第68話 公王の頼み
非公式の場とはいえ、一国の王が他国の王へ頭を下げる――。
そんなあり得ない状況に面食らいつつ、ゼスはふと以前のスターロードとのやり取りを思い出す。
(スターロードさんも、こんな気分だったのか)
建国を宣言した後、非公式の場でのスターロードとの会話の場にて。
これまでの尽力へ感謝を述べた際、頭を下げたゼスに彼は慌てふためいたのだった。
その時の彼の気持ちを今さらながら痛感しつつ、頭を下げ続けるマクシミリアンへ声をかける。
「顔を上げてください。お力にはなりたいと思っていますが、なにぶんそちら側の事情がわからず。まずは話をお聞かせいただければ」
「これはとんだ失礼を。では早速ご相談を……と言いたいところではありますが」
顔を上げたマクシミリアンが室内にいるソニアやユグシル、ハクへと目を向ける。
「彼女たちは我が国の信頼できる仲間です。決して貴国の内情を漏らすことはないかと」
「大精霊として、約束する」
「ガルゥ」
「……? よくわかんないけど、わかった!」
「そ、そうですか……」
ゼスからの視線を受けたそれぞれの反応に、マクシミリアンは若干の不安感を抱きつつ、ポツリと零す。
「しかし、大精霊に竜を引き連れているとは。やはり私の判断は間違っていなかった」
「公王陛下?」
こちらをじっと見つめるマクシミリアンの穏やかな目に、きらりと何かが光った。
まるで長年の悲願が成就した時のような、そんな達成感と悲哀に満ちた表情を向けられ、ゼスはたじろぐ。
「……ッ、重ねて申し訳ない。なにぶん、貴殿の来訪は私の夢であったのです」
「夢?」
「そうですとも。貴殿の力については、その高名と共に我が国へも轟いております」
マクシミリアンは、一息つき、居住まいを正しながらゼスへ告げる。
「ゼス陛下。貴殿の浄化の力で、祓っていただきたいものがあるのです」
◆ ◆ ◆
「――神遺物、ですか」
応接室のソファに腰を据え、運ばれてきた紅茶を傾けながら切り出された言葉に、ゼスは眉を寄せる。
その復唱に、マクシミリアンは頷きを持って応えた。
「その通り。我がコルド公国が建国以来、一族に代々受け継がれ、この公城の最深部に秘められた秘宝になります。その浄化を、ゼス陛下に頼みたいのです」
マクシミリアンの説明に、ゼスは隣に座るユグシルへ視線を送る。
すると彼女もまた、微妙な表情を浮かべていた。
(神遺物の浄化……まさか公国の――公王の頼み事がそんなことだなんて)
驚き混じりに、ゼスはソファに立てかけた『神権の王笏』を見る。
神遺物は、神代に神の手により創られたとされる遺物のことだ。
そのいずれもが特殊な力を宿していて、最大の特徴は決して壊れないこと。
ゼスがドワーフの村で受け継いだこの『神権の王笏』も同じ神遺物。
自身が統治する場所の情報をリアルタイムで掌握する権能を宿した、統治者にとってこれ以上ない力を持っている。
この権能のおかげで、アークライト王国の軍が攻めてきた時、迅速に対応することができた。
(ということは、もしかしたら公国の神遺物も似たような力を持っているのかな。いやでも、だとしたら意味がわからない)
公王の頼み事が判明した上でも、なおその理由が理解できず、困惑するゼス。
その困惑を感じ取ったマクシミリアンが、遠慮がちに口を開いた。
「我が国の秘宝たる神遺物は――邪神に呪われているのです」
「……!」
「邪神……!」
その単語に、ゼスだけでなく隣のユグシルまでもが息を呑む。
ゼスたちの反応に頷きつつ、マクシミリアンは絞り出すように語る。
「先ほど、神遺物はこの城の最深部に秘められているとお話ししました。ですがこれには少し語弊がある。より正確を期すなら、最深部に封じてあるのです」
「封じてある……それが、俺の……いや、私の《浄化》が必要な理由ですか」
「ここは非公式の場です。話しやすい口調で構いません。私も臣下たちの前でこのように陛下にへりくだることはないでしょう。……ですがご推察の通りです」
柔和な笑みを浮かべたまま、マクシミリアンは窓を見つめる。
そこでは変わらず雪が降り続けている。
「その神遺物は、天候を操れるとされています。建国以来降り続けるこの雪は、神遺物により生み出されているのです」
「それは……とてつもない権能ですね」
本当に広範囲の天候を操れるなら、農業にも役立てられる。何より今の雪嵐が帝国から国を守り続けたように、大きな防衛戦力になる。
(俺が吹雪に抱いていた違和感は、この吹雪を生み出す神遺物が呪われているからなのか……?)
