殺さず捕らえる戦い
第93話です。宜しくお願い致します。
会議室に、銃声が響いた。
乾いた音ではない。
連続する轟音。
アルが構えた機関銃から、弾丸がばら撒かれる。
だが、その弾は無差別に撃たれているわけではなかった。
強襲隊の隊員たちの足元。
靴の先。
膝下。
踏み込もうとした足。
武器を構えて前に出ようとする瞬間。
その全てを、派手な銃声とは裏腹に、正確に撃ち抜いていく。
「うおっ!?」
「足元を……!」
「くそ、進めねぇ!」
隊員たちの動きが一斉に止まる。
撃ち殺されているわけではない。
だが、一歩踏み出せば足を撃たれる。
その恐怖と痛みで、前進が鈍る。
アルは楽しそうに笑いながら、機関銃を振り回していた。
「ヒャッハァァァ!!」
「踊れ踊れぇ!! でも死ぬなよぉ!!」
言っていることは一応まともだ。
一応。
ただ、笑い方と撃ち方が完全に危ない人間のそれだった。
強襲隊の一人が顔を引きつらせる。
「笑いながら撃ち抜いてやがる……!」
俺も心の中で少しだけ同意した。
確かに怖い。
味方でも怖い。
けれど、アルはちゃんと俺の命令を守っていた。
殺さない。
足を止める。
武器を構えさせない。
そのための射撃に徹している。
見た目とテンションは最悪に派手だが、やっていることはかなり繊細だった。
◇
その隣で、ソックスが静かに銃を構える。
アルとは対照的だった。
無駄な動きがない。
叫ばない。
笑わない。
ただ、狙い、撃つ。
一発。
強襲隊員の足元を撃ち抜く。
一発。
銃を構えていた隊員の手元を撃つ。
一発。
ナイフを抜こうとしていた隊員の手首近くを撃ち、武器を落とさせる。
撃つたびに、一人ずつ確実に無力化していく。
派手さはない。
だが、恐ろしいほど正確だった。
「アル」
ソックスが静かに言う。
「弾を無駄にするなよ」
アルは銃を撃ちながら笑った。
「良いじゃないか!」
「ご主人様のスキルの武器は無限に出てくるんだから!」
「そういう問題じゃない」
ソックスは淡々と返しながら、また一人の足を撃ち抜く。
相変わらず凸凹だ。
アルは派手でうるさい。
ソックスは静かで正確。
なのに、この二人が並ぶと妙に噛み合う。
前線をアルが乱し、ソックスが確実に要所を潰す。
俺は思わず息を吐いた。
(アルはもっと雑かと思ったけど……ちゃんと死なないように狙ってるな)
撃ち方は相変わらず派手だ。
声も騒がしい。
でも、狙いは外していない。
対して、ソックスは正確無比。
必要な場所だけを撃ち抜き、無駄な弾を使わない。
やはり、この二人は頼りになる。
◇
その一方で、セイコも動いていた。
彼女はステッキを片手に、強襲隊の別方向へ向かう。
隊員たちが一瞬戸惑った。
無理もない。
縦ロールの髪。
淑女のような口調。
魔法少女のようなステッキ。
普通に考えれば、遠距離から魔法でも撃ってきそうな見た目だ。
だが、セイコはそんな常識とは無縁だった。
「わたくし、バレエも得意ですの」
そう言った瞬間、セイコはステッキを構えたまま回転した。
「は?」
隊員の一人が間の抜けた声を漏らす。
次の瞬間、セイコの身体とステッキが、凄まじい勢いで回転しながら突っ込んでいった。
独楽。
いや、竜巻。
縦ロールの淑女が、ステッキを振り回しながら高速回転している。
意味が分からない。
だが、威力は本物だった。
「ぐあっ!」
「何だこれ!?」
「ステッキが硬ぇ!」
隊員たちは回転するセイコ本体と、ステッキによって次々に弾き飛ばされていく。
腕。
腹。
肩。
足。
急所は外している。
たぶん。
たぶん外している。
だが、殴打の音が普通ではない。
鈍い音が会議室に響くたびに、俺は少し不安になった。
(本当に死んでないよな……?)
