淑女と日光
第94話です。宜しくお願い致します。
セイコと凛堂が、会議室の中央でぶつかっていた。
拳と掌。
いや、正確には、凛堂の拳をセイコが左手で受け止めている。
ただそれだけのはずなのに、周囲の空気がびりびりと震えていた。
凛堂の《日光浴》による強化。
セイコの異常な膂力。
その二つが正面からぶつかり合い、会議室の床が軋む。
「……っ」
近くにいたSPМ隊員たちが、思わず一歩下がる。
机が小さく揺れ、椅子が床を擦って音を立てた。
それほどの圧。
凛堂は楽しそうに笑っている。
セイコも、相変わらず余裕そうな表情を崩していない。
だが、俺には分かる。
これはまだ、どちらも全力ではない。
いや、セイコはどうか分からない。
あいつの場合、どこまで本気でどこからふざけているのか、本当に判断が難しい。
だが、凛堂にはまだ奥がある。
スケルトンキング戦の時もそうだった。
あいつは正面から押し切る力だけじゃない。
蓄積した日光をどう使うかで、さらに出力を変えられるはずだ。
◇
「こんなにお前がやるとは思わなかったぜ!」
凛堂が、拳を押し込みながら笑う。
「なら、これならどうだ……?」
その瞬間、凛堂の足元の床が、さらに深くひび割れた。
「10%使うぜ」
凛堂の身体から、見えない圧のようなものが噴き上がった。
空気が重くなる。
今までセイコと均衡していた力が、一瞬で崩れた。
「っ……!」
セイコの身体が、初めて押された。
次の瞬間。
凛堂の拳に込められた力が、一気に跳ね上がる。
ドンッ!!
鈍い衝撃音が響き、セイコの身体が後方へ吹っ飛ばされた。
床を滑り、数メートル先でようやく止まる。
「セイコ、大丈夫か!?」
俺は思わず叫んだ。
セイコはゆっくりと立ち上がる。
髪は乱れていない。
服も、ほとんど崩れていない。
あれだけ吹き飛ばされたのに、なぜそこだけは守られているのか分からない。
セイコは口元に手を当て、いつも通り優雅に微笑んだ。
「……愚問ですわね」
一拍置いて、胸を張る。
「この程度なら、淑女なら耐えますわ!」
「いや、お前の淑女像は一体どうなってるんだよ……」
思わず突っ込んでしまう。
普通の淑女は、日光で強化された拳に吹っ飛ばされても立ち上がったりしない。
というか、そもそも拳を左手で受け止めない。
だが、凛堂の今の攻撃は確かに厄介だった。
(やったかいだな……)
今まで、セイコと凛堂の力は同じくらいに見えていた。
だが、凛堂は蓄積した日光を瞬間的に消費して、火力を跳ね上げることができる。
コスパは悪い。
おそらく凛堂本人の言う通り、貯めた日光を大きく消費する。
だが、その瞬間だけなら、均衡を崩すほどの爆発力がある。
真正面から受け続けるのは危険だ。
凛堂は拳を軽く振りながら笑った。
「コスパは悪いが、充電していた分の10%をその瞬間に乗せてやったんだ」
「なるほどな……」
俺は小さく呟く。
かなり強い。
やはり、SPМ最強クラスと言われるだけはある。
◇
だが、セイコも黙ってはいなかった。
「なら、わたくしも反撃ですわ!」
セイコが右手に持ったステッキを軽く回す。
すると――
左手に、もう一本のステッキが召喚された。
「ステッキが二つになった……」
俺は思わず呟いた。
何だろう。
普通なら武器が増えたことで警戒する場面なのだろうが、相手がセイコだと途端に嫌な予感しかしない。
セイコは二本のステッキを持ち、得意げに顎を上げる。
「これをわたくしに出させるとは……あなたも強いと認めざるを得ないわね……」
凛堂が眉を上げる。
「たかが、魔法が出ないステッキがもう一本増えただけで、何が変わるってんだ」
それは俺も少し思った。
一本でも魔法が出ない。
なら、二本になっても魔法は出ない。
だが、セイコは堂々と言い放つ。
「ステッキ第二形態究極魔法――」
そして、地面を蹴った。
速い。
セイコの身体が、一気に凛堂へ迫る。
「殴打、殴打、殴打ですわぁぁぁ――!!」
「やっぱり殴るだけじゃねぇか!!」
俺の突っ込みは、ほとんど叫びに近かった。
だが、その“殴るだけ”が異常だった。
セイコの両手に持たれたステッキが、流れるように振るわれる。
右。
左。
上。
下。
斜め。
ただの乱打ではない。
まるで踊るように、しかし確実に凛堂の急所を外しながら、身体の動きを止める位置へ叩き込んでいく。
凛堂が拳を振るう。
「10%解放!!」
再び、凛堂の拳に凄まじい力が乗る。
だが、セイコは今度は真正面から受け止めなかった。
右手のステッキで拳の軌道をずらす。
ガンッ!!
