モンスター大戦
第97話です。宜しくお願い致します。
場面は、地下へ移る。
落とし穴によって、悠真たちと分断された未来は、ひとり地下の広い空間にいた。
そこにいたのは、人間ではない。
紫色の巨大なカエルのようなモンスター。
ポイズンフロッグ。
そして、三メートルほどの巨体を持つ雪男のようなモンスター。
アイスイエティー。
ポイズンフロッグは約40体。
アイスイエティーは約20体。
数だけでも圧倒的だった。
だが、未来はすぐに全力でぶつかろうとはしなかった。
まずは敵を知る。
どんな動きをするのか。
どんな攻撃をしてくるのか。
どの距離が危険なのか。
どこに弱点があるのか。
それを見極めるために、未来は最初にシャドウウルフを15体召喚していた。
黒い影のような狼たちが、未来を守るように周囲へ散る。
その動きは速い。
低く、静かで、暗い地下の空間ではかなり見えづらい。
だが、相手もただ鈍いだけのモンスターではなかった。
◇
「跳んだ……!」
ポイズンフロッグの一体が、巨大な身体に似合わない跳躍を見せた。
大きく後ろ足を縮めたかと思うと、次の瞬間には高く跳ねる。
シャドウウルフの攻撃を避け、壁に張りつくように着地した。
さらに別の個体が、長い舌を伸ばす。
ぬめりを帯びた舌が、鞭のように空気を裂いた。
シャドウウルフの一体が横へ跳ぶ。
しかし、舌の先が脚をかすめた。
そのまま巻き取られそうになる。
「離れて!」
未来がすぐに指示を出す。
別のシャドウウルフが飛びかかり、舌へ噛みついた。
ポイズンフロッグが嫌がるように身体を震わせる。
その隙に、捕まりかけたシャドウウルフが距離を取った。
未来は息を呑む。
ポイズンフロッグは、ただ毒を持つだけではない。
跳躍力がある。
意外と速度もある。
舌による拘束もできる。
さらに――。
ポイズンフロッグの口が、大きく開いた。
毒々しい液体が、勢いよく噴射される。
シャドウウルフが横へ飛んだ瞬間、床に毒液が降りかかった。
じゅう、と嫌な音がする。
床の表面が、わずかに煙を上げた。
「毒液まで……」
未来は眉をひそめた。
近づきすぎれば舌で絡め取られる。
距離を取れば毒液を飛ばされる。
それでいて、跳躍で位置を変えてくる。
Cランクとはいえ、40体もいればかなり厄介だった。
◇
だが、本当に危険なのは奥にいるアイスイエティーだった。
アイスイエティーの一体が、手に持つ大きな氷の斧を振り上げる。
その斧は、普通の武器ではない。
氷で作られているのに、岩のような重さを感じさせた。
岩陰に回り込もうとしていたシャドウウルフへ向かって、アイスイエティーが斧を振り下ろす。
シャドウウルフは直撃を避けた。
しかし、斧はそのまま岩を叩き割った。
砕けた岩が飛び散る。
「岩ごと……!」
未来は思わず声を漏らした。
パワーがある。
それも、ただ巨体なだけではない。
武器を使ってくる。
さらに、別のアイスイエティーが手を前に出した。
その手の周囲に、氷の礫がいくつも生まれる。
次の瞬間、それらが矢のように飛んだ。
シャドウウルフたちが散開する。
何体かは避けきった。
だが、氷の礫が床や壁に刺さり、破片が飛ぶ。
その破片だけでも危険だった。
さらに、アイスイエティーが大きく息を吸う。
そして、口から吹雪を吐いた。
白い冷気が、通路の一部を覆う。
床が一瞬で凍りつく。
近くにいたシャドウウルフが足を取られ、動きが鈍った。
「接近戦だけじゃない……」
未来は小さく呟いた。
氷の斧。
氷の礫。
吹雪による凍結。
アイスイエティーは、パワーだけの敵ではない。
近距離も中距離もこなす。
さらに足止めまでできる。
正面からシャドウウルフだけで押し切るのは危険だった。
◇
未来は、深く息を吸った。
怖くないわけではない。
むしろ、怖い。
地下に一人。
周囲にはモンスターの群れ。
上では悠真たちが戦っているかもしれない。
助けを呼びたい。
そう思う気持ちも、心の奥にはあった。
けれど、未来は自分の手を強く握った。
ここで止まっている場合ではない。
このモンスターたちを突破しなければ、悠真たちの元へ戻れない。
「……ここからは、出し惜しみなしね」
未来はシャドウウルフたちへ意識を向けた。
「みんな、一度戻って」
シャドウウルフ15体が、光となって《動植物図鑑》へ戻っていく。
さらに、上側との連絡や索敵のために出していたヤモリのうち、一体も戻した。
同時に扱える数は35体。
