辻くんと岸田さん「――君が僕の手を取った日……。それは……」
ジャンル編集していたら、思わず読みふけってしまいそのまま二人をくっつけてしまおうとSS書いてしまいました←
珍しく王道青春っぽいです(笑
辻が素直w
「僕が拾ってあげるから。早く原田の事、忘れよっか」
それが、初めて彼女に向けた恋情の言葉。
辻くんと岸田さんの番外SS
「――君が僕の手を取った日……。それは……」
卒業式後の校舎内は、喧騒に包まれていた。
最後の担任の話も終わり解散してしまえば、帰宅する者、おしゃべりに興じている者、最後だからと想いを告げる人達もいたりなんかして。
かくいう僕は。
「辻先輩! あのっ、私ずっと好きだったんです!」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、ごめんね」
「第二ボタン下さい!」
「ごめんね、あげられないかな」
さっきからこの調子だ。
一人一人断るたびに、人が入れ替わっていく流れ作業。教室から廊下に続く行列に、終わりが見えない。
「すげぇな。呼び出しじゃなくて、行列公開告白ってなんだよこれ。誰が仕切ってんだオイ」
「まぁ、いちいち呼び出してたら時間が足りないっていう効率化なんだろうけど。いいのかこれで女子」
「なんか目の当たりにすると、なんだろう。凄いとかいう驚きより、なんじゃこりゃって気分になるな」
後ろで佐々木・井上・原田の3人が、後輩から貰ったお菓子を食べながらそんな感想を零しているのが聞こえる。
僕もそれに同意したい。
断られるの分かっててやってるよな、この人達。中には真剣な子もいるかもしれないけど、大半はお祭り騒ぎにテンションあがって面白いから私も―っみたいな気持ちでここに並んでるに違いない。
さっきから断っても「きゃーっ、しゃべっちゃった!」みたいな反応しか返されてないし。
「部活の打ち上げって、あとどれくらいだっけ」
佐々木がそう言いながら、時計に目を落とした時だった。
もう何人目かわからない後輩なんだか同級生に断りの言葉を伝えた僕の視界に、ちらりと教室の中をドアから覗くこっそりな女の子が映ったのは。
「岸田が呼びに来るってさっきメールで来てたけど、これじゃどうにもなんねーなぁ」
「告白突撃しに来た子を見て、私も私もって一気に行列できたもんな。避けようがなかったとはいえ辻も難儀な」
他人事だと思って言ってくれる。逃げられるなら、僕だって逃げたかった。
あぁ、もう、凄く面倒くさい。
全く顔も知らない人やあまり話したこともない人から告白されても、夏からずっと好意を伝えている(ちょっと苛めてわたわたするのを見てほっこりしているともいう)岸田さんは、僕に告白をしに来たんじゃなくて部活の打ち上げに呼びに来ただけでしかもこの惨状を見て教室に入ってこれなくてこっそりしてるし。
卒業式にテンションあがって、いつもなら馬鹿な事やらない人まで行列に並んでミッションクリアみたいに遊んでるし。
「……」
もう、猫かぶってなくていいよね。
僕は原田みたいに、真面目な奴じゃない。
「あのさ。並んでる子、全員教室に入ってくれないかな」
切りのいいところで、行列に声をかけた。いざ自分の番が来たと告白の言葉でもいおうとしていた目の前の子が、不満そうに眉を顰める。
「あの、私……っ」
「ごめんなさい」
一刀両断、言葉をきる。笑顔は浮かべたままにしておいたけれど、内心イラつきしかない。
君たちの思い出づくりに付き合うのは、もういいだろう。
今の僕たちの会話を聞いていた行列に並んでいる子たちが、目を見合わせながら廊下にいる子たちを教室に呼び寄せる。
きっと野次馬も多々いるんだろう。自分で言うと嫌味臭いけど、この面の皮を好まれるのはもうわかってるけど普通ここまでにはならない。
教室の半分くらいが埋まって、まだ残っていた……いや面白いからとこの公開告白行列を見ていたクラスメイトもちょっと驚いた顔をして隅へと移動する。
僕は全員が入ったのを見計らって、頭を下げた。
「本当に僕を好きな人も、テンションあがって並んでいる人も、野次馬の人も、ごめんなさい。もう終わらせてください」
僕の言葉に、後ろの三人が噴出した声が聞こえたけれど、目の前にいる元行列の子たちは不満そうな声を上げた。
「狡いです! 私達の話は聞いてくれないなんて!」
「そうですよ!」
「告白したいって気持ちを、汲んでもらえないんですか!?」
その言葉に、イラッとこめかみが引きつる。自分達さえよければそれでいいのか。僕にも用事があるんだ、やりたいことが……やり残したことが。
大人数だからなのか強気なその子たちの言葉に、内心を裏切るようににっこりと笑い返した。
「僕も告白したい子がいるから、気持ちを汲んでもらえないかな?」
少なくとも、君たちの中にその人はいないけどね。
一瞬の静けさの後、叫び声やら悲鳴やらが教室内に轟く。
