裏口の道
第89話です。少なめですが宜しくお願いします。
ふと横を見ると、犬飼が全員のステータスを見て、呆然としたような顔をしていた。
「みんな凄いな……」
犬飼は本音を漏らすように呟く。
「レベル上がりすぎじゃないか……?」
「住民登録っていうずるいスキルがあるからな」
俺は苦笑した。
「かなりレベリングが楽なんだよ」
「ずるいって自分で言うのかよ」
「実際ずるいからな」
自分でもそう思う。
東京というテリトリーを作り、住民を登録し、そこで生活や仕事や戦闘を通して経験値が入る。
それは普通の超人族と比べれば、圧倒的に効率がいい。
しかも人数が増えれば増えるほど、都市全体が成長する。
日常生活スキル。
最初は意味が分からない力だった。
だが今は、俺たちの最大の土台になっている。
犬飼は少しだけ笑った。
「本当に、東京はおかしいな」
「褒め言葉として受け取っておく」
「あぁ。褒めてる」
短い会話だったが、少しだけ空気が軽くなった。
ただ、その軽さは長く続かなかった。
未来が、不意に目を細めたからだ。
彼女の視線が遠くを見る。
いや、正確には、ここではないどこかを見ている。
カラス。
犬。
ヤモリ。
そのいずれかと感覚を共有しているのだろう。
数秒後、未来はゆっくりと息を吐いた。
「……索敵、ある程度終わったわ」
俺たちは一斉に未来を見る。
「というか、お前ステータスも見ながら索敵もしてたのか?」
俺が聞くと、未来は小さく笑った。
「いや、わたしは途中から見てないよ」
「そりゃそうか」
未来はすぐに表情を引き締めた。
「それより、確かに犬飼さんの言う通りだった」
その言葉だけで、空気が重くなる。
犬飼の顔が険しくなった。
未来は続ける。
「SPМが、奴隷のように避難民を扱っている様子が確認できたわ」
俺は奥歯を噛んだ。
「そうか……」
分かっていた。
真実の口でも確認した。
犬飼が嘘をついているわけではないことも分かっていた。
だが、第三者である未来の索敵によって改めて確認されると、現実味がさらに増す。
もう疑いようがない。
SPМは壊れている。
犬飼は黙って俯いた。
その拳は固く握られている。
悔しいのだろう。
怒りもあるだろう。
でも今は、感情に任せて飛び出すわけにはいかない。
俺は未来に続きを促した。
「状況を教えてくれ」
未来は頷いた。
「まず、犬飼さんが事前に教えてくれていた正面入り口の門」
「見張りは二人だけ」
「二人だけならいけそうに思えるけど、その先に一般隊員の宿舎がたくさんあるわ」
「正面からの入り口はやっぱり厳しそうね」
「見張りをどうにかしても、すぐ囲まれるか」
「そういうこと」
犬飼も頷く。
「あぁ。正面は避けた方がいい」
「見た目より人が集まりやすい場所だ」
未来はさらに続けた。
「ただ、犬飼さんが言っていた裏門の近く」
「一見ただの地面に見えるけど、動かすと階段があるっていう隠し避難通路」
そこで全員の表情が変わった。
「そこには誰もいなかったわ」
俺は息を吐いた。
当たりだ。
犬飼の情報通りなら、そこが侵入口になる。
「もちろん、裏門にも門番は二人いるけどね」
「二人なら問題ないだろう……」
俺がそう言うと、陸斗が静かに頷いた。
「無力化するだけなら可能ですね」
殺す必要はない。
できる限り、殺さず止める。
操られている可能性がある以上、SPМの隊員たちは本来の敵ではないかもしれない。
問題は、その先だ。
陸斗が犬飼を見る。
「その先を抜けると、大きな会議室があるんですよね?」
犬飼は頷いた。
「あぁ、そうだ」
「会議がある時以外は、基本誰も使わない」
犬飼は、壊れかけのビルの床に落ちていた小さな瓦礫を拾い、埃の積もった床に簡単な見取り図を描き始めた。
SPМ本部。
正面門。
裏門。
一般隊員の宿舎。
そして、裏門近くの隠し避難通路。
線は粗い。
だが、位置関係は分かりやすかった。
「この裏門の近くに、地面と同じ色の蓋がある」
「普段なら絶対に気づかない」
「ただ、動かすと階段が出てくる」
「地下へ続く階段だ」
犬飼は指先で、床に描いた線をなぞる。
「そこを降りて進むと、本部棟の地下通路に出る」
「で、そこから少し進めば、大きな会議室の裏手に繋がってる」
「会議室は、普段はほとんど使われてない」
「特別な会議とか、隊長クラスが集まる時くらいだな」
「じゃあ、そこに出られればかなり近いな」
俺が言うと、犬飼は頷いた。
「あぁ」
「会議室から出て左に曲がる」
「その先の階段を上がると、すぐ特殊隊の隊長室がある」
「桜井がいる可能性が一番高い場所だ」
桜井晴彦。
名前を聞いただけで、胸の奥がざらつく。
まだ顔すら見ていない。
スキルも分からない。
だが、SPМを壊した中心にいる可能性が高い男。
今回の目的は、そいつを捕まえることだ。
◇
「特殊隊の隊長室周辺に人は?」
