新しい悠真君(前編)
第100話です。宜しくお願い致します。
物陰の裏で、アルは片膝をついていた。
柿原紅蓮の火縄銃によって撃ち抜かれた足からは、じわりと血が滲んでいる。
深すぎる傷ではない。
だが、戦闘中に受ける負傷としては十分すぎるほど厄介だった。
少し動けば痛みが走る。
踏み込めば、確実に動きが鈍る。
アルは普段の明るさを少しだけ失い、珍しくしょんぼりした顔をしていた。
その隣で、ソックスが自分の袖を破った。
布を細く裂き、アルの足に巻きつけていく。
「ごめん……ソックス……」
アルが小さく呟く。
普段の騒がしさはない。
それだけで、傷の痛みよりも、迷惑をかけたことを気にしているのが分かった。
ソックスは手を止めず、短く答える。
「反省は後からだろ……」
布をきつく結ぶ。
アルが少しだけ顔をしかめた。
だが、ソックスはその表情を見ても、手加減しなかった。
今は綺麗に優しく巻くより、戦える状態にする方が大事だった。
「それよりも、アイツを倒す事に集中しよう」
その言葉に、アルの目が少しずつ戻っていく。
落ち込んでいた顔に、いつもの明るさが戻る。
そして、アルは勢いよく頷いた。
「アイアイサー!!」
◇
その声が響いた直後だった。
頭上から、ガラス瓶が落ちてくる。
中には液体。
先端には炎。
火炎瓶だった。
柿原は二人が隠れている位置を絞り込み、上から投げ込んできたのだ。
「来た!」
ソックスが叫ぶより早く、アルは機関銃を構えた。
足は痛む。
だが、腕は動く。
「ヒャッハァァァ!! 火遊び禁止であります!!」
アルの機関銃が火を噴いた。
弾丸が火炎瓶に命中する。
瓶が空中で割れ、炎と液体が飛び散った。
火が床の一部に落ちる。
だが、直撃は避けた。
その瞬間、柿原の声が響いた。
「見つけたぜ!」
アルが火炎瓶を撃ち落としたことで、射線の位置が割れた。
柿原が火縄銃をアルへ向ける。
火縄銃の先に、聖火が灯る。
次の一発を撃たれれば、負傷したアルは避けきれないかもしれない。
だが、その前にソックスが動いていた。
物陰からわずかに身を乗り出し、柿原めがけて銃を撃つ。
一発。
柿原の手元を狙った射撃。
柿原は舌打ちし、火縄銃の角度を変えた。
そのせいで、アルへの射撃が遅れる。
さらにもう一発。
今度は柿原の足元。
柿原は後ろへ跳び、距離を取った。
アルを狙おうとすれば、ソックスが撃つ。
ソックスを狙おうとすれば、アルの機関銃が火を噴く。
動けないアルを、ソックスが射線で守っている。
その連携を見て、柿原は笑った。
「やるな……!」
苛立ち混じりではあった。
だが、その声には確かに楽しさもあった。
「いいコンビだ!!」
アルは物陰から顔を出し、にやりと笑う。
「お褒めにあずかり光栄であります!」
「調子に乗るな」
ソックスが即座に言う。
「今から乗るところだったのに!」
「乗るな」
そんなやり取りをしながらも、二人の目は柿原から離れない。
柿原は強い。
火縄銃。
火炎瓶。
そして《聖火》。
ただ火を使うだけではない。
相手を動かし、隠れ場所を削り、撃つタイミングを作る。
厄介な副隊長だった。
だからこそ、先に崩す必要がある。
◇
アルは深く息を吸った。
そして、叫ぶ。
「スキル、自動小銃!」
次の瞬間、柿原の周囲に銃が現れた。
一つ。
二つ。
三つ。
いや、それだけではない。
空中に浮かぶようにして、八つほどの自動小銃が柿原を囲んでいた。
銃口は、すべて柿原の足元へ向けられている。
柿原の目が見開かれた。
「何だ、どっから現れた?!」
アルは嬉しそうに笑う。
足を負傷しているのに、その顔だけはいつも通りだった。
「ヒャッハァァァー!! 撃ちまくれぇー!!」
八つの自動小銃が一斉に火を噴いた。
銃声が会議室に重なる。
ただし、狙いは柿原の急所ではない。
足元。
膝下。
踏み込み足。
悠真からの命令は、殺すな。
