第70話 合流
マクシミリアンと二人で、小さな明かりだけを頼りに降りた時はあれだけ時間のかかった螺旋階段を、フリルが一足飛びに駆け上がっていく。
「この暗闇の中、よく踏み外さないね。フリルって夜目が利くの?」
「我は神より遣わされし神獣だぞ。空間を巡る風の流れで世界の構造を見抜くことなど容易い。明かりの有無など、我にとっては些細な違いよ」
「な、なるほど……?」
フリルの説明を理解できたようなできていないような。
曖昧に相槌を返すゼスへ、フリルは全力疾走の中、息を微塵も荒げることなく問いかける。
「しかしゼスよ。そなた、公王の元へ戻ってどうするつもりだ。先ほど、邪神の影響を受けているなどと申しておったが、もし本当にそうであれば、応接室にいたときに我やユグシル、ハクらが気付いておったはずだ。……何より、他でもないそなたもな」
「うん、だからその可能性を少しも考えていなかったんだけど、俺を地下室に突き飛ばした後に纏っていた汚れ――黒い靄は、君たちが神呪に冒されていた時と同じものだった」
「ふぅむ……」
難しそうに唸るフリルへ、ゼスはマクシミリアンのことを振り返りながら呟く。
「だから、応接室で会ってから地下室へ行くまでのマクシミリアン陛下と、俺を突き飛ばした彼は別人なんだと思う。俺には、マクシミリアン陛下が俺を嵌めるために嘘をついているようには見えなかったから」
「そなたの考えは理解したぞ。やはり公王の元へ戻るのでよいのだな」
「そうだね。俺の考えに間違いがなければ、そこにいるのはマクシミリアン陛下じゃないはずだ」
王笏を握る手にぐっと力が籠る。
「汚れはどこにもあるもの。それが表に現れてからじゃ遅い。それが洗濯の、洗浄の基本なのに」
「……それはよくわからぬぞ。――むっ?」
「うわっ! ど、どうしたの」
それまで螺旋階段を物凄い速度で駆け上がっていたフリルが、突然その足を止める。
その反動でフリルのもふもふの毛並みに顔を突っ込んだ。
わけを訊ねるゼスの声に重なるようにして、頭上から別の声が飛び込んでくる。
「主様ぁぁああああ!!」
「ガルゥガルガルゥゥ!!」
「! ソニア、ハク!? ぐぼぁっ!」
声に顔を上げた瞬間、頭上から降ってきた黒い物体がそのままゼスの頭上と胸元に飛び込んできた。
よろめきそうになる体を、フリルが尻尾で支えてくれる。
下を覗き込めば、自分に抱きつくソニアの姿。そして頭の上には慣れ親しんだハクの重みがある。
「二人とも、どうしてここに?」
「がるぅ、あの男が戻ってきたけど、主様がいなかったから、あたし、おかしいって思った!」
「ガルルゥ!」
「でもこの階段通路って、王家の人間しか知らないってマクシミリアン陛下は言ってたけど」
「ふふん! 主様の匂いを追ってきた!」
「に、匂い……」
得意げに語るソニアになんとも言えない気持ちになる。
「まあ何にしても心強いよ。それでマクシミリアン陛下は上に戻ったんだよね」
「うん! 主様のこと惚けるから、首根っこ掴んでやろうって思った! でもそんなことしたら主様が困るって思って、先に主様探すことにした!」
「ソニア……」
以前の彼女ならば考えられない好判断に感動しつつ、ソニアの髪を撫でる。
気持ちよさそうに喉を鳴らす中、くいくいと髪の毛を引っ張られた。
「わかってるよ、ハクもありがとう」
「ガルゥ」
催促を受けてハクの体躯をちょんちょんと撫でると、気持ちよさそうな声が返ってくる。
「……まったくそなたらは、そんなことをしている場合か」
「! そうだ、早く公王の元へ行かないと」
和やかな空気が流れる中、フリルの声で現状を思い出す。
かくしてゼスたちは、マクシミリアンの元へと再び向かい始めた。
◆ ◆ ◆
「陛下、本当によろしかったのでしょうか」
公城の最上部に位置する執務室にて、秘書官が不安げな声を零す。
その声は執務机に座る公王マクシミリアンへ向けられたものだ。
秘書官からの問いに、マクシミリアンは短く返す。
「何がだ」
「いえ、その……オルサ王国の長を、幽閉してよかったのでしょうか。彼らは我が国のために遥々大樹海より訪れたのでは」
「幽閉? 何か勘違いしているようだな」
「陛下……?」
いつもと違う雰囲気に秘書官がびくりと肩を震わせる。
マクシミリアンはゆっくりと立ち上がると、秘書官を見下ろすように告げる。
「オルサ王国の長は神遺物の浄化に失敗し、取り込まれてしまったのだ。私にはどうすることもできなかった。頃合いを見計らい、オルサ王国の連中にはそう伝えるのだ。そうすれば連中も諦めるだろう」
「……はっ」
恭しく頭を下げ、くるりと反転して扉へ向かう秘書官。
その背中を見つめながら、マクシミリアンはにぃと口角を上げる。
「まさか、ここまで上手くことが運ぶとは。これで浄化の力は再び地上より失われる。ククク、クハハハハッ!」
「――なるほど、俺を地下室に閉じ込めて、そのまま殺すことが目的だったわけだ」
「!? 貴様、なぜここに……ッ」
扉を出ようとした秘書官を押し除けるようにして現れたゼスたちに、マクシミリアンが瞠目する。
そんなマクシミリアンへ向けて、ゼスは手をかざした。
「――《浄化》」




