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31日目に君の手を。  作者: 篠宮 楓
番外編

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115/118

私、後釜狙ってます! さいごのおはなし。さん





そこは。

別世界。






 ホールに展示されている絵は、風景画が多かった。モチーフとして設定したものを書くのではなく、日常の中のありふれた風景を描いているらしい。

 優しい色使いと穏やかな風景。

 そして初めて知った、アオさんの名前。


高坂あおい。


 どこかで聞いたことがあると思ったら、なんてことはない同じ大学の先輩だった。歳が離れているから、同時期に大学にいたわけじゃないけれど。そういえば、ホールに大きな絵が飾ってあった覚えがある。

 木々に遮られるように建つ、校舎。美術部が使っている教室のある校舎を描いたものだと、小さく説明が書いてあった。

 高坂あおいの名前と共に。


「ななしくん、ちょっと荷物預けてもいい?」

「あぁ」


 すでに原田主任はスタッフの人と知り合いなのか、招待客側の人間なのにどちらかというとアオさんの手伝いをしている。その主任を呼ぶアオさんは。

「ななしくん、ありがとう」


……ななしくん。


 なぜそんな呼び名なのかわからないけれど、昨日会社の前で「な……原田くん」と言い直していたのは直哉と呼びたかったんじゃなくて、ななしくんと呼びたかったらしい。

 ……紛らわしい。

 私の勘違いばっかじゃないか! 恥ずかしい!

「これ、どー考えても惚気だよな」

 アオさんと原田主任のやり取りをこっそり見ていた私は、いきなり横から話しかけられてびくりと肩を震わせた。声から佐々木だとわかっていても、いきなりはびっくりする。けれど佐々木の視線は絵に向けられていて、文句を言うのをぐっと我慢して私も同じように目を向けた。


 それは。

 澄み渡るような真っ青な空を見上げる、一人佇む男性の後ろ姿。

 遠目から見ている構図なのか、小さく描かれた男性の表情を見ることはできないけれど。

 ……確実に。


「惚気ですね、惚気」


 確実に、これはななしくんこと原田主任だろう。人物画があまりないアオさんのいくつかの絵に、風景に紛れるように描かれている男性の姿。風景の一部と化しているけれど、それはきっと原田主任。


 アオさんの日常の風景に、必ずいる存在。

 きっとそれがもう彼女にとっては当たり前の風景で。

 描くことに、何の戸惑いもないのだろう。

 事情を知っている人間から見たら、確実に「ななしくんは私のそばにいつもいてくれるの♡」って言われてる気になるけど。


 佐々木は私の言葉に、口端を軽くあげた。

「あんまり堪えてなさそうね。失恋したばっかなんでしょ」

「……あー、それ、変態にもバレてましたか」

 アオさんといい佐々木といい、察しのいい。

「俺にもって……アオさんに何か言われた?」

 佐々木が面白そうに口端を上げるから、私はちらりと視線を向けて笑った。

「私のものだそうですよ、原田くんは」

「ぷ」

 思わずといった風体で吹き出した佐々木は、口を押えて笑いを堪えている。さすがにこの場所で笑い声をあげるのはマナー違反だと、懸命に我慢しているらしい。傍から見たら、ばればれだけどね!

「アオさん頑張っちゃったんだ。多分、かなり恥ずかしさに内心暴れてたと思うよ。見たかったなー、そん時のアオさん」

 えー、あんまり照れてなさそうだったけど。

「それ言われて、よく個展来る気になったね。中野さんとやらは帰っちゃったのに」

「あー、まぁ……」


 そう、中野さんはあれだけ気合い入れて辻さんをお迎えしたというのに、個展には来ないで一人帰ってしまいました。朝は間に合わなかった辻さんの奥さんがオープニングセレモニーには来るって聞いて、がっくりと肩を落としたその姿は中々に面白かった。