「うるせぇぇぇぇっ!」
佐々木が呻いてるけれど、それはきっとここにいる行列っ子以外の皆が思った事だろう。
視界の端に、ドアから離れて駆け去る姿が映った。
思わず、口端が上がる。それはきっと凶悪なくらい、悪い笑みだったのだろう。
一瞬にして、教室内が静かになった。
猫をかぶっている僕に理想を押し付けて、王子様☆とか言ってる脳内お花畑の子たちが多かったのか。呆然と固まっている彼女達を一瞥して、お帰り下さいと一言だけ伝えて後ろを振り返った。
「岸田さんはちょっと僕が拉致るから、打ち上げ先に行ってて。探しに来ないでね」
「拉致かよ、監禁はするなよオイ」
佐々木が面白そうに笑って立ち上がり、静かな教室に椅子の足が床にこすれる音が響く。それに続くように、井上と原田も立ち上がった。
「荷物は持っていっとくから、早く追いかけたら?」
「あー、なんか……あんま無体なことするなよ?」
どうやらこっそりしてたはずの岸田さんは、3人にもばっちり気づかれていたらしい。まぁ、あれで気付かれない方がおかしいとは思うけどね。
「うん。岸田さん次第かな」
だんだんと焦り始めている内心を隠してにこやかに笑うと、岸田さんを追うべく教室から駆け出した。
僕はどちらかといえば策を講じてかかるのを待つ方だと思うけど、たまにはこういう青春ぽいことしてもいいんじゃないかなー。高校の卒業式だし。まぁ、この後も学生続くんだけどさ。
でも、同じ大学に行けなかった僕のチャンスは、多分今日が最大。
岸田さんは僕たちに声をかけるのを諦めて部室に向かっただろうと見当をつけて走っていけば、案の定、部室の近くでその後ろ姿を見つけた。
足を緩めずに後ろから近付くと、その勢いのまま岸田さんの腕を掴む。
「えっ!? うわっ、何!」
驚いて声をあげる岸田さんを無視して、そのまま走り続ける。
部室のある方ではなく、校舎へと。一番近い場所は、特別教室が集まっている校舎。図書室や文科系の部活が部室として一階を使っているからか、卒業式の日でも鍵は開いていた。
「ちょ、辻く、ね! 待って……!」
後ろで息を切らせながらついてこざるを得ない岸田さんが、僕を止めようと何とか言葉を紡ぐ。けれど、そんなのは聞いてやらない。
「待てない」
だって僕は、少し前に岸田さんにちゃんと伝えたはずだ。メールで。
「もう、待つのは終りだって、言ったよね」
あの原田がアオさん襲った時に(語弊有)、送ったメール。返信は来なかったけど、ちゃんと岸田さんに届いていたはずだ。
「……! いや、でも……っ」
まだ何か言おうとしている岸田さんを、一気に五階まで階段を上らせると行き着いたのは屋上に出る扉がある踊り場。さすがに扉は空いていないけれど、ここならばスペースもあるし何より人が来るのは稀。
図書室は三階だし、文科系の部室は一階だ。
階段を上りきったところで、掴んでいた腕を名残惜しいけれど離した。ふらつくようによろけた岸田さんが、壁に寄りかかる。
「ごめんね、大丈夫?」
「だ、だいじょぶな、わっ……わけ」
壁に片手を置いて体を支えている岸田さんは、忙しない呼吸を繰り返していて。すぐに息が整った僕は、悪い事したかなと少しだけ反省した。
「抱き上げて走った方がよか……」
「いいです大丈夫です気にしないでっ!」
がばっと顔を上げた岸田さんが一気に叫ぶ。
真っ赤になって壁に張り付くとか、少女漫画かよ。僕がやってる事も大概だけど。
そんな事より。とにかく、早く、彼女からの答えを聞きたい。
「岸田さん」
「へ?」
息が整うまで待ってあげたいけど、さっきの行列で僕の冷静さは幾分欠いていて。早く早くと急く自分の本心を、抑えつける理性ははっきり言ったなかった。
後から思えば性急すぎたと思う。でも、この時の僕には、そんな余裕はかけらもなかった。
いつもなら。さっきも自分で自分の事をそういっていたけれど、本当にいつもの僕ならもっと策を講じていたはずだ。現に、卒業式が終わるまではそう思っていたしいくつか考えていたこともあった。
断られないように、囲い込んで。否やという言葉が出ない様、自分の思う答えがもらえるよう……
なのに。
「岸田さんの事が好きです」
本当に、少しの余裕もなかったんだ。
あんな、卒業式のイベントみたいに自分を扱われて。
そんな僕を見て近寄るどころか逃げ出す君を見て。
「僕は、岸田さんが、好きなんだ」
初めて、本当に、君が手に入らないと思った。
どうにもできないんじゃないかと、本当に思った。
そう思ったら、さっき彼女の腕を掴むまで頭の中で考えていたいろんなことが、全て吹っ飛んで。何をしていいのか、どうすればよかったのか、すっかり忘れてしまって。
口から出てきたのは、そんな言葉だけだった。
今まで何度も好意を伝えてきたはずの岸田さんなのに、なぜかぽかんと口を開いて僕を見つめている。その視線が恥ずかしくて、顔を伏せた。