これから出すのは、今の未来が動かせる最大戦力だった。
「出てきて」
未来の周囲に、複数の光が生まれる。
まず現れたのは、ヴァンパイアバット。
黒い翼を広げ、鋭い牙を覗かせるCランクモンスター。
数は20体。
次に現れたのは、ジャイアントオーガ。
巨大な筋肉質の身体を持つBランクモンスター。
数は10体。
そして最後に、レッドワイバーン。
赤い鱗を持つ翼竜型のBランクモンスター。
数は5体。
合計35体。
未来が同時に召喚し、操作できる最大数だった。
「これで、私が同時に召喚できる最大数の35体……」
ヴァンパイアバットが天井近くへ舞い上がる。
ジャイアントオーガが未来の前へ並ぶ。
レッドワイバーンが翼を広げ、低く唸る。
未来はそれぞれの動きを確認した。
《動植物愛護》の強化によって、召喚されたモンスターたちの身体能力は大きく引き上げられている。
その力をどう使うか。
それは、未来の指示にかかっていた。
◇
「まずはヴァンパイアバット」
未来がポイズンフロッグの群れを指差す。
「ポイズンフロッグに酸の雨よ!」
ヴァンパイアバット20体が、一斉に空中へ広がった。
天井近くを旋回し、ポイズンフロッグたちの真上を取る。
ポイズンフロッグたちは、すぐに反応した。
何体かが跳び上がり、ヴァンパイアバットへ近づこうとする。
だが、未来のヴァンパイアバットたちは速かった。
身体能力が強化されている。
同じCランク同士でも、動きの鋭さが違う。
空中でひらりと避け、すぐに隊列を整える。
そして、酸の雨が降った。
広範囲に、無数の酸の滴が落ちていく。
ポイズンフロッグたちは一斉に跳ねた。
逃げようとする。
壁へ跳ぶ。
床を滑るように移動する。
だが、範囲が広い。
酸の雨は、逃げる先まで降り注いだ。
紫色の皮膚に酸が当たる。
じゅう、と音が鳴る。
ポイズンフロッグの身体の一部が溶け、苦しそうに鳴いた。
それでも、ポイズンフロッグも黙ってはいない。
口を大きく開き、上空のヴァンパイアバットへ毒液を噴射する。
何本もの毒液が、槍のように空へ伸びた。
しかし、ヴァンパイアバットたちは翼を翻し、華麗に避ける。
毒液の軌道を読み、互いにぶつからないように散開する。
未来はその動きを見ながら、さらに細かく指示を出した。
「左の群れ、少し高度を上げて」
「右側はそのまま回り込んで」
「毒液を吐いた直後を狙って噛みついて!」
ヴァンパイアバットの一部が急降下する。
毒液を吐いた直後のポイズンフロッグへ、鋭い牙を突き立てた。
ポイズンフロッグが暴れる。
だが、ヴァンパイアバットはすぐに離脱する。
そして、別のヴァンパイアバットが再び酸の雨を降らせる。
攻撃。
離脱。
酸の雨。
噛みつき。
その繰り返しで、ポイズンフロッグたちは次々に体力を削られていった。
ヴァンパイアバット自身は、自分たちの酸で傷つかない。
酸への耐性があるからだ。
だからこそ、酸の雨の中でも平然と飛び込み、噛みつくことができる。
ポイズンフロッグにとっては、逃げ場のない空中からの猛攻だった。
最後の一体が、毒液を吐こうとした瞬間。
ヴァンパイアバットが三体同時に飛びかかる。
牙が突き立ち、酸の雨が追い打ちをかける。
ポイズンフロッグの巨体が、床に沈んだ。
40体いたポイズンフロッグは、全滅した。
「よし、ナイスよ!」
未来は思わず声を上げた。
「良い子ね! ヴァンパイアバットちゃん達〜!」
ヴァンパイアバットたちが、嬉しそうに未来の周囲を飛ぶ。
その姿だけ見れば、まるで褒められたペットのようだった。
◇
だが、戦いは終わっていない。
隣では、ジャイアントオーガとアイスイエティーが激突していた。
アイスイエティーが、氷の斧を振り下ろす。
それをジャイアントオーガが拳で受けた。
氷の斧が砕ける。
硬質な音を立てて、氷片が床へ散った。
強化されたジャイアントオーガの拳は、武器を砕くほどの威力を持っていた。
そのまま踏み込み、アイスイエティーの胴体へ拳を叩き込む。
一発。
二発。
三発。
重い打撃が、アイスイエティーの巨体を揺らす。
だが、アイスイエティーも倒れない。
別の個体が、口から吹雪を吐いた。
白い冷気が、ジャイアントオーガたちの足元を覆う。
床が凍る。
ジャイアントオーガの足が氷に取られ、動きが止まった。
そこへ、アイスイエティーが新たな氷の斧を作り出す。
右手に斧。
左手には氷の礫。
氷の礫が、動けないジャイアントオーガへ向かって放たれた。
