私、後釜狙ってます! さいごのおはなし。に
「おはようございます」
身支度を整えて居間に顔を出せば、人数が増えていて思わず固まる。しかも異様に顔面偏差値の高い人が一人いるんだけど何あれ。
「あぁ、八坂さんおはよう。体調はどう?」
私に気付いた原田主任が、大きな湯呑を持ったまま挨拶を返してくれた。昨日の事はまるで気にしていないその態度に救われて、私は軽く頭を下げて部屋に足を踏み入れる。
私を含めて全部で七人。さすがに座卓に全員が座ることができず、横に小さな座卓がくっついていた。原田主任の左右隣にそれぞれアオさんと知らない人、そして向かいに変態がいてその向こうにやっぱり知らない男の人が座っていた。
一緒に来た中野さんが、何も言わずに顔面高偏差値男の隣に腰を下ろす。先に一度ここにきていたらしく、飲みかけのティーカップがそこに置かれていた。座卓を見渡すと、必然的にあいているのが変態の横しかなくて内心の嫌な気持ちを表情に出さないようにしながら少し離れて座る。
「大丈夫です、ご迷惑をおかけしました」
正座して頭を下げれば、苦笑いの原田主任が「気にしなくていい」と頭を横に振る。
「ちょっとアルコール度数高めのシャンパンだったみたいだから、仕事上がりの体にはきつかったんだろうな。二日酔いにならなくてよかった」
あぁ、なんて優しい原田主任。横に座ってる図体だけでかい変態とは、まったく違う。
「いただきます。お手伝いもしないですみません」
「気にしないでー」
既に用意されていた朝ごはんを、アオさんにお礼を言って食べ始める。優しい味の野菜スープが、お酒で水分が抜けている体に沁み渡っていく。ハムと卵のサンドウィッチは、小さい三角形に切られていてとても食べやすかった。
少し視線を上げれば変態のお皿の上には、大きな三角形のサンドウィッチがいくつも置いてあって。
ちゃんとその人にあった大きさで、アオさんが作ってくれたことに気付く。
昨日の事といい朝ごはんといい、ぼんやり何も考えていなさそうでやっぱりそうじゃないんだな。自分のことだけ考えて突っ走っていた私とは、本当に大違いだ。
「あぁ、そっか。何処かで見たことあると思ったら、君、事務の子だよね」
それまで黙っていた顔面高偏差値の男の人が、何か気付いたように私を見た。
なんで知ってるんだろうと思いつつ、そういえば他社にいる原田主任の友人がうちの会社に挨拶に来てたとかどうとかのあの人かと、隣に座る中野さんを見て納得。そして中野さんがどこのお嬢さん状態の格好をしている理由も、心の底から納得した。顔面高偏差値男が来るの聞いて、洋服やら何やらの荷物を取りに行ったわけか。
そして私を理由に、ここに泊まっていったと。
……ほぅ。
なんとなくじと目になりながら中野さんを見れば、わかりやすく目を逸らされた。
「僕のことわかるかな、何度か行ってるんだけど」
顔面高偏差値男が話し出して、そちらに視線を向ける。
「はい、いつもお世話になっております。推進課の事務を担当してます、八坂と申します」
なんとなくビジネスライクに挨拶をすれば、顔面高偏差値男はひらひらと手を振った。
「会社じゃあるまいし、そんなあらたまらなくて大丈夫だよ。僕は辻、そのはじっこの奴が井上で君の隣が佐々木ね。原田とは高校からの友人なんだ」
「変態、佐々木っていうんだ」
思わず出た言葉にしまったと思って両手で口を押えても、遅い。サンドウィッチを片手に持っていた変態は、空いている方の手でぐしゃぐしゃと私の髪をかきまわした。
「何で辻は敬語で、俺は変態のままだよ」
「いや、なんかもう変態で脳内定着したもんで」
「アホか、んな言葉定着させんな。大体、どこら辺で俺が変態になった」
「……」
思わず口を噤んだ私に察しがついたのか、にやりと口端を上げて返答を待っている。
変態だと思ったのは、原田主任的私が寝ている時。決してタヌキ寝入りではなかったんだけど、なんか言いにくいんですが!
私はニヤニヤと笑っている変態を睨みつけると、鼻で笑ってやった。
「そこはかとなく滲み出る変態臭」
「お前タヌキ寝……」
「……蚊が!」
ばしんっと背中をはたくと、びっくりしてサンドウィッチを落とした変態が眉間に皺を寄せて私をにらんだ。
「お前、アホだろ?」
「あんた程じゃない」
「てか、お前ら仲いいな。知り合いだったの?」
変態の横に座っている井上さんが、不思議そうに問いかけてくるのを一刀両断ぶっちぎる。
「「誰がこんなのと!」」
ハモッた声に余計むかついて、二人してにらみ合う。
「少女漫画かよ」
けらけらと笑い声を上げる井上さんを睨みつけると、口を噤んで視線を逸らされた。
でも肩が震えてるからね、ばればれだからね。
「あはは、元気がいいねぇ。八坂さん」
楽しそうに笑う辻さんの横で、中野さんが「お恥ずかしいですわ」とお嬢様状態キープ中。
ねぇ中野さん、その人左手薬指に指輪はまってるけど見えてます?結婚してるの知ってるよね?
私と目があった中野さんは、にっこり笑って視線をスルー。
なんていうか、凄いです。と、そこで気が付いた。
「そういえば、皆さん今日は何かあるんですか?」
土曜日だというのに、朝の八時に何故全員集合状態?首を傾げた私に答えてくれたのは、やっぱり優しい原田主任。湯呑を座卓に置いた原田主任は、ちらりと時計を見た。
「十一時から、アオの個展が始まるんだ」
「個展ですか!」
思わずアオさんを見れば、照れくさそうに笑ってそそくさと台所に逃げて行った。
……おーい、そこまで照れなくても。
アオさんの消えたドアを見ていたら、原田主任が苦笑した。
「オープニングセレモニーがあるんだけど……」
「僕たちはセレモニーに招待されてるから、この時間に集合してるんだよ」
原田主任の言葉を引き継いで、辻さんが説明してくれた。
個展のオープニングセレモニー。
昨日絵描きと聞いた時には、そこまで有名な人だと思わなかった。一緒に告げられたホールは、聞けばすぐに分かるくらいの名の知れた場所で。昨日の私の態度や言葉が、見当違いでとても失礼なものだったと改めて思い知らされた。
「あの」
少し低い声になってしまったのは否めない。丁度台所から出てきたアオさんが、不思議そうに私を見た。
「私も伺っていいですか? もちろん、一般客として」
アオさんの描く絵を、見てみたい。色々な側面を持っていそうな彼女の絵は、きっと違う印象をまた与えてくれるような気がして。
驚いたように瞬きをしたアオさんが、嬉しそうに笑った。
「ありがとう。よければだけど、セレモニーに出席してくれると嬉しいな。緊張するから」
見知った人がいてくれると、安心するの。
そう続けたアオさんの言葉に、一も二もなく頷いた。




