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追放された転生王子、呪われた森を《浄化》スキルで聖域化する ~のんびり辺境開拓していたらいつの間にか国ができてました~  作者: 戸津 秋太
第三章

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第57話 《修整》

 昼下がり。ゼスたちは再び獣人族の営地へと戻っていた。


「今朝方に出ていったばかりで何度もごめんね」

「いやいや、ゼス様でしたらいつ何度でも歓迎します! ……が、何かあったのですか」


 すっかり敬語が板についたガウフィンへ、ゼスは「少しやりたいことがね」と微笑みかける。


「実は――」

「……!? そんなことが、可能なのか!?」

「私も、とてもすぐには信じられませんでしたが……」


 ロバートとガウフィンのやり取りを横目に、ゼスは足元へ視線を向ける。


 アークライト王国の西域に広がる草原地帯。

 ここは、ある意味で大樹海と同じ不毛の地。

 農作物が育たず、それゆえにいくつもの営地を渡り歩くことでしか日々の糧を得られない。


 どこかに根を張り、定住したいと望む獣人族たちにとって、この土地はそれ自体が大きな課題となっていた。


 だが――。


「《精霊の眼》」



――――――――――――

土壌情報

地力:最低

pH:10(高アルカリ性)

保水性:不安定

排水性:不安定

毒性:強

――――――――――――



 昨夜見たのと同じ情報が映し出される。


(土地の力はなくて、たぶんpHは、もう少し中性寄りの方がよかったはず。あとは保水性と排水性を安定させて、毒性を排除すればいい)


 明確なイメージと共に、ゼスは王笏を地面へ突きつける。

 脳内で指定した範囲は、獣人族の営地があるこの地一帯。


「――《修整》」


 大地が青白い輝きを放ち始める。

 突然のことにざわめく獣人族たち。対してすでに二度目(・・・)のロバートたちは、彼らと比べて驚きこそ少ないものの、やはりその光景に目を奪われていた。


 青白い輝きが地面からゆらりと浮かび上がり、まるで蜃気楼のように、大地そのものが中空に現れる。


「お、おい、あれ!」


 誰かが空を指差した。

 彼らの見上げる先に、また別の青白い光が現れる。


 彗星のように降ってきたそれは、地上の蜃気楼へ突き刺さる。

 かと思えばくるりと反転し、今度は空へ向けて蜃気楼に突き刺さった。


 まるで、糸を縫う針のように。蜃気楼の大地に、何度も何度も、規則正しく、何かを縫い付け、取り繕っていく。


「なにが、何が起きている……」


 ガウフィンの悲鳴じみた声は、この場にいる全員の代弁だった。

 ロバートはある種の同情を帯びた眼差しを目の前の光景に向けながら、静かに答える。


「今まさに、ゼス様がこの大地を直されているのです」


 針の光が消える。

 蜃気楼がゆっくりと落ちていき、本物の大地と重なる。

 青白い光が地上へ溶け込んでいき、そして、今の出来事が幻想だったと錯覚するほどの静寂が訪れた。


 誰もが言葉を失う中、ゼスは再び地上を視る(・・)



――――――――――――

土壌情報

地力:最高

pH:7(中性)

保水性:安定

排水性:安定

毒性:無

――――――――――――



 先ほどと一変した土壌情報を前に、ゼスは頬を緩める。


(……ああ、どうしてずっと気付いていなかったんだろ。洗濯は、綺麗にすることだけじゃないってことを……!)


 新たに目覚めた……いや、気付いた快感を噛み締める中、農業系のスキルを有する獣人の一人が震え声を上げた。


「ふ、副族長……土地が、農地に適した土地に、変貌しています……!」





    ◆ ◆ ◆





「――――《修整》」


 大樹海の新拠点候補地にて。

 脳裏に閃いたスキルを早速行使したゼス。


 周囲に浮かび上がる幻想的な景色にロバートたちが言葉を失う中、ゼスはどこか生まれ変わった心地だった。


(そうだ、なんでこのことに気付かなかったんだ)


 自身のスキルで足元の土地が文字通り修整されていく。


 ゼスが発現した新たなスキル《修整》。

 それは、良くない状態のものを正しい状態、望む状態へと直す権能(スキル)


 前世でクリーニング屋だったゼスは、洗濯の傍らで、糸がほつれた洗濯物なども直していた。

 それと同じことを、世界規模で行うスキル。


(そうだ、綺麗にするのが洗濯なら、汚れを落とすだけじゃなく、壊れた部分を直すことだって洗濯だったんだ!)


