第52話 守り神
再びハクの背に乗ったゼスたちは、ガウフィンたち獣人族の案内の下、大空を飛翔していた。
大樹海を抜けて王国領を横切ると、その西域に広がる草原地帯が見えてくる。
「王国の西側にこんな場所が広がってたなんて……」
王太子時代の教育で、知識としては知っていた。
だが実際に見る草原地帯は、一口に草原といっても岩や砂で覆われた荒原や、低木が立ち並ぶ場所、サバンナのようなエリアまで様々な様相を呈している。
目立った資源がないため、そして文化の違う獣人族が暮らしているため、王国も古くから手を出さずに放置してきた土地。
幼少期そんな説明を受けたために、もっと荒廃した土地を想像していたが、実際に目で見ると違う。
季節ごとに営地を移り変わるという獣人族の生活様式に納得しつつ、ゼスは眼下に広がる雄大な自然に釘付けになっていた。
「あ、あそこの山裾に、俺たちの営地がある……いや、あります」
ガウフィンが奥の方に聳える山を指差し、明らかに慣れていない敬語で案内する。
ハクが現れてから、そしてユグシルのことを紹介してから、ガウフィンを始めとした獣人族の態度は一変していた。
敬意……というより、畏怖に近いものが目に宿っている。
これまで何度も同じことを繰り返してきた経験から、突っ込んでも仕方ないと悟ったゼスは、ハクに山裾へ降りていくようお願いする。
徐々に高度が下がっていくにつれて、景色がより鮮明に浮かび上がってきた。
ガウフィンが示した山の裾には、前世でいうところのゲルに似た建物がポツポツと広がっている。
「ふぅ、ご苦労様、ハク」
「ガルルゥ〜!」
建物の並ぶ場所から少し離れたところに降り立ち、地上で軽く伸びをしていたゼスは、こちらを覗き込んできたハクの首元を撫で回す。
鳴き声に同調する形で首元がごろごろと振動した。
「…………竜相手に、なんて不遜な」
「羨ましい……」
「!? ソニア、いかん、いかんぞ!」
撫でるのに夢中でガウフィンたちがさらなる畏敬の念を抱き、同時にソニアが羨望の眼差しを向けていたことに、ゼスは気付かなかった。
「……たくさん来る」
そんなやり取りを頭上から見下ろしていたユグシルは、こちらへ向かってくる集団の気配を感じて顔を上げた。
ゼスやガウフィンたちがいる場所から、ハクの巨躯を挟んだ向こう側。
獣人族の営地のある方向から現れた戦士たちが、手にした武器――棍棒や戦斧、強弓など――をハクへと向ける。
「そ、そそ、そこを動くなぁ!」
「誇り高き戦士である我々は、例え相手が竜であっても、一歩も引かんぞぉ!!」
「ガルゥ……?」
自分たちを鼓舞しながらハクへ挑もうとするその声に、ガウフィンたちが慌てて飛び出す。
「待て! お前たち! こちらの竜は敵ではない!」
「! 副族長! どうしてここに!」
「細かい説明は後だ! いいからまずはその武器を収めろ!」
「し、しかし……」
ガウフィンの説得を前にしても、戦士たちの竜への恐れは消えない。
怯えと警戒を孕んだ表情で武器を収めるか葛藤する彼らの姿をハクの背から覗き込んだゼスは、目を輝かせる。
「ゼス、ややこしくなる」
「……うっ、わかってるよ」
手をかざしそうになったところで釘を刺される。
そんなやり取りのうちに、ゼスの傍をソニアが駆け出した。
「みんな、久しぶり!」
「!? ぞ、族長……!」
◆ ◆ ◆
「凄い警戒されてるなぁ」
「私たちが強者かどうか、値踏みしているのでしょう。ソニアさんがいなければ、戦いを挑まれていたはずです」
ゲルの立ち並ぶ営地の中を進むゼスたちへ、営地内の獣人族たちの視線が突き刺さる。
隣を進むソニアが営地に到着してすぐ、「主様に手を出したらあたしが相手するから!」と宣言してくれなければ、ロバートの言う通り今頃血気盛んな若者たちに挑まれていたはずだ。
そんな彼らに今すぐにでも《洗浄》をかけたい衝動を抑えながら、ゼスはニコニコと笑顔を振り撒く。
「しかしソニア、本当にいいのか。少し休んでからでも」
「がる! 主様を待たせたくない! それに、戦うなら早く戦いたい!」
鼻息荒く応えるソニアを見つめながら、ゼスは移動中に受けた説明を思い返す。
獣人族の守り神は、〝霊石〟と呼ばれる特殊な石に宿っている。
現在はシャーマンたちの力で祠に封印されているが、いつ突破されるかわからない状況。
荒れ狂う守り神を鎮めるには、彼の神と戦い、力を削ぐ必要があるのだという。
「祠はあそこだ……です」
山裾に縦に走った亀裂を指さして、ガウフィンが振り返りながら伝えてくる。
亀裂の両脇には屈強な戦士が武器を手に立っていた。
「あの中に祠が?」
「その通り」
「営地の傍だけど、こんなところで守り神と戦って大丈夫?」
「その点は心配いらない、です」
「守り神と戦う時はこっちから霊石の中に入る! 石の中で戦うから、周りのことは大丈夫。主様も安全!」
「石の中で戦う……?」
よくわからない説明に首を傾げつつ、ふと思う。
(でも、口振りからして今までも守り神と戦うことはあったみたいだな。こうして鎮め方が確立しているぐらいだし。……これは、俺の考えは杞憂だったかな?)