マクシミリアンはゼスに向き直ると、「ですが」と続ける。
「現在、その神遺物は呪いにより制御不能になっているのです。ゼス陛下には、その呪いを祓っていただきたい」
「わかりました」
「えっ?」
ゼスが即答すると、マクシミリアンは目を丸くして固まった。
「今の話を聞いて、お引き受けいただけるのですか」
「もちろんです。邪神の力なら、大樹海で祓いなれていますから、お力になれるかと」
「そんなことを言える人間、ゼス以外いない。でもゼスの言う通り。ゼスに任せれば問題ない」
なぜか得意げなユグシルと、微塵も臆する様子のないゼス。
そんな二人の反応に、マクシミリアンはたじろぐ。
「しかし、こちらはまだ貴国に差し出すものを示していません。なのに、引き受けてくださるのですか。我が公国が天候を操れる神遺物、その力を取り戻すために」
公王の訴えに、ゼスは得心する。
(ああそうか、安請け合いしすぎて警戒されているのか。……確かに、俺がこのまま浄化に成功したら、強大な権能を持った神遺物を公国は取り戻すことになる。普通なら、それに見合った対価を要求するものだもんな)
非公式の場、かつマクシミリアンの態度がゼス同様にあまりにも王らしくないため、忘れそうになる。
だが、少なくともマクシミリアンは国益をかけてゼスに要請しているのだ。
(でもまあ、だからって何も変わらないけど)
マクシミリアンの不安げな表情に、ゼスはふっと笑みを零す。
「貴国との友好を深められるなら、それ以上のことはありませんよ」
「――っ、ゼス陛下……」
マクシミリアンが固まる。
感極まった様子で見つめられ、ゼスは少し面映い気持ちになった。
とはいえ、元々コルド公国の返書には、建国祭に参加するために力を貸してほしいと記されていた。
実質的に、公国に力を貸すことでオルサ王国の建国を認めてもらえるという打算もある。
(それに邪神の呪いにも興味があるしね)
神遺物がどのような状態かはまだわからないが、大樹海で多くの邪神の力を浄化した時のように、汚れを綺麗にする快感を味わえるに違いない。
マクシミリアンの手前、胸中から湧き上がるワクワクを必死に押し殺すゼスだが、隣に座るユグシルと胸元のフリル、そして頭上のハクはそんなゼスの高揚を感じ取っていた。
「ゼスは本当におばかさん」
「ええっ!?」
小さな声での突然の罵倒に驚くゼスへ、マクシミリアンは再び頭を下げる。
「ゼス陛下に心からの感謝を。我がコルド公国は、オルサ王国と恒久的な友好を誓いましょう」
「それは嬉しいですが、先に呪いを祓ってからにしましょう。早速、神遺物まで案内していただいても?」
「もちろんです。……ただ、神遺物の封じられた地下室へは、私とゼス陛下以外、立ち入らないでほしいのです」
「俺とマクシミリアン陛下、二人きりですか」
予想だにしなかった条件に驚くゼス。
すると、それまで静かにしていたソニアが不満げに声を上げた。
「がるるぅ! どういうことだ……ですか!」
ゼスの鋭い眼差しを受け、すんでのところで敬語を付け加えるソニア。
彼女の威圧を、しかしマクシミリアンはものともせず、落ち着いた様子で答える。
「実は、神遺物の呪いというのが、近付いた者の意識を奪うというものでして。我が一族の人間にだけは作用しないのですが……」
「つまり、ソニアたちが近付くのは危険だと」
「待って。それってゼスも危ない」
「……それは、ですが、浄化の力を有するゼス陛下であれば……」
「確かにそうですね。じゃあ行きますか」
「……ゼス」
即断したゼスに、ユグシルたちが呆れ混じりの目を向けてくる。
「大丈夫だって。マクシミリアン陛下の仰る通り、俺に呪いの類は効かない。他でもないユグシルたちが知ってるだろ?」
「それは、……そう。でも心配になるかどうかは別の問題。私もついていく」
「ガルゥ!」
「主様が行くならあたしも!」
「みんなの気持ちは嬉しいけどさ……」
どうしても脳裏によぎるのは、神呪に冒されていたユグシルたちの姿。
一度神呪に侵食されたということは、もう一度そうなる可能性もある。
ゼスが近くにいれば片っ端から浄化できるだろう。
だが――。
「みんなが苦しむところは見たくないな」
「……っ」
「それにほら、本当はみんなも怖いでしょ? 邪神の呪いは」
先ほどユグシルたちが、ゼスの胸中に秘められた高揚を察することができたように。
ゼスもまた、ユグシルたちの体が強張り、微かに震えていることを感じ取っていた。
(無理もない。この三人は、神呪に自我を奪われた記憶があるんだ)
だからこそ、ゼスはマクシミリアンと二人きりで行くべきだと思っている。
ゼスの主張に一斉に押し黙る中、それでもユグシルは不安げに零す。
「……私はゼスから離れると、本体である大樹に戻される。契約があるから、ゼスの安否は感じ取れるけど、離れるのは不安」
「そういえばそうだった」
大樹に宿った精霊であるユグシルは、王都に聳える大樹と、契約者であるゼスの近くにしか留まることができない。
それは湖の大精霊であるディーネも同じだ。
(思えばなし崩し的に契約を交わしてからというもの、ずっと一緒にいたからあんまり意識したことがなかったなぁ)
とはいえ、「じゃあ一緒に行こう」と言える話でもない。
こうなったユグシルは強情なんだよなぁと、説得する手段を考えるゼスの胸元が微かに瞬く。
「……わかった」
「えっ」
「私は大樹でゼスの帰りを待ってる」
「な、納得してくれたならよかった」
突然の翻意に戸惑いつつも、ユグシルが折れてくれたことに安堵する。
「ソニアたちも、ここで待っててくれ。いいな」
「……わかった」
「ガルゥ……」
しょんぼりと頭を項垂れるソニアとハクへ微笑みかける。
そしてマクシミリアンへ向き直ると、彼はもう一度深く頭を下げてから立ち上がった。
「では、ご案内しましょう。この公国の最深部へ」




