第65話 公国からの条件
帝国の一団が王都ユグシルに到着して一夜明けた。
大樹の枝葉の合間から朝陽が差し込む早朝。
王都へ滞在する帝国の一団へ貸し出された小塔から、悲鳴が轟いていた。
「ひぃいいい!!」
「りゅ、竜が! 竜の群れがぁ!!」
塔から出た帝国の兵士が、大樹をぐるりと囲う石壁の内部に留まる竜たちを指差して、慌てふためく。
竜の群れに襲われた記憶も新しい彼らにとって、安全地帯と思っていたこの場所での遭遇は、精鋭たる彼らに混乱をもたらすには十分なものだった。
「なんの騒ぎだ」
「! 陛下、ここは危険です! 早くお逃げください!」
「ええい、この国の者たちは何をしている!」
騒ぎを聞きつけ、胸元が大胆に開いた寝巻きのまま現れたアイザックに、兵士たちがぎょっとする。
慌てて皇帝の安全のために動き出す彼らをよそに、アイザックは目の前に集う竜たちの姿に目を細め、にぃと笑った。
「ふははっ、ゼス殿は恐ろしいな。昨日の今日でまさかこれほどの戦力を用意してみせるとは」
「へ、陛下?」
「落ち着け、あちらを見るのだ」
アイザックが示した先を、兵士たちも恐る恐る窺う。
そこでは、王城から現れたゼスが、竜たちに《洗浄》を施していた。
「まさか、竜たちはあの者の臣下、なのか……?」
「では大樹海で我々を襲った竜も、あの者が仕向けたのでは」
「そのような回りくどいことをするはずがない。竜たちは余たちと邂逅した後に、ゼス殿に従ったのだろう」
アイザックの冷静な言葉に、兵士たちは息を呑む。
そこでふと、アイザックたちに気付いたゼスが手を上げた。
アイザックもまた手を上げて応えながら、いつもの笑みと共に僅かに冷や汗を滲ませる。
「やはり余の選択に間違いはない。なぜ余のスキルが、この国を滅ぼすことを否定したのか……その答えが今まさに目の前に広がっている。余は危うく、自国を滅亡させるところであったな」
◆ ◆ ◆
『この場所を守る手伝いをしてほしい――』
それが、オルサ王国で受け入れる代わりとしてゼスが竜たちへ求めたことだった。
羽を休めることのできる土地を、外敵から守ることに異を唱える者はおらず、一週間が経過した今では、竜たちの中でシフトのようなものが作られ、持ち回りで王国全体を見回っている。
ゼスとしては、帝国をはじめとした諸外国への牽制になればいい程度に思っていたが、律儀に役目を引き受けているようだった。
ハクの存在で竜に慣れている王国民たちは、竜の群れが王都に居着いていることに対する混乱は皆無で、「またゼス様が何かしたんだろう」ぐらいに捉えている。
――そのようなことを朝の会議で報告されたゼスは、微妙な表情を浮かべつつ、いつもよりも緊張感のある場の雰囲気に気を引き締めていた。
(なんだろう、みんなピリついているような)
会議机に並んだ廷臣たちが、いつもの報告の最中、しきりにこちらを窺っている。
果たして、定例報告を終えたロバートが、居住まいを正しながら会議机の上に一通の封筒を差し出してきた。
「ゼス様、実はこの会議が始まる前、コルド公国より返書が届きまして」
「……その感じからすると、芳しくない返事だったのかな」
廷臣たちの緊張感のある反応に眉を寄せるゼスへ、ロバートは小さく首を振った。
「いえ、建国祭へは参加の意向を表明されています。――条件付きで」
「条件……?」
封書を取り出して広げた。
ゼスは整然と綴られた文字に目を走らせ、読み上げる。
「ええとなになに、『大樹海を統べし新たな王の高名は吹雪を超え、我が国にて轟いているところ。貴国の建国を祝福すると共に、建国祭への招待にぜひ応じたい。しかしながら、その実現のため貴国に――否、国王ゼス殿のお力をお借りしたいことがある。ついては建国祭の前に、国王ゼス殿には我が国にお越し願いたい。』……これってつまり」
「建国祭に来て欲しければ、先にゼス様が公国へ顔を出せとあちらは言っているのです。……そうすることで上下関係をハッキリさせようということでしょう」
「ゼス殿、わざわざ出向かれる必要はございませんぞ! 不透明な理由で王を呼び出すなど、失礼千万!」
「ゼス様自身を指定するとは、何を考えているのか!」
前のめりになるララドの声に、周囲の廷臣たちも続く。
ゼスたちが他国へ差し出した招待状には、それぞれの国の長を呼び出すような書き方はされていない。
国交も開かれていないうちから、国のトップを寄越せとは言えない。
そのため建国祭へは長の名代か、あるいは国の重役が参加する形になるだろうと踏んでいた。
エグリス帝国の皇帝がやってきたのは、全くの想定外だったのだ。
そんな中で、公国側はゼスを指定し、公国へ来ることを条件に突きつけてきた。
皆がピリついていた理由を納得すると共に、ゼスは再度封書へ視線を落とす。
「……俺の力を借りたいことってなんだろ」
「きっとでまかせじゃろうて。口車に乗る必要はなかろう」
比較的穏健なエルフ族長老ジージジまでもが、厳しい言葉を口にする。
会議室がある種の熱を帯びていく中、ゼスは違った感じ方をしていた。
「でも公国ってそんなに野心的な国じゃなかったと思うんだよね」
王太子時代の教育を思い返す。
コルド公国は帝国より独立してからというもの、領土を広げることなく、国際社会との繋がりも希薄だという。
そんな公国が、国同士の上下関係を気にするとは思えなかった。
「本当に、困っていることがあるんじゃないかな。それがなんなのかはわからないけど、もし俺が行くことで力になれるなら、俺は公国へ行きたい。元々建国祭へ呼び出しているのはこちら側なんだしね」
封書を置いて、会議室に集った面々の顔を順々に見つめながら、ゼスは自分の考えを口にする。
先ほどまで帯びていた熱は静かに引いていき、弛緩した空気が流れ始めた。
「……ゼス様なら、そう仰ると思っておりました」
「うむ、ゼス殿らしい」
「わしらはゼス様のその優しさに救われた身。であれば、その判断に異を唱えることはできますまい」
ロバートやララド、ジージジたちの言葉にゼスは「ありがとう」と笑い返しつつ、ゆっくりと立ち上がる。
そうしてこれからの指針を今一度はっきりと口にした。
「それじゃあ行こうか。コルド公国へ」