そう思いながらユグシルを窺うと、彼女は亀裂をジッと見つめていた。
「……ゼス、嫌な感じがする」
「杞憂じゃなかったならよかった」
「よくない」
ユグシルの鋭い突っ込みを浴びながら、一同は亀裂の奥へと足を踏み入れる。
亀裂内は縦型の断層のようになっていて、ユグシル村にある洞窟風呂と比べるとかなり狭く、息苦しい。
入り口が遠くなるにつれて暗くなっていくが、奥の方がぼんやりと明るい。
狭い亀裂を抜けると、そこは広い空間になっていた。
「あれが祠」
岩肌に沿う形で設置された篝火の灯りに照らされて、奥に設置された祭壇のシルエットが浮かび上がる。
祭壇の傍にいた蜥蜴族のシャーマンが、ソニアたちに気付いて顔を上げた。
「族長! ……副族長、よくぞ族長をここまで」
「……ああ。それより守り神様はどうなってる」
「それが――」
ガウフィンとシャーマンが言葉を交わしたその時。
――ヨウヤク、アラワレタカ――
深く、重みのある声が洞穴に響き渡り――祭壇の中心から、黒い靄が溢れ出す。
「!? な、なんだ、何が起こっている」
「がるぅ……これ、守り神の力?」
「ゼ、ゼス様、一旦外に出ましょう!」
動揺するガウフィンやシャーマン、身を低くして戦闘体勢をとるソニア、そして今来た道を引き返すよう提案してくるロバート。
三者三様の反応を前にして、しかしゼスはにこやかに王笏を祭壇へ向ける。
「――《浄化》」
辺りを飲み込んでいた黒い靄が一斉に弾け飛ぶ。
ここが洞穴であることを忘れそうになる程、澄んだ光が周囲を満たしていく。
その光の源であるゼスへこの場にいる全員の注目が集まる。
そんな中、ゼスは祭壇に目を凝らした。
(浄化しても、次から次へと靄が溢れ出してくる。……発生源は、あの石か。あれが、守り神が宿っている霊石)
祭壇の中心に祀られた翠玉色の石から黒い靄が溢れ続け、ゼスの浄化の力とせめぎ合う。
「……ッ、なんという、力の応酬だ……ッ」
黒と白。激しい光の拮抗につい閉じそうになる目を必死に開きながら、ガウフィンは喘いだ。
(まるで繊維の奥底から染み出し続ける汚れみたいだな。このままじゃキリがない)
ゼスは一歩、祭壇へ足を踏み出しながら後方のガウフィンへ尋ねる。
「ガウフィンさん、霊石に入るにはどうしたらいいんですか?」
「っ、何をするつもり、だ」
「もちろん、汚れの根本と向き合うんです。この汚れが守り神から生まれているのなら、そこを綺麗にしないと!」
「汚れ……? 何を言ってる……」
ガウフィンが困惑する中、またあの声が響いた。
――ソノヒツヨウハ、ナイ――
祭壇から風が吹き荒れる。
周囲の篝火がかき消される中、霊石が一人でに浮かび上がる。
「っ、そんなまさか……」
シャーマンが絶望の声を上げる中、霊石に亀裂が走り、突風が吹き上がる。
それは洞穴の天井を突き破り、山裾を貫いた。
吹き抜けとなった天井から差し込む夕空。
それを見上げた一同の目に飛び込んできたのは、漆黒の風を纏って空に浮かぶ巨大な狼の姿だった。
「守り神様が、顕現したというのか……ッ」
獣人族の誰もが唖然とする中、ゼスは空を見上げて口角を上げる。
「――《浄化》」




