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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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83/118

崩れ始めた救世主(後編)

第83話です。宜しくお願い致します。


 犬飼は、廊下を走った。

 頭の中では、先ほど見た光景が何度も蘇っていた。

 ムチで打たれる住民。

 背中に乗られる市民。

 鎖で繋がれた男。

 そして、その上に当然のように座っていた門脇。

 犬飼にとって、門脇誠司はただの上司ではなかった。

 戦術隊の隊長。

 判断力があり、冷静で、時に軽く見えるが、見るべきところはちゃんと見ている男。

 犬飼が迷った時、何度も道筋を示してくれた人でもあった。

 その門脇が、人を椅子にしていた。

 しかも、それを何の疑問も持たずに。

「……ふざけんなよ……」

 犬飼は歯を食いしばる。

 桜井が何かをした。

 それは間違いない。

 だが、何をしたのかは分からない。

 スキルなのか。

 洗脳なのか。

 命令なのか。

 それとも、もっと別の何かなのか。

 ただ一つ言えるのは、会議に出た者たちが異常になっているということ。

 そして自分は、その会議に呼ばれていなかった。

 犬飼だけが知らされていなかった。

 それが偶然なのか、意図的なのかは分からない。

 だが今は、考えている時間はない。

 桜井の元へ行く。

 本人を問い詰める。

 何をしたのか吐かせる。

 それしかない。

 犬飼は特殊隊隊長室へ向かう廊下を曲がった。

 だが、その先で足が止まる。

 隊長室の前。

 扉の前に立っていたのは、四人だった。

 強襲隊隊長、凛堂明日香。

 強襲隊副隊長、柿原紅蓮。

 影撃隊隊長、影山駿。

 影撃隊副隊長、影山潤。

 SPМの中でも、明らかに上位の戦闘力を持つ者たち。

 その四人が、まるで門番のように扉の前に立っていた。

 犬飼の背中に、冷たい汗が流れる。

「……どいてください」

 声を絞り出す。

 凛堂が、ゆっくりと犬飼を見る。

 その目は、いつものように獰猛だった。

 だが、どこか違う。

 戦いを楽しむ光はある。

 しかし、そこに以前のような自由さがない。

 命令を待つ獣のような、異質な静けさがあった。

「ここは通せねぇな」

 凛堂が笑う。

「それとも力ずくで通るか?」

 口角が上がる。

「俺は全然相手になってやるぜ」

 柿原は火縄銃に手を添えていた。

「悪いな、犬飼」

 声は軽い。

 だが、表情に迷いはない。

「桜井総督府様の命令だ」

 影山駿は無言だった。

 ただ、犬飼を見ている。

 その横に立つ影山潤も、まるで影のように静かだった。

 犬飼は、四人を見た。

 凛堂。

 柿原。

 影山駿。

 影山潤。

 この四人を、自分一人で相手にする。

 不可能だ。

 断言できる。

 犬飼は弱くない。

 戦術隊の副隊長として、何度も修羅場をくぐってきた。

 スキル《人体実験》も強力だ。

 自分が知っている様々な動物へ変身できる。

 全身を変化させれば、その動物の特性を大きく引き出せる。

 ただし、全身変化は数分しか持たない。

 一部だけの変化なら時間は伸びるが、戦闘力は限定的になる。

 使い方次第で攻撃にも逃走にも対応できる万能型のスキル。

 だが、それでも。

 目の前の四人は悪すぎる。

 凛堂一人だけでも厳しい。

 そこに柿原、影山駿、影山潤。

 突破は無理だ。

「……くっ」

 犬飼は奥歯を噛む。

 ここで戦っても勝てない。

 勝てないどころか、桜井に辿り着く前に捕まる。

 そして捕まれば、おそらく自分も門脇たちと同じようにされる。

 あの会議にいなかった犬飼が今ここで桜井に接触すれば、何が起こるか分からない。

 いや、分からないからこそ危険だ。

 犬飼は、凛堂たちの奥にある扉を睨む。

 その向こうに、桜井がいる。

 だが今は届かない。

 なら、やるべきことは一つ。

 逃げる。

 そして、この異常を外に知らせる。

 誰に。

 誰なら、この状況を変えられる。

 犬飼の頭に浮かんだのは、一人の男だった。

 黒瀬悠真。

 東京を立て直した男。

 門脇が認めていた男。

 凛堂が戦いたがっていた男。

 そして、今のSPМが狙っている可能性のある男。

 犬飼は決断した。

「人体実験」

 低く呟く。

 次の瞬間、犬飼の両腕が変化した。

 骨格が変わる。

 筋肉が引き締まり、腕全体が翼のように広がる。

 それは鳥の翼そのものではない。

 人間の腕を基盤に、飛行に適した形へ変えたもの。

 大きく広がった翼腕。

 犬飼が知っている飛行能力を持つ動物の特徴を、自分の体へ部分的に反映した姿だった。

「逃げる気か」

 凛堂が笑う。

「いい判断だな」

 その言葉が本心なのか、命令の中で出たものなのか、犬飼には分からなかった。

 柿原が火縄銃を構えかける。

 だが、その動きは一瞬だけ止まった。

 影山駿も、追撃の姿勢を取らない。

 犬飼は、その隙を逃さなかった。

 廊下の窓へ向かって全力で走る。

 そして、そのまま翼腕を広げて窓を突き破った。

 ガシャンッ!!

