阿川を狙う影
第96話です。宜しくお願い致します。
会議室の戦いは、すでにいくつもの場所で同時に激化していた。
中央では、セイコと凛堂がぶつかっている。
砕かれた天井から差し込む日の光。
その下で、世良の《美魔女》によってさらに力を引き上げられた凛堂が、獣のように笑っていた。
別方向では、アルとソックスが柿原と対峙している。
火縄銃。
火炎瓶。
そして《聖火》。
柿原の攻撃によって、アルは足を負傷し、ソックスがそれを支えながら物陰に身を隠していた。
さらに、色谷とチャン爺は影撃隊の一般隊員たちを相手にしながら、次々と無力化していく。
倒された隊員たちは、その場に転がされたままにはならなかった。
会議室の床には、太い配管が三本。
阿川洋介のスキル《配管工》によって作られた、東京へ繋がる回収路だった。
配管の床はベルトコンベアのように動いている。
動けなくなったSPМ隊員たちが、その上へ乗せられ、次々と中央会館へ送られていく。
敵から見れば、それは異様な光景だった。
仲間が倒される。
そして倒れた仲間が、すぐに別の場所へ運ばれて消える。
倒した相手を戦場から排除し、再起不能にする。
しかも、殺さずに。
その作戦は、確実に効いていた。
だからこそ。
その役割を担う阿川は、当然のように狙われることになった。
◇
「……さすがに、俺達の隊を攫いすぎだ……」
会議室の陰。
大きな机の影に、影山駿が立っていた。
影撃隊隊長。
表情は静かだった。
怒鳴るわけでも、焦るわけでもない。
ただ、淡々と戦況を見ている。
影撃隊の隊員たちが倒され、阿川の配管へ運ばれていく。
その流れを止めなければ、SPМ側の数的優位は少しずつ削られていく。
阿川は攻撃役ではない。
だが、戦場全体を見れば、かなり厄介な役割を担っている。
倒された者をすぐに排除する。
撤退経路を作る。
別地点への移送もできる。
つまり、阿川を潰せば、東京側の動きは大きく鈍る。
影山は、それを見抜いていた。
「スキル、影法師」
影山の足元から、黒い影が盛り上がった。
床に伸びていた影が、液体のように揺れる。
そこから、ゆっくりと人型が立ち上がった。
影山駿と同じ体格。
同じ背丈。
同じ輪郭。
だが、顔はない。
色もない。
ただ、全身が真っ黒だった。
影そのものが人の形を取ったような存在。
その手には、黒い刃物が握られていた。
影の分身体は、音もなく床へ沈んだ。
まるで水面の下へ潜るように、影の中へ消えていく。
次の瞬間。
阿川の背後に伸びていた影が、わずかに揺れた。
◇
阿川は配管の位置を調整していた。
倒れた隊員を一人。
また一人。
ベルトコンベア付きの配管へ送りながら、戦場全体の流れを見ている。
だが、背後の影にまでは気づけない。
影の中から、黒い人型が浮かび上がる。
音はない。
気配も薄い。
影の刃が、阿川の背中へ向けられた。
その刃が振り下ろされる直前。
「スキル、《手遊び》でバリア!」
声が響いた。
阿川の背後に、透明な壁のようなものが展開される。
影の刃が、そのバリアへぶつかった。
キィンッ、と硬質な音が鳴る。
刃は阿川へ届かない。
阿川が驚いて振り返る。
「っ……!」
そこには、黒い影の分身体。
そして、その間に立ちはだかるバリアがあった。
阿川の少し横には、陸斗が立っている。
両手を前に出し、真剣な表情でバリアを維持していた。
「助かった……」
阿川が息を吐く。
今の一撃は、本当に危なかった。
少しでも反応が遅れていれば、阿川は背中を切り裂かれていたかもしれない。
陸斗は、緊張した表情のまま頷いた。
「いえ! そのために僕がいるので!」
そして、すぐに影の分身体から視線を外さず続ける。
「悠真さんも、阿川さんが恐らく最初に狙われるだろうと言ってましたし……!」
陸斗は、ただ近くにいただけではなかった。
