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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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91/122

待ち受けていた罠(後編)

第91話です。宜しくお願いします。


 未来は息を整えながら、周囲を見回す。

 薄暗い。

 天井は高く、さっき落ちてきた穴はすでに完全に閉じている。

 見上げても、そこにあるのはただの黒い天井だけだった。

 上に戻る道はない。

 少なくとも、今すぐ見つけられる場所にはない。

「……やっぱり、閉じ込められたわね」

 未来は小さく呟いた。

 自分の声が、妙に広い空間に響く。

 そこは通路というより、地下に作られた別区画のようだった。

 壁はコンクリート。

 床も同じく硬い。

 非常灯らしき赤い光が遠くでぼんやり灯っている。

 空気はひんやりとしていて、湿っていた。

 それだけなら、ただの地下通路だ。

 けれど、未来はすぐに違和感を覚えた。

 匂いがある。

 獣のような匂い。

 土と血と、何か腐ったような匂い。

 それに、微かな息遣いのような音。

 この場所には、何かがいる。

「……落とし穴」

 未来は立ち上がりながら呟く。

「私を狙ったの?」

 偶然とは思えなかった。

 あの場所で落ちたのは未来だけ。

 もちろん、たまたま自分がその床の上にいただけかもしれない。

 だが、今の状況ではそう考える方が甘い。

 未来は索敵役だ。

 カラス、犬、ヤモリを使って周囲を確認できる。

 SPМ本部へ潜入するうえで、最も情報を集められる存在。

 もし敵がこちらの戦力を知っているなら、最初に分断したいのは未来だろう。

「……上手くやられたってことね」

 悔しさが胸に滲む。

 でも、泣き言を言っている時間はない。

 未来は呼吸を整え、手を前にかざした。

「出てきて」

 光が生まれる。

 小さな輪郭がいくつも形になる。

 召喚したのは、ヤモリ。

 複数のヤモリが床や壁に張りつき、未来の指示を待つようにじっとしている。

「周囲を見て」

「通路の先、天井、壁の隙間」

「何かいたら、すぐ知らせて」

 ヤモリたちが一斉に動き出す。

 壁を這い、床の端を進み、暗闇の向こうへ消えていく。

 未来は目を閉じ、感覚を共有した。

 ヤモリの視界がいくつも頭の中に流れ込む。

 ひび割れた壁。

 濡れた床。

 錆びた鉄扉。

 長い通路。

 何かを引きずったような跡。


 そして――。


 視界が、一つ消えた。

「……え?」

 続けて、二つ目。

 三つ目。

 ヤモリの視界が、次々に黒く塗りつぶされる。

 何かが飛びかかったような影が見えた瞬間、共有が途切れる。

 声もなく。

 警告する暇もなく。

 召喚したヤモリたちは、次々に殺されていった。

 未来は目を開ける。

 背筋に冷たいものが走った。

「何かいるの……」

 ただの地下通路ではない。

 少なくとも、ヤモリを瞬時に殺せる何かがいる。

 未来は奥歯を噛み、すぐに次の判断をした。

「出てきて」

 今度は、先ほどよりも大きな光が三つ生まれた。

 黒い影のような毛並み。

 鋭い牙。

 低く唸る喉。

 現れたのは、シャドウウルフ三体。

「一体は前」

「二体は左右」

「私は中央」

 未来の指示に、シャドウウルフたちは低く唸って応える。

 未来は手を軽く握りしめた。

 怖くないわけではない。

 一人になった。

 上には悠真たちがいる。

 自分は別の場所に落とされた。

 そこには正体不明の何かがいる。

 普通なら、足がすくんでもおかしくない。

 けれど、未来は自分に言い聞かせる。

 私は強い。

 そう言ったのは、自分だ。

 悠真にそう伝えた。

 だったら、ここで怯えて止まるわけにはいかない。

「行くわよ」

 未来はシャドウウルフたちと共に、通路の先へ進み始めた。


 ◇


 地下通路は、思った以上に長かった。

 壁には古い傷がある。

 ところどころに爪痕のようなものもあった。

 人間がつけたものではない。

 未来はそれを見るたびに、眉をひそめる。

 やはり、ここにはモンスターがいる。

 しかも、一体や二体ではないかもしれない。

 シャドウウルフが低く唸った。

 前方。

 通路の先から、広い空間の気配がする。

 未来は足を止め、深呼吸した。

「……行く」

 シャドウウルフが先に進む。

 その後ろに未来が続く。

 通路を抜けた先は、かなり広い開けた場所だった。

 地下とは思えないほどの空間。

 天井も高い。

 倉庫のようにも、訓練場のようにも見える。

 だが、そこにいたものを見た瞬間、未来は思わず息を呑んだ。

「何で……」

 そこには、モンスターがいた。

 一体ではない。

 二体でもない。

 大量に。

 しかも、未来が今まで見たことのない種類のモンスターばかりだった。