 地上の呪い(汚れ)を祓う時と同じように。

 目の前の土地が望む姿へ改変されていく光景にゼスは快感に震えながら、ロバートたちへ向き直った。


「ロバート、これでこの土地の栄養は元に戻ったはずだ」


 そう告げられたロバートのあんぐり顔は、過去一のものだった。

 そうしてゼスたちは、獣人族の問題を解消するべく、再び営地へ向けて飛び立った。





    ◆ ◆ ◆





「はぁ〜、思ったより疲れたなぁ」


 営地の《修整》を終えたゼスは、のしかかる疲労感にふぅと息を吐き出す。

 すると、色々な声が飛んできた。


「世界の改変なんてとんでもないことをして、疲れたなぁ、で済むのがおかしい」

「ふふっ、シルちゃんの言う通り、貴方は本当に変わってるわね」

「我は神獣として幾柱の神々と言葉を交わしたことはあるが、そなたほど豪胆な存在は初めてであるぞ」

「みんな難しいこと言ってる! 主様はすごい、それで十分!」

「ガルゥ!」


 ゼスはユグシルたちを振り返りつつ、釈然としない表情で応える。


「俺だってこの力がとんでもないことだってのはわかってるよ。これがあれば大樹海の開拓もし放題じゃないか」

「……本音は?」


 ユグシルがジト目で追及してくる。

 心の奥底を見透かされているような眼差しに、ゼスはうぐっと言葉を詰まらせた。


「……この力があれば、大樹海でも洗濯欲が満たせるなぁって」

「はぁ……」


 ため息を零すユグシルに合わせるように、ディーネがくすくすと笑う。


「……それにしても、呪いを祓うだけじゃなくて、世界そのものを望む形に改変するなんて……」

「そうね。それはもう、人の領域ではないわ」

「ふむ……それに、これほど都合よく目の前の障壁を乗り越える力に目覚めること自体、常軌を逸しておる。人の子は、これほど万能ではなかろう」

「ガルゥ……」

「なに? 俺の悪口?」


 突然ヒソヒソ話を始めた大精霊二人と神獣、そして神竜。

 ちらちらとこちらを窺いながら話す彼女たちに、ゼスは抗議の目を向ける。


 そんな、奇跡を引き起こした後とは思えない和やかなやり取りに、獣人族たちは蚊帳の外になっていた。

 と同時に、彼らの中で明確に意識が切り替わる。


「えっ……?」


 ゼスの体が輝き、光の柱が天へと昇っていく。

 そうして昇った光は、数十、数百に枝分かれしていき、また地上へと降り注いできた。


「これって」


 周囲に集まった獣人族たちが、橙色の暖かな光で包まれていく。

 この光は、《清浄王の加護》。

 ゼスが統治する国の民へ、浄化の加護を与えるギフトのスキル。


 そのスキルの庇護を彼らが受けたということは――。


「いや、なんで?」


 困惑するゼスに、ロバートたちは肩を竦めるのだった。





    ◆ ◆ ◆




 ゼスの国への帰属を獣人族たちが望んだことで、彼らとの今後についての話し合いを行うことになった。

 大樹海の開発が進んでいないことから、ひとまずはこの地で定住を目指して動いてもらうことにはなるが、今後についてはアークライト王国との話し合いが必要になる。


 ――ということを、ロバートが纏めてくれた。


 話し合いを終える頃には夕暮れ時になり、また営地で一晩明かすか悩んでいると、ディーネが口を開いた。


「大樹海へ戻りたいなら、わたくしの力ですぐに戻れるわよ」

「えっ?」

「ふふふっ、わたくしだって曲がりなりにも大精霊よ?」

「いや、曲がりなりにって、別に疑ったことはないけど。でもどうやって?」

「見た方が早いわね。……そうね、この辺りが良さそうかしら? ――《水門(ゲート)》」


 とぷん、と。ディーネが手をかざした先に巨大な水の塊が現れる。

 それは徐々に渦を撒き始め、水鏡のようなものを形作る。


「さっ、ゼス。行きましょう」

「うわっ、ちょっ……」


 ディーネに手を引かれ、水鏡へと突っ込んでいく。

 そうして水を抜けた先には、同じ荒野の風景が広がっているはずだった。


 だが――。


「! ここって……」


 目の前には、ディーネと出会った湖が広がっていた。

 振り返ると、大樹海の景色の中に、今しがた抜けてきた水鏡が浮かんでいる。