 ガラスが砕ける。

 破片が空中に散る。

 犬飼の体が外へ飛び出した。

 高所からの落下。

 普通なら危険な高さ。

 だが、犬飼は翼腕で空気を受ける。

 体が浮く。

 そのまま大きく旋回し、建物から離れていく。

 後ろから声はしない。

 攻撃も飛んでこない。

 犬飼は振り返る余裕もなく、必死に羽ばたいた。

 SPМ本部を離れる。

 千葉の空へ出る。

 下には、変わり果てた街が見えた。

 鎖に繋がれた人々。

 働かされる市民。

 見張るSPМ隊員。

 その光景が、どんどん遠ざかっていく。

 しかし、犬飼の胸から消えることはなかった。

「何なんだよ……」

 空を飛びながら、犬飼は呟く。

「何が起きてるんだよ……!」

 門脇がおかしくなった。

 凛堂も。

 柿原も。

 影山も。

 SPМの隊員たちも。

 あの人たちは、こんなことをする人間じゃなかった。

 少なくとも、犬飼が知っている彼らは違った。

 だが今は、全員が桜井の言葉に従っている。

 犬飼一人ではどうにもならない。

 正面から戦っても負ける。

 内部から止めようとしても無理だ。


 だったら――


「黒瀬悠真……」

 犬飼は、風を切りながら名前を呟いた。

「あいつに知らせるしかない……」

 東京へ。

 悠真の元へ。

 あの男なら、何かできるかもしれない。

 門脇が認めた男。

 東京を守った男。

 今のSPМが最も警戒し、同時に必要としているかもしれない男。

 犬飼は、翼腕をさらに強く羽ばたかせた。

 変身時間には限りがある。

 全身変化ではないため、数分で解けることはない。

 だが、それでも無限ではない。

 できる限り遠くへ。

 できる限り早く。

 犬飼は、東京を目指して飛び続けた。


 ◇


 一方、SPМ本部。

 犬飼が窓を突き破って逃げた後、特殊隊隊長室の前には、砕けたガラスの音の余韻だけが残っていた。

 凛堂は窓の外を見ていた。

 遠ざかっていく犬飼の姿。

 空を飛ぶその背中を、追うことはしなかった。

 柿原も火縄銃を下ろしている。

 影山駿は無言。

 影山潤も動かない。

 やがて、隊長室の扉が静かに開いた。

 中から現れたのは、桜井晴彦だった。

 いつもの弱々しい雰囲気は消えていた。

 背筋は伸び、表情は穏やかで、目は冷たい。

 まるで、人の心を観察することに飽きた研究者のような目だった。

「犬飼は行ったかい?」

 桜井が尋ねる。

 凛堂が振り返り、静かに答える。

「はい。行きました」

 その返答に、桜井は満足そうに微笑んだ。

「そうか」

 桜井は窓の外へ視線を向ける。

 犬飼の姿は、もう小さくなっていた。

 それでも桜井は、まるでその行き先を知っているかのように穏やかだった。

「追わなくていい」

 桜井が言う。

「犬飼には、役目があるからね」

 柿原が頷く。

「承知しました、桜井総督府様」

 影山駿も短く言う。

「命令を確認。追跡は行いません」

 桜井は、くすりと笑った。

「いい子たちだ」

 その声は優しい。

 だが、どこまでも不気味だった。

「犬飼は、自分だけが逃げられたと思っているだろう」

