第2話 五十二歳だった俺が、なぜか十六歳になっていた
巨大な樹を見上げたまま、俺はしばらく言葉を失っていた。
いや。
正確には、巨大な樹だけじゃない。
目の前にいる女性。
見たことのない草原。
空。
風。
そして、この世界そのもの。
全部がおかしい。
俺は自分の頬をもう一度つねった。
「痛い……」
夢じゃない。
たぶん。
いや、夢じゃないと思いたい。
すると、女性が不思議そうに俺を見る。
「どうかしましたか?」
「いや……」
俺は女性を見た。
白い服。
長い髪。
整った顔。
そして、こんな場所に一人で立っている。
アニメなら。
ここで、こういう女性が出てきたら――。
「……女神?」
女性が首を傾げた。
「女神……?」
「あ、いや。何でもないです」
俺は慌てて手を振った。
だが、冷静になって考える。
五十二年も生きていれば、それなりに世の中を知っている。
知らない女性についていくほど、俺は若くない。
美人だから信用できる?
そんなわけがない。
詐欺。
美人局。
特殊詐欺。
最近なら、正体の分からない連中が人を集めて犯罪をさせる話だってある。
そもそも。
ここが本当に異世界なのかどうかすら分からない。
「……あなた、本当に何者です?」
女性は少し驚いたような顔をした。
「私はリナです」
「世界樹の管理をしています」
「世界樹……」
俺は遠くの巨大な樹を見る。
「……あの、でっかい樹のことですか?」
「はい」
俺はもう一度見る。
山ほど巨大な樹。
枝が空を覆っている。
幹だけで、こちらから見ても途方もない太さだ。
「……これ、アニメでよく見たぞ」
「アニメ?」
「あ……」
しまった。
思わず口に出してしまった。
「いえ、何でもありません」
頭の中を整理する。
巨大な樹。
見知らぬ女性。
見知らぬ世界。
そして、俺を待っていたという。
ここまで揃えば、普通なら答えは一つだ。
異世界。
だが。
「……本当に異世界なのか?」
「はい」
即答だった。
俺は頭を抱えた。
「マジか……」
すると、リナが俺をじっと見る。
「ところで……」
「はい?」
「あなたは、ご自分の姿を確認しましたか?」
「姿?」
俺は意味が分からず、自分の体を見る。
そこで初めて気づいた。
手が小さい。
「……?」
腕も細い。
服も知らないものになっている。
立ち上がってみる。
体が軽い。
異常なほど軽い。
「ちょっと待て」
俺は慌てて自分の顔を触った。
「……髭がない」
髪も違う。
手も違う。
声も違う。
「鏡……」
俺が周囲を探していると、リナが小さな水面を指差した。
水たまりだった。
俺は恐る恐る覗き込む。
「…………誰だよ、これ」
そこに映っていたのは。
十六歳くらいの少年だった。
俺は固まった。
「……」
「……」
リナも黙っている。
俺は水面を見たまま呟いた。
「俺、五十二歳だったよな?」
「はい」
「なのに?」
「今は、その姿です」
「……異世界転生って、こういうことなのか?」
若返る。
特別な力。
新しい人生。
アニメで何度も見た展開。
まさか自分が。
俺は思わず笑ってしまった。
「いや……本当にあるんだな」
その笑いは、少し震えていた。




