光を浴びた影
第99話です。宜しくお願い致します。
会議室に、再び配管の入口が開いた。
そこから姿を現したのは、陸斗と阿川だった。
影山駿は、その姿を見て静かに目を細める。
「しっぽを巻いて逃げたのかと思ったよ……」
声に大きな怒りはない。
だが、冷たい。
「まぁ、ここに戻ってきたということは、何か対策でもしに来たのかな?」
陸斗は一歩前に出る。
阿川はその少し後ろに立ち、いつでも配管を出せるように構えていた。
「それは、やってからのお楽しみですね」
陸斗がそう言うと、影山の目が少しだけ細くなった。
「ずいぶん言うようになったね」
次の瞬間、陸斗の手元に光が集まる。
「光線!」
十五本の光線のうち、一本が影山駿へ向かって走った。
しかし、影山は動じない。
光線が届く直前、影山の身体は足元の影へ沈んだ。
光は何もない場所を通り抜ける。
少し離れた影から、影山が再び現れた。
「何度繰り返しても、君の光線は当たらないぞ……?」
影山の声は余裕に満ちていた。
陸斗は答えない。
ただ、すぐに次の行動へ移る。
◇
影山の足元から、黒い影が広がった。
「影法師」
床の影。
机の影。
倒れた隊員の影。
崩れた瓦礫の影。
そこから、影の分身体が次々に立ち上がる。
真っ黒な人型。
手には影で作られた刃。
それらが一斉に、陸斗と阿川へ襲いかかった。
「バリア!」
陸斗が即座に防御を張る。
影の刃がバリアに弾かれる。
続けて、陸斗は十五本の光線を分散させた。
光が走る。
影の分身体を貫き、消していく。
一体。
二体。
三体。
次々に倒していく。
だが、影山は焦らない。
「ほらほら、影は無限に作れるんだからな……」
倒された分を補うように、また新しい影が立ち上がる。
さらに、陸斗の背後に伸びた影が揺れた。
前回と同じように、死角から分身体が現れる。
だが、今度の陸斗はそれを見逃さなかった。
「そこです!」
振り向きざまに光線を放つ。
影の分身体が貫かれ、霧のように弾けて消える。
影山は小さく笑った。
「学習したか」
それでも状況は良くならない。
正面から来る分身体。
左右から伸びる影。
床に潜る影山本体。
陸斗は確かに対応している。
だが、対応し続けるだけでは影山には届かない。
影山も、それを分かっている。
だから、余裕を崩さない。
◇
陸斗は光線で分身体を倒しながら、少しずつ後退した。
阿川が、その背後で配管を出す。
「陸斗、入るぞ!」
「はい!」
二人は、再び配管へ飛び込んだ。
影山の目が鋭くなる。
「今度は逃さない……」
影山は、そこで一つの勘違いをしていた。
陸斗のバリアは強力だ。
だが、強力な能力には当然、制限がある。
影山はそう考えていた。
バリアの持続時間。
あるいは、クールタイム。
陸斗たちは、それをやり過ごすために配管へ逃げ込んでいる。
影山にはそう見えていた。
しかし、実際には違う。
陸斗のバリアのクールタイムは、わずか二秒。
わざわざ配管へ逃げ込まなくても、再使用はできる。
つまり、配管へ入った理由は休むためではない。
誘い込むため。
だが、影山はそこまで考えきれなかった。
阿川を仕留め損ねた。
自分の隊が次々に攫われた。
陸斗のバリアが邪魔をする。
冷静な影山にも、焦りは生まれていた。
まず、影山は分身体を配管の中へ送り込む。
黒い影たちが、開いた配管の入口へ滑り込んだ。
だが、すぐに中から光が走る。
陸斗の光線。
配管の中へ入った分身体は、次々に撃ち抜かれて消えていく。
「……なるほど」
影山は目を細めた。
配管の中は暗い。
暗いということは、影がある。
影山の《影法師》は、目に見える影を使って発動する。
ならば、配管の中でも戦える。
ただし、外からでは中の影までは見えにくい。
使うには、近づく必要がある。
影山は、さらに分身体を周囲に作り出した。
「逃げ道に自分から入ったことを後悔するといい」
そして、影山本体も配管へ踏み込んだ。
◇
その瞬間だった。
「っ……?」
足元が流れた。
配管の床は、ただの床ではない。
ベルトコンベア。
阿川が、倒れた隊員たちを運ぶために使っていた機能。
影山は一瞬、足を取られる。
体勢を崩した身体が、そのまま奥へ運ばれていく。
「何……?」
影山はすぐに影へ潜ろうとする。
だが、配管内では視界が狭い。
さらに、前方から陸斗の光線が飛んでくる。
影の分身体が盾になるように前へ出るが、光線に撃ち抜かれて消える。
ベルトコンベアは止まらない。
影山の身体は、数秒の間に奥へ運ばれていく。
そして、出口。
光が見えた。
影山が配管から吐き出されるように外へ出る。
その先にいたのは、陸斗と阿川。
阿川はすぐに手を動かし、配管の入口を閉じた。
逃げ道が塞がれる。
影山は体勢を立て直し、周囲を見回した。
「ここはどこだ?!」
そこは、会議室ではなかった。
