第64話 ハクの気持ち
「ええっ!?」
「ガルゥ……」
ゼスの声に、ハクが申し訳なさそうに身を縮こめる。
「あ、いや、責めてるわけじゃなくて、驚いただけで……」
「どうかした?」
騒ぎを聞きつけたらしいユグシルが、頭上からふわりと現れる。
「実は、皇帝を救出に向かった時に綺麗にした竜たちが、オルサ王国に住みたがってるみたいで」
「道理で、最近ずっと空が騒がしいと思った。竜たちが王都の上を旋回してる」
ゼスの言葉にユグシルが頭上を見上げた。
「最近ってことは、もしかして竜たちはずっとついてきてたのか?」
「そう。この四日間、彼らはずっと私たちの上にいた。敵意はなさそうだったからゼスには言わなかったけど。……彼らがそうした理由にも、なんとなく見当がついてたから」
「ガル、ガルルゥ……」
「ふむ、ハク殿の話では、どうやら移住の申し出は皇帝と合流したその日に受けていたようであるな」
庭先で縮こまっていたハクから話を聞いた時と同じように、胸元でフリルが通訳をしてくれる。
神獣であるフリルもまた、ユグシル同様に彼女の言葉が理解できるのだ。
元気のないハクの様子と竜たちの事情を聞いたゼスは、ふと彼女の考えに思い至る。
「……もしかして、竜たちの移住の話を俺にするか、ずっと悩んでたのか?」
「ガルゥ……」
フリルたちが通訳をしてくれなくても、ハクが「うん」と頷いたのはわかった。
しゅんと項垂れるハクの姿に、ゼスは困り顔になる。
(たぶん、ハクなりに色々と遠慮してたんだろうなぁ。神呪に冒されて俺たちを襲ってきたこともそうだけど、そもそも移住者を受け入れられないから新拠点を探してたわけだし)
ハクの胸中を思案していると、彼女はユグシルたちへ向けて「ガルガルゥ」と何事か説明していた。
それを聞いたユグシルが「なるほど」と頷く。
「ハクはなんて?」
「竜は天空の象徴的存在だけど、ずっと空にいるわけじゃない。数日に一度、地上に降りてきて体を休める習性。でも、その場所は大樹海の奥地。つまり」
「邪神の力で満ちている。……また神呪を発症する危険があるってことか」
「そう。今の彼らには、神の呪いを防ぐ術がない。……ハクがいた頃は別だけど」
神竜であるハクが群れにいた頃は、無自覚に竜たちを邪神から守っていた。
しかし今、その加護はない。
「ガルゥ、ガルルゥ」
「竜たちは、清浄なこの場所を彼らの巣にしたいみたい」
「事情はわかった。そういうことなら俺に拒む理由はないけど……ハクは、いいのか?」
数日に一度、体を休めるだけなら現状の王都でも受け入れることはできるだろう。
それよりも気になるのは、ハクのことだ。
ハクは、竜たちの群れの中でいわゆる落ちこぼれだった。
群れに置いてけぼりになり、毎日必死に後を追い続け――神呪に冒された時には、群れの一同から《竜の息吹》を放たれ、空を追い落とされた。
そんな彼らとまた共に暮らすことに、抵抗はないのだろうか。
夢の中で、ゼスは彼女の抱えた孤独感と寂しさを感じ取っていた。
だからこそ、一度自分を突き放した相手と再び同じ場所で生活することに思うところがあるのではないかと、ハクを慮る。
だが――。
「――――――――」
ハクは、黄金の瞳で静かにゼスを見つめ返す。
その目は雄弁に物語っていた。
『彼らが安全に暮らせるなら嬉しい』――と。
「……余計な心配だったな」
「ガルゥ、ガルルルゥ」
ポリポリと頬をかくゼスに、ハクはようやくいつものようにパタパタと頭の上に飛び乗ってくる。
そうして鳴き声を上げながら髪をふみふみと優しく啄んできた。
「ゼスだって、気にしないはず……だって」
「そうかな……? ……そうかも」
ハクの指摘に改めて考えてみる。
仮にケイラスやバウマンたちが居場所を追われ、この地への移住を求めてきたら、自分もまた彼女のように受け入れるだろう。
「まあ何にしてもそういうわけだからさ。みんなには大歓迎だって伝えてよ」
「ガルゥ!」
パタパタとゼスの頭から飛び降りたハクは、その体を大きくしていく。
そうして中庭の一角を埋め尽くすサイズへ変貌したハクは、その純白の体躯を周囲の灯りに神々しく照らされながら、空へと向けてぐわっと口を開いた。
「ルゥゥウウウウウウ――!」
いつもの鳴き声とは違う、甲高い、笛の音色のような声。
それが染み入るように周囲の空間に、そして空に響き渡り、遅れていくつもの羽ばたきが折り重なって降ってきた。
「ガルァァア!」
「グルルルゥ!」
「ガルガルガルゥ!」
王城を囲う石壁の内部に次々と竜たちが姿を現す。
彼らはハクとゼスを囲うように中庭へ降り立つと、鳴き声と共に頭を垂れてきた。
「がるぅ! 敵!!」
「ゼス様、これは一体なんの騒ぎ、ぃぃいい!?」
ロバートやソニアを筆頭に、異変に気付いた城内の人々が集まってくる。
そして、中庭を埋め尽くす竜の群れに悲鳴と驚きの入り混じった叫び声をあげていた。
「大丈夫、彼らは敵じゃない。詳細は後で話すとして、これから一緒に暮らすことになったんだ」
ゼスの言葉に、武装していた獣人族やエルフ族の戦士たちが、納得半分、呆れ半分の表情で警戒を解除していく。
「ガルルゥ」
「ハク?」
服をくいと引っ張られる。
見ると、ハクが大きな口の先っぽでゼスの服を咥えていた。
彼女は周囲の竜たちを翼で示しながら、何事か訴えてくる。
「受け入れてくれたお礼に、竜たちが何かゼスたちに報いたいみたい」
「報いる?」
「圧倒的強者である竜にとって、自分たちの場所ではない地を住処にすることなど、初めてのことであろうからな。対価がなくては収まりが悪いのだろう」
ユグシルとフリルの言葉にゼスは「そういうものなのか」と竜たちへ視線を向ける。
彼らは皆、何かを期待するようにこちらを見ていた。
(ただほど怖いものはない、ってことなのかな?)
夜の中庭に煌めく無数の瞳。
常人であれば威圧感に震えそうになる中、ゼスは思案を続け、「あっ」と思いつく。
「だったら、お願いしたいことがあるんだけど――」