だからアルは、その命令だけは絶対に外さない。
「ぐっ……!」
柿原の足に何発かが命中した。
弾丸そのものが深く貫いたわけではない。
だが、動きを止めるには十分だった。
柿原の膝が崩れる。
その瞬間を、ソックスは逃さなかった。
銃口を柿原へ向ける。
「スキル、特殊弾」
静かな声。
だが、そこに迷いはない。
「緑の弾」
放たれた弾丸が、柿原へ向かって飛ぶ。
柿原は避けようとした。
だが、足を撃たれている。
動きが鈍い。
弾が柿原に当たった瞬間。
べちゃり、と粘ついた音が響いた。
緑色のネバネバした液体が、広範囲に広がる。
柿原の腕。
脚。
胴体。
その全てを覆い尽くし、床へ貼りつけた。
「クソッ! 動けねぇ……!」
柿原がもがく。
だが、粘液は剥がれない。
火縄銃を構えようとしても、腕が動かない。
火炎瓶を取り出そうにも、身体が固定されている。
ソックスは銃を下ろした。
「……勝負ありですね」
アルはその場で、ぱっと顔を輝かせた。
そして、ソックスの顔の前に手を出す。
ハイタッチを求める手だった。
ソックスはそれを見て、少しだけ黙る。
いつものように面倒くさそうな表情をしている。
だが、その目は少しだけ柔らかかった。
「仕方ないな……」
ソックスも手を出す。
ぱん、と乾いた音が鳴った。
「イェーイ!!」
アルが嬉しそうに叫ぶ。
◇
その声を聞き、少し離れた場所にいた悠真が三人の方を見た。
セイコは凛堂と世良を倒した。
アルとソックスは柿原を制圧した。
派遣された三人は、いずれも強敵相手に大きな戦果を上げていた。
「ホントに三人ともよくやったな!」
悠真は心の底からそう言った。
その声に、アルが勢いよく反応する。
「また、ご主人様に褒められた!」
そして、負傷した足を忘れたかのように両手を上げる。
「今日は何ていい日だ!」
ソックスがすぐに突っ込んだ。
「怪我をしといて何がいい日なんだ……」
セイコも、ステッキを肩に乗せながら優雅に笑う。
「まぁ、ちょっとした運動をしただけですわ!」
アル。
ソックス。
セイコ。
相変わらず、濃い三人だった。
だが、頼りになる。
その空気に、ほんの少しだけ勝利の色が混じった。
凛堂。
世良。
柿原。
SPМの隊長格や副隊長格が、次々に崩れていく。
このまま押し切れるかもしれない。
その一瞬の油断。
そのわずかな隙を、犬飼は逃さなかった。
悠真の背後へ、何かが猛スピードで迫る。
アルも。
ソックスも。
セイコも。
ひとつの戦闘が終わったことで、ほんの一瞬だけ意識が緩んでいた。
次の瞬間。
鋭い爪が、悠真の喉元に突きつけられた。
「……っ!」
悠真の身体が固まる。
背後から回された腕。
その腕は、人間の腕ではなかった。
太く、力強く、獣の毛に覆われている。
ヒグマの腕。
そして、地面を捉える足は、チーターのようにしなやかで速さを感じさせる形へ変わっていた。
犬飼。
スキル《人体実験》によって、身体の一部を動物へ変化させた姿。
その鋭い爪が、悠真の喉に触れている。
アルが即座に銃を構えようとした。
ソックスも、セイコも動きかける。
だが、犬飼の声がそれを止めた。
「一歩でも動いたら、喉元にこの爪を刺すからな!」
三人の動きが止まる。
派遣された彼らにとって、悠真は絶対の存在だった。
その悠真を傷つける可能性がある行動は取れない。
たとえ敵が目の前にいても。
たとえ助けたいと思っても。
爪が、ほんの少し動くだけで悠真の命に関わる。
だから、動けない。
アルの顔から笑みが消えた。
ソックスの銃口は下がらないが、引き金を引けない。
セイコも、ステッキを握ったまま固まっている。
犬飼は悠真の背後に立ち、爪を喉元へ押し当てたまま、低い声で言った。
「誰も動くな」
◇
何故だ。
俺は、自分の喉元に触れている爪の冷たさを感じながら、頭の中でその言葉だけを繰り返していた。
