淑女は強くあれ
第98話です。宜しくお願い致します。
場面は、再び会議室の中央へ戻る。
砕けた天井から、日の光が差し込んでいた。
まるで、凛堂のためだけに用意された光みたいだった。
会議室の床には、瓦礫が散らばっている。
机は倒れ、椅子は吹き飛び、あちこちに戦闘の跡が刻まれていた。
だが、その中心で向かい合っている二人だけは、まだ止まっていない。
凛堂明日香。
そして、セイコ。
凛堂は、世良の《美魔女》によって自己免疫力と身体能力を大幅に引き上げられている。
さらに、天井を破壊したことで日光を浴びながら戦える状態になっていた。
もともと強い。
それは分かっていた。
だが今の凛堂は、さっきまでとは明らかに違う。
立っているだけで、圧が違った。
空気が重い。
近くにいるだけで、肌がぴりつく。
凛堂は拳を握りしめ、獰猛に笑った。
「さぁ、続きだ」
◇
次の瞬間、凛堂の姿がぶれた。
「っ……!」
俺が反応するより早く、凛堂はセイコの懐へ入り込んでいた。
速い。
さっきまでの踏み込みとは比べ物にならない。
セイコは二本のステッキを構え、凛堂の拳を受け流そうとする。
右のステッキで拳の軌道をずらす。
左のステッキで次の攻撃に備える。
先ほど凛堂を押し込んだ時と同じ動き。
だが、今度は通じなかった。
凛堂の拳が重すぎる。
ステッキで流そうとしても、勢いを殺しきれない。
軌道をずらしても、その衝撃ごとセイコの身体へ突き刺さる。
「オラオラオラオラオラァァァー!」
凛堂の連打が、セイコへ襲いかかる。
右。
左。
肘。
拳。
踏み込み。
すべてが速い。
セイコは二本のステッキを交差させ、防ぎ、受け流し、反撃の隙を探そうとする。
だが、凛堂の攻撃はそれを許さない。
ステッキで受けたはずの拳が、そのまま押し込んでくる。
受け流したはずの拳が、次の瞬間には別角度から飛んでくる。
セイコの身体が、少しずつ後ろへ押されていく。
「世良のバフは強いからな……!」
凛堂は笑っていた。
「本当は真剣勝負でお前に勝ちたかったがよ……」
さらに一撃。
セイコの右肩へ拳が入る。
「まぁ、仕方ないよな……!」
さらに踏み込む。
「俺達は敵だからよぉー!」
凛堂の拳が、セイコの腹へ突き刺さった。
「ぐっ……!」
セイコが初めて苦しそうな声を漏らす。
その声を聞いた瞬間、俺の胸が冷たくなった。
まずい。
セイコは強い。
それは分かった。
でも、今の凛堂はさらにその上を行っている。
世良の支援。
日光による充電。
そして、本人の戦闘能力。
それらが合わさった凛堂は、想像以上に厄介だった。
セイコは何とか体勢を立て直そうとする。
だが、凛堂はそれを許さない。
「これで終わりだァァァー!」
凛堂の身体から、さらに圧が噴き上がる。
「10%解放ー!」
凛堂の拳に、日光の力が一気に乗った。
さっき、セイコを吹き飛ばした時と同じ。
蓄積した日光を瞬間的に消費し、火力を跳ね上げる一撃。
それが、今度は完全にセイコへ直撃した。
轟音。
セイコの身体が吹っ飛ぶ。
壁へ叩きつけられ、会議室全体が揺れた。
壁に大きな傷穴ができる。
破片が床へ落ちる。
白い埃が舞う。
「セイコーー!!」
俺は思わず叫んでいた。
◇
セイコは、壁にもたれるようにうなだれていた。
返事がない。
動かない。
数秒。
たった数秒だったのかもしれない。
けれど、俺にはその時間が異様に長く感じられた。
まさか。
そんな考えが頭をよぎる。
いや、あり得る。
あれだけの拳を受けた。
凛堂の10%解放をまともに食らった。
いくらセイコでも、無事で済む保証はない。
「……」
会議室の空気が、一瞬だけ静まり返ったように感じた。
