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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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85/121

空から落ちた救援要請(後編)

第85話です。宜しくお願い致します。


 犬飼が目を覚ましたのは、空が夕方に近づき始めた頃だった。

 医務室の窓から差し込む光が、少しだけ橙色に変わっている。

 ベッドの上で、犬飼の指がわずかに動いた。

 それに最初に気づいたのは、チャン爺だった。

 チャン爺は静かにベッドへ近づく。

「……っ」

 犬飼の瞼が震え、ゆっくりと開いた。

 ぼんやりとした視線が天井を捉える。

 しばらく、自分がどこにいるのか分からないようだった。

「ここは……?」

 かすれた声。

 チャン爺は、落ち着いた声で答えた。

「目を覚まされましたか」

「ここは東京の中央会館内の医務室でございます」

「……東京」

 犬飼の目が少しだけ見開かれる。

 その言葉で、意識が一気に戻ってきたようだった。

「そうだ……」

 犬飼は体を起こそうとした。

「悠真に……会いに来たんだ……」

「ご無理はなさらぬよう」

 チャン爺がそっと制する。

「坊ちゃまからも、犬飼様がお目覚めになられましたら知らせるよう仰せつかっております」

「少々お待ちください」

「すまない……」

 犬飼は悔しそうに眉を寄せながらも、再び枕に背を預けた。

 その顔には、まだ疲労の色が濃い。

 額にはうっすら汗が滲み、呼吸も完全には整っていなかった。

 それでも、その目だけは必死だった。

 何かを伝えなければならない。

 その焦りが、全身から滲んでいた。

 チャン爺は一礼し、すぐに医務室を出た。

 そして数分後。

 俺は医務室へ入った。

 浮田も一緒にいた。

 犬飼が目を覚ましたと聞いて、俺はすぐに駆けつけた。

 ベッドの上にいる犬飼は、まだかなり弱っているように見えた。

 だが、意識ははっきりしている。

 俺が入ると、犬飼はこちらを見た。

「悠真……」

「犬飼、大丈夫か……?」

 俺はベッドの脇に立つ。

「どうした。何があったんだ……?」

 犬飼はすぐに体を起こそうとした。

 だが、浮田が手で制する。

「寝てろ」

「まだ動くな」

「でも……」

「でもじゃねぇ」

 浮田の声は低い。

「お前、かなり無茶して飛んできたんだろ」

「命に別状はないが、体は完全に消耗してる」

「話すなら寝たまま話せ」

 犬飼は唇を噛んだ。

 それでも、浮田の言葉に従って、上体を少しだけ起こす程度に留めた。

「……すまない」

 その謝罪は、浮田に向けたものなのか、俺に向けたものなのか。

 いや、たぶん両方だろう。

 俺は近くの椅子に座った。

「焦らなくていい」

「順番に話してくれ」

「SPМで何があったのか?」

 その言葉を聞いた瞬間、犬飼の顔が歪んだ。

 何かを思い出したのだろう。

 悔しさ。

 怒り。

 恐怖。

 その全部が混じったような顔だった。

「SPМが……おかしくなったんだ」

 犬飼は、絞り出すように言った。

「千葉の本部管轄で……避難民が……奴隷みたいに扱われていた」

「奴隷……?」

 俺は思わず聞き返した。

 犬飼は頷く。

「はい……」

「市民が鎖で繋がれて、荷物を運ばされていて……」

「SPМの隊員がムチで叩いて……」

「人の背中に乗って……」

 犬飼の声が震える。

「旧人類とか、労働力とか……そんな言葉を使っていた」

「……」

 俺は言葉を失った。

 SPМは決して俺たちにとって完全な味方ではなかった。

 凛堂たちとは一度衝突しているし、あの組織に危うさがあることも分かっていた。

 だが、それでもモンスター討伐や避難民救助を行っていたのは事実だ。

 少なくとも、ただの悪の組織ではなかった。

 それが、避難民を奴隷のように扱っている。

