第59話 王城
「ひと月前に来た時とは、様子がかなり変わっているようであるな」
ロバートたちの後に続いてユグシル村の中を歩いていると、胸元でフリルが唸った。
その言葉は今のゼスの胸中を代弁していた。
「まさかこんなことになってるなんてね」
建国祭に向けて他国の要人を招くべく、国として侮られないようにユグシル村全体の整備を進めているという話は聞いていた。
だが、このひと月。たったひと月離れていただけで、村の中の道には石畳が敷かれ、周囲に建ち並ぶ建物は上方向への増築が施されており、村というよりは街としての様相を呈している。
かなりの変貌を遂げる街並み。しかしそれ以上にどうしても目を引いてしまうのが――。
「建てることには納得してたよ。してたけどさ、こんなことになるなんて聞いてないって」
国としての権威を確固たるものとする、その象徴的な建造物――王城。
それが、ゼスたちの向かう先に聳え立っていた。
ユグシルの依代である、ビルほどの高さを誇る大樹。
元々はその根本に広がる平地には、ゼスの自宅や彼がクリーニング屋として活用していた東屋、そしてユグシルの神殿が立ち並んでいた。
しかしそれらの姿は今や見る影もなく、代わりに大樹を取り囲むようにして四基の塔が立ち並んでいる。
そのうちの三基はこのユグシル村の他の建物と同様に防腐処理のための焼きが入れられ、黒っぽくなった木材によって組み上げられていた。
そして正面に見える塔は他の塔よりも大きく、石材を組み上げた堅固な造りとなっている。
いわゆる主塔の周囲には、小さな塔がいくつも繋がっていた。
それらすべての建物を取り囲むように、その外側にはさらに石壁が築かれ、ゼスたちが今まさに進む石畳の終着地に門が待ち構えていた。
ゼスの呟きに、前を進むロバートが、振り返ることなく言葉をかけてくる。
「ご安心ください。ユグシル様の神殿は王城内に、ゼス様の元のご自宅は別の場所に移設し、有効活用しております。これからはこの城がゼス様のお住まいということになりますので」
「そういうことじゃなくて、どう見てもこの城の規模、やりすぎじゃない!?」
平地全体が、完全に城に飲み込まれている。
ゼスの想像していた規模は、建ち並ぶ塔のうちの一基。それも今よりももう少し小さいものだった。
「というかたった一ヶ月でよく建てたね!?」
「それはユグシル様やディーネ様、ハク様たちにご助力いただいたのです」
「……そういえば、最近一人になれる時が多いなぁとは思ってたけど」
じと〜っとした目をユグシルたちへ向けると、彼女たちは得意げに胸を張った。
「ふふん、王城の建築に使った木は、私が用意した」
「わたくしは石材の準備を」
「ハクは資材の運搬と焼き入れを手伝った」
「ガルゥ!!」
どこからともなく現れたハクも、得意げに鳴きながらゼスの頭の上にぽすんと収まる。
大精霊と神竜、そして何より、さまざまな分野に精通した四種族の力が合わさったことで、この短期間での竣工を可能にしたのだった。
「……もしかして、だけど」
功績を誇る一同の姿に、ゼスの頭の中にある仮説が閃く。
「俺にユグシル村へ戻らないように言ってたのって、王城を見られないようにするため?」
ゼスの言葉に、ロバートやフローラ、ピーターたちがぴたりと足を止めた。
そのまま固まるロバートの顔を、ゼスは後ろから覗き込む。
「ロバート?」
「…………ゼス様がいらっしゃったら、きっとお止めになられるだろうと……」
汗をだらりと滲ませて、ロバートは告白する。
「そりゃあ止めるでしょ。こんなに大規模で豪華になるなんて想像してなかったんだし」
「まあまあ、ゼス殿。そのぐらいに」
「! ララドさん、ジージジさん」
ドワーフの長であるララドとエルフの長老ジージジが王城の門から姿を現し、こちらへと向かってくる。
ララドは顎髭を弄りつつ、目元に皺を寄せて笑いながら告げてくる。
「ゼス殿の座する王城を立派なものにしたい、というのはわしら全員の総意じゃ。責めるのなら、わしらも責めてもらわんとな」