凛堂も、拳を下ろしながらセイコを見ている。
その顔には、勝利を確信したような笑みがあった。
だが――。
ゆっくりと、セイコの指が動いた。
「……」
セイコは顔を上げる。
口元から血が流れていた。
それでも、セイコは慌てなかった。
どこから取り出したのか、花柄のハンカチを手にして、優雅な仕草で口元の血を拭う。
そして、汚れた警備服を一度召喚し直し、新しいものへ取り替えた。
こんな戦場のど真ん中で。
凛堂に吹き飛ばされた直後に。
セイコは、服の乱れを整えた。
「お風呂に入りたいですわ……」
「いや、最初に言う言葉それかよ!」
反射的に突っ込んでしまった。
でも、声が出たことで少し安心した。
生きている。
立てる。
いつも通り、意味の分からないことを言っている。
「まぁいい……無事で良かった……」
俺がそう言うと、セイコはキッとこちらを見た。
「悠真様、無事ではございません!!」
「え?」
「私の美しい顔に傷が付きました!」
セイコは自分の頬を指差す。
確かに、小さな傷があった。
「服も泥だらけでした!」
「今、取り替えたよな?」
「取り替える前に泥だらけでしたわ!」
「そこ重要なのかよ……」
「重要ですわ!」
セイコは、凛堂の方へ向き直る。
「これは許せませんわ!」
凛堂の顔が、わずかに引きつった。
「あれだけ俺のパンチをくらって、まだあんな口が叩けるってのか……?!」
その驚きは、俺にも分かる。
あれは普通なら倒れて終わりの一撃だった。
それでもセイコは立っている。
しかも、怒っている理由が顔と服。
本当に、どこまで本気でどこまでズレているのか分からない。
だが、そのズレた怒りが、今は妙に頼もしかった。
セイコは二本のステッキを握りしめる。
「うるさいですわ!」
そして、はっきりと言った。
「もう、スキル使いますわ!」
◇
その言葉に、俺は思わずセイコを見た。
そういえば。
セイコはここまで、ほとんどステッキで殴っていただけだ。
派遣スキルによる強化はある。
だが、セイコ自身のスキルを本格的に使ったわけではない。
セイコが、胸を張って宣言する。
「スキル、巨大化!」
次の瞬間、セイコの身体が大きくなった。
本当に、そのままだった。
腕が伸びる。
脚が伸びる。
身体全体が大きくなる。
それに合わせて、両手に持った二本のステッキも巨大化していく。
会議室の高い天井いっぱいに、セイコの身体が迫る。
先ほど凛堂が天井に穴を開けていなければ、頭をぶつけていたかもしれない。
「巨大化というのは、やはりそのまま巨大化するスキルなのか……」
俺は呟いた。
名前通りすぎる。
だが、単純だからこそ分かりやすく強い。
体格が大きくなれば、当然、筋力も上がる。
防御力も上がる。
ステッキの大きさも、攻撃範囲も、すべてが変わる。
凛堂は、巨大化したセイコを見上げていた。
「何だ、これは……」
セイコは巨大化しても、なぜか優雅さを崩さなかった。
むしろ、巨大な身体で堂々と胸を張る。
「私の優雅さを、めいいっぱい見せつけますわ!」
「こんなの、見かけ倒しな筈だ!」
凛堂が床を蹴った。
世良の強化を受けた凛堂の速度は、相変わらず凄まじい。
一瞬で距離を詰め、巨大化したセイコへ拳を叩き込む。
だが。
セイコはびくともしなかった。
「何だ……と?!」
凛堂の顔が変わる。
さっきまで、拳一つでセイコを押し込んでいた。
十%解放で壁まで吹き飛ばした。
それなのに、巨大化したセイコは、その拳をほとんど受け流す必要すらなかった。
身体そのものが、壁のように凛堂の攻撃を受け止めている。
セイコは巨大なステッキをゆっくりと振り上げた。
「お返しですわ」
そして、振り下ろす。
凛堂は避けようとした。