 にわかには信じがたい話だった。

 だが、犬飼の顔を見る限り、嘘をついているようには見えない。

「門脇は?」

 俺は聞いた。

「門脇はどうした?」

 犬飼の表情が、さらに苦しげになる。

「門脇さんも……おかしくなっていた」

 その言葉は重かった。

 俺の中で、何かが冷たく沈む。

「俺、門脇さんなら止めてくれると思って……隊長室に行ったんだ」

「でも……」

 犬飼は拳を握る。

「門脇さんは、人間を椅子みたいにして座っていた」

「首に鎖を繋がれた人の上に……当然みたいに……」

 浮田が眉をひそめた。

 チャン爺の表情もわずかに険しくなる。

 俺は、しばらく何も言えなかった。

 門脇。

 あの男が。

 俺に避難民を助ける道を示した男が。

 東京を見て涙を流した男が。

 人を椅子にしていた。

「……本当に、門脇がそんなことを?」

 俺の声は、自分でも驚くほど低かった。

 犬飼は苦しそうに頷く。

「俺も信じたくなかったよ……」

「でも、見たんだ」

「門脇さんは、その人のことを“元人間”って言って……」

「今は自分の椅子だって……」

 その言葉で、医務室の空気が重く沈んだ。

 俺は奥歯を噛む。

 怒りが湧いてくる。

 だが、それと同時に違和感も強かった。

 門脇が自分の意思でそこまで変わるとは思えない。

 いや、人は変わる。

 極限状態で思想が歪むことはあるかもしれない。

 だが、あまりに急すぎる。

 不自然すぎる。


 ◇


「何が原因だ?」

 俺が聞くと、犬飼はすぐに答えた。

「桜井だと思う」

「特殊隊隊長の桜井晴彦」

 聞いたことのない名前だった。

 直接会ったこともない。

「門脇さんが言っていた」

「俺は会議に出ていなかったから知らないんだって」

「その会議で、桜井がこの国のトップになったって」

「桜井総督府様って呼ばれているって」

「そして、超人族絶対至上主義を掲げたって」

「超人族絶対至上主義……」

 俺はその言葉を繰り返した。

 嫌な響きだった。

「超人族だけが生きるに値する」

「超人族ではない人間は労働力」

「そういう思想です」

 犬飼は言った。

「俺は、その会議に呼ばれていませんでした」

「俺だけ、知らされていなかった」

 浮田が静かに口を開く。

「会議に出たやつらがおかしくなったってことか?」

「たぶん……」

 犬飼は頷く。

「凛堂さんも、柿原さんも、影山さんたちも……」

「桜井に従っていました」

「俺が桜井に会いに行こうとしたら、隊長室の前で止められました」

「凛堂さん、柿原さん、影山駿さん、影山潤さんの四人に」

「……その四人か」

 俺は息を吐いた。

 影山という奴は知らないが、正面から突破するには厳しすぎる面子だ。

 犬飼が一人でどうにかできる相手ではない。

「俺一人じゃ無理でした」

 犬飼は悔しそうに言う。

「だから、スキル《人体実験》で腕を翼に変えて、逃げてきました」

「東京まで……悠真に知らせるために……」

 その声が、少しずつ弱くなる。

 まだ体力が戻りきっていないのだろう。

 浮田が犬飼の肩に手を置いた。

「そこまででいい。無理に喋るな」

「でも……」

「大体分かった」

 浮田は低く言った。

「続きは休んでからでもいい」

 犬飼は俺を見る。

 その目は必死だった。

「もう……頼るやつが俺にはいないんだ」

 声が震える。

「門脇さんもおかしくなった」

「凛堂さんたちも、隊員たちも」

「俺一人じゃどうにもできない」

 犬飼は、ベッドの上で拳を握りしめた。

「SPМを……」

「門脇さんを……」

「そして避難民を助けてほしい……」

 その言葉は、ただの依頼ではなかった。

 懇願だった。

 犬飼にとって、SPМは自分の居場所だったはずだ。

 門脇は上司であり、信じていた人だった。

 その全てが目の前で壊れていく。

 それを一人で抱え、ここまで飛んできた。

 俺は犬飼を見ながら、胸の奥に重いものが沈むのを感じた。

(これが……フトゥーロが言っていた第2の厄災か)

