表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/122

崩れ始めた救世主(前編)

第82話です。宜しくお願い致します。


「……何でこうなったんだ……」

 犬飼は、思わずそう呟いていた。

 場所は千葉県。

 SPМ本部兼関東支部が管轄している区域の一つ。

 つい数日前まで、そこは危険地帯ではあったが、それでもSPМによって一定の秩序は保たれていた。

 モンスターから逃れてきた避難民たちが身を寄せ、SPМの隊員が周辺警備を行い、少ない物資を分け合いながら何とか生き延びている場所。

 犬飼は、そう認識していた。

 少なくとも、そうあるべき場所だった。


 だが――今、目の前に広がっている光景は、犬飼の知っているSPМではなかった。


「早く動け!」

 乾いた音が響く。

 ムチの音だった。

 SPМの隊員が、やつれきった市民の背中を打っている。

 打たれた男は膝をつき、それでも必死に荷物を持ち上げようとしていた。

 その首には、縄がかけられている。

 逃げられないように。

 逆らえないように。

 まるで、人間ではなく家畜を扱うように。

「す、すみません……」

 男が震える声で謝る。

 だが隊員は、さらにムチを振り上げた。

「口答えするな。旧人類のくせに」

 旧人類。

 その言葉を聞いた瞬間、犬飼の胸の奥が嫌な音を立てた。

 何だ、それは。

 犬飼は顔を上げる。

 少し離れた場所では、別の隊員が住民の背中にまたがっていた。

 四つん這いにさせられた住民の上に、まるで馬にでも乗るように座り、足で脇腹を蹴っている。

「進め」

「う……うぅ……」

「遅い」

 また、蹴る。

 住民は泣いていた。

 男も、女も、老人も。

 子供までもが、怯えた顔で壁際に固まっていた。

 その目には、助けを求める光がある。

 だが誰も助けない。

 SPМの隊員たちは、それを当然のように見ていた。

 誰一人として止めない。

 むしろ、笑っている者すらいた。

「……何してんだよ」

 犬飼の声は、自分でも驚くほど低かった。

 近くにいた隊員が振り返る。

「犬飼副隊長?」

「何してんだって聞いてんだよ!」

 犬飼は怒鳴った。

 隊員は一瞬きょとんとした顔をした。

 怒鳴られたことに驚いたのではない。

 なぜ犬飼が怒っているのか、本気で分かっていない顔だった。

「何って、労働力の管理ですが」

「労働力……?」

「はい」

 隊員は淡々と言う。

「桜井総督府様の方針に従い、旧人類を労働資源として再配置しています」

「……桜井総督府様?」

 犬飼の眉が跳ねる。

「何だよ、それ」

「新たな国家指導者であられる桜井晴彦様のことです」

「は……?」

 何を言っているのか、分からなかった。

 いや、言葉の意味は分かる。

 だが、理解できない。

 桜井。

 特殊隊隊長の、あの弱々しい男。

 会議ではいつも控えめに喋り、誰かの後ろに隠れるような雰囲気をしていた男。

 その桜井が、総督府様?

 国家指導者?