だが、攻撃範囲が広すぎる。
巨大なステッキが、まるで柱のように凛堂を打ち据えた。
轟音。
凛堂の身体が横へ吹き飛ぶ。
壁まで叩きつけられ、瓦礫が散った。
「ぐっ……!」
凛堂は、それでもすぐに立ち上がろうとする。
世良の支援が効いているのか、倒れきらない。
だが、さすがに余裕の笑みは消えていた。
「クソが、世良に強化して貰ってこれかよ……」
凛堂は口元の血を拭い、セイコを見上げる。
その目には、怒りだけでなく、確かな認める色があった。
「お前は強い……」
凛堂が拳を握りしめる。
「出し惜しみなしで、最大火力でいくぜ」
会議室の空気が変わった。
凛堂が、砕けた天井から差し込む日光を全身に浴びる。
その身体から、今までよりもさらに大きな圧が噴き上がった。
まずい。
さっきの10%解放ですら、とんでもない威力だった。
それ以上を使うつもりなら、会議室そのものが壊れかねない。
凛堂が、ゆっくりと腰を落とす。
次の瞬間、床を蹴った。
「70%解放!」
凛堂の身体が、巨大化したセイコへ向かって一直線に飛ぶ。
凄まじい速度。
凄まじい圧。
拳には、ありったけの日光の力が乗っている。
凛堂の渾身の一撃。
それが、セイコへ向かう。
◇
セイコは逃げなかった。
二本の巨大なステッキを構える。
一方のステッキで、凛堂の拳を受ける。
もう一方のステッキで、その軌道をずらす。
轟音が響いた。
床が割れる。
壁が震える。
周囲の瓦礫が跳ねる。
それでも、セイコは防ぎきった。
「なっ……!」
凛堂の表情に、初めて明確な驚きが浮かぶ。
セイコは、巨大な身体で一歩踏み込んだ。
「今度はこちらの番ですわ」
そして、二本のステッキを持ったまま回転した。
巨大化した身体が回る。
それに合わせて、巨大なステッキが円を描く。
会議室の中に、凄まじい風圧が生まれた。
机の残骸が吹き飛ぶ。
瓦礫が転がる。
倒れていた椅子が壁へ叩きつけられる。
あの、自称バレエ。
それの巨大化版だった。
「それ、まだバレエって言い張るのかよ……!」
俺は思わず叫ぶ。
だが、セイコは当然のように言った。
「淑女の舞ですわ!」
凛堂が回避しようとする。
だが、攻撃範囲が広すぎる。
巨大なステッキが、逃げ場を潰す。
セイコは回転の勢いを乗せ、最後にステッキを大きく振り抜いた。
「これで、終わりですわ!」
渾身の一撃。
巨大なステッキが、凛堂を打ち抜く。
凛堂の身体が、今までとは比べ物にならない勢いで吹っ飛んだ。
その先にいたのは、世良だった。
世良は目を見開く。
「ちょっとちょっと待って……?!」
だが、間に合わない。
凛堂の身体が、そのまま世良へ突っ込んだ。
ドンッ!!
凛堂が世良の上へ倒れ込む。
二人まとめて床へ叩きつけられた。
凛堂は動かない。
世良も、下敷きになったまま意識を失っている。
会議室の中央に、一瞬だけ静けさが生まれた。
セイコは巨大なステッキを軽く振り、ゆっくりと元の大きさへ戻っていく。
身体が縮む。
ステッキも元のサイズに戻る。
元の大きさに戻ったセイコは、さすがに少し疲れたように息を吐いた。
「流石に疲れましたわね……」
◇
俺は凛堂と世良を見る。
二人とも、動かない。
倒した。
あの凛堂を。
しかも、世良ごと。
正直、驚いた。
セイコが強いことは分かっていた。
だが、ここまでとは思っていなかった。
「ありがとう……!」
俺はセイコに言った。
「正直、お前がここまで強いとは思わなかったよ……」
セイコはステッキを肩に乗せ、少しだけ得意げに微笑んだ。
「淑女は強くあるべきですもの……」
相変わらず意味はよく分からない。
けれど、その言葉が、今は妙に頼もしく聞こえた。




