の音を想起させる響きを持っていた。
困惑するゼスへ、少女は胸に手を当てて名乗る。
「初めまして、ゼス陛下。私は神聖セレスティア教国アラスター・アリンガム=セレス教皇猊下が孫娘、ミア・アリンガム。精霊王並びに教皇猊下の名代として参上しました。猊下から、貴国に祝意をお伝えするよう仰せつかっています」
「痛み入ります。貴国には以前も力添えいただき、感謝してもしきれません」
頭を下げるゼスに、教皇の名代であるミアは儚げな笑みを浮かべる。
「あなたを支えるのは、当然のこと」
「それってどういう」
ずっと気になっていたことだ。
アークライト王国とのいざこざが穏便に収まったのも、オルサ王国の建国に踏み切れたのも、教国の力添えがあってのこと。
そうされる理由が、ゼスには思いつかずにいた。
追求するゼスに、ミアは静かに微笑んだまま、口を閉ざす。
「申し訳ない。姫様はお疲れなのです」
「っ、こちらこそ、失礼を」
文官たちに案内するよう促し、教国の一団もまた滞在先となる小塔へ案内されていく。
「あの子、不思議な感じ」
「そうねぇ、嫌な気配ではないけれど」
ふと振り返ると、ユグシルとディーネが顔を見合わせて悩ましげな声を上げていた。
「どういうこと?」
「ミアって名乗ったあの子、気配が混ざってる」
「人っぽいのに、精霊っぽいのよ。あんな存在に出会ったのは初めてね」
「確かに、なんだか独特の雰囲気を持ってる人だったなぁ……」
当たり前と言えば当たり前だが、神聖セレスティア教国については知らないことだらけだ。
(でもまあ焦る必要はないか。交流は始まったばかりなんだし)
国同士の関わりを持つ中で、お互いのことを知っていく機会はいくらでもあるはず。
その第一歩として、明日の建国祭の成功を心に誓うのだった。