「自分だけが正気で、自分だけが真実に気付いたと思っている」

「そして、助けを求める」

 桜井は窓際へ歩く。

 砕けた窓の縁から外を見下ろす。

 眼下には、変わり果てたSPМ管轄区域が広がっていた。

 旧人類と呼ばれ、労働力として扱われる人々。

 それを当然のように管理する隊員たち。

 桜井は、それを見て満足そうに目を細める。

「だが、それでいい」

 彼は静かに言った。

「あの子犬ちゃんは、きっと黒瀬悠真の元へ行く」

 凛堂の目がわずかに動いた。

 黒瀬悠真。

 その名前に、反応したようにも見えた。

 だが、何も言わない。

 桜井は続ける。

「悠真君は優しい」

「そして責任感が強い」

「SPМが崩壊したと知れば、見捨てられない」

「特に、門脇君や凛堂君の名前を聞けばね」

 門脇。

 凛堂。

 かつて悠真たちと関わった者たち。

 共闘した者たち。

 桜井は、それすら計算に入れていた。

「だから、犬飼は逃がす」

「助けを求めさせる」

「彼はきっと、最高の招待状になる」

 桜井は笑った。

 それは道化師のような笑みではない。

 冷たく、静かで、人を駒として見る者の笑みだった。

「上手く悠真を連れてきてくれよ、子犬ちゃん……」

 その声は、誰に届くわけでもなく、壊れた窓から空へ溶けていった。

 凛堂たちは、何も言わない。

 ただ、桜井の背後に立っている。

 命令を待つ兵のように。

 桜井総督府様。

 その異様な名を当然のように受け入れたSPМの中核たち。

 そして、鎖に繋がれた旧人類。

 かつてこの国を救う救世主であろうとした組織は、もうその姿を失っていた。

 内側から腐り、壊れ、歪み。

 今や、救うべき人々を踏みつける存在へと変わっている。

 その崩壊の中心で、桜井晴彦は静かに笑っていた。


 ◇


 空の上。

 犬飼はまだ飛んでいた。

 翼腕で風を掴みながら、東京の方角へ向かう。

 息が荒い。

 腕の変化は維持できているが、長時間の飛行は負担が大きい。

 何度か高度が下がる。

 そのたびに、犬飼は歯を食いしばり、再び羽ばたいた。

「くそ……」

 視界が揺れる。

 だが、止まれない。

 止まったら終わる。

 SPМの異常を、誰かに伝えなければならない。

 桜井が何をしたのか。

 門脇たちがどうなったのか。

 避難民がどう扱われているのか。

 それを伝えられる相手は、今はもう一人しか思い浮かばなかった。

「黒瀬……悠真……」

 犬飼は、苦しそうに息を吐きながらも、前を見る。

「あんたなら……」

 その先に、東京がある。

 かつて崩壊したはずなのに、今は再び社会を取り戻し始めた場所。

 門脇が見て、悔しさと嬉しさで涙を流した場所。

 人が人として暮らせる場所。

 そこへ辿り着けば。

 悠真に知らせられれば。

 何かが変わるかもしれない。

 犬飼は、もう一度強く翼腕を動かした。

 SPМの崩壊は、始まってしまった。

 そしてその知らせを運ぶ子犬は、傷ついた空を必死に飛んでいた。

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