俺が聞くと、未来は少し目を閉じた。
カラスかヤモリの視界を見ているのだろう。
「今のところ、廊下には人影が少ないわ」
「でも、完全に誰もいないわけじゃない」
「時々、隊員が巡回している」
「桜井本人は?」
「そこまではまだ分からない」
未来は悔しそうに眉を寄せる。
「ヤモリで中に入り込もうとしてるけど、窓も扉も隙間が少ないの」
「特殊隊の隊長室だけ、妙に閉じてる感じがする」
「閉じてる?」
「うん」
未来は頷く。
「他の部屋は、通気口とか壁のひびとか、少しずつ隙間があるのに」
「特殊隊の隊長室だけ、かなり気密性が高い」
「まるで、外から何かが入ることを嫌がってるみたい」
嫌な情報だ。
桜井が用心深いのか。
それとも、元々そういう部屋なのか。
どちらにしても、簡単には覗けないということだ。
「やっぱり、本人に直接接触するしかないか」
俺が呟くと、チャン爺が静かに言った。
「坊ちゃま。接触の際には、私が先行いたします」
「いや、チャン爺を真っ先に行かせるのも危険だ」
「しかし、坊ちゃまを未知の相手の前に立たせるわけには参りません」
チャン爺の声は穏やかだが、そこに譲る気配はなかった。
こういう時のチャン爺は頑固だ。
俺の安全を最優先に考えている。
ありがたいが、今回は単純な護衛だけでは済まない。
桜井の能力が認識干渉や支配系だった場合、最初に接触した者が危険にさらされる可能性がある。
「分かってる」
俺は頷いた。
「でも、誰を最初に接触させるかは、状況を見て決める」
「承知しました」
チャン爺は一礼する。
納得したというより、俺の判断を一旦受け入れたという感じだった。
「犬飼」
「何だ?」
「隠し通路の蓋は簡単に開くのか?」
「外からなら開けられる」
犬飼は答える。
「ただ、少し重い。二人いれば問題ない」
「それと、開ける時に金属音が出る可能性がある」
「そこは注意だな」
「分かった」
俺は阿川を見る。
「阿川、もし中に入れたら、その場所を記憶できるか?」
「もちろんだ」
阿川は即答した。
「一度見れば繋げられる」
「ただ、配管を出すには少しだけ空間がいる」
「狭すぎる場所では厳しい」
「地下通路なら?」
「犬飼の話の広さなら問題ない」
「じゃあ、入った時点で撤退用の配管を一つ確保する」
「あぁ」
これで、最悪の場合は引ける。
もちろん、桜井の支配が配管の中まで届くのかは分からない。
だが、逃げ道があるかないかでは全然違う。
未来がそっと目を閉じた。
「裏門周辺、今のところ巡回はないわ」
「門番二人は立ったまま」
「少し会話してる」
「内容は?」
「距離があるからはっきり聞き取れないけど……」
未来の表情が少し曇る。
「笑ってる」
「何か、避難民のことを馬鹿にしてるみたい」
犬飼の拳が震えた。
「……くそ」
低い声だった。
怒りを押し殺しているのが分かる。
俺も同じ気持ちだった。
だが、ここで感情的になれば作戦が崩れる。
「犬飼」
俺が声をかけると、犬飼は顔を上げた。
「分かってる」
「今は突っ込まない」
「あぁ」
犬飼は深く息を吐く。
「分かってるさ」
その言葉に、俺は少し安心した。
犬飼は冷静さを失っていない。
怒りはある。
悔しさもある。
それでも、今やるべきことを分かっている。
阿川が立ち上がった。
「そろそろ行くか?」
俺は未来を見る。
「未来、索敵を続けながら移動できるか?」
「できるわ」
未来は頷く。
「ただ、内部に入ったらヤモリの視界を優先する」
「カラスは外周警戒」
「犬は裏門周辺と匂いの変化を見る」
「分かった」
色谷もボウリング玉を軽く手の上に出して、すぐ消す。
「俺は、いつでもいける」
「あぁ、頼む」
「任せてくれ」
チャン爺はいつも通り静かだった。
だが、その静けさの中に、すでに戦闘態勢の気配がある。
犬飼は本部の方角を見ていた。
その横顔には、複雑な感情が浮かんでいる。
自分の居場所だった場所。
尊敬する上司がいる場所。
そして今、壊れてしまった場所。
そこへ戻るのだ。
簡単な気持ちでいられるはずがない。
「犬飼」
「何だ?」
「無理はするなよ」
「それ、さっきからみんなに言われてるな」
犬飼は少しだけ苦笑した。
「でも、分かってる」
「俺は案内役だ」
「勝手に突っ走ったら意味がない」
「そうだ」
「だから頼む」
犬飼は頷いた。
「あぁ」
俺は最後に全員を見渡した。
陸斗。
未来。
チャン爺。
阿川。
色谷。
犬飼。
今回連れてきたのはこの六人。
戦闘力、索敵、移動、拘束、防御、案内。
最低限であり、必要な役割を詰め込んだメンバーだ。
大人数ではない。
だが、今の俺たちにできる最善の形だと思う。
そして俺自身も、派遣スキルでアル、ソックス、セイコを呼べる。
「行こう」
俺は静かに言った。
全員が頷く。
俺たちは壊れかけのビルを出た。




