第69話 魔剣
「お城にこんな場所があったんですね……」
コルド公国が所有する神遺物の呪いを浄化するべく、ユグシルたちと別れたゼスは、マクシミリアンの案内に続いて公城の内部にある螺旋階段を降りていた。
周囲に灯りはなく、前を行くマクシミリアンが携えたランタンだけが辺りを薄暗く照らしている。
螺旋階段を降り始めてすでに数分。一向にそこに辿り着く気配がない。
「この城は丘陵の上にありますから。そこを掘り進める形で作られたのです。元々は帝国との戦いを想定して作られた避難通路だと古い書物に記されていました」
「なるほど……それを今、神遺物を封じる場所に転用しているんですね」
納得半分、感心半分で話を聞くゼス。
すると前からふっと微かな笑い声が聞こえてきた。
「マクシミリアン陛下?」
「いや、失礼。貴殿と話していると、自分の立場と今のこの状況を失念しそうになってしまって……そのことが少しおかしかったのです」
「……確かに、仰りたいことは理解できます」
マクシミリアンの裏表のない正直な言葉にゼスもつい笑ってしまう。
ゼスがよく知る王は、横柄な人物だった。
傲岸で、国においては絶対的で、それこそが王の姿だと思っていたし、幼少期はそうあるように指導されてきた。
だからこそゼスは、自分に国王という立場は相応しくないと感じ続けていたのだ。
そして最近知った皇帝も、皇帝然とした人物だった。
自分本位に動き、そこに疑いを持たず、それでいてなぜか周囲の人間を惹きつける。
そんな人物たちの仲間入りをするために、建国宣言以来、肩肘張った振る舞いを心掛けてきたが、マクシミリアンの前では自然とそれが和らいだ。
(この人、なんだか親しみやすいんだよなぁ)
もう随分と薄らいでいく前世の記憶、その中でもさらに古いもの。
幼少期の、事故に遭う前の両親との時間が掘り起こされる。
あるいは前世の父に似ているのかも――そんなことを思い浮かべ、ゼスは自嘲の笑みと共に頭を振った。
今の自分はゼスで、オルサ王国の国王。そして相手はコルド公国の公王だ。
軽々に親しみ以上の感傷を向けていい相手ではない。
(それに今は、神遺物の呪いに集中しないと)
意識を切り替える。
長い、長い階段を降り続けると、ようやく終わりを迎えた。
降りた先には大きな通路が広がっている。
大樹海からこのコルド公国に入国した際に通った通路と似た造りになっていた。
ここにも明かりはなく、マクシミリアンの後に続き、また少し歩くと、突き当たりに小さな鉄扉が見えてきた。
「こちらが、神遺物を収蔵している地下室です」
「この先に神遺物が……」
「では、開けます」
期待と高揚、そして警戒を抱くゼスに断って、マクシミリアンが懐から取り出した鍵を鉄扉の錠前に差し込む。
少し錆びたような甲高い音と共に鍵はガチャリと回り、鍵を差し込んだまま、マクシミリアンが半身をこちらへ振り返る。
「ではゼス陛下、お願いいたします」
「わかりました。では失礼して……」
マクシミリアンが扉を引いてくれる。
重々しい音が響き渡る中、ゼスはそっと室内を覗き込んだ。
「! あれが神遺物……」
地下室もまた、明かりが一切なく、真っ暗な空間。
しかしその最奥から溢れ出る気配が、その存在を色濃く浮かび上がらせている。
「剣……?」
暗闇をしてなお明るいと錯覚させるほどにどす黒い汚れは、剣のシルエットを模っていた。
間違いなく呪いの類――そして、ゼスが綺麗にしたいと思えるものである。
反射的に王笏を構え、《浄化》を使おうとしたその時。
「えっ……?」
どん、と。後ろから背中を押された。
よろめくようにして地下室へ倒れ込みながら、ゼスは困惑混じりに振り返る。
ギィィという音と共に鉄扉が閉まっていく。
そしてその向こう側で、ランタンの明かりに歪んだ口元を照らされるマクシミリアンの姿があった。
「マクシミリアン陛下!?」
すんでのところで体勢を立て直し、鉄扉へ慌てて駆け寄るゼス。
しかしそれよりも先に錠がガコンとかかり、ゼスの突進を重い扉が受け止める。
(今の、公王の影は……!)