猫をかぶりきれていない自分を見られるのは、慣れていない。
「僕らしくないのは分かってる、けど。ごめん。ちょっと今、頭が混乱してて……」
上手く言えない……と続けると、岸田さんが身じろぎする音が聞こえた。逃げられるのかと思って、思わず肩が震える。
「いや、だから……」
言葉が途切れない様、逃げ出す隙を与えないようになんとか会話をつなげようとしたその時。
「はじめて……」
ぽつりと、岸田さんの声が聞こえた。
咄嗟に俯けていた顔を彼女に向けると、さっきまで張り付いていた壁から一歩前に出たあたりで岸田さんがこっちを見ていた。
それも、真っ赤な顔で。
今までも見たことがあるけれど、それとは違う。困惑して真っ赤になっている表情なら見たことがあったけれど、こんなに……こんな……。
「うれし、そうな……顔」
思わず、見たままを口にしてしまった。その途端、これでもかと岸田さんの顔が真っ赤に染まる。
そして恥ずかしそうに、頬に手を当てた。
「だ、だって。初めて、好きって言ってくれたから……」
……
「は? 初めてじゃない……」
「初めてだよ!」
いつもなら、この話題になるとすぐに逃げだすか困って俯いてしまう岸田さんが食い気味に叫ぶ。その姿の方が初めてで、僕の方が面食らう。
「好きな子とかなら言われたことあるけど、正面切って好きって言われたことない!」
「いや、合宿の後に改めて告白したような気が……」
「そろそろ僕を受け入れてくれるかな、だったもの。いつもいつも作ったような表情で、余裕ありげな態度で。言われる度に、からかわれてるんだってそう思って……!」
な、何だって? からかって、からかってなんて……。
そこまで考えて、思わず顔を俯けた。
好意はそのままに、確かに岸田さんの反応を楽しんでいた。
言われるままの事を、確かにしていた。
けれど、それは、好きだったから……
そこまで考えて、ガシガシと後頭部を掻く。
幼い子供みたいな事をしていたと、今更ながらに気が付いた。
僕が何も言えないでいる間にも、岸田さんは話し続ける。
「もしかして原田くんに何か対抗してるのかなとか、私の反応が面白いから言ってるだけかなとか。いろいろ悩んでっ」
悩ませて、いたのか。想いを受け入れるかどうかではなく、それが真実なのかというその問いから。
僕の猫かぶりは、もう物心ついた時からの習性だ。直そうと思ってもきっと無理。
この面の皮のせいで、不用意な態度や言葉が周囲に影響がある事を知ってから、ずっとかぶり続けてきた。
いつしか、素の自分を忘れるくらい。
けれど、これは僕だけの理由。言い訳にしかならない。
「……ごめ」
「信じて、良いんだよね?」
謝罪を口にしようとしたその時、岸田さんの口から信じられない言葉が出てきた。
伏せていた顔を上げて、岸田さんを見つめる。
彼女は真っ赤な顔のまま、両手を握りしめて懸命に訴えかけてくる。
「からかってるんじゃなくて、遊んでるのでもなくて。原田くんのフォローとか、そう言うんじゃないよね? 同情じゃないよね?」
「違うっ」
「最初は、怖いと思ってた。何考えてるかわからなくて、逃げたいと思ってた。でも、それでも伝えてくれる好意を、信じたいと思い始めて……でもそう思ったら……本音じゃなかった時を考えて苦しくてっ」
「岸田さん!」
今までの葛藤全てを吐き出すように声をあげる岸田さんの腕を、手を伸ばして掴んだ。びくりと肩を震わせた岸田さんに驚いて、少しだけ力を緩める。
「ごめん。僕が、悪い。本当に悪い。だから、お願いだから。これは本当だから。僕の本音を受け取ってください」
ひくっ……、と、岸田さんの喉が鳴った。目尻から零れた涙が、頬を伝って落ちていく。
その涙を見ながら、緩めた手のひらにもう一度力を込めた。
「君が好きです」
岸田さんは、見開いた眼をゆっくりと細めた。
「わ、私も。好きになっちゃいました」
……
一瞬、目を見合わせた後。
吹き出すように、僕たちは笑い声をあげた。
「好きになっちゃいましたって、なにそれ。素直すぎだよ、岸田さん」
「だって、原田くんの事好きだったんだもの!」
「うわ。それ今、言う?」
「でも、辻くんの事好きになっちゃったんだよ。私だって悩んで悩んで、こんなに軽い気持ちだったのかと……!」
「いいよ、うん。分かってるから」
君が、すぐに気持ちを切り替えられるほど器用な子じゃないってことは。
「過去形だからいい」
「なにそれ、横暴」
再び笑い出した僕たちは、ぎゅっ……と手を繋いでしばらくその場で佇んでいた。
辻くんと岸田さんの番外SS 了
「――君が僕の手を取った日……。それは……
僕が素直になった日」
「初めて、辻君の必死な顔を見たの。必死な声を聞いたの。だから、信じようと思ったんだよ。」
あの時の君の言葉を、僕は一生忘れない。
ではでは、ありがとうございました!