 何の冗談だ。

「おい、ふざけてんのか」

 犬飼が一歩詰める。

 隊員は不思議そうに首を傾げた。

「ふざけてなどいません」

「旧人類は、我々超人族のために働く存在です」

「桜井総督府様の命令ですから」

「お前……本気で言ってんのか」

「はい」

 迷いがない。

 恐怖もない。

 罪悪感もない。

 それが逆に、犬飼の背筋を冷たくした。

 何かがおかしい。

 隊員たちが、まるで別人のようになっている。

 犬飼は周囲を見る。

 ムチで打たれる住民。

 荷物を運ばされる人々。

 泣きながら膝をつく老人。

 その全てが、SPМの管理下で行われている。

 SPМは、人を守るための組織だったはずだ。

 この国を、もう一度立て直すために作られた組織だったはずだ。

 なのに今。

 守るべき人間が、踏みつけられている。

「……門脇さんは」

 犬飼は低く言った。

「門脇さんはどこにいる」

「門脇隊長でしたら、隊長室に」

「……分かった」

 犬飼はそれだけ言って走り出した。

 胸の奥がざわついていた。

 ただ事ではない。

 門脇さんなら分かるはずだ。

 門脇さんなら、この異常を止めるはずだ。

 あの人は、避難民を救うために動いていた。

 黒瀬悠真に避難民を助けるよう進言したのも門脇だと聞いている。

 元の日常を取り戻す。

 この国を、人が普通に暮らせる場所に戻す。

 そう語っていた人間だ。


 だから、門脇なら――


 犬飼は、そう信じたかった。


 ◇


 ――数日前。


 SPМ本部の会議室には、各隊の隊長と副隊長たちが集められていた。

 重厚な長机。

 並ぶ椅子。

 普段なら、議題によって呼ばれる者は限られる。

 だが、この日は違っていた。

 隊長だけでなく、副隊長まで呼ばれている。

 強襲隊隊長、凛堂明日香。

 強襲隊副隊長、柿原紅蓮。

 戦術隊隊長、門脇誠司。

 影撃隊隊長、影山駿。

 影撃隊副隊長、影山潤。

 支援隊隊長、世良芽衣。

 支援隊副隊長、安藤桃香。

 特殊隊隊長、桜井晴彦。

 特殊隊副隊長、佐々木金次郎。

 SPМの中核を担う者たちが、一室に集まっていた。

 ただ一人。

 戦術隊副隊長、犬飼だけを除いて。

「おい門脇」

 先に口を開いたのは凛堂だった。

 椅子に深く腰掛け、足を組みながら、どこか楽しそうに門脇を見る。

「悠真たちは元気にしてたのか?」

「あぁ」

 門脇は軽く頷いた。

「元気にしていたよ」

「それどころか、さらに強くなっていた」

 その言葉に、凛堂の口角が上がる。

「そうかそうか……!」

 まるで獲物の成長を喜ぶ猛獣のような笑みだった。

「俺も早く会ってまた戦いたいぜ!」

「私は戦ってはいないがな」

 門脇が苦笑する。

 すると凛堂の目が細くなった。

「戦ってたら、俺はお前のことを許してねぇぞ」

 軽い口調ではある。

 だが、目は本気だった。

 門脇は肩をすくめる。

「怖い怖い」

「本気で怖がってねぇだろ」

 凛堂が鼻で笑う。

 その横で、柿原紅蓮が身を乗り出した。

「俺も早く皆と再会したいぜ!」

 柿原の声は相変わらず熱い。

「悠真たちも、あの時よりもっと強くなってるんだろ? 燃えるじゃねぇか!」

 そのやり取りに、世良芽衣が鏡を覗きながら割り込んだ。

「ねぇねぇ、それより東京さらに発展してたって本当?」

 興味の方向は明らかに戦闘ではない。

 世良は髪を指先で整えながら、少し身を乗り出す。

「服とか、美容用品とか、そういうのもあるの?」

「あるにはあるだろうな」

 門脇は思い出すように言った。

「以前とは比べ物にならないくらい発展していた」

「もう、ほとんど元の東京と変わらないくらいにはなっていたよ」

「本当!?」

 世良の目が輝いた。

「ということは、服とか美容用品とか買い放題じゃなぁ〜い!」

「そこかよ」

 柿原が笑う。

「大事よ」

 世良は真顔で言った。

「こんな世界になってから、肌の調子を整えるのも一苦労なんだから」

 支援隊副隊長の安藤桃香が、隣で小さくため息を吐く。

「隊長、会議中です」

「まだ始まってないでしょ」

「そうですけど」

「ならいいのよ」

 世良は楽しそうに微笑む。

「私も俄然、東京に行きたくなってきたわ」

 その空気は、まだ普通だった。

