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追放された転生王子、呪われた森を《浄化》スキルで聖域化する ~のんびり辺境開拓していたらいつの間にか国ができてました~  作者: 戸津 秋太
第三章

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第63話 皇帝アイザック

 エグリス帝国皇帝、アイザック・フルード=エグリス。

 六年前、弱冠二十歳の時に皇帝に即位。

 以来、大胆な政策や行動の数々を成功させ、人心を掌握した英傑。


 人々に賢帝と讃えられる中、貴族たちからはまったく別の異名を囁かされている。

 それが――冷血皇帝。


 その異名は、彼が六年前、当時まだ在位中であった実の父親を軟禁し、皇帝位を簒奪したことに由来する。

 心が揺れるような選択も、迷う素振りすらなく決断する恐ろしい皇帝。


 ロバートから事前に「決して隙は見せないほうがよろしいかと」――と、忠告されるほどの人物。


 だからこそ、ゼスはこの状況に困惑していた。


「いやぁ、この温泉というやつは気持ちいいものだな! ふははははっ!!」


 王都ユグシルの南側に位置する洞窟温泉。湯船に肩まで浸かり、頭に載せたタオルを押さえるアイザックの高笑いが、洞窟内に木霊する。


 大樹海の西域で皇帝一向と合流したゼスたちは、三日ほどかけて王都ユグシルへと戻り、その後、半日ほどを費やしてアイザックたちに王都ユグシルを案内したのだ。

 そして今、王都の名物ともいえる洞窟温泉に共に入っている。


 住民たちからの人気も相まって、開湯以来、洞窟温泉の拡張は進み、今では小高い山の中腹にいくつもの洞窟が掘り進められていた。

 もちろん、そのいずれにも温泉が設けられているが、ゼスたちがいるのは一番最初に開湯した一湯だ。


 中は貸切で、ゼスとアイザック以外誰もいない。

 もちろん、外では皇帝親衛隊とソニアたち王国近衛隊が警戒にあたっている。


「気に入っていただけてよかったです」

「ああ! この温泉だけではない! 余はこの街も気に入ったぞ。整然と立ち並ぶ家々に、よく整備された水路。治安も良い。そなたの並々ならぬ力は帝都より感じていたが、まさかあの大樹海をこのような場所にしてしまうとは!」


 そう語るアイザックの表情はとても喜色に満ちていて、〝冷血皇帝〟という異名からはとても想像できない姿だった。


(いい人、なのか……?)


 迎えの話を無視し、こちらの都合など鑑みずに押しかけてくる傍若無人さは、まさしく皇帝と言えなくもないが、噂から想像していた人物像とは大きく異なる。


 アイザックがどういう人物か計りかねるゼスをよそに、彼はふっと笑みを刻む。


「気に入ると同時に、感服もした。この街全体が、信じられないほどに清潔だ。帝都の方が発展しているという自負はあるが、この一点については到底敵わないだろう」

「! そうでしょうそうでしょう!」

「!?」


 ゼスの意識が切り替わる。

 湯船に浸かったまま、アイザックへ前のめりに迫る。


「みんな汚したらすぐに綺麗にしますし、一日の最後にはこの温泉に浸かって汗を流すんです。洗濯も街中に整備された水路を浸かって毎日欠かさず行っているみたいで。まあ俺としては少しぐらい手を抜いてくれた方が、やることというか、やりがいがあるんですけど、でもみんなが綺麗好きになのは良いことですよね!」

「……あ、ああ」


 ゼスは夢中になって捲し立てる。


 ちなみに王都の住民たちが街や衣服などを清潔に保ち続けている理由は、他でもないゼスにある。

《清浄王の加護》はもちろんのこと、もし汚れているところをゼスが見つけたなら、必ず綺麗にしようとするだろう。

 以前ならばさておき、王であるゼスにそんな真似はさせられないというのが、住民たちの総意だった。


 今では「綺麗にしないとゼス様が飛んでくるぞ」という脅し文句も生まれるほど。


 そんなことになっているとは露ほども知らないゼスは、みんなが自分と同じく綺麗にする快感に目覚めたのだろうと嬉しく思っている。


 アイザックは驚いた表情で固まったまま、小さく頷いた。


「なるほど、ゼス殿はそういう人物なのか」

「えっ?」

「無理を押して出向いて正解であったな。やはり余は間違えない!」


 アイザックの言葉をきっかけに、ゼスはずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「アイザック殿は、どうして危険を冒してまで大樹海を横断し、我が国へ赴かれたのですか?」