セイコは回転を止めると、何事もなかったかのように立った。
あれだけ回っていたのに、縦ロールは一切乱れていない。
なぜだ。
どういう原理なんだ。
セイコは自慢の髪を指でくるりと弄りながら、得意げに言った。
「バレエは淑女の嗜みですわ!」
俺は思った。
絶対に違う。
少なくとも、俺の知っているバレエは、ステッキで人を殴り飛ばしながら回転する競技ではない。
だが、強い。
そして、頼もしい。
「三人とも、その調子だ!」
俺が声をかけると、アルが勢いよく振り返った。
「珍しく俺たち褒められた!」
「ヤッタァァァァ!!」
「だから、調子に乗るとお前はミスをするんだから、あんまり調子に乗るなよ」
ソックスが即座に釘を刺す。
アルは胸を張った。
「大丈夫! 俺は褒められて伸びるタイプだ!」
「伸びすぎて折れるなよ」
「ひどい!」
セイコは優雅に微笑む。
「まぁ、褒められて当然のことをしていますもの」
「お前も別方向で調子に乗るな」
思わず呟く。
しかし、三人は本当に優秀だった。
クセは強い。
かなり強い。
だが、戦力としては申し分ない。
強襲隊の一般隊員たちは、アルたち三人によって次々と足止めされていく。
◇
その一方で、別方向から影撃隊らしき隊員たちが動いた。
動きが静かだ。
足音が少ない。
強襲隊のように真正面から突っ込んでくるのではなく、影を使うように壁際や机の陰を抜けてくる。
狙いは、おそらくこちらの側面。
あるいは、阿川や俺の背後。
だが、その動きに色谷が気づいた。
「大勢で来るのは、俺のスキルと相性が良いんだよな……」
色谷は爽やかな顔でそう言った。
そして、手を前に出す。
「ボウリング場」
床にレーンが走った。
影撃隊の隊員たちの足元に、細長いボウリングレーンが展開される。
次の瞬間、十五人の身体が固定された。
「っ!?」
「動けない……!」
「足が……!」
影撃隊の隊員たちが一斉に動きを止める。
その表情には驚きがあった。
無理もない。
自分たちは静かに回り込んでいたつもりだったのだろう。
だが、色谷のスキルは人数が多いほど強い。
まとまって動けば、そのぶんまとめて拘束される。
色谷の手元に、ボウリング玉が現れた。
重さ五キロ程度に見える普通の玉。
だが、投げた後は違う。
威力も重さも変わる。
色谷は軽く息を吐いた。
「今回は威力を死なない程度に調整して……」
そして、綺麗なフォームで投げた。
ボウリング玉がレーンを走る。
転がる音が、会議室の床に響く。
直後、拘束された隊員たちへ次々とぶつかった。
「ぐっ!」
「がはっ!」
「う、嘘だろ……!」
隊員たちはまとめて吹き飛ばされ、床へ倒れていく。
骨を砕くほどではない。
だが、しばらく立ち上がれない程度には強烈な一撃。
色谷は倒れた隊員たちを見て、静かに呟いた。
「ストライクだな」
俺はその横顔を見て思う。
(相変わらず、爽やかな顔でストライクって言いながら人を倒してるんだから、やってることはかなりエグいんだよな……)
本人に悪気はない。
むしろ、できるだけ殺さないように調整してくれている。
でも絵面だけ見ると、かなり怖い。
拘束されて動けない人間にボウリング玉を叩き込む。
冷静に考えると、なかなかえげつない。
ただ、今回に関してはありがたかった。
◇
影撃隊の残りが、拘束を逃れて別方向から迫る。
だが、そこにはチャン爺がいた。
「失礼いたします」
静かな声。
その直後、仕込み杖が走る。
刃ではなく、峰。
肩。
腕。
足。
武器を持つ手。
チャン爺は必要最低限の動きで、隊員たちを次々に倒していく。
速い。
無駄がない。
相手を殺さず、しかし確実に動けなくする。
チャン爺は一歩ごとに位置を変え、複数の相手を同時に捌いていた。
その動きには迷いがなかった。
すでに何度も見ているが、やはり頼もしい。
色谷が範囲で止める。
チャン爺が近接で刈り取る。
この二人の相性もかなり良い。
(範囲攻撃と近接制圧……バランスいいな)
俺はそう思いながら、周囲の状況を確認した。
強襲隊はアル、ソックス、セイコが抑えている。
影撃隊の一般隊員は色谷とチャン爺が対応。
阿川は後方で動けなくなった隊員たちの位置を見ている。
陸斗は俺の近くで、全体を守れるように構えている。
犬飼は門脇を睨みながらも、まだ飛び出さない。
桜井は動いていない。
凛堂たち隊長格も、まだ全員が本格的には動いていない。
おそらく、まず一般隊員をぶつけてこちらの力を見るつもりなのだろう。
あるいは、桜井にとって一般隊員は消耗しても構わない駒なのか。