 一瞬にして別の場所へと移動する。それはシルク商会商会長、スターロードの《交易路》と似た力だ。


「ディーネは転移のスキルを持っているのか?」

「ふふっ、正解よ。それに見て」


 ゼスの後を追って、ロバートやユグシル、ソニアやハクたちが次々と水鏡から現れる。

 この大樹海の面々が揃ってもなお、水鏡はその場に残り続けていた。


「まさか、この転移門は永続的な効果を持っているのか?」


 ゼスの問いに、ディーネは胸に手を当てて誇らしげに語る。


「それこそが、わたくしの《水門(ゲート)》よ。わたくしが自分を封じる際に土地の力を使っていたように、《水門》もまた、周囲の土地の力を使って恒久的に稼働し続けるわ。土地のことを考えるとあまり使いたくないけれど、貴方がいれば大丈夫でしょ?」

「確かに、もし土地の力が枯れても、《修整》すればいいからね。……って、待てよ?」


 ゼスの脳裏に電流が走る。

 この新拠点の候補地……いや、もう新拠点確定ではあるが、この場所に残った最後の問題。それが、ユグシル村との行き来の過酷さだった。

 だが――。


「ディーネの《水門》をユグシル村に開くことことはできるか?」

「! そうですね、もしそれが可能なら、一気に問題が解消されます!」


 次から次へと目まぐるしく移り変わる状況に疲弊していたロバートが、一気に元気を取り戻す。

 ディーネは少し考え込むように、瑠璃色の目を静かに閉じた。


「この力は本来、わたくしが行った場所にしか使えないわ」

「それなら、一緒にユグシル村へ行けば」

「そうね。でもどうやら、そんなことをしなくてもいいみたいね」

「えっ?」


 ディーネは目を開くと、悪戯っぽい笑みを浮かべてゼスへ告げる。


「貴方と結んだ契約のお陰で、貴方が行ったことのある場所にも、《水門》を開けるみたい」

「! それはよか……いやちょっと待って、契約って!?」

「あら? とっくに気付いていると思ったわ。湖の大精霊であるわたくしが貴方についていくには、契約を結ぶ必要があるもの」

「……そういえば、ユグシルの時にそんな説明があったような」


 大樹の大精霊であるユグシルが依代である大樹を離れられるのは、契約者であるゼスの周囲に限られる。

 同様に、ディーネが獣人族の営地へ同行できたのは、すでにゼスと契約していたから――ということになる。


「俺、何も聞いてないんだけど」

「ふふっ、わたくしが貴方に求めることはないわ。これはわたくしから貴方への感謝と親愛の印だもの」

「確かにユグシルも同じことを言ってたけども……」


 勝手に結ばれた契約に納得しかねるものの、ゼスは気を取り直す。


「それじゃあ、ユグシル村への転移門を開いてくれないか?」

「契約者の仰せのままに」

「その言い方やめて!?」 


 揶揄ってくるディーネに突っ込みを入れる。

 彼女はころころと笑いながら、また別の《水門》を生み出した。


「さあ、この先はシル村よ」

「ユグシル村」


 ユグシルが照れ臭そうに突っ込みを入れた。


「まあ、新拠点の場所も決まったし、一度戻ろうか」

「そうですね、色々と報告したり、纏めたいこともありますので。……本当に、色々と」

「それは……ごめん、それとありがとう」


 疲労困憊のロバートへ笑いかけつつ、ゼスたちは《水門》をくぐった。

 そして――。


「おい! 何が出てきても絶対にこの場所を守るんだぞ!! ゼス様の国を侵させるわけにはいかない!!」

「おおっ!!」

「戦うぞぉ!!」


《水門》を抜けたゼスを出迎えたのは、殺気だった怒声の数々だった。


「え、なにこれ」

「!? ゼ、ゼス様!?!?」


 斧を構えていたララドが、水門から現れたゼスたちの姿に眼を丸くする。


「たぶん、《水門》から敵が現れると思ったみたい」

「あー、確かに何も言ってないもんね」


 ユグシルの仮説に納得しつつ、ゼスは周囲で固まるドワーフやエルフたちへ手を挙げて笑いかけた。


「みんな。新拠点、無事に決まったよ」

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