鈍い音と共に、凛堂の拳が横へ流れた。
「……クッ、何だと」
凛堂の身体がわずかに崩れる。
その瞬間、セイコの左手のステッキが凛堂の脇腹へ叩き込まれた。
ドンッ!!
さらに右。
左。
右。
凛堂が反撃しようとするたびに、片方のステッキで受け流し、もう片方で殴打する。
反撃の隙を与えない。
凛堂の強化された力を、真正面から受けるのではなく、ずらして崩している。
それは、見た目のふざけた技名とは裏腹に、かなり理にかなった戦い方だった。
「ステッキ第三連撃ですわ!」
「だから魔法じゃねぇだろうが!!」
凛堂が叫びながらも、押されている。
最強の俺が。
そんな言葉が、凛堂の表情に浮かんでいる気がした。
そのままセイコは一気に踏み込む。
二本のステッキを交差させるように振り抜き、凛堂の身体を正面から打ち抜いた。
ドガァァン!!
凛堂の身体が吹っ飛ぶ。
会議室の床を滑り、机を巻き込みながら止まった。
俺は、その光景を見ながら言葉を失う。
(あいつ、強すぎる……)
最初、ステッキが二本になったところで何が変わるのかと思った。
だが、全然違った。
片方のステッキで凛堂の強くなった攻撃を受け流す。
もう片方のステッキで反撃する。
それを流れるように繰り返し、相手に反撃の隙を与えない。
本人は魔法と言っていた。
だが、あれはただの殴打だった。
ただの殴打。
ひたすら殴打。
究極魔法と言い張る殴打。
相変わらず、そこは突っ込みたくなる。
だが、ふざけているように見えて、実力は確かだ。
セイコは二本のステッキを優雅に構えたまま、凛堂を見下ろす。
「いかがかしら?」
◇
その時だった。
後方で、世良が小さくため息を吐いた。
「仕方ないわね……」
女子高生のような見た目。
けれど、妙に大人びた声。
支援隊隊長、世良芽衣。
「ホントにだらしないんだから……」
世良が手を前に出す。
「スキル、美魔女」
その瞬間、世良の背後に光が生まれた。
そこから現れたのは、ナース服姿の大きな少女だった。
普通の少女というには大きすぎる。
だが、表情は人形のように整っている。
手には、異様に大きな注射器。
見た目だけなら、悪夢に出てきそうなナースだ。
そのナース姿の少女は、ゆっくりと凛堂の元へ歩いていく。
凛堂は床に片膝をつきながら、顔を上げた。
「すまない、世良……」
「まったく」
世良は呆れたように言う。
「あんたはいつも嫌がるけど、この力を味わったらまた欲しくなっちゃうかもよ?」
ナース姿の少女が、凛堂の腕へ大きな注射器を突き立てた。
凛堂の傷が治ったわけではない。
殴られた箇所が消えるわけでもない。
だが、凛堂の身体に力が戻っていくのが分かった。
いや、戻るどころじゃない。
さらに増している。
凛堂が、ゆっくりと立ち上がった。
「確かに、負けたことねぇ〜から今回初めて受けるが……これはクセになりそうだぜ!」
凛堂は拳を握り、獰猛に笑う。
「力がこれでもかってくらい湧いてきやがる……!」
世良は腰に手を当てる。
「今あんたは、自己免疫力と身体能力を大幅に上げてる状態よ」
「無理矢理身体を動かしてる状態だから、この注射は一日に一回までしか打てないから気を付けなさいよね……!」
「あぁ、分かった」
凛堂が笑う。
「これで、俺が負けることはもうない!」
◇
次の瞬間、凛堂が天井を見上げた。
嫌な予感がした。
凛堂が床を蹴る。
凄まじい勢いで跳び上がり、会議室の高い天井へ向かう。
次の瞬間、凛堂の拳が天井をぶち抜いた。
轟音。
天井の一部が砕け、破片が降り注ぐ。
砕けた天井の穴から、日の光が差し込む。
凛堂はその光を浴びながら、空中からゆっくりと着地した。
「いい日光だ……!」
凛堂の身体が、さらに力を帯びていく。
俺は奥歯を噛みしめた。
(やはり、世良と凛堂の組み合わせが来たか……)
世良は傷を治したわけではない。
だが、自己免疫力と身体能力を底上げした。
それだけで、凛堂は再び立ち上がった。
しかも、天井を破って日光を取り込める状況まで作った。
凛堂の《日光浴》と、世良の《美魔女》。
相性が良すぎる。
(世良はやっかいな存在だな……)
セイコは二本のステッキを構えたまま、凛堂を見据えた。
「何度立ち向かっても、結果は変わらないですわ……」
凛堂は笑う。
「言ってくれるじゃねぇか」
セイコと凛堂の戦いは、さらに激しさを増そうとしていた。