どちらにしても、胸糞が悪い。
俺は奥歯を噛みしめる。
◇
だが、今回の作戦には最初から方針があった。
SPМ隊員は、できるだけ殺さない。
もちろん、避難民を奴隷のように扱っていた事実がある以上、全員が被害者だとは言い切れない。
中には元々、ろくでもない奴もいるだろう。
力を持ったことで人を見下すようになった者もいるかもしれない。
だが、それでも今は殺さない。
桜井に操られている可能性がある。
そして何より、SPМがいたからこそ、関東がギリギリ保たれていた部分もある。
全部を失えば、あとに残るのは混乱だけだ。
無力化し、捕獲し、必要なら治療する。
そのために、東京側にも準備をしてある。
「阿川!」
「あぁ、分かってる」
阿川がスキルを発動する。
「配管工」
会議室の床近くに、太い配管が三つ現れた。
同時配管数は三。
その三つすべての床部分が、ベルトコンベアのように動き始める。
倒れて動けない隊員たちを、配管が囲むように口を開ける。
チャン爺が近くの隊員を軽く押し込み、色谷が拘束した隊員たちをレーンの端へ寄せる。
アルが足元を撃ち抜いた隊員。
ソックスが武器を落とさせた隊員。
セイコに殴打されて転がった隊員。
動けなくなった者から順に、ベルトコンベア付きの配管へ運ばれていく。
「何か、俺の使い方雑い気がするが……まぁいいか」
阿川がぼそっと呟く。
「かなり重要な役割だぞ」
俺が言うと、阿川は微妙な顔をした。
「そう言われると、余計に雑用感があるな」
「雑用じゃない。回収係だ」
「言い方を変えても大して変わらないだろ」
文句を言いながらも、阿川の動きは的確だった。
配管の位置を調整し、倒れた隊員だけを巻き込む。
生きている。
だが動けない。
そういう相手を、次々と中央会館へ送っていく。
これは今回の作戦の要でもあった。
倒した相手をその場に放置すれば、戦場が混乱する。
味方が踏むかもしれない。
敵が治療して再投入するかもしれない。
何より、桜井や世良のような支援系に回収されれば面倒だ。
だから、こちらが先に回収する。
そして、東京で拘束する。
中央会館側にも、すでに受け入れ準備は整えてある。
◇
俺は一瞬だけ、配管の先――東京の方を思った。
中央会館では、阿川の配管からSPМ隊員たちが次々に流れてきていた。
一葉と二葉が、その様子を冷静に見ている。
「流石、ご主人様たちですね」
一葉が淡々と言う。
二葉は頷いた。
「作戦通りね!」
運ばれてきた隊員たちは、すでに動けない状態になっている。
足を撃たれた者。
武器を落とされ気絶した者。
セイコのステッキによって床に沈められた者。
色谷のボウリング玉でまとめて倒された者。
一葉と二葉は手際よく隊員たちを空き部屋へ運んでいく。
そこへコン太と芹沢が待機していた。
浮田から渡されていた麻酔薬を手にしている。
コン太は注射器を見つめながら、耳をぺたんと倒していた。
「注射怖いコン……」
芹沢がにっこり笑う。
「大丈夫よ♡ 今回は打つ側だから♡」
「それはそれで怖いコン……」
「ほら、コンちゃん。ぷすっといくだけよぉ♡」
「ぷすっという響きが怖いコン!」
怯えながらも、コン太はちゃんと役目を果たしている。
芹沢も冗談を言いながら、手つきは意外なほど落ち着いていた。
その近くでは、浮田が隊員の状態を確認している。
出血の多い者。
骨に異常がありそうな者。
意識が朦朧としている者。
浮田は一人ずつ見て、必要な処置をしていく。
「実は俺が一番ハードワークだよな……これ……」
そうぼやきながらも、手は止めない。
敵だろうが、患者は患者。
浮田はそういう男だ。
治療を終えた隊員から、三葉がロープで縛っていく。
「ここでおねんねして下さいですー!」
言い方は明るいが、手際はしっかりしている。
中央会館側も、予定通り動いていた。
◇
場面は再び、会議室へ戻る。
配管に飲み込まれていく隊員たちを見て、SPМ側にわずかな動揺が走った。
倒されるだけならともかく、その場から消えていく。
それは彼らにとっても想定外だったのかもしれない。
だが、桜井は笑っていた。
面白そうに。
まるで、俺たちの動きすら観察対象だと言わんばかりに。
その視線が気持ち悪い。
こちらの戦力を見ている。
スキルの使い方を見ている。
どう動くかを、楽しむように見ている。
俺は視線を桜井から外さないようにしながら、周囲に声をかけた。
「このまま、倒した隊員は阿川に送らせる!」
「殺すな!」
「動けなくするだけでいい!」