 結婚してるの知ってたでしょ? って。今さら落ち込むところですか。

 まぁ、その辻さん夫婦も用事があるとかでセレモニーが終わり次第、申し訳なさそうに謝りながら帰っていったけれど。

「辻、ホント昔からモテるからなぁ。でも、奥さんには最初逃げられまくってたんだけどね」

「え、そーなんですか? なんか、あの顔面なら誰でも落ちそうなものなのに」

 堪えるのをやめたのか肩を震わせて笑っている佐々木を、傍に来た井上さんが諌める。

「お前ら、こんなところでなにやってんの。結構目立ってるぜ?」

「え、目立ってましたか? すみません、変態のせいです」

「俺かよ!」


 突っ込みを入れてきた佐々木は、井上さんの「うるさい」の裏拳一撃で口を噤みました。どうやら、井上さんは手首のスナップがとてもよく効くお方のようです。


「八坂さん、この後アオさんのお弁当食べるんだけど、まだ時間平気? 大丈夫なら一緒にどう?」

 裏拳入れられたところが痛むのか黙りこくった佐々木を無視して、井上さんが私に聞いてくる。

けれど言われた言葉に、思わず目を見開いた。

「え、個展開催で一番忙しいアオさんが、皆の分のお弁当作ったんですか!」

 こういう時って、普通仕出し弁当とかケータリングとかじゃないの!?

 私の疑問に気づいたのかスタッフルームへと促すように歩き出した井上さんが、首筋を抑えながら苦笑した。

「もう恒例になっちゃってるんだよね。さすがにスタッフさんの分は作ってないけど、俺達はいわば部外者だから。主催者側に俺達の分の弁当を出させるのは申し訳ないっていうアオさんの考えと……」

そう言って、ちらりと私の後ろから一緒に歩いてきている佐々木を指差した。

「あいつの我儘」

「あーなるほど、変態のせいか」

「お前らだって喜んで食ってるだろーが! 俺だけの……はいすみません」

 静かにしろや光線が、井上さんの目から出ました! 変態に致死的一撃!

「アオさんって、凄いですね」

 思わず呟く。


 原田主任より稼いでる、絵描きさん。その上、料理も美味しくて。私なんか、全然相手にならない。


 井上さんは「そうだね」と笑うと、スタッフと書かれたドアを開けた。

「そんなすごい人でも、アオさんは原田がいないとダメなんだよね」

 部屋に入れば、なぜか説教されているアオさんとしている原田主任の姿。どうやらアオさんが、何かしでかしたらしい。


 いつもあんたは、とか、前から言ってるだろ、とか。

 そんな言葉が漏れ聞こえてくる。

 井上さんは二人の横をさっさと通り過ぎてテーブルに置いてあるお弁当の包みを開くと、取り皿に移して食べ始めた。

「あの、声かけなくていいんですか?」

 勝手に食べちゃって……。

「あー、いいのいいの。あーなると長いから。ホントあの二人は八年たっても変わらない」

「……」


 ――八年


 何気なく言われたその年数に、私は目を細めた。昨日までは、その年月に嫉妬していた。私の知らない原田主任を知っているアオさんに、嫉妬した。でも、今は穏やかな気持ちで聞いていられる。


 きっと、彼女のアオさんを知ることができたから。

 きっと、原田主任に振られて気持ちの整理が付けられたから。

 もう大丈夫。


「やっぱきついか?」

 主語をすっ飛ばして、ぽつりと変態が私の耳元でささやいた。井上さんにも聞こえない程の言葉。私は小さく頭を振る。

「全然。女は強いんですよ」

 次に行くんです次に!

 そう言った私を、佐々木は少し驚いた目で見て笑った。

「その意気やよし! 次行け次!」

「りょーかいです、変態!」

「そこは変態じゃないだろ!」


 笑いながら言い合う私達を、井上さんが不思議そうに見ていた。





 我儘で、自己中心的な私の恋は。

 あっさりさっぱり終わってしまったけれど。

 まだまだ私の人生は長いわけだから。

 私だけの人を見つけるまで、八坂深央、へこたれません!





「いや、少しは今回の教訓を生かせよ」

「変態には関係ないし!」

「お前らホント仲いいなぁ。隠れて付き合ってるとかじゃなくて?」

「「は?!」」

 一斉に不機嫌な声を上げた私達に、井上さんが笑いながら「悪い」と片手をひらりとあげる。

 ちらりと見上げれば、佐々木と目があった。なんとなくそらした方が負けな気がして、お互いに睨み合う。




変態との恋の予感?




――あるわけないじゃないですか!!(`△´#)



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