 内部崩壊。

 フトゥーロは、はっきり言っていた。

 次の厄災はSPМで起こると。

 命令。

 思想。

 支配。

 恐怖。

 それらが絡み合い、やがて日本全体を巻き込むと。

 今、犬飼の話を聞く限り、それはもう始まっている。

 いや、かなり進行している。

 桜井晴彦。

 特殊隊隊長。

 まだ会ったことのない男。

 だが、犬飼の話からすると、その男が中心にいる可能性が高い。

(スキルか何かで操っているのか……?)

 分からない。

 だが、会議に出た者たちが一斉に変わったのなら、ただの思想変化では説明がつかない。

 何らかの強制力があると考えるべきだ。

 しかも、門脇や凛堂ほどの人間にも通じている。

 かなり厄介だ。


 ◇


「犬飼」

 俺は静かに言った。

「お前の話が本当なら、俺たちも助けたいと思う」

 犬飼の目が揺れる。

「避難民を助けることは、俺たちの目的でもある」

「門脇、凛堂には恩もあるしな」

 門脇は俺にこの道を示した。

 凛堂とは一度ぶつかったが、その後共闘した。

 柿原や門脇たちも、スケルトンキング戦では共に戦った仲間だ。

 見捨てる理由はない。


 だが――


「ただし」

 俺は言葉を続ける。

「ルドルフの真実の口だけは受けてもらう」

「すまないが、それだけは必要だ」

 犬飼はすぐに頷いた。

「もちろんです」

「何でもします」

「俺の話を信じてもらえるなら……何でも」

 その時だった。

 頭の中に、秘書の声が響いた。

「悠真様、勝手ながら進言よろしいでしょうか」

 俺は少し驚いた。

 秘書が自分から声をかけてくるのは珍しい。

 必要な情報を求めた時には答えるが、こうして向こうから進言してくることはあまりない。

「どうしたんだ、急に?」

「犬飼様のお話が本当であると仮定した場合、疑問点がございます」

「疑問点?」

「はい」

 秘書の声はいつも通り落ち着いていた。

「何故、犬飼様だけが会議に呼ばれなかったのでしょうか」

 俺は一瞬、言葉を失った。

 確かに。

 そこは引っかかる。

 犬飼だけが会議に呼ばれず、その結果、犬飼だけが正気で残った。

 そして犬飼は逃げ出し、俺たちの元へ来た。

 桜井という男が、SPМ中枢を掌握できるほどの何かを持っているとしたら。

 そんな男が、犬飼一人だけを呼び忘れるか?

 たまたま?

 偶然?