礫はジャイアントオーガの硬い皮膚に当たり、砕け散る。
大きな傷にはならない。
だが、足元を凍らされたままでは危険だった。
「今よ! レッドワイバーン!」
未来が叫ぶ。
「氷を溶かすのよ!」
レッドワイバーンたちが、翼を広げて前へ出る。
赤い喉が膨らみ、炎が生まれる。
ただし、狙いはアイスイエティーではない。
ジャイアントオーガの足元。
凍りついた床。
レッドワイバーンたちは、ジャイアントオーガ本体に当てないように、絶妙な角度で炎を吐いた。
氷が溶ける。
白い蒸気が上がる。
足を取られていたジャイアントオーガたちが、再び動き出した。
未来はすぐに次の指示を出す。
「オーガたちは前へ!」
「ワイバーンは吹雪を吐く個体を牽制!」
「バットたちは上から視界を乱して!」
35体のモンスターが、未来の声に応じて動く。
ヴァンパイアバットが上空からアイスイエティーの顔周りを飛び回る。
レッドワイバーンが炎で吹雪の軌道を乱す。
ジャイアントオーガが正面から突っ込む。
アイスイエティーが氷の斧を振るう。
だが、ジャイアントオーガはそれを拳で砕き、さらに懐へ入る。
拳の連打。
巨体と巨体のぶつかり合い。
地下空間に、重い打撃音が響き続ける。
一体のアイスイエティーが倒れる。
また一体。
さらに一体。
吹雪で足を止めようとしても、レッドワイバーンが氷を溶かす。
氷の礫を飛ばしても、ジャイアントオーガの硬い皮膚が弾く。
距離を取ろうとしても、ヴァンパイアバットが視界を乱す。
未来の指示は、徐々に正確になっていった。
最初は怖かった。
35体を同時に動かす感覚に、頭が追いつかない瞬間もあった。
だが、モンスターたちは未来の指示を待ってくれている。
未来の声に応えてくれている。
だから、未来も応えなければならない。
「もう少し……!」
最後のアイスイエティーが、大きく吠えた。
氷の斧を両手に持ち、ジャイアントオーガへ振り下ろそうとする。
「ワイバーン!」
未来の指示で、レッドワイバーンが横から炎を吐く。
氷の斧の一部が溶け、形が崩れる。
その隙に、ジャイアントオーガが踏み込んだ。
拳が、アイスイエティーの胴体を打ち抜く。
巨体が大きく後ろへ倒れた。
床が揺れる。
それが、最後だった。
アイスイエティー20体も、すべて倒された。
◇
「はぁ……」
未来は息を吐いた。
安心した瞬間、足から力が抜けた。
そのまま、ぺたんと床に座り込む。
「流石に怖かったし、疲れたわね……」
声が少し震えていた。
無理もない。
一人で、Cランク40体とBランク20体を相手にしたのだ。
召喚したモンスターたちが強かったとはいえ、指揮していたのは未来自身だった。
「35体を指揮することは初めてだったからなぁ……」
未来は苦笑する。
その周囲に、モンスターたちが集まってきた。
ヴァンパイアバットが心配そうに低く飛ぶ。
ジャイアントオーガが膝をつくように身体を低くする。
レッドワイバーンが、未来の近くで翼を畳む。
怖い見た目のモンスターたち。
だが、未来を見る目はどこか優しかった。
未来はそれを見て、少しだけ笑った。
「ごめんね、私は大丈夫よ」
そして、一体一体を見るように続ける。
「ありがとうね! みんな!」
モンスターたちは、頷くような仕草を見せた。
未来はゆっくり立ち上がる。
まだ終わっていない。
上では、きっと悠真たちが戦っている。
桜井。
SPМの隊長たち。
操られた人たち。
未来がここで休んでいる間にも、戦況は動いているはずだった。
「それに、まだ戦いは終わってないわ……」
未来は、モンスターたちへ向けて言った。
「恐らく、もう上では戦場状態だから、みんなもう少し力を貸してね!」
モンスターたちは、再び頷くような仕草をする。
未来は一度、彼らを《動植物図鑑》へ戻した。
この先には、巨大なモンスターたちでは通れない細い道がある。
あの道を進むには、未来自身が歩くしかない。
地下の広い空間は静かになった。
先ほどまでの戦闘音が嘘のように消えている。
だが、未来の胸の中には、まだ緊張が残っていた。
「さぁ、早くここから出て加勢に行かなくちゃ……」
未来は細い道の方へ歩き出す。
まだ、上で何が起きているのか分からない。
けれど、悠真たちが戦っていることだけは分かる。
だったら、私も止まっていられない。
「悠真、大丈夫だよね……?」
そう呟きながら、未来はモンスターたちでは通れなかった細い道へ足を踏み出した。




