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追放された転生王子、呪われた森を《浄化》スキルで聖域化する ~のんびり辺境開拓していたらいつの間にか国ができてました~  作者: 戸津 秋太
第三章

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第53話 神獣

「お、おい、なんだ今の爆発音は!」

「祠の方からだぞ! ……ッ!」


 陽が傾き始め、夕食の準備を進める獣人族の営地。

 突如辺りに轟いた爆発と衝撃に、ゲルの中にいた者は外へと姿を現し、支度を進めていた者たちは手元から視線を上げる。


 そうして、山の方を臨んで言葉を失った。


「あ、あれは……まさか……!」

「巨大な顎、獰猛な牙、山肌を覆う巨躯……間違いない、伝承通りだ! 我々の守り神様が現界なさったのだ!!」


 山の中腹を隠すほどの巨体を伴った漆黒の狼の姿に、獣人族たちは一斉に歓喜の声を上げる。

 だが、すぐにその笑顔は凍り付いた。


『ウォォオオオオオオンッッ!!』


 大気を切り裂く咆哮が轟き、狼の――守り神の周囲に空気が集い、漆黒の風となる。

 それはそのまま無数の竜巻へと姿を変え、周囲の山肌を吹き飛ばし始めた。


「まさか、守り神様はご乱心されたままなのかッ」

「おい逃げろ! 戦士は戦え! 守り神様をお鎮めしろ!」

「鎮めろって……アレ(・・)と、どう戦えってんだよ」


 強い者に従う、それが獣人族の慣わし。

 それゆえに、すぐに理解してしまう。彼我の力の差、存在の格の差を。


 屈強な体躯と格闘術を有する獣人族たちは、逃げることも挑むことさえできずに、ただ世界の終わりを見上げ続けた――。





    ◆ ◆ ◆





「――《浄化》」


 空に現れた巨狼へ向けて早速スキルを行使したゼス。

《浄化》の光は巨狼の体躯の一部にぽぅと宿り、しかしすぐに漆黒の光に飲み込まれた。


「一度じゃ落としきれないってことか。ユグシルの時と似ているな」

「というよりも、あの狼さんが陥ってる状況は私と同じだと思う。それにさっきの声」

「ああ、わかってる。どの道やることは一つだ。あの汚れを消し飛ばすとしよう」

「!? まさか、守り神様と戦うつもりか!? 危険だ、最早俺たちでどうこうできる問題ではッ」

「ガルゥッ!」


 ガウフィンの叫びをかき消すようにハクが両翼を広げ、洞穴の中で体を大きくする。

 頭上に浮かぶ巨狼よりも大きくなったハクの背に乗り込みながら、ゼスはガウフィンへ笑いかける。


「戦うつもりなんてないですよ。ちょっと綺麗にしにいくだけですから」

「わ、わけがわからん」

「……ゼス様、どうかご安全に」

「ありがとう、ロバート」


 どこか諦めた様子のロバートに頷き返すうちに、ユグシルがふわりとゼスの隣に乗り込んだ。


「がるぅ! あたしも一緒に行く!!」

「ソニア!?」


 ゼスの前へと飛び乗った娘の姿に、ガウフィンが目を剥く。


「あたしが主様を守るって言った!」

「そんな話もしてたけど、心配いらないよ。さっきも言ったけど少し綺麗にするだけなんだし」

「がるぅ? じゃああたし、手伝う!」

「ガルルゥッ!」


 目を瞬かせたソニアが元気よく言い切ると、ハクも同調するように鳴き声を上げる。


「よし、それじゃあハク、お願いできるかな」

「ガルゥ!」


 ゼスの呼びかけに応じて、ハクが純白の翼を羽ばたかせる。

 そして一気に、巨狼が生み出した天井の吹き抜けへ向けて突っ込んだ。


「り、理解できん……守り神様だぞ? あの気配と重圧を前にして、なぜあんな風に笑っていられる……?」


 巨狼へ迫る白竜の背中。そこにしがみつくゼスたちの姿を呆然と見上げ、ガウフィンは力無く零す。

 その呟きに、ロバートは丸眼鏡をくいと指で持ち上げながら呆れ混じりに、そしてどこか誇らしげに応える。


「あれこそがゼス様。我々の国の王様です」





    ◆ ◆ ◆





『ウォォオオオオオオンッッ!!』


 夕空へ向けて飛び立ったゼスたちを、巨狼の咆哮が出迎える。

 ビリビリと周囲の大気が揺れ、うねり、竜巻となって襲いかかってくる。


「ゼス」

「わかってる! 《浄化》!」


 竜巻が光に包まれ、霧散する。

 しかしその傍から新たな竜巻が形成され続ける。


「染み出した汚れは、片っ端から洗い落としてやる! 《浄化》《浄化》《浄化》《浄化》《浄化》!!」


 漆黒の猛風が純白の光に包まれ、かき消え、そうして生まれた空間を埋め尽くすように、また新たな竜巻が生まれる。

 その竜巻をまた純白の光が包み込み――。


 空に浮かぶ巨狼へ対峙する白竜の姿と相まって、その応酬は地上にいる者たちの理解を超えていた。


 そんな戦いの当事者であるゼスは、ひたすらに目の前の汚れを落とすことに夢中になり――ふと、竜巻の奥に浮かぶ巨狼と目が合った(・・・・・)