「む? 返書に書いたはずだが」

「迎えを待ちきれないから――それだけのために、あれだけのリスクを負ったと?」


 帝国兵たちは精強だった。大樹海に入ってから現れ続ける魔物たちを退けていた。

 だが、竜に対しては無力だった。

 もしゼスが間に合わなければ、あのまま命を落としていた。

 そのリスクを承知で、オルサ王国の迎えを待たなかった理由があるはずだ。


 ゼスの鋭い目を、アイザックはしばし見つめ返す。

 そうしてふっと笑みを浮かべた。


「今こうしていることこそ、余の狙いだとも」

「というと?」

「そなたらの迎えを待てば、ここに着く時にはすでに他国の者たちも集っていることだろう。そうすれば、こうして腹を割って話す機会もなかった。ゼス殿ももっと国王然とした口調になっていただろう?」

「……それは、そうかもしれませんが」


 建国祭に向けて、スターロードとの謁見などで国王然とした口調を練習していたゼスだったが、アイザックに対してはすっかり年長者に対する言葉遣いになってしまっていた。

 もし最初の出会いが公式の場であったなら、全く違った距離感になっていただろう。


「アイザック殿の考えは理解しました。ですが、それだけのためにあんな無茶を?」

「余にとっては無茶なことではない。余が無事なことはわかっていた。ゼス殿、余は絶対に間違えない(・・・・・・・・)

「まさか……」


 自信満々なアイザックの物言いに、ゼスの中に一つの仮定が浮かぶ。

 それを肯定するように、アイザックは頷いた。


「そなたがこの大樹海に国を築き上げた力を有するように、余もまた、選択を間違えぬ力を持つのだ。余が迎えを待たず、大樹海へ赴いたのも、そちらの方が正解だとわかったからだ」

「――――」


 思わず言葉を失う。

 それは、上に立つ者として――国を治める者として、あまりにも強力なスキルだ。


「しかし、あれだな」


 不意に、アイザックが視線を外し、洞窟温泉の外へ目を向ける。


「竜に、大精霊に、神獣、獣人族やエルフ族の戦士たちまで。このような辺境の地で、よくもこれほどまでの戦力を集めたと感心するが……」


 この三日間、浮かべ続けていた笑みは鳴りを潜め、アイザックは独り言のようにポツリと呟く。


「帝国の全戦力を持ってすれば、この国を手中に収めることはできそうだ」

「!」


 ざぶんという水音と共に、ゼスは立ち上がった。

 無表情にこちらを見上げるアイザックにゼスは告げる。


「そんなこと、させるとでも?」

「…………」


 アイザックの黄金の瞳がゼスを捉え――焦点がぼやける。

 まるでここではないどこかを見ているような、そんな印象を抱かせる虚ろな眼差し。

 程なくして、アイザックは両手を上げた。


「もちろん、冗談だとも。……どうやらそれは、正しくない(・・・・・)ようだ。しかしゼス殿、国を保つには権威が、権威を保つには力が必要だ。この国に、それだけの力があるのかな?」





    ◆ ◆ ◆





「……言ってることはもっともだけどさぁ」


 夜を迎え、アイザックと別れたゼスは、あてもなく王城の庭を歩いていた。

 思い起こされるのは洞窟温泉でのやり取り。


 アークライト王国との騒動は、アークライト王国側があまりにも脆弱だったために、ハクと共に王都へ乗り込む形で終息したが、帝国は同じようにはいかないだろう。

 もしうまくいったとしても、ハクが傷つくのは必定で、それはゼスの望むところではない。


「戦力問題は、ロバートも前から話してたしなぁ」


 国を維持するための力。

 獣人族が加わったことで以前よりは充足したものの、大国と渡り合うには物足りない。


「その人間は我らのことを過小評価しておるな。ハク殿や我らがいれば、どれだけの人間が攻めてきたところで、返り討ちにしてくれよう」


 胸元でフリルが不満げに唸る。


「確かにみんなならそれが可能だろうけど、……俺はやっぱり、戦って欲しくはないよ」


 ゼスの理想はどこまでいってものんびりスローライフ。

 王になった今、さまざまなことに追われて忙しい日々を過ごしているが、そこは変わらない。


 そしてそれは周りの人たちにも言えることで、彼らにもまた傷ついて欲しくはない。


「アイザック皇帝の言ってることは、たぶん攻める気すら起こさせない力が必要だってことなんだと思う。帝国に攻め入ろうとする国はいないわけだし」


 帝国はその広大な領土を治めるだけの膨大な戦力を有している。

 どんな国も、帝国と正面からやり合おうなんて考えすらしない。


「ガルゥ……」

「あれ? ハク……?」


 ため息のような鳴き声のした方へ目を向ければ、庭の隅でハクが縮こまっていた。

 いつもゼスの頭に乗る際のサイズになっていて、意識しなければ見落とすような存在感。


 初めて見るハクの姿に、ゼスは先ほどまでの思考を打ち切り、彼女の下へ歩み寄った。

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