 紫色の身体をした巨大なカエル。

 ぬめりを帯びた皮膚。

 大きく垂れた舌。

 見るからに毒々しい模様。

 それらが、床や壁際に何十体もいる。

 その頭上に、ステータス表示のような文字が浮かんでいた。


【ポイズンフロッグ】

【Cランク】


 数は、およそ四十体。

 さらに、その奥。

 三メートルほどの大きな雪男のようなモンスターが何体も立っていた。

 白い毛皮。

 太い腕。

 吐く息は白く、周囲の空気が少し凍りついているように見える。


【アイスイエティー】

【Bランク】


 数は、およそ二十体。

 未来は、思わず一歩後ずさった。

「何でこんな所にモンスターが沢山……」

 しかも、見たことがないモンスターばかり。

 東京近辺では見たことがない。

 神奈川のカーストアンデットでもない。

 茨城のヴァンパイアバットやレッドワイバーンでもない。

 ここは千葉だ。

 なら、千葉に出現するモンスターなのかもしれない。

「ポイズンフロッグ……」

「アイスイエティー……」

 未来は表示された名前を読み上げる。

 Cランク四十体。

 Bランク二十体。

 普通なら、絶望的な数だ。

 未来一人だけなら、なおさら。

 だが、未来の頭はすぐに別の疑問へ向かった。

「何で、SPМ本部の地下に……?」

 SPМはモンスターから人を守る組織のはずだ。

 避難民を救い、モンスターを討伐する組織のはずだ。

 それなのに、本部の地下にモンスターが閉じ込められている。

 しかもこれだけの数。

「何故、モンスターをこんな場所に閉じ込めてるの……」

 未来の声が震える。

 恐怖だけではない。

 怒りと困惑が混じっていた。

「SPМは一体何をしているの……?」

 ポイズンフロッグの一体が、ぬるりと舌を動かした。

 アイスイエティーの一体が、低く唸る。

 未来のシャドウウルフたちも、それに対抗するように唸った。

 未来は一歩前に出た。

 逃げるだけなら、できるかもしれない。

 でも、それでは駄目だ。

 この情報を悠真に伝えなければならない。

 落とし穴。

 モンスターの群れ。

 自分だけを分断するような罠。

 これは偶然ではない。

「明らかに、私を足止めする罠……?」

 未来は唇を噛んだ。

 もしそうなら、悠真たちの方にも何かある。

 会議室。

 特殊隊隊長室。

 桜井。

 そのどこかに、さらに大きな罠があるかもしれない。

「悠真に知らせなくちゃ……!」

 未来はすぐにヤモリの共有へ意識を向けようとした。

 だが、その瞬間、ポイズンフロッグの一体が跳ねた。

 紫色の身体が、信じられない速さで距離を詰めてくる。

 シャドウウルフの一体が前に出て盾になり、ポイズンフロッグへ噛みついた。

 毒々しい体液が飛び散る。

 未来は顔をしかめながら、さらにシャドウウルフへ指示を出す。

「近づきすぎないで!」

「毒に気をつけて!」

 戦闘は避けられない。

 けれど、悠真への連絡も必要だ。

 未来は自分の中で優先順位を組み直す。

 まず生き残る。

 次に情報を送る。

 そして、必ず合流する。

「……やってやるわよ」

 未来は、前方のモンスターたちを睨んだ。


 ◇


 その頃、俺たちは未来と分断されたまま、地下通路を進んでいた。

 歩くたびに、胸の奥が重くなる。

 未来は無事だった。

 ヤモリを通して声も聞こえた。

 進むと言った。

 自分は強いと言った。

 だから俺は信じると決めた。

 それでも、不安が消えるわけではない。

 犬飼が前を歩きながら、何度も小さく息を吐いていた。

 自分を責めているのだろう。

 知らなかったとはいえ、自分が案内した道で未来が落ちた。

 その事実が、犬飼を苦しめている。

「犬飼」

 俺が声をかけると、犬飼は振り返らずに答えた。

「何だ?」

「お前のせいじゃない」

 犬飼の足が一瞬だけ止まる。

「……でも、俺がこの道を案内した」

「それでも、お前は知らなかった」

「桜井が仕掛けた罠なら、悪いのは桜井だ」

「……あぁ」

 犬飼は短く答え、また歩き出した。

 その背中には、まだ重いものが残っている。

 けれど、足は止まっていない。

 それでいい。

 今は進むしかない。

 未来を助けるためにも。

 SPМを止めるためにも。

 桜井を捕まえるためにも。

 俺たちは地下通路の先へ進んだ。


 ◇


 やがて、犬飼が足を止める。

「この階段を登った先に会議室がある」

 目の前には階段があった。

 上へ続いている。

 通路の空気が、少し変わったような気がした。

 ここまでの湿った地下の匂いとは違う。

 人のいる建物の匂い。

 金属。

 消毒液。

 そして、かすかな煙草のような匂い。

「分かった」

 俺は頷いた。

 チャン爺が静かに杖を構える。

 陸斗はいつでもバリアを出せるように手を開いた。

 色谷も構えている。

 阿川は背後を確認し、撤退経路を意識していた。

 犬飼は階段を見上げる。

 その顔には緊張がある。

 だが、迷いはなかった。