 巨狼の瞳もまた、漆黒に覆われている。

 先ほどから断続的に続く狂気に満ちた咆哮と同様に、その目の輝きもまた失われていた。


 だが、不思議とその瞳に見られている気がした。


「……悪戯に揉み洗いし続けても、生地が痛むだけ、か」


 王笏を握る手に力を籠め、ゼスはぽんぽんとハクの背を優しく叩く。


「ハク、あの中に突っ込めるか?」

「ガルゥ!」

「何をするの?」

「風のせいで直接《浄化》できないからさ、懐に飛び込もうって作戦」

「少し危ない」

「大丈夫。ソニアがいるからね」


 四肢をつき、背を逆立てるようにして周囲を警戒していたソニアが、ゼスの言葉にぱぁっと笑顔を浮かべる。


「任せて!」

「よし、それじゃあ行こう!」

「ガルルゥッ!」


 両翼がさらに力強く羽ばたき、ゼスたちを乗せてハクはさらに上昇する。

 全方位から取り囲むようにして迫る竜巻をかき消そうと王笏を構えるゼスの前に、ざっとソニアが割って入る。


「大丈夫、あたしも主様の役に立てるもん! がるるるるぅ! ――《爪牙斬》!!」


 体の前で交差させた両手の指が発光する。

 鉤爪のように伸びた爪を伴って、ソニアは迫り来る竜巻へ両手を振り抜いた。


 十本の光の斬撃が竜巻を切り裂き、空間を切り開く。

 その空間へ向けてハクは一気に突っ込み――ゼスは、ようやく巨狼を捉えた。


「ここまで来たら……! うぉおおお!!」

「ゼス!?」


 巨狼の頭上へ到達したその瞬間に、ゼスはハクの背中から飛び降りる。

 背後からユグシルの悲鳴が聞こえてきた。


『ウォォオオオ――ン!!』


 風の吹き荒れる音に似た咆哮を上げ、巨狼が全身の毛を逆立たせる。

 風が巻き付いた毛が鋭利な棘となって、飛びかかってくるゼスを迎え打つ。


 そんな棘地獄へゼスは迷いなく王笏を突きつけ、目の前の汚れを洗い流す。


「《浄化》……ッ!」


 浄化の光を浴びた毛から漆黒が祓われ、月夜のような白銀の毛と体躯が現れる。

 柔らかさを取り戻したその地点に着地したゼスは、巨狼の毛並みへ労わるように手と王笏を添え、さらに《浄化》を重ねがけしていく。


 大きな布地から汚れが染み出していくように、ゼスを起点として巨狼の巨躯が荘厳な色を取り戻していく。


 耳元と大気を震わす遠吠えは次第に収まり、夕空に浮かんでいたのは神秘的な毛並みを風に靡かせる一体の巨狼だった。


「綺麗だ……」


 汚れが消え去ったことを確認して満足げに立ち上がるゼスへ、足元から呆れた声が飛んでくる。


「……まったく、そなたは規格外にも程があるぞ」

「酷い物言いだなぁ。君だって、綺麗にされるために石から出てきたんでしょ?」


 声のした方を見ると、巨狼が首を目一杯こちらへ向けていた。

 冷たくもどこか温もりを帯びた白銀の瞳にゼスは笑い返す。


「ゼス!」

「ガルルゥ!!」

「主様、大丈夫!?」


 上空の嵐が止み、慌ててこちらへ向かってくるハクたちへ手を振っていると、ゼスの体を風が包み込んだ。

 ふわりと浮き上がったかと思えば、巨狼の眼前へとゆっくりと移動した。