 そんな都合のいい話があるだろうか。

「罠かもしれないということだな……?」

「はい。その通りでございます」

 秘書は答える。

「犬飼様が助けを呼ぶように」

「さらに、助けを求める先を限定しているようにも見えます」

「限定……」

 俺は犬飼を見る。

「もしかしたらお前は利用されたのかもしれない」

 犬飼は驚いたような顔をしていた。

「俺が……利用された……?」

 その声は、少し掠れていた。

 自分が必死に逃げてきた行動すら、桜井の掌の上だったかもしれない。

 そう言われたのだ。

 無理もない。

「可能性はある」

 俺は正直に言った。

「桜井がお前だけをわざと会議に呼ばず、正気のまま残した」

「そして、お前が異常に気づくような状況を見せた」

「逃げ道も残した」

「お前が俺たちのところへ来るように仕向けた可能性がある」

 犬飼は拳を震わせた。

「じゃあ俺は……」

「利用されたのかもしれない」

 俺は言う。

「でも、それでお前の見たものが嘘になるわけじゃない」

 犬飼が顔を上げる。

「避難民が苦しんでいるなら、それは本物だ」

「門脇たちが操られているなら、それも本物だ」

「罠だとしても、放っておける話じゃない」

 犬飼の目に、少しだけ光が戻る。

 俺は深く息を吐いた。

 確かに罠の可能性はかなり高い。

 桜井という男は、こちらを誘き出しているのかもしれない。

 俺がSPМ内部崩壊を見過ごせないことも、計算している可能性がある。

 だが、だからと言って何もしない選択肢はない。

 助けを求めている人がいる。

 門脇たちが何らかの支配を受けているかもしれない。

 そしてSPМがこのまま崩れれば、日本全体に被害が広がる。

 見過ごせるわけがない。

「確かに、その可能性はかなり高いな」

 俺は言った。

「だが、俺はこれを見過ごすことは到底できない」

 浮田が小さく頷く。

「だろうな」

 チャン爺も静かに言う。

「坊ちゃまなら、そう仰ると思っておりました」

 俺はチャン爺を見る。

「まずは皆で一度、どうするか話し合おう」

「これは俺一人で決める話じゃない」

「SPМには門脇や凛堂だけじゃない」

「操られている可能性のある隊員もいる」

「そして、虐げられている避難民もいる」

「慎重に動く必要がある」

 チャン爺は一礼した。

「畏まりました」

「直ちに皆様をお呼びいたします」

「あぁ、頼む」

 チャン爺が医務室を出ていく。

 犬飼は、ベッドの上で目を伏せた。

「すみません……」

「俺がもっと早く気づけていれば……」

「自分を責めるな」

 俺はそう言った。

「お前がここまで来てくれたから、俺たちは知ることができた」

「それだけでも十分だ」

 犬飼は何も言わなかった。

 ただ、悔しそうに唇を噛んでいた。

 俺は立ち上がり、窓の外を見る。

 夕暮れの東京。

 ビルの窓に橙色の光が反射している。

 道路を車が走り、人々が家路につき、遠くでは電車の音がかすかに響いている。

 俺たちが必死に取り戻してきた日常。

 その外側で、別の場所が壊れ始めている。

 いや、壊れてしまったのかもしれない。

 SPМ。

 かつてこの国を救う救世主であろうとした組織。

 その内側で、人が人を踏みつけている。

 このまま放っておけば、きっと東京にも影響が来る。

 桜井が何を狙っているのかは分からない。

 だが、こちらを呼び込もうとしているなら、相手はすでに準備をしている。

 罠の中へ入ることになるかもしれない。

 それでも。

「……やるしかないな」

 俺は小さく呟いた。

 犬飼がこちらを見る。

 浮田も黙って俺を見ていた。

 俺は振り返る。

「まずは作戦会議だ」

「犬飼、お前は休んでろ」

「でも……」

「必要なことは後で聞く」

「今倒れられたら困る」

 浮田もすぐに続けた。

「その通りだ」

「お前は患者だ。口を挟む前に体力を戻せ」

 犬飼は悔しそうにしながらも、頷いた。

「……分かりました」

 俺は医務室の扉へ向かう。

 その途中で、もう一度だけ犬飼を振り返った。

「犬飼」

「はい」

「よく来てくれた」

 犬飼の表情が、少しだけ崩れた。

 悔しさと、安堵が混じったような顔だった。

「……ありがとうございます」

 俺は頷き、医務室を出た。

 廊下の向こうでは、チャン爺がすでに皆を呼びに向かっている。

 第2の厄災。

 SPМの内部崩壊。

 それはもう、予言ではなく現実になりつつあった。

 罠かもしれない。

 いや、おそらく罠だ。

 だが、助けを求める声がある以上、俺たちは動く。

 それがこの東京の在り方だ。

 そして、俺自身が選んだ道だった。

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あの呪いの件って今回の洗脳をなんとかできることを示す伏線か
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