アルが機関銃を撃ちながら答える。
「了解であります!」
ソックスは短く頷く。
「了解」
セイコはステッキを振り回しながら微笑んだ。
「加減はしておりますわ!」
「本当だろうな!」
「もちろんですわ!」
かなり不安だ。
だが、今のところ隊員たちは生きている。
それで十分だ。
◇
その時、会議室の奥で凛堂が笑った。
強襲隊の隊員たちが次々と無力化される中、ようやく本人が動く気になったらしい。
凛堂は首を回し、拳を鳴らした。
その口元には、以前と同じ獰猛な笑み。
だが、その目の奥には、桜井への従属がある。
それが、ひどく気持ち悪かった。
「今日はたっぷり日光浴したからよ〜」
凛堂が一歩前に出る。
「俺の充電、完了してるぜ!」
空気が変わった。
強襲隊員たちとは明らかに違う圧。
以前、スケルトンキングを相手にした時にも感じた、あの異常な身体能力。
凛堂のスキル《日光浴》。
太陽を浴びることで身体能力を高め、蓄積した力を使える能力。
今日はたっぷり日光浴した。
つまり、今の凛堂は充電完了状態。
最悪だ。
凛堂が床を蹴った。
会議室の床が、バキ、と嫌な音を立てる。
次の瞬間、凛堂の身体が消えたように見えた。
いや、違う。
速すぎる。
一直線に、俺の方へ迫ってくる。
「セイコ、頼む!」
俺が叫ぶと同時に、セイコが前へ出た。
「分かってますわよ!」
縦ロールを揺らし、ステッキを持っていない左手を前に出す。
凛堂の拳が、そこへ叩き込まれた。
轟音。
空気が震えた。
俺の目の前で、セイコが左手一つで凛堂の拳を受け止めていた。
拳と掌がぶつかり合ったまま、空気が震えていた。
凛堂の一撃は、ただの拳ではない。
日光を浴びて蓄積した力を乗せた、強襲隊隊長の本気の踏み込み。
まともに受ければ、普通の人間なら骨どころか身体ごと吹き飛ばされてもおかしくない。
だが、セイコは動かなかった。
ステッキを持っていない左手。
たったそれだけで、凛堂の拳を受け止めている。
床にセイコの靴跡が少し沈み込む。
だが、後ろには下がらない。
凛堂が口元を吊り上げた。
「やるじゃねぇか……!」
その声には、純粋な楽しさが混じっていた。
セイコは左手で凛堂の拳を受け止めたまま、じろりと凛堂を見た。
「女性とは言えない言葉遣いに一人称」
そして、なぜかため息をつく。
「こんなゴリラみたいな人に、負けるわけにはいきませんわ〜!」
「誰がゴリラだ、誰が」
凛堂のこめかみに青筋が浮かんだ。
だが、セイコはまったく気にしていない。
むしろ、堂々と胸を張っている。
「あなた以外に誰がいますの?」
「目の前に一人、ステッキで人間ぶん殴ってる女がいるだろうが」
凛堂がセイコの格好を上から下まで見る。
「お前も大概、女っぽくない戦い方してるじゃねぇか……」
確かに。
俺は心の中で、ほんの少しだけ頷いてしまった。
魔法少女みたいな見た目で、魔法を一切使わず、ステッキで殴る。
しかもさっきはバレエと言いながら高速回転して隊員たちを吹き飛ばしていた。
女っぽいとか男っぽいとか以前に、戦い方が根本的におかしい。
だが、セイコは心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「これは淑女の嗜みですわ!」
「どこの淑女が拳で止めんだよ!」
凛堂が叫ぶ。
その瞬間、凛堂の腕にさらに力が入った。
セイコの左手を押し込もうとする。
床が軋む。
会議室の床材が、二人の足元からじわじわとひび割れていく。
セイコも負けじと腕に力を込めた。
「淑女は、時に強く美しくあるものですわ!」
「強すぎんだよ!」
「褒め言葉として受け取りますわ!」
「褒めてねぇ!」
二人の力がぶつかり合い、空気がびりびりと震える。
近くにいた隊員たちが思わず後ずさった。
俺も、目の前の光景に息を呑む。
凛堂は間違いなく強い。
日光浴で強化された身体能力。
踏み込みだけで床を割る力。
以前共闘した時も分かっていたが、改めて敵として向き合うと、その厄介さがよく分かる。
だが、それを左手一つで止めているセイコも、やはりおかしい。
魔法の出ないステッキを振り回す淑女。
意味不明な存在だと思っていた。
いや、今でも意味不明ではある。
だが、今この瞬間、その意味不明さが何よりも頼もしかった。
セイコと凛堂。
片方は日光を溜め込んだSPМ最強の強襲隊隊長。
片方は魔法の出ないステッキを振り回す、意味不明な淑女。
どう考えても、まともな戦いにはならない。
だが今は、その“まともじゃなさ”が何より頼もしかった。