(守り神って聞いてたけど、体の大きな犬にしか見えないなぁ)


 改めて正面から巨狼の顔を見つめてそんな感想を抱いていると、巨狼は心に響く声で名乗り始めた。


「我の名は神獣フリル。善神の一柱より、世界の守護を任じられた者だ」

「俺はゼス。……で、こっちからユグシル、ハク、ソニア。よろしく」


 隣に降りてきたユグシルたちを示して紹介すると、フリルは嘆息する。


「……この名乗りを聞いてもなお、態度は変わらぬか。そんなそなただからこそ、善神はお選びになったのかもしれぬな」

「えっ?」


 フリルの意味ありげな言葉に眉を寄せていると、彼、あるいは彼女は、唐突に頭を下げてきた。


「まずは感謝を。そなたがおらねば、我はそこな娘を殺めておったやかもしれん」


 フリルの視線を受けて、ソニアが「がるるぅ」と声を漏らす。

 そこ声には悔しさが滲み出ていた。

 きっと、フリルの言葉が正しいと本能で理解しているのだろう。


「えぇっと、フリルも神呪(しんじゅ)に冒されていたってことでいいのか?」

「その通り」

「でも君は大樹海で過ごしていたわけではないだろ?」


 神呪を発症したユグシルやハク、そしてピーターたちは、邪神の呪いが強く残る大樹海で暮らしたことで、その呪いに冒される機会を得てしまった。

 だが、フリルは違う。


 ゼスの疑問に、フリルは答える。


「我は善神よりこの地に遣わされたその時に、邪神の力を浴びたのだ。我の力で押さえつけ、あるいは地上の強き者を霊石に招き入れ、力を削いでもらうことで、忌まわしき呪いも弱めてきた」

「あれってそういうことだったんだ」

「だが、時代を経るごとに強者は減り、呪いは強さを増していった。元来呪いとは、積み重ねた歳月によって効力を増していくものであるからな。そうして我自身で御せぬほどの力の奔流を前に、先ほどまでの体たらくということだ」

「なるほど……?」


 なんだか壮大な話すぎていまいち追いつけないが、隣でユグシルが真剣な表情で頷いているあたり、真実なのだろう。

 それにしても――。


「今更なんだけどさ」

「うむ?」

「フリルって狼なのに、話せるんだ」

「…………」

「大丈夫、すぐに慣れる」


 ゼスの言葉に固まったフリルへ、ユグシルはなぜか慰めの言葉をかけていた。





     ◆ ◆ ◆





 積もる話はまだあったものの、いつまでも空で話を続けるわけにもいかず、ゼスたちは地上へと降りることにした。

 フリルが風で送り届けようとしたが、そこへハクが割り込み、結局いつものようにハクの背に乗せられて地上へと降りていく。


「……えっ?」


 そうして地上へ降り立ったゼスは、目の前の光景に目を疑った。


「ご無事で何よりです。守り神様、そして――ゼス様」


 地面に膝をつく獣人族たち。

 その先頭で、ガウフィンもまた周囲の獣人族と同じく膝をつき、恭しく首を垂れてきたのだった。

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