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追放された転生王子、呪われた森を《浄化》スキルで聖域化する ~のんびり辺境開拓していたらいつの間にか国ができてました~  作者: 戸津 秋太
第三章

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第55話 湖の大精霊

「本当にここに、私以外の大精霊がいるの?」


 フリルの後を追ってゼスとユグシルが辿り着いたのは、新拠点のほど近くに広がる湖だった。

 ユグシルが湖岸から水面を覗き込んでから、怪訝な顔でフリルを振り返る。


「うむ。我の鼻は精霊の気配を嗅ぎ分ける。間違いなく、この湖底にそなたと同じ存在がいるはずだ。心当たりはないのか? そなたも古き存在であろう」

「確かに、私以外にもこの大樹海に同じように生まれた精霊はいるはず。でも、すでに神呪と同化しているか、存在が消滅しているはず」


 そう答えるユグシルの声音は、僅かにだが期待で上擦っていた。

 その声を聞いたゼスは、以前彼女に他の精霊と会ったことがあるのかという問いに寂しげに答えた姿を思い出す。


 ゼスは王笏を握る右手にぎゅっと力を込め、ユグシルの前に出る。


「なんにせよ、確かめてみよう。――『神権の王笏』」


 ここは大樹海。すでにゼスが領土として認識した地。

 ゆえに、王笏を用いた人ならざる視座で、見通すことができる。


 視界が切り替わる。

 遥か頭上から、大樹海を見下ろす目。

 地上との距離がぐぐんと縮まると、湖の水面、そしてその先へと潜り込む。


 湖の奥へ奥へと視界は移ろいでいき――湖底へ辿り着くその最中で、再び視界が切り替わった。


「あれ……?」

「ど、どうだった?」


 ユグシルが目の前に回り込み、覗き込んでくる。

 その瞳は不安と期待で揺れていた。


 ゼスは王笏に視線を落としながら、ぽつりと答える。


「後少しで湖底に迫りそうなところで、引き戻されて何も見つからなかったかな」

「……そう。やっぱり、ここには誰もいないと思う。もしいたら、私も気付くはず」

「いや、どうだろう。何かいるからこそ、王笏の力が途絶えたのかも」

「どういうこと?」

「この王笏の権能って、俺の統治する場所の情報を得ることだろ? だからもし、湖底に誰かがいて、そこを掌握しているのなら、そこは俺の統治範囲の外ってことになる……かもしれない?」

「……!」


 翡翠色の目が見開かれる。

 ゼスはしばし湖面を思案げに見つめ、小さく頷いた。


「考えていても仕方ないし、行ってみるか」

「どうやって?」

「そりゃあもちろん、こうやって!」

「あ、ちょっと」


 湖岸を蹴って湖へ飛び込む。

 バシャンという水音と共にゼスの全身を冷たい水が包み込む。


 両手と両足を目一杯動かし、水をかき分けて潜水するゼスだが、途中で気付いた。


(……思ったより、深いッ)


 王笏の視界で錯覚していたが、かなりの深さを有する湖のようだ。

 息が苦しくなり始めたその間際、ゼスの周囲に異変が起こる。


(……空気の、泡……?)


 ゼスの周囲を気泡のような空気が包み込む。


「力を抜くのだ、ゼス。我がそなたの周囲に空気の層を作った。この中でなら呼吸もできる」

「! 本当だ……助かるよ、フリル」

「まったく……」


 いつの間にか隣で同じように空気の泡に包まれて潜水してたフリルに礼を言う。


「しかし、空気の循環まではできぬ。空気が尽きる前に地上に戻った方が良いだろう」

「それなら、私がなんとかする」

「! ユグシル」


 同じ空気の泡の中に入ってきたユグシルが、両手を合わせて目を瞑った。


「《自然の守護者》」


 ユグシルの両手が輝き、そこから小さな木の苗が現れる。

 めきめきと枝葉が伸び、泡の内部を満たしていく。


「これで、自然の循環が働く」

「おお〜、なんだか合体技みたいだ」

「…………」


 じとぉ〜とした目つきを向けるユグシルだが、今はそれ以上に湖底の様子が気になるらしい。

 すぐに視線を眼下に向けた。


「……何も、見えない」

「今のところは、だけどね。――! 今の、なんだ?」


 湖底を見据えて潜水を続けていたゼスたちの体に、一瞬違和感のようなものが押し寄せる。

 つい振り返って頭上を見上げたゼスの袖を、ユグシルがくいと引っ張った。


「ゼス、あれ」

「……これは、どうなってるんだ……?」


 ユグシルが指の先を追い、眼下へ視線を戻したゼス。

 先ほどまでの泡の周りを取り囲んでいた穏やかで綺麗な水が一転、辺りの水は緑色に濁り、至る所に藻のようなものが揺蕩っていた。


「ふむ、どうやらここを境に水質が変貌しているようだな」


 少し頭上へ戻ったフリルが、周囲を見回して呟く。

 まるで境界でもあるかのように、上と下で明確にわかれている。

 なぜそんなことになっているのか、不思議に思うと同時に、そんなことがあり得るのかと言う疑問が湧いてくる。


 しかしそれ以上に、ゼスを動かしたのはいつもの衝動だった。


「《洗浄》」


 周囲の水へ意識を向け、スキルを放つ。

 この大樹海に飛ばされて少しの間は、飲み水の確保に《洗浄》を使っていた。

 それと同じ要領で澱んだ湖の水を綺麗にしていく。


「……?」

「どうかした?」

「いや、なんというか、抵抗を感じるというか、《洗浄》じゃダメなような……」


 水質自体は洗浄で綺麗になっているものの、周囲に浮かぶ藻のようなものは、以前として残り続けている。

 自身の放つスキルにいつものような手応えを感じずにいたゼスは、ふと思い至った。


「もしかして……《浄化》」


 泡のような光を塗りつぶす形で、周りを浄化の光が包み込んでいく。

 その輝きと眩さにユグシルたちは目を細め――光が収束すると共に、その目を見開いた。


「これって……」


 ゼスも思わず驚きの声を零す。


 《洗浄》と《浄化》で透明になった水の先、湖の奥底に、異様な光景が広がっている。

 そこにあったのは、明らかな人工物だった。

 削り出された石柱が円状に立ち並び、その中心に、吹き抜けの建築物がある。


 角ばった石材で組まれたそれはまるで。


「祭壇……いや、神殿? ――ッ、なんだ!?」


 まじまじと眺めていると、湖底が妖しく輝き始めた。

 凪のようだった水中がざわめきたち、いくつもの水流が生まれ、ゼスの目の前へと集まっていく。


「どうやら、そなたが目覚めさせたようだな」

「目覚めさせたって、何を!?」


 フリルがどこか嬉しそうに呟く中、ユグシルは水流を見つめて目を瞬かせる。


「嘘……この気配、本当に……?」


 二人の反応にゼスも「もしや」と思ったその時、激流の中から声が響いた。


「――貴方が、わたくしを起こしてくれたのね?」


 水の流れが鎮まり、人型の輪郭が現れる。


 肩口で揃えられた複雑な色味を帯びた瑠璃色の髪を靡かせる、大人びた女性だった。

 ふわりと、まるで水を揺蕩うようにして、空気の泡の中へと入ってくる。


 そうして、髪と同色の瞳をゆっくりと開き、ゼスへ向けて名乗りをあげた。


「わたくしの真名はディーネ。この湖に宿る大精霊よ」

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