広い空間。
客席。
高い天井。
そして、舞台。
東京にある多目的ホールのライブステージ。
復興後、避難民への説明会や小さな催しに使われ始めていた場所だった。
◇
今、そのステージ上には、複数のライトが灯っていた。
正面から。
左右から。
斜め上から。
足元近くから。
いくつもの強い光が、ステージ上の三人へ向けられている。
影山。
陸斗。
阿川。
三人の身体に、あらゆる方向から光が当たっていた。
影山は眉をひそめる。
「……ライブステージ?」
陸斗が答える。
「ここは、東京にあるライブステージです」
「……何を考えているのか知らないが」
影山は陸斗を見た。
「まぁいい。お前はどうせ、まだバリアが使えないのだろう?」
影山は、足元の影へ意識を向ける。
そこで、初めて気づいた。
ない。
自分の足元に、影がない。
いや、完全に光そのものが消しているというより、潜れるほど濃い影ができていない。
右からの光が左側の影を薄める。
左からの光が右側の影を薄める。
前後からの光が、足元にできる影を潰している。
陸斗にも。
阿川にも。
背後に伸びる影がない。
影山の表情が変わった。
「何故だ?! 影が……」
言いかけて、影山はすぐに理解する。
ステージ上は危険だ。
だが、客席側には光が届きにくい場所がある。
椅子の下。
通路の奥。
壁際。
そこまで移動できれば、影は使える。
影山が、ステージの外へ向かって動こうとした。
その瞬間。
「させません!」
陸斗が光線を放つ。
十五本ではない。
一本。
狙いを絞った、鋭い光。
それが影山の右足を撃ち抜いた。
「ぐっ……!」
影山の膝が崩れる。
右足に力が入らない。
影山は片膝をつき、陸斗を睨んだ。
◇
陸斗は、警戒を解かないまま静かに言った。
「もう気付いたとは思いますが、この複数のライトをあらゆる方向から対象に当てると、対象の周りの影はなくなります」
影山は答えない。
陸斗は続ける。
「勿論、周りに影はできます。だから、お得意の分身は作れると思います」
実際、ステージから離れた場所には影がある。
客席の下。
壁際。
ライトの届きにくい場所。
影山がそこを使えば、分身体を作ること自体は可能かもしれない。
「でも、僕達にとって一番の脅威は、死角からの攻撃と、本人が影に潜られることです」
陸斗の声は、少し震えていた。
怖くないわけではない。
相手はSPМの隊長格。
自分よりずっと戦い慣れている相手。
それでも、陸斗は言葉を続けた。
「自分達もライトに当たることで、周りには影ができなくなります」
阿川、陸斗も、ライトの中に立っている。
自分の背後に影を作らないように。
足元へ影を伸ばさないように。
「さらに、あなたにライトを当てることで、移動しないと影に逃げられない状態になります」
影山は右足を押さえながら、歯を食いしばった。
その通りだった。
影山は影に入れない。
分身体を作れても、陸斗の光線で撃ち抜かれる。
阿川へ近づこうとしても、陸斗のバリアがある。
そして、右足を撃たれた今、ライトの範囲から逃げることも難しい。
「勿論、ここにそのまま来てくれるかどうかは賭けでしたけどね……」
陸斗はそう言って、小さく息を吐いた。
影山は、悔しそうに顔を歪める。
「クソ……まんまとハメられたということか……」
沈黙。
数秒の間、影山は周囲のライトと、陸斗と、阿川を見た。
そして、ゆっくりと両手を上げた。
「いい。降参だ……」
阿川が眉をひそめる。
「降参だと?」
「あぁ」
影山は冷静に答えた。
「分身は出せるが、どうせ通じない。この足では動けないからな……」
それは諦めというより、判断だった。
勝てない状況で無理に暴れても意味がない。
少なくとも、影山はそう考えるタイプだった。
陸斗は、それでも油断しなかった。
「阿川さん、お願いします」
「あぁ」
阿川はロープを取り出し、慎重に影山へ近づく。
陸斗は光線をいつでも撃てるように構えたまま、周囲を見ている。
ライトの範囲から出さない。
客席側の影に近づけない。
足元を見失わない。
影山は抵抗しなかった。
阿川が影山の腕を縛る。
さらに、脚も縛る。
「念のため、目も塞いでおくぞ」
阿川がそう言うと、影山は短く息を吐いた。
「用心深いな」
「お前のスキルが厄介すぎるんだよ」
阿川はそう返し、影山に目隠しをした。
陸斗も頷く。
「影を見られない方が安全です」
影山駿は、もう抵抗しなかった。
その身体を縛り、目を覆う。
それでも陸斗は、最後まで気を抜かなかった。
影は、どこにでもある。
だからこそ、光を当て続けなければならない。
そう学んだ戦いだった。
皆様にお知らせです。
明日、明後日の土日は100話到達記念と題して
それぞれ2話ずつ投稿になります。
8時20分と20時20分ですので宜しくお願い致します!