「行くぞ」

「あぁ」

 俺たちは階段を登り始めた。

 一段。

 また一段。

 足音を殺す。

 息を殺す。

 階段の上には扉があった。

 犬飼がその前で立ち止まり、そっと耳を当てる。

 何も聞こえない。

 少なくとも、騒がしい気配はない。

 犬飼がこちらを見て、小さく頷いた。

 俺も頷き返す。

 扉に手をかける。

 冷たい金属の感触。

 ゆっくりと押す。

 音を立てないように。

 ほんの少しずつ。

 扉が開いた。


 ◇


 その先にあったのは、広い会議室だった。

 大きな机。

 並んだ椅子。

 壁に設置されたモニター。

 犬飼の話通りなら、普段はほとんど使われていないはずの場所。

 誰もいないはずの場所。


 だが――。


 そこには、人がいた。

 いや、人がいたどころではない。

 俺たちを待っていた。

 最初に目に入ったのは、中央に立つ男だった。

 穏やかな笑み。

 整った髪。

 どこか柔らかい雰囲気すらある。

 だが、その目だけが異様だった。

 笑っているのに、温度がない。

 人を見ているようで、人を物として眺めているような目。

 俺はすぐに分かった。

 こいつが、桜井晴彦だ。

 特殊隊隊長。

 今回の騒動の中心。

 その左右には、見覚えのある顔がいた。

 凛堂明日香。

 強襲隊隊長。

 相変わらず堂々とした姿で立っている。

 だが、以前会った時のような熱や人間臭さが感じられない。

 まるで命令を待つ兵器のように、静かにそこにいた。

 柿原紅蓮。

 強襲隊副隊長。

 火縄銃を持ち、こちらを品定めするように見ている。

 口元には笑みがあるが、それは以前のような豪快さではなく、どこか薄い。

 門脇誠司。

 犬飼の上司。

 俺が以前会った時、東京の復興を見て涙を流した男。

 その門脇が、何の感情もないような目でこちらを見ていた。

 犬飼が息を呑む音が聞こえた。

 さらに、影山駿。

 影山潤。

 双子のように似た二人が、静かに立っている。

 片方は表情を変えず、片方はわずかに口元を歪めている。

 世良芽衣。

 女子高生のような見た目をした支援隊隊長。

 その後ろには、大勢のSPМ隊員たち。

 会議室の壁際、扉の近く、奥の通路。

 逃げ道を塞ぐように配置されている。

 完全に待ち伏せだった。

 俺は一瞬で理解した。

 会議室は空いているはずだった。

 桜井は隊長室にいる可能性が高いはずだった。

 裏門も、隠し通路も、こちらが選んだルートだったはずだ。

 だが、全部読まれていた。

 俺たちは誘導されたのだ。

「……」

 隣で犬飼が固まっている。

 怒りと困惑と絶望が混ざった表情。

 無理もない。

 自分が案内した道の先で、桜井が待っていた。

 つまり、犬飼が利用されたことがほぼ確定したようなものだ。


 ◇


 桜井が、一歩前へ出た。

 そして、まるで久しぶりの客人を迎えるように、穏やかに微笑む。

「はじめましてだね、悠真君」

 俺の名前を呼んだ。

 初対面のはずなのに。

 こちらのことを、当然のように知っている。

 その声は柔らかい。

 だが、耳に触れた瞬間、背筋が冷えるような気持ち悪さがあった。

「わざわざ来てくれてありがとう」

 桜井は少し首を傾げる。

「いや、違ったか」

 その視線が、俺から犬飼へ移った。

 笑みが、ほんの少し深くなる。

「犬飼君」

「連れてきてくれてありがとう」

 犬飼の表情が変わった。

 怒りが一気に噴き上がる。

「桜井……てめぇ……」

 低い声だった。

 いつもの犬飼とは違う。

 今にも飛びかかりそうなほどの怒り。

 だが、チャン爺がわずかに動き、犬飼の前へ出る位置を取った。

 陸斗も静かに手を上げる。

 色谷は足元に意識を集中させている。

 阿川は背後の扉と周囲の配置を確認していた。

 俺も、奥歯を噛む。

 やはり罠だった。

 犬飼は逃げたのではない。

 いや、犬飼自身は逃げたつもりだった。

 自分の意思で東京へ来た。

 それは真実だった。

 だが、桜井はそれすら利用した。

 犬飼の正義感も。

 門脇を助けたい気持ちも。

 俺たちが見捨てられないことも。

 全部、分かったうえで待っていた。

 その時、足元近くの壁を這っていたヤモリがこちらへ近づいてきた。

 未来の声が聞こえる。

「悠真、罠かもしれない」

 その声には焦りが混じっていた。

「もしかしたら、会議室に何かあるかも!!」

 俺は目の前を見た。

 桜井。

 凛堂。

 柿原。

 門脇。

 影山たち。

 世良。

 SPМ隊員たち。

 そして、俺たちを迎えるように広がった会議室。

 もう、疑う余地はない。

 俺は小さく息を吐いた。

「あぁ……」

 拳を握る。

 怒りを押し殺す。

 焦りも、不安も、全部飲み込む。

 ここで崩れたら終わりだ。

 俺は桜井を睨みながら、静かに言った。

「罠だったみたいだ」

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