 雑談があり、冗談があり、多少の緊張はあっても、いつものSPМの会議前の雰囲気だった。

 だからこそ、異変は静かに入り込んだ。

 門脇がふと周囲を見回す。

 そして、眉をひそめた。

「なぁ……それより、何で俺のところだけ副隊長が呼ばれてないんだ?」

 その言葉に、何人かが顔を上げた。

「犬飼か?」

 凛堂が言う。

「皆、副隊長も呼ばれているはずだが……」

 影山潤が無言で周囲を確認する。

 確かに犬飼だけがいない。

 戦術隊副隊長だけが、この場にいない。

 門脇は少しだけ違和感を覚えた。

 犬飼は遅刻するタイプではない。

 命令があれば必ず来る。

 それが来ていないということは、そもそも呼ばれていないのではないか。

 そう思いかけた時だった。

「皆、静かにしろ」

 影撃隊隊長、影山駿が口を開いた。

 無表情。

 冷静。

 規律を重んじる男らしく、会議前の雑談を切り上げるような声だった。

「会議が始まる」

 その言葉で、空気が少し引き締まる。

 しかし、次の瞬間。

 影山はわずかに眉を動かした。

「今日の議題は……」

 言葉が止まる。

「あれ、今日は何を話すんだったか……」

 その場に、わずかな沈黙が落ちた。

 影山駿が、会議の議題を把握していない。

 それはかなり珍しいことだった。

 規律を重んじ、事前確認を欠かさない影山が、そんな曖昧な状態で会議室にいる。

 門脇は、その違和感にもう一度触れかけた。

 だが影山はすぐに続けた。

「桜井から呼ばれて、我々はここに……」

 その時。

 会議室の奥にいた桜井晴彦が、ゆっくりと立ち上がった。

 いつものように、少し頼りない雰囲気。

 弱々しい声。

 どこにでもいそうな男。

 それが、周囲の認識だった。

「皆さん、今日はよく集まってくれました……」

 桜井は静かに言った。

 その声に、全員の視線が自然と集まる。

 誰かが促したわけではない。

 ただ、そうするのが当然であるかのように。

 桜井はゆっくりと周囲を見渡した。

 そして、穏やかな表情のまま言った。

「今から皆さんには、私の部下になってもらいます」

 普通なら、あり得ない言葉だった。

 SPМは隊ごとに役割があり、それぞれの隊長が権限を持っている。

 特殊隊隊長である桜井が、他隊の隊長や副隊長に対して「部下になれ」と言うなど、普通なら即座に反発が起きる。

 凛堂なら笑い飛ばすだろう。

 影山なら規律違反だと指摘するだろう。

 門脇なら理由を問うはずだ。

 世良なら面白半分に茶化すかもしれない。


 だが――誰も反論しなかった。


 むしろ、全員が自然に頷いた。

「はい」

 その声が重なる。

 凛堂も。

 門脇も。

 影山も。

 柿原も。

 世良も。

 安藤も。

 佐々木も。

 誰も疑問を持っていない。

 その異様さを、異様だと認識する者は、この場にいなかった。

 桜井は微笑む。

 その笑みは、以前の弱々しいものとは少し違っていた。

 薄く、冷たい。

「そして、今から私がこの国のリーダーになります」

 静かな宣言だった。

「これからは、私のことを桜井総督府様と呼びなさい」

 間髪入れず、一同が答える。

「はい、桜井総督府様」

 その声には迷いがなかった。

 桜井は満足そうに頷く。

「今まで、強者である我々は、弱者に対して救いと施しをしてきました」

 淡々とした声。

 怒りも、熱狂もない。

 ただ、決定事項を読み上げるような冷たさ。

「しかし、弱者は何の役にも立たない」

 誰も反論しない。

「超人族に覚醒していない旧人類など、この新しい世の中ではゴミ同然です」

 凛堂は頷いていた。

 門脇も静かに聞いていた。

 世良は鏡を見ていない。

 影山は姿勢を正している。

 柿原の目にも、疑念はない。

「従って、これより超人族絶対至上主義を掲げます」

 桜井は、ゆっくりと言葉を続けた。

「超人族ではない者は、これより我々の労働力として扱います」

「保護対象ではありません」

「管理対象です」

「財産です」

「道具です」

 その言葉は、あまりにも残酷だった。

 SPМが掲げていた理念を、根底から壊す言葉だった。

 だが、会議室の誰一人として表情を変えない。

 反発しない。

 怒らない。