「何故だ……?! 犬飼?!」
声が震えた。
痛みはまだない。
だが、少しでも動けば爪が食い込む。
犬飼の腕は、ヒグマのように太い。
足はチーターのように変化している。
俺が知っている犬飼のスキル。
《人体実験》。
動物の特徴へ身体を変える能力。
それを使って、俺の背後を取ったのだ。
犬飼は、俺の声に何の迷いもなく答えた。
「桜井総督府様の命令だからだ!」
その言葉が、理解できなかった。
いや、言葉の意味は分かる。
分かるからこそ、理解したくなかった。
「まさか、お前操られていたのか……?!」
犬飼の腕に力が入る。
爪が、ほんのわずかに喉へ触れた。
「俺は最初から、桜井総督府様の命令しか聞かない」
「最初から……?」
俺の中で、何かが崩れかける。
最初から。
犬飼はそう言った。
だが、それはおかしい。
犬飼は、東京へ逃げてきた。
ボロボロになって、空から落ちてきた。
SPМの異常を伝えた。
門脇さんを助けてほしいと願った。
避難民を助けてほしいと頼んだ。
それが嘘だったのか。
いや、違う。
ルドルフの《真実の口》を通して確認した。
犬飼は、俺たちを騙そうと思って東京へ来たわけではなかった。
少なくとも、犬飼の認識では、あれは真実だった。
だからこそ、俺たちは動いた。
では、何故。
今、犬飼は桜井の命令で俺を捕まえている。
この戦いの中で操られたのか。
でも、それもおかしい。
この場にいるのは犬飼だけじゃない。
俺もいる。
陸斗も、阿川も、色谷も、チャン爺もいる。
アルたちだっている。
もし、桜井の問いかけに返答することが条件なら、俺は全員に答えるなと伝えていた。
桜井本人も言っていた。
そんな簡単に発動しない、と。
もちろん、それが嘘の可能性はある。
だが、もし見るだけで操れるなら。
触れるだけで操れるなら。
会話を聞くだけで操れるなら。
最初から俺たち全員を操ればよかったはずだ。
それをしなかった。
いや、できなかったのか。
では、何が条件だ。
何を見落としている。
犬飼だけが操られた理由。
犬飼だけが、最初から桜井総督府様の命令しか聞かないと言い切る理由。
ルドルフの《真実の口》をすり抜けた理由。
頭の中で、いくつもの情報がぐるぐると回る。
だが、答えに届かない。
喉元の爪が、それ以上考える時間を与えてくれない。
◇
「悠真君が驚くのも無理はないね」
桜井の声がした。
会議室の奥で、桜井は笑っていた。
余裕の笑み。
勝利を確信したような顔。
俺が一番見たくなかった表情だった。
「君は犬飼が裏切らないとでも思ったのかい?」
俺は何も答えられない。
答えたくないのではない。
喉元に爪を突きつけられている。
犬飼が俺を押さえている。
アルたちは動けない。
状況が、悪すぎる。
桜井は楽しそうに続けた。
「つくづく、君の頭はお花畑だね……」
その言葉に、奥歯を噛みしめる。
違う。
そう言いたかった。
俺は警戒していた。
犬飼の証言も確認した。
作戦も立てた。
桜井のスキルの可能性も考えた。
それでも、今こうなっている。
つまり、俺は見落としていた。
桜井の仕掛けを。
「まぁでも」
桜井は、倒れた凛堂や世良、柿原たちの方を一瞥した。
「これだけの戦力を君が持っていることも、直で確認できたし」
その視線が、俺に戻る。
「今から悠真君が私達の仲間になる訳だし、最高な日だね……」
俺は、何も答えられなかった。
喉元の爪。
犬飼の腕。
桜井の笑み。
そして、俺自身の判断ミス。
その全てが、重くのしかかっていた。
とうとう節目の100話です。
皆さん、ホントのホントにここまで読んで頂きありがとうございます!
物語も1つの山場を迎えてますので今後も楽しんで頂けると幸いです!
今日と明日の土日の2日間は100話記念と題して2話ずつ投稿になります。
8時20分、20時20分に投稿です。
宜しくお願い致します。




