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追放された転生王子、呪われた森を《浄化》スキルで聖域化する ~のんびり辺境開拓していたらいつの間にか国ができてました~  作者: 戸津 秋太
第四章

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第72話 悲願

「……思えば、度々意識を失う時はありましたが、まさか邪神に乗っ取られていたとは……」


 神遺物が納められてた地下室へ続く螺旋階段を降りながら、マクシミリアンは驚きの声を零す。

 ゼスの幽閉に始まり、執務室での戦いに至るまで、事の仔細はすでに説明済み。

 説明を受けてから少し経つ今でも、自分の身に起きたことが信じられない様子だ。


「改めて、ゼス陛下には感謝してもしきれません」

「ゼス陛下に敬礼!!」

「敬礼!!」

「ちょ、もうそれは大丈夫ですってば」


 マクシミリアンが軽く頭を下げると、前を進んでいた公国兵たちが一斉に振り返り、ゼスへ向けて敬礼をしてくる。


 ちなみにゼスたちの後方にはソニアを筆頭とした親衛隊たちの姿もあり、それぞれの集団が掲げるランタンのおかげで、あれだけ暗かった地下の螺旋階段内でもかなり明るくなっている。


「……思えば、大樹海の方からゼス陛下のお力の片鱗を感じ取ることができたのは、私の中に潜む邪神が反応したからなのかもしれませんね。きっと、陛下の浄化の力に恐れをなしていたのでしょう。自身の存在を脅かすものであると」


 振り返るようにして語るマクシミリアンだが、そこでふと悲しげな声音へと変えた。


「しかしまさか、他でもない私の祖先が、邪神と契約を交わしていたとは……。私はずっと、この国の地下で眠るあの神遺物が邪神に呪われ、暴走したものだと思っていましたが、この国を閉ざす吹雪が邪神の力によるものだとは……」

「マクシミリアン陛下?」


 落胆を隠しきれない様子のマクシミリアンに気遣いの声をかけると、彼はその相貌の皺をくしゃりと寄せ、複雑な胸中を語り出した。


「ゼス陛下、私には夢があったのです。この国の空を覆う暗雲が消え、青空が広がり、緑が芽生え育つ光景を見るという夢が。神遺物の呪いを祓うことができれば、吹雪も消失し、その夢が叶うと思っていたのですが……」


 肩を落とすマクシミリアンに、ゼスはかける言葉を考える。


(そういえば、俺と初めて会った時も、俺が来訪することが夢だったって言ってたな。俺が神遺物を浄化すれば、吹雪が止むと思っていたのか)


 しかし、現実として公都の頭上には暗雲が広がり、雪は吹き続けている。


「そなたらの見解はあながち間違ってはおらぬだろう」

「フリル」


 胸元のペンダントが瞬き、フリルの声が周囲に響き渡った。

 そこに宿るのが神獣であることをすでに知るマクシミリアンたちは、神妙にフリルの話に耳を傾ける。


「そもそもの話、神遺物とは道具。持ち主がいなくなれば眠りにつき、その権能を失う。初代公王が国を守るために吹雪の結界を作り出しても、初代公王がなくなれば消え失せるものだ。そのことを、初代公王は憂いたのだろうな。自分亡き後も結界を維持しなければ、国が攻め入られると」

「そこに邪神が付け込んだってこと?」

「うむ。初代公王は恐らく、一族の血と魂を対価に契約を結んだのだ。邪神は契約者である初代公王を介して神遺物の権能を乗っ取り、初代公王亡き後も決して消えぬ吹雪を作り出した。たとえ公王の血に宿りし邪神を消し飛ばしても、古の契約により刻まれた吹雪は消えぬだろう」