「……そんなことを聞いて、責めれるわけないじゃないですか」
「ふぉっふぉっふぉ」
なんだかしてやられたような気がしつつも、改めてゼスは正面に聳える王城を見上げる。
そうして周囲に集まった人たちへ向けて、ゼスは笑いかけた。
「みんな、ありがとう」
ゼスの感謝の言葉に、各々が違った反応を示す。
ロバートやララドたちは恐縮し、ユグシルやディーネたちは得意げになり、周りのドワーフやエルフたちは感極まった様子を見せる。
「幸せ者であるな」
「うん、本当に俺にはもったいないよ」
フリルの言葉に頷くと、「それもあるが……」と含み笑いが返ってくる。
「そなたの周りの者たちのことを言っているのだ」
「……そうかもね」
活気で満ちたユグシル村の住人たちを見回して、ゼスはさらに深く頷いた。
◆ ◆ ◆
「おかえりなさいませ、ゼス様」
王城を囲う石壁を抜け、主塔である石造の建物へ入ると、玄関部の両脇に並び立つメイドたちが一斉に頭を下げてくる。
「メイド長にララ、みんなまで」
メイドたちの多くは、アークライト王国の王城に勤めていた者たちで占められていた。
「彼女たちには王城の管理を一任しております。城内の清掃はもちろんのこと、来賓の出迎えや案内など、彼女たち以上の適任はいないかと」
「そうだね、心強いよ」
「ゼス様。場所は変わりましたが、改めてこの王城のメイド長となりました。また誠心誠意お仕えさせていただきます」
一歩前へ出て頭を下げてきたメイド長へ、ゼスは微笑み返す。
「よろしく。頼りにしてるよ」
「はい」
「ゼス様。色々とご紹介したい場所はありますが、やはりまずは、王の間へご案内いたします」
ロバートの案内で正面階段を上り、上へ、上へと進んでいく。
窓こそ少ないものの、通路はまさに王城の内装といった豪華さだ。
足元に巡らされた真紅の絨毯などは、どうやって調達したのだろうと不思議になるほど。
そんなゼスの胸中を察してか、ロバートが苦笑混じりに声をかけてくる。
「こちらに敷かれている絨毯はすべて、シルク商会より建国祝いにとお贈りいただいたものです」
「これ全部!?」
「はい。『今後ともご贔屓に』ということでした」
「流石はスターロードさん、強かだなぁ」
ふかふかの絨毯を踏みしめながら、さらに上へと上っていくと、最上階へと辿り着く。
通路へ出ると、その両脇に並び立つ甲冑姿の獣人族やエルフ族の姿が目に飛び込んできた。
彼らもまたゼスの姿に気付くと、一斉に拳に手を当てて頭を下げてくる。
そしてその中の一人がゼスへ向けて無邪気に駆け寄ってきた。
「! 主様〜!!」
「ソニア、どうしたのそんな格好で」
兜こそ被っていないものの、ソニアも周りと同じ鎧を見に着けていた。
ゼスの問いに、ソニアは胸を張る。
「あたし、主様を守る一番偉い人になった!」
「……?」
「ソニアさんは、王国近衛隊の隊長として、獣人族やエルフ族の戦士の皆さんを統括していただくことになったのです」
「ああ、なるほど」
ソニアの言葉を理解できずにいると、ロバートがすかさず補足してくる。
その説明に、ソニアはさらに「えっへん」と鼻息を荒くする。
「獣人族の皆さんが近衛隊に加わってくださったおかげで、我が国が抱えていた戦力の問題は少しは解消しました。もし他国が攻めてくるようなことがあっても、抵抗できるはずです!」
「そんなことは二度と起きないでほしいけどね」
身を震わせるゼスへ、エルフ族の部隊長を務めていたセグウィンも声をかけてくる。
「ゼス様。この度、近衛隊副隊長となりました。何か問題がございましたら私にお申し付けください」
「心強いよ、ありがとう」
「がるぅ、主様を守るのはあたし!」
対抗心を燃やすソニアを宥めつつ、ゼスたちは再び歩き出す。
「それにしても、王城の守り過剰すぎないかな」
「ゼス様がおられる場所なのです。過剰すぎることなどありますまい!」
「……うん、まあ頼もしいけどさ」
彼らが活躍するようなことが来ないことを願いつつ、ゼスたちは最上階の最奥に構える大扉――王の間の前へと辿り着いた。