悠真は最初から、阿川が狙われる可能性を考えていた。
倒した隊員を東京へ送り続ける阿川。
撤退経路を作れる阿川。
その重要性を敵が見抜かないはずがない。
だからこそ、陸斗は阿川の護衛についていた。
それが、ここでの陸斗の役割だった。
◇
影山駿は、バリアに阻まれた自分の分身体を見て、目を細めた。
「やはり、あのバリアは厄介だな……」
陸斗は、影の分身体が距離を取った瞬間、すぐにバリアを閉じた。
無駄に張り続けない。
バリアは強力だ。
だが、使い方を誤れば隙も生まれる。
影山は、その動きを見逃さなかった。
「あのバリアも、持続時間が決まってるはずだ」
淡々とした声。
陸斗の表情がわずかに引き締まる。
敵に能力の一端を読まれた。
それは不利なことだった。
だが、怯むわけにはいかない。
陸斗は阿川を背にするように、一歩前へ出た。
「阿川さん、回収は続けられますか?」
「やれる」
阿川は短く答える。
だが、その視線は影山から外さない。
「ただ、あいつを放っておくと厄介だな」
「はい」
陸斗も頷いた。
影山駿が、静かに手を上げる。
その足元から、再び影が広がった。
今度は一体ではない。
床に落ちた机の影。
倒れた隊員の影。
壁際の影。
椅子の下の影。
会議室中に存在する影が、ざわざわと揺れ始める。
そこから、次々に黒い人型が起き上がった。
一体。
二体。
三体。
数はどんどん増えていく。
すべて、真っ黒な影の分身体。
手には刃物。
顔はない。
それなのに、陸斗たちを見ているような気配だけはある。
「……多いですね」
陸斗が呟く。
阿川も顔をしかめた。
「あぁ、嫌な数だな」
◇
影の分身体たちが、一斉に動き出した。
床を滑るように。
あるいは、壁を伝うように。
普通の人間とは違う動きで、陸斗と阿川へ迫る。
陸斗はすぐに手を前へ出した。
「バリア!」
透明な壁が展開される。
影の分身体たちが、その周囲へ群がった。
刃が振るわれる。
拳が叩きつけられる。
影そのものの身体が、バリアへぶつかる。
だが、バリアは破れない。
陸斗の《手遊び》による防御は、状態異常攻撃以外から対象を完全防御する。
影の刃も。
影の拳も。
阿川には届かない。
だが、攻撃は止まらなかった。
何度も。
何度も。
バリアの周囲に黒い影が群がり、まるで檻の外から獲物を食い破ろうとする獣のように攻撃を続ける。
阿川は配管の操作を続けながらも、額に汗を滲ませた。
「陸斗、このままだと俺も動きづらいぞ」
「分かってます……!」
陸斗は深く息を吸った。
守るだけでは駄目だ。
阿川を守る。
それはもちろん最優先。
だが、守るだけでは影の分身体は減らない。
阿川の回収作業も止まり続ける。
なら、反撃するしかない。
陸斗の手元に、光が集まった。
「光線」
次の瞬間、十五本の光線が放たれた。
光は細く、鋭い。
だが、その数は多い。
陸斗はそれを分散させ、バリアの外にいる影の分身体たちへ向ける。
さらに、貫通。
光線が黒い影を撃ち抜いた。
一体の胸を貫き、そのまま後ろの分身体へ。
さらに、その奥の影へ。
黒い身体が、光に裂かれるように弾ける。
影の分身体が次々に消えていく。
「……すごいな」
阿川が思わず呟いた。
陸斗は答えない。
集中している。
十五本の光線を同時に操り、分散させ、貫通させる。
ただ撃っているだけではない。
阿川に当てないように。
配管を壊さないように。
倒れている隊員を巻き込まないように。
その上で、影の分身体だけを撃ち抜いている。
◇
陸斗は、さらに光線の軌道を変えた。
分身体を貫通した光の一部が、そのまま影山駿本体へ向かう。
影山は、表情を変えなかった。
光線が届く寸前。
影山の身体が、足元の影へ沈む。
光線は、その場所を通り抜けた。
影山はすでにそこにいない。
少し離れた床の影から、影山駿が再び現れる。
陸斗は小さく息を吐いた。
