私、後釜狙ってます! さいごのおはなし。いち
「うーす、これ何の雑魚寝?」
微かに遠くで、声が聞こえた。なんかおんなじこと、昨日もなかったっけ。
そんなことを考えながらぼんやりと目をあけた私は、思わずもっかい瞑ってあけてみた。
「……中野さん……?」
目の前に、中野お嬢様が座ってらっしゃる。って、言いたくなるほどのお嬢様スタイルなんですけど何どうしたの!?
すぐに起き上がろうとした私は、頭の鈍痛にもう一度お布団に戻った。
「あら大丈夫?」
いえ、大丈夫じゃないです。主に、中野さんの変身っぷりに!!
昨日、原田主任と話しているところに彼女さんと変態が帰ってきて。その二人が酒盛りを再開し私と原田主任はお茶を飲んでいたところに、いつの間にかいなくなっていた中野さんが戻ってきた。曰く、酔いつぶれた私のも含めて自身の洋服や肌着などを持ってきてくれたとの事。このまま翌日帰えればいいやーくらいにしか思っていなかった私は、中野さんの女子力に素直に感謝してお風呂にも入ることができたわけ。凄く凄く感謝したんだけど、私の為にありがとうございますって。それが勘違いだったことに、たった今気が付きました。
昨日着ていたスーツ……いや昨日に限らずいつも来ている様なシンプルスーツじゃなくて、ふんわりカシュクールにレースのついたキャミソール。畳に広がるのは、さらりとした肌触りのフレアスカート。
どこのお嬢様だよ!
極めつけに突っ込むと、眼鏡どこ行った眼鏡!!
「え? 私、プライベートはコンタクトだから」
「いや、ふつう逆ですよね。あえてコンタクトにしましたよね間違いなく!」
えー? と、すっとぼける中野さんを置き去りにして洗面所へと向かう。相手にしてたら、脳みそ沸騰しそう。
ぶつぶつと文句を言いながら歩く廊下は、ひんやりとした板張り。そこを裸足で歩くことに若干の申し訳なさを感じながら、それでもそのひんやり感を楽しみながらぺたぺたと廊下を歩く。
「あ、おはよう」
丁度洗濯機からタオル引き出していた彼女さんが、洗面所のドアを開けた私に気付いて顔を上げた。柔らかい笑顔と挨拶に、私は口を開く。
「おはようございます、アオさん」
……アオさん
今日はちゃんと呼ぼうと、決めていた。原田主任に、ちゃんと振られたから。もう、引きずりたくないから。
アオさんは少し驚いたように瞬きをして、すぐにふわりと笑った。
「うん、おはよう八坂さん」
その笑顔がなぜかこそばゆく感じられて、私は内心焦りながら洗面台の前に立つ。
「よく眠れた?」
中野さんにもらった歯ブラシに歯磨き粉をつけていた私は、その言葉に大きく頷いた。
「はい、ホントよく眠れました! ……あの、昨日はすみませんでした」
「?」
不思議そうな顔をしたアオさんに、私は歯ブラシを持ったままもう一度頭を下げる。
「あんな失礼な態度でここに押しかけて、それに……」
「八坂さん」
原田主任に告白して振られた……そう続けようとした私の言葉を、アオさんは澄んだよく通る声で制した。それに驚いて顔を上げると、目を細めて私を見るアオさんの視線とかち合った。
「原田くんは私のもの、だよ」
「……」
にへらっと笑って洗濯かごを抱えるアオさんは、……多分昨日のこと知ってる。
察してる――。
一瞬、どくりとした鼓動はすぐにアオさんの表情で和らいだ。幸せそうに笑う彼女は、ただにこにこしてるだけの人じゃない。昨日のことは、私の態度でいろいろ察したアオさんのもしかしたら意趣返しだったのかもしれない。私が原田主任に告白するだろう事を察して、分かっていて二人にしてくれたのかもしれない。
その考えに至れば、すとんと頷けた。
「……わかってますよ、惚気聞きたくないでーす」
「残念」
さして残念そうでもない笑顔のアオさんを見て、その考えは確信に変わった。
多分。
意趣返しをすることで、私だけが悪いんじゃない状況にしてくれたんだ。
……きっと、そう。
「朝ごはんもうできてるからね」
私に考えが伝わったことに気付いたのか気付いていないのか、少しも読み取ることのできない笑みを浮かべたままアオさんが洗面所を出ていく。廊下を歩いていくぺたぺたという音が向こうに消えて、私は小さく息を吐き出した。
「原田主任の彼女さんて、不思議な人だなぁ……」
それだけ原田主任から愛されている自信があるのか、もしくはただのお人よしなのか。でもあの見た目に騙されちゃいけないってことだけは、分かった。
「本心では、ものっ凄く大人な人なのかもしれない」
「そーかもなー」
口を漱いで顔を上げると、背だけは原田主任と同じくらい高い男が入り口からこっちを見ていた。
「……変態」
「起き抜けにすげぇ挨拶だな、オイ」
ちょっとよけてと、隣で歯磨きを始める変態を睨み上げる。
「あんた男のくせに、女の身支度の邪魔するわけ?」
「女っていうか、唯のガキじゃねーか。お前の酔いっぷりは昨日堪能させてもらったからよー」
酔いっぷり?!
「寝てただけじゃない!」
「嘘こけ、お前が寝た振りして俺と原田の会話聞いてたの気付いてないとでも思ったのか」
……。
思わず、悪態ついてた口が止まった。口を噤んだ私をちらりと横目で見て、変態は歯磨きを再開する。しゃこしゃこ斜め上からする音を聞き流しながら、私は目を見開いたままぽつりと呟いた。
「気付いてたの」
微かに震えたのは、脳裏に浮かぶもしかしての言葉。
もしかして、原田主任にもバレてた?
原田主任がアオさんにプロポーズしようとしていることに気付いて、告白を急いだの、バレてた?
「俺は原田じゃないもんでね、気づくに決まってんだろ」
あいつは鈍いし素直だからなー、と言い捨てて口を漱ぐ。変態の言葉を聞いて、私はホッと胸をなでおろした。性格悪いの自覚してるけど、さすがに二人の話を聞いていたことは原田主任に気付かれたくない。
卑怯とでも何とでも言ってくれ!
そう思いながら顔を上げれば、タオルで顔を拭いていた変態と目があった。
「まぁなんつーの? 若いって凄いね。おにーさん、そのバイタリティにだけは感服するわ」
「おっさんの間違いでしょ」
「わー、まったくへこんでねーよ。それにしても口悪いなぁお前。昨日は原田の横でにこにこお茶飲んでたくせに」
「若い女性にお前とか言うおっさんに、そんなこと言われたくない」
「自分で言うかそれ。まぁ、そんだけ元気がありゃあ充分だ。んじゃな」
ひらりと片手を振って、変態は洗面所から廊下へと出て行ってしまった。その後ろ姿をちらりと見て、すぐにドライヤーを手に取る。
まったくへこんでないわけないじゃない、馬鹿じゃないの。
内心ぶつぶつと文句を言いながら、脳内で変態の顔面を殴打してムカムカを発散する。
へこんでないわけないでしょ、へこんでないわけ……。
乱暴に髪を整えると、ドライヤーのスイッチを切ってため息をついた。
……確かにあんまりへこんでないのはなんでなの。
あれだけ原田主任に迷惑がられているのに気付いてても、こんなところまで押しかけるほど好きだったはずなのに。
やるだけやりきったから? 思うままにふるまったから?
「……どんだけ我儘な子供よ、私」
もう一度息を吐き出して、中野さんのいる部屋へと戻った。