 フリルの説明に、マクシミリアンは肩を落とす。


「ではやはり、私の夢は叶わないのですね」

「いえ、そんなことはないですよ」

「ゼス陛下……?」


 否定の言葉に希望を求めるような目を向けるマクシミリアン。

 ゼスはその顔に視線を返しつつ、螺旋階段の先――地下深くを見つめる。


「この先に、陛下の夢が待っているはずです」





    ◆ ◆ ◆





「これは、なんという輝き……これこそまさしく、神々が遺した秘宝たる神遺物……!」


 地下室にたどり着いたマクシミリアンは、そこに鎮座し、まばゆい光を放つ一振りの剣の姿に声を震わせる。

 周囲に集った公国兵たちも皆、一様に感嘆と畏怖の声を零している。


「ゼス、少しよいか」

「うん? どうしたの、フリル」


 室内に感動と歓喜が広がる中、壁際でその光景を眺めるゼスに胸元でフリルが囁く。


「そなたの力であれば、この国の吹雪と暗雲を消すことは可能ではないのか?」

「《修整》のこと?」

「そうとも。邪神の分体さえ引き剥がしたあの権能であれば、邪神が生み出した結界を消すことも可能だろう」

「できるかどうかで言えば……たぶん、できると思う」


 試していないし、試そうともしていないが、やろうと思えばできる。

 そんな確信がゼスの中にはあった。


 ゼスの返答を聞いたフリルがどこか咎めるように尋ねる。


「ならばなぜ、あの男に提案しないのだ。あの男の悲願を叶えてやってもよいだろうに」

「色々と理由はあるけど……一番は、俺よりもあの人の方が相応しいと思うからだよ」

「相応しい……?」


 一層深まるフリルの困惑の声に返すことなく、ゼスは神遺物の正面に佇むマクシミリアンへ歩み寄る。


「! ゼス陛下……我が国の秘宝をあるべき姿へと戻してくださったこと、改めてお礼を――」

「感謝は十分受け取っています。それよりもマクシミリアン陛下。お眺めになられているだけでいいのですか?」

「はっ? いや、しかし……」


 マクシミリアンはゼスの言外の意図を察し、神遺物とゼスの顔に視線を往復させ、逡巡する。


「神遺物というのは、持ち主を選ぶと聞きます。初代公王以後、呪いの中で眠りについていたこの剣が、私のような若輩者を選ぶとはとても」

「きっと大丈夫です。マクシミリアン陛下」

「――――」


 ゼスの力強い声を受け、マクシミリアンは周囲を見回した。

 そこで気付く。

 公国兵の誰もが、神遺物を手に取る瞬間を固唾を飲んで見守っていることを。


「……わかり、ました」


 促されるがままに、マクシミリアンは眩い輝きを放つ剣に手を伸ばす。

 ゼスはその光景を眺めながら、不思議と確信していた。

 きっと、彼ならば選ばれるはずだと。


 果たして――。





    ◆ ◆ ◆





 公城の聳える丘陵。その一角を、人が埋め尽くしていた。

 激しい吹雪に、地上に降り積もった雪。それらをかき分けるようにして佇む人々は、固唾を飲んで一点を見つめている。


 彼らの視線の先には、紺藍色のクロークを靡かせ、頭上に白銀のサークレットを戴く壮年の男の姿があった。


 彼の手には吹雪で灰色に染まるこの世界を塗り潰すほどの輝きを放つ一振りの剣が握られている。

 男は――マクシミリアンはゆっくりと剣を掲げると、天上を埋め尽くす暗雲を見上げた。


「初代公王陛下。あなたの願いと祈りは、確かに私たちを守り続けてこられた。しかし時代は移ろい、世界は変わった。最早この国に、外界との隔絶は必要ないのです」


 深く、染み渡る声で、マクシミリアンは語る。

 この国の未来を憂いた祖先へ向けて、最大限の敬意と感謝を込めて。


 そして、自身の悲願を叶えるため、この国の未来を照らすため、その神遺物の名を口にする。


「――『天穹剣』」


 剣の光が増し、この場を、空間を、光が埋め尽くす。

 眩さに目を背けそうになる中、しかしこの場に集った誰もが目の前の光景に釘付けになる。


「あぁ……空だ……」

「陽の光だぞ」


 空を覆っていた暗雲が消え去り、澄み渡った青空が姿を覗かせる。

 視界を埋め尽くすようにして降り注いでいた吹雪が掻き消え、灰色の世界が色を取り戻す。

 空から差し込む陽光が、地上の雪を照らしていた。時が経てば解けて消え、その雪解け水が草花を育んでいくだろう。


 喝采が湧き上がる。

 眼下に広がる公都の街並みからも。


「あぁ……本当に、私は……」


 掲げていた剣を懐に引き戻し、抱きしめると、噛み締めるように言葉を零すマクシミリアンの姿を、ゼスもまた少し離れた場所から見守る。


「……なるほど、こうなることを見据えて、そなたは力を使わなかったのか」


 ゼスの胸元でフリルが唸る。


「こうなって欲しいと思っていただけだよ。それに俺はこの国の人間じゃないからね。この国にもしものことがあった時、その責任を負うことはできない」

「そなたはまったく不思議なものよ」

「それって褒めてる?」

「うむ、大いに褒めておるぞ」

「ほんとかなぁ……?」


 胸元に疑惑の目を向けていると、マクシミリアンがこちらに歩み寄ってきた。


「ゼス陛下。貴殿のことだ、最早聞き飽きたと申されるだろう。それでも伝えさせて欲しい。貴殿の協力と大いなる力に、最大の感謝と敬意を。我らコルド公国は、貴殿から受けた恩を一生忘れることはない」


 ザッという音と共に、集った公国兵たちがその場に膝をつく。

 他国の兵士が、他国の王へ向けて傅く。

 あまりにもおかしな状況を前にたじろぎそうになるゼスだが、ぐっと堪え、マクシミリアンへ向けて手を差し出す。


「恩を感じてくださるのなら、俺ではなく、我がオルサ王国へ」

「――無論。我らコルド公国は、オルサ王国から受けた恩を一生忘れることはない」


 一瞬目を丸くしたマクシミリアンは、しかしその口元に柔らかな笑みを浮かべ、ゼスの手を握り返した。


 かくして、長いようで短かった公都での一日が終わりを迎えた。

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