第66話 雪嵐の壁
大樹海の上空を竜の群れが飛んでいる。
菱形の編隊を為して飛行する竜の中心には、純白の体躯を陽光に輝かせるハクの姿があった。
そのハクの背に座り込みながら、ゼスは周囲の竜たちを眺めて呟く。
「まさかロバートたちがこんなものまで用意してたなんてね」
周囲を守るように飛行する竜たちは皆、その巨躯に衣を身に着けていた。
馬着、もとい竜着は、編み物を得意とするドワーフ族を中心に、エルフ族伝統の建築様式に用いられる茅葺き屋根の技法を取り入れて作られたものだ。
その衣の左右には、複雑で精緻な紋章が刻まれている。
大きな木のシルエットに王笏のシルエットが交差し、その上に両翼を広げる竜のシルエットが刻まれた紋章。
建国祭に向け、国名と同じく制定されたオルサ王国の国章だ。
「突然、竜の群れが国境に現れたら公国側も驚く。どこかの所属であることを示しておくことは大事」
「……確かに」
前に座るユグシルの言葉に、ゼスは思わず苦笑した。
この大樹海での生活が始まって以来、遠出をするときはいつもハクと移動していたが、向かう先々で出会う人々は竜の存在に驚いていた。
建国祭への招待状にはすでに国章も刻まれているので、この竜着を見れば、返書を受けて訪れたオルサ王国の集団だと理解してくれるはずだ。
「それにしても、こんなに大勢で来る必要はなかったんじゃないかな」
周囲を見回して、ゼスは肩を竦める。
編隊を組む竜たちの背にはソニアを始めとした親衛隊の面々の姿があり、ともすれば大樹海に踏み入れたエグリス帝国の一団よりも物々しい。
ロバートも同行したがっていたが、建国祭の準備があるのに加えて帝国の一団を放置するわけにもいかず、なくなく王都に残っている。
「国王の立場として初めての外国訪問。警備もそうだけど、国威を示す必要もある。建国祭と同じ理屈……って、ロバートは言ってた」
「理屈はわかるけど、いきなり大勢で訊ねて驚かれないかな」
「ゼスは気にしすぎ。そんなに気になるなら、招待に応じなくてもよかった」
「うぐっ、それはその通りだけど……」
ユグシルからの正論に口ごもりつつも、ゼスはコルド公国からの返書の内容を思い起こす。
「俺の力を借りたいって頼まれたこと、あんまりないからさ。それに帝国が俺の《浄化》の力のことを知っていたように、公国側も知っているなら、きっと俺の頼みたいことってそれに関係することなんじゃないかな」
「つまり、公国側の頼み事はゼスに何かを綺麗にして欲しいってこと?」
「逆に、他に思いつかないでしょ?」
「うん」
「……その反応はそれはそれで少し傷つくなぁ」
肩越しにこちらを振り返るユグシルの翡翠色の瞳が、それ以外の可能性が微塵も思い付かないことを雄弁に物語っていた。
ゼスが不満げに口を尖らせると、ユグシルは小さく笑う。
「それで傷つくなんてゼスはやっぱり変わってる」
「えっ?」
「神の力さえ浄化できる力を持っていたら、普通の人間は良くも悪くも変化する。だけどゼスは変わらない。そこが変わってる」
「変わらなかったり変わってたり、なんだかよくわからないな……。! あれって」
褒められているのか褒められていないのか、それさえ曖昧な物言いに首を傾げつつ、ふと顔を上げたゼスの視界に異様な光景が飛び込んできた。
ゼスたちが飛行する上空。どこまでも広がるかと思われた青々とした空が、唐突に途絶えている。
地上から天空まで、大樹海との境を示すように、灰色の壁がゼスたちの行く手に立ちはだかる。
「吹雪……?」
警戒しながら近付いていくと、灰色の壁の正体が境界内で吹き荒ぶ雪であることがわかった。
大樹海の外と内で、くっきりと雪が吹き分けられている。
「コルド公国は年中、雪が降り続けているとは聞いていたけど、これって……」
「明らかに、自然現象じゃない」
ゼスの呟きをユグシルが受け継ぐ。
皆が言葉を失う中、隣からソニアが声をかけてきた。
「主様、どうする? 突っ込む?」
「いやいや、どう考えてもやばいって。それにロバートの話では、地上に公国側の関所が――って、あれか」
ハクを始めとした竜たちが高度を落としていく中、地上に石造りの要塞じみた建物が見えてきた。
「ハク、あそこに降りられるか?」
「ガルゥ!」
ゼスの声に応じて、ハクがぶるりと鳴き声を上げる。
そうして、竜たちは地上へ降り立った。
「ようこそお越しくださいました、オルサ王国の皆々様。公国を代表して歓迎いたします」
関所へ降り立ったゼスたちを、公国の人間が出迎える。
竜たちに驚きながらも、動揺はしていないあたり、身につけていた竜具が功を奏したようだ。
同伴した文官が対応する中、小さくなったハクに頭をつつかれる。
「ガルゥ、ガルルルゥ」
「ふむ、この吹雪、竜たちには酷なようであるな」
「フリル……そっか、ここまで送ってくれてありがとう」
胸元の霊石に宿ったフリルの声に納得しつつ、ゼスは竜たちへお礼を告げる。
申し訳なさそうな声と共に竜たちは再び飛び上がると、上空を旋回し始めた。
「ゼスたちが帰ってくるのを待っていてくれるみたい」
「それはありがたいな」
「ゼス様、こちらへ」
頭上を見上げて竜たちに感謝の念を送っていると、文官に呼ばれる。
どうやら入国の手続きが終わったらしい。
「ハクはどうする?」
「ガルルゥ」
「ついていくって」
「通訳しなくても伝わったよ」
はむはむと髪を啄まれながら、ゼスは笑いながらハクの体躯を指先で優しく撫で付ける。
そして、ソニアを始めとした親衛隊たちと共に、公国側の人間に続いて関所の中へ足を踏み入れた。
関所内部は外観から想像できる堅牢かつ質実な造りになっている。
トンネルのような印象を受ける石造りの通路を進む。
通路は階段状になっていて、しばらく登り続けていると、外から風の音が聞こえてきた。
「がるぅ、なんだかやな感じがする」
「こら、あんまりそういうことを言わない」
ソニアが狼耳をピンと立て、周囲を警戒しながら零す。
静かに叱りつけるが、ゼスも似たような印象を抱いていた。
冷たい足音が響く中、進む先が明るくなってくる。
「ここが、コルド公国……」
通路を抜けた先。少し小高い場所に出たゼスたちを待ち構えていたのは、地上が白銀に覆われた公国の街並みだった。