完全に扉が閉まりきる間際に見えた歪んだ口元。そして、マクシミリアンに重なるようにして、この暗闇の中に浮かび上がっていたどす黒い人型のシルエット。
それは、この地下室の最奥に安置されている神遺物が纏っていたものと同じだった。
事態の急変に混乱しつつも、汚れに対する本能がゼスを突き動かす。
鉄扉の上側に設けられた覗き窓から外を覗き込む、立ち去ろうとするマクシミリアンの背中を見る。
「《浄》――、っ、今度はなんだ!?」
《浄化》を使おうとした刹那、背後から真っ白な光が溢れ出る。
その光はゼスの体を包み込み――、マクシミリアンへ向けて伸ばした手の指先までもを飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
「……ここは」
瞼越しにも眩しかった光が収まり、恐る恐る開いたゼスの視界に一変した景色が飛び込んでくる。
先ほどまでいたはずの真っ暗な地下室とは打って変わって、そこは小高い丘の上だった。
頭上には晴天が広がり、暖かな光が地上を照らしている。
丘陵には寒冷地特有の針葉樹が並び立ち、足元には草も生え揃っている、穏やかな自然。
そしてそんな丘陵に囲まれた平地には、急勾配の屋根があしらわれた家々が立ち並んでいた。
数瞬前の出来事が吹き飛ぶほどの絶景を前にして唖然とするゼスだが、丘陵の奥に見覚えのある建物を捉える。
平地を見下ろすようにして聳える建物。最上部付近の一面にガラスが張り巡らされた石造りの城。
「ここってもしかして、コルド公国の公都なのか……?」
脳裏に閃いた突拍子もない仮定を元に改めて周囲を見やれば、関所を抜けて初めてこの目で見た公都の街並みと周辺の地理状況が符合する。
違うのは、頭上に広がる青々とした空と、地上の緑。そして平地に設けられた畑の数々。
間違いなく、あの雪と暗雲で覆われた公都そのものだった。
「! マクシミリアン陛下? いや、違う……」
ふと背後から気配がして振り返ると、そこには一人の人物が立っていた。
特徴的な焦茶色の髪を背に流した、中年の人物。
マクシミリアンとよく似ているが、顔に刻まれた皺の数々が、彼とは別人であることを訴える。
男はゼスに一瞥もくれず、その隣を通り抜けると、眼下の街並みを見下ろす。
そうして懐に抱えていた物体を徐ろに持ち直し、巻き付けてあった紫紺の布を丁重に外し始めた。
(あの形、地下室で見たものと同じ……)
包みから現れたのは、一振りの剣。鞘はなく、剣身から刃は削り落とされている。
祭具用とわかるそれは、しかし不思議な輝きを放っていた。
男は剣を頭上に掲げ、祈るように呟く。
「……直に、討伐軍が派遣されることだろう。この剣ならば退けることは可能だ。しかし私は、この場所を恒久的に守りたい。子々孫々に至るまで、決して何者にも脅かされない土地としたいのだ」
切実な言葉は、丘陵に吹き付ける風に攫われていく。
しかしその風に、声に近い雑音が紛れ込んだ。
『◾️◾️●◾️●◾️◾️▼』
「……ッ」
耳鳴りするような音にゼスは思わず顔を顰める。
だが、剣を掲げる男は、「あぁ……!」と歓喜の声を漏らした。
「それで、この国が守られるのならば……!」
宣誓ともとれる言葉と共に、剣が漆黒の光に包まれていく。
吹き付けていた風が逆行し、剣を起点として晴天の空に暗雲が立ち込める。
強風と雪が吹き付け、緑を埋め、地上が漂白されていく。
そしてその白に――またしてもゼスの意識は塗りつぶされた。
◆ ◆ ◆
「……そうか、今のが初代公王」
風と雪が止み、暗い地下室に戻っていることを確かめ、ゼスはポツリと呟く。
そうして背後を振り返り、そこに浮かび上がる漆黒の剣を一瞥する。
「――《浄化》」
暗闇の中で剣が純白の光に覆われる。
シルエットを浮かび上がらせていた漆黒の光は吹き飛ばされていき、闇を照らすような輝きを放つ一振りの剣が現れた。
その輝きで明るくなった地下室を悠然と進み、剣に歩み寄る。
そうして《精霊の眼》で剣を視るが、何の情報も浮かび上がってこなかった。
さらに剣を手に取ろうとしても、手はすり抜け、握ることができない。
「王笏の時と同じだ。やっぱりこれが、神遺物で間違いない。……さっきの光景はこの剣が見せてくれたのかな」
「そなた、存外落ち着いておるな」
「うわっ! びっくりしたぁ」
突然の胸元からの声に飛び跳ねると、首に下げた霊石のペンダントから呆れた声が飛んでくる。
「……そなた、我の存在を忘れておったな」
「いやそれは、だってずっと静かにしてたからさ。というか万が一のことがあるんだから、ついてきたらダメでしょ」
ユグシルたちの同行を拒んだのは、邪神の力による乗っ取りを警戒してのもの。
そしてそれは神獣フリルも例外ではない。
「息を潜めておけば、こうして同行できると思ったまでのことだ。それに我が同行し、そなたの身の安全を保障することでユグシルを説得したのだ。我に感謝してほしい」
「あれってそういうことだったのか」
同行を申し出たユグシルの不自然な翻意も、フリルが同行することを知っていたなら納得できる。
「……まあつい失念していた俺も悪いけど、あんまり危ない真似はしないでよ」
「絶賛危険な状況に置かれているそなたが言っても、何の説得力もないぞ」
「うぐっ」
痛いところを突かれて胸を押さえながら、ゼスは鉄扉に歩み寄る。
何度か押してみても、鍵がかかっていてびくとも動かない。
「これは完全に閉じ込められたなぁ。去り際のマクシミリアン陛下のあの感じ、邪神の影響を受けているのは明白だし、早く上に戻りたいのに」
「なんのために我が同行したと思っている」
ため息混じりに霊石が瞬き、光が降り注ぐ。
そうして地下室に白銀の巨狼が現れた。
「《吹き飛べ》」
唸るような声が放たれ、突風が鉄扉を覆う。
あれだけ重く固かった鉄扉が爆音と共に吹き飛び、その先の通路が現れた。
「我がついてきて、よかったであろう」
「フリル! 助かったよ!」
「……まったく、現金な契約者よ」
呆れつつも背を向けてかがみ込むフリル。
深い感謝の念と共に、ゼスはふわふわの背中に飛び乗った。