 疑問を持たない。

 桜井が最後に問う。

「分かりましたね?」

 一同は、静かに答えた。

「はい、桜井総督府様」

 その瞬間、SPМは内側から崩れ始めた。

 いや、もう崩れていたのかもしれない。

 ただ、それが形になったのが、この会議だった。


 ◇


 ――現在。


 犬飼は、戦術隊隊長室の扉の前まで走っていた。

 廊下には、以前とは違う空気が漂っている。

 誰も彼も、表情が固い。

 いや、固いというより、何かを疑うことを忘れた顔をしている。

 犬飼は荒く息を吐きながら扉を開けた。


「門脇さん、大変なんすよ今――」


 言葉が止まった。

 目の前の光景を見た瞬間、犬飼は呼吸を忘れた。

 門脇誠司は、そこにいた。

 だが、椅子には座っていなかった。

 人に座っていた。

 一人の住民が、四つん這いになっている。

 首には鎖。

 その鎖は机の脚に繋がれていた。

 痩せた背中。

 震える腕。

 泣き腫らした目。

 その背中に、門脇が腰掛けていた。

 いつものような気の抜けた表情で。

 まるで、本当に椅子に座っているかのように。

 下にいる住民が、か細い声で呟いた。

「助けて……」

 犬飼の中で、何かが音を立てて崩れた。

「門脇さん……?」

 声が震える。

「何してるんすか……?」

 門脇は、いつも通りの顔で犬飼を見た。

「どうしたんだ、犬飼」

「そんなに慌てて」

 その声も、態度も、あまりにも自然だった。

 だからこそ、恐ろしかった。

「門脇さんこそ、どうしたんすか!」

 犬飼は叫んだ。

「門脇さんらしくないっすよ!」

「門脇さんが座ってるのは人間っすよ!」

「助ける対象の人たちですよね!?」

 門脇は一度、自分が座っているものを見る。

 そして、あっさりと言った。

「あぁ、元人間だ」

 一拍。

「今は私の椅子だ」

「……っ」

 犬飼は言葉を失った。

 元人間。

 椅子。

 門脇が、そんな言葉を口にした。

 あの門脇が。

 避難民のために日常を戻したいと言っていた人が。

 悠真という男に、人々を救うきっかけを与えた人が。

 何で。

 どうして。

 犬飼には理解できなかった。

 理解したくなかった。

「何でこんなことをするんですか……」

 犬飼の声は、怒りと困惑で震えていた。

「避難民のために、元の日常に戻すって言ってたことは何だったんですか……!」

 門脇は、そこでようやく思い出したように軽く手を打った。

「あぁ……君は会議に出ていなかったから知らなかったんだったな」

 穏やかな声。

「すまない。報告が遅れたよ」

「会議……?」

 犬飼は眉をひそめる。

 自分は、そんな会議に呼ばれていない。

 何も知らされていない。

 門脇は笑う。

「偉大なる桜井総督府様が、新たにこの国のトップになられた」

「そして、超人族絶対至上主義を掲げられたのだ」

「超人族絶対至上主義……?」

「そうだ」

 門脇は、当然のように言う。

「この素晴らしい世界では、我々超人族のみが生きるに値する」

 犬飼は信じられないものを見るように門脇を見る。

「君が言っていた元の日常ではない」

「これからは、超人族のための新しい世界を、桜井総督府様と共に作るのだ」

「……」

 犬飼は、拳を握った。

 桜井。

 やはり、桜井だ。

 あの男が何かをした。

 門脇だけではない。

 隊員たちもおかしかった。

 そして、会議に出ていた者たちが変わった。

 自分だけが知らされていなかった。

 自分だけが会議に呼ばれていなかった。

 だから、自分だけが今こうして違和感を持っている。

「桜井が何かやったんですね……」

 犬飼は低く呟いた。

「あの野郎……」

 次の瞬間、犬飼は走り出していた。

 門脇は止めなかった。

 むしろ、穏やかに見送った。

「犬飼」

 呼び止める声に、犬飼は一瞬だけ振り向く。

 門脇は笑っていた。

「桜井総督府様に、失礼のないように」

 犬飼は何も答えなかった。

 ただ、歯を食いしばって廊下を駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
えらいこっちゃで
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