「流石に当たらないか……」
影山駿の《影法師》。
影の分身体を作るだけではない。
本体自身も影に潜り、移動し、攻撃を避けることができる。
正面から撃っても、簡単には当たらない。
影山は、静かに陸斗を見た。
「いい反応だ」
褒めているようで、声に感情は薄い。
「でも、影はどこにでもある」
その言葉と同時に、影山の周囲からまた影の分身体が現れた。
先ほど消された分を補うように。
さらに数を増やすように。
黒い人型たちが、再び陸斗と阿川へ襲いかかる。
陸斗はもう一度バリアを張り、光線で対応する。
十五本の光が走る。
影の分身体が次々に消える。
だが、影山は焦らない。
むしろ、陸斗の視線が前方へ集中するのを待っていたかのように、静かに呟いた。
「影は、どこにでもできるからね……」
陸斗の足元。
そこにも、当然、影があった。
会議室の照明。
砕けた天井から入る日の光。
炎の揺らめき。
複数の光があるせいで、影もまた複雑に伸びている。
陸斗自身の背後に伸びた影が、わずかに揺れた。
そこから、黒い手が伸びる。
影の分身体。
前方の大量の分身体を光線で処理していた陸斗は、その存在に気づくのがわずかに遅れた。
影の刃が、陸斗の背中へ向かう。
「陸斗!」
阿川が叫んだ。
陸斗が振り返ろうとする。
だが、刃はすでに近い。
◇
その瞬間、阿川が動いた。
配管操作を一瞬だけ止め、陸斗の後ろへ飛び込む。
そして、影の分身体へ体当たりした。
「っ……!」
阿川の肩が影の身体へぶつかる。
影の分身体は、不意を突かれて大きく崩れた。
完全に倒したわけではない。
だが、攻撃の軌道は逸れた。
陸斗はすぐに反応し、近距離から光線を放つ。
影の分身体が光に貫かれ、消える。
「阿川さん!」
陸斗が振り返る。
阿川は肩を押さえながら、苦笑した。
「俺ばっかり守られてたからな……」
息を整えながら続ける。
「これくらいは大丈夫だ……!」
「ありがとうございます!」
陸斗はすぐに頭を下げかけたが、すぐに顔を上げた。
まだ終わっていない。
影山駿は、こちらを見ている。
そして、また影を揺らしている。
阿川は一瞬で判断した。
このまま会議室の中で戦い続ければ、影はどこからでも現れる。
陸斗のバリアは強い。
光線も強い。
だが、影がある限り、死角を完全になくすことは難しい。
阿川は背後に手をかざした。
「配管工」
現在出している全ての配管を戻し、すぐ後ろに配管の入口が現れる。
「陸斗、一旦入るぞ!」
「はい!」
二人は同時に配管へ飛び込んだ。
影の分身体たちが追いかけようとする。
だが、阿川はすぐに配管の入口を閉じた。
景色が変わる。
次の瞬間、陸斗と阿川は、先ほど通ってきた隠し通路へ出ていた。
薄暗い通路。
湿った空気。
冷たい壁。
会議室の喧騒が、一瞬だけ遠くなる。
◇
阿川は息を吐き、壁に手をついた。
陸斗も少しだけ肩で息をしている。
「阿川さん、ありがとうございます!」
陸斗が改めて言った。
阿川は手を軽く振る。
「俺ばっかり守られてたからな……」
「これくらいは大丈夫だ……!」
そう言いながらも、表情は険しい。
影山駿の能力は厄介だった。
正面から来る攻撃なら、陸斗のバリアで守れる。
分身体も、光線で倒せる。
だが、影に潜られる。
影から出てくる。
こちらの足元や背後から現れる。
それは、バリアの位置取りを狂わせる。
陸斗も同じことを考えていた。
「でも、あいつをどうやって倒すかですね……」
「あぁ」
阿川は頷く。
「影があれば、バリア関係なく入り込んでくるからな……」
隠し通路の暗がりを見ながら、阿川は呟いた。
「せめて、影ができない所があればな……」
その言葉に、陸斗がぴくりと反応した。
「……それです!」
陸斗の目が変わった。
何かに気づいた顔。
「阿川さん!」
「ん?」
「良いこと思いつきました!」




