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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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79/121

初めての街と攫われた医者(後編)

第79話です。宜しくお願いします。


 翔太は、まだ警戒を解いていなかった。

 当然だった。

 目の前に突然現れた、小さなキツネのような存在。

 しかも、人の言葉を喋っている。

 東京に入るまで、翔太たちは何度もモンスターに遭遇してきた。

 その中には、人間のような仕草をするものもいた。

 だからこそ、反射的に構えてしまうのも無理はない。

「こいつは何なんだ……?」

 翔太が低く言う。

 恭太もすぐ横で身構えたままだ。

 コン太は慌てて両手を上げる。

「オ、オイラは怪しくないコン!」

「怪しくない奴は自分で怪しくないって言わねぇんだよ」

 浮田がすかさず言う。

「ひどいコン!」

 そのやり取りに、翔太と恭太は一瞬だけ困惑した。

 敵意があるようには見えない。

 だが、理解もできない。

 そんな顔だった。

 浮田は、二人に向かって言った。

「こいつはコン太だ」

「コン太……?」

「あぁ。モンスターじゃないし、危なくもない」

 浮田は少しだけ間を置いてから、はっきり続けた。

「俺の仲間だ」

 その言葉を聞いた瞬間、コン太の耳がぴくりと動いた。

 そして、少しだけ目を丸くする。

「浮田……」

「何だよ」

「仲間って言ってくれたコン」

「事実だろ」

 浮田は照れ隠しのように視線を逸らす。

「変なところで感動してんじゃねぇ。今はそれどころじゃない」

「うんだコン!」

「語尾、戻ってんぞ」

「今はいいコン!」

 コン太が胸を張る。

 浮田は少しだけ呆れた顔をしたが、それ以上は言わなかった。

 翔太はまだ疑っている様子だった。

 浮田はそれに気づき、顎でコン太を示す。

「不安なら、お前のスキルで見ればいい」

「……いいのか?」

「こいつについて全部見るのは気持ちいいもんじゃねぇが、今は説明してる時間が惜しい」

 翔太は迷ったようにコン太を見る。

 コン太は一瞬だけ浮田を見上げた。

 浮田が小さく頷く。

「大丈夫だ」

「……分かったコン」

 コン太は少し不安そうにしながらも、その場でじっと立った。

 翔太の目が変わる。

 瞳の黒い部分がすうっと薄くなり、白く透き通っていく。

 それは先ほど自分のスキルを説明した時よりも、さらに水晶のような輝きを帯びていた。

 翔太はコン太を見つめる。


 そして、次の瞬間――表情を変えた。


「……何だ、これ……」

 声が震える。

「こいつ……別の次元の者なのか……?」

 恭太が驚いたように翔太を見る。

「別の次元?」

「情報が……普通じゃない」

 翔太は息を呑む。

「種族、フォック族……称号、時空を越えた来訪者……」

「おい」

 浮田が低く遮った。

 翔太はハッとして口を閉じる。

 浮田は真剣な目で翔太を見る。

「それ以上は言うな」

「……」

「そして、その情報は他に漏らすな」

 翔太は数秒、黙っていた。

 それから、深く頷く。

「分かった」

「俺たちは……姉貴さえ助けてもらえれば、それでいい」

 恭太も必死に頷いた。

「コン太ってやつのことは誰にも言わない」

「約束する」

 翔太が言う。

「水晶玉で見た情報も、口外しない」

「俺たちにとって今一番大事なのは、姉貴を助けることだ」

 その言葉には嘘がないように見えた。

 浮田はしばらく翔太を見てから、小さく頷いた。

「分かった」

「その約束、破るなよ」

「破らない」

 翔太の返事は早かった。

 浮田はコン太へ視線を向ける。

「コン太、お前は少し下がってろ」

「分かったコン」

「あと、勝手に動くな」

「分かったコン」

「本当にだぞ」

「分かったコン!」

「返事だけはいいな」

 コン太は部屋の隅へ移動した。

 だが、目はずっとベッドの涼香へ向けられている。

 苦しそうに眠る女性。

 黒い斑点が体を侵している。

 コン太も、その姿を見てふざける気にはなれなかった。


 ◇


 浮田はベッドの横に立った。

 医者としての顔に戻る。

 拉致された怒り。

 コン太への心配。

 翔太たちへの疑念。

 それらを全て一度脇に置く。

 今、目の前にいるのは患者だ。

 命の危機にある患者。

 それだけで、浮田が動く理由には十分だった。

「名前は今井涼香だったな」

「あぁ」

 翔太が答える。

「年齢は?」

「二十八」

「呪われたのはいつだ?」

「二日前の夕方だ」

「進行が早いな……」

 浮田は涼香の体を確認する。

 黒い斑点は下半身から腹部を越え、胸の下あたりまで広がり始めていた。

 全身に回れば死ぬ。

 翔太の話が本当なら、もうかなり危険な段階だ。

 浮田は深く息を吐く。

「やるぞ」

 その言葉に、翔太と恭太が息を止めた。

「ただし、さっきも言った通り、呪いに対して効く保証はない」

「それでもいい」

 翔太が即答する。

「頼む」

「姉貴を助けてくれ」

 恭太も頭を下げる。

 浮田は二人を見て、短く頷いた。

「手術室」

 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 白い光が床から広がる。

 現実の部屋が塗り替えられていくように、無機質で清潔な空間が展開された。

 ベッドを中心に、白い壁、白い床、手術台のような輪郭。

 外界と切り離されたような、静かな空間。

 これが浮田のスキル。

 手術室。


 その中の一つ――手術空間。


 涼香の体が、白い空間の中に包まれる。

 翔太と恭太は思わず後ずさった。

「これが……」

「手術室……」

 コン太も部屋の隅で目を丸くしていた。

「すごいコン……」

 浮田は涼香の状態を見つめる。

 手術空間が展開された瞬間、変化はすぐに起きた。

 黒い斑点が、わずかに揺らいだ。

 まるで皮膚の下にいた何かが、白い空間に拒絶されているように。

 次の瞬間。

 黒い斑点から、じゅう、と小さな音がした。

 蒸気のようなものが立ち上る。

「……っ」

 翔太が息を呑む。

 恭太も目を見開いた。

 黒い斑点が、少しずつ薄くなっていく。

 ゆっくりと。

 しかし確実に。

 皮膚に染み込んでいた黒が、白い空間の力によって押し出されるように浮かび上がり、蒸気となって消えていく。

 浮田は驚きながらも、目を離さなかった。

「……効いてる」

 自分でも信じられないような声だった。

 手術空間は、外的要因を遮断する。

 それは、感染や汚染、外部からの干渉を弾く性質を持っている。

 だが、それが“呪い”にまで作用するとは、浮田自身も知らなかった。

 黒い斑点は、下半身からゆっくりと消えていく。

 腹部。

 腰。

 太腿。

 足先。

 斑点が消えるたびに、涼香の呼吸が少しずつ安定していった。

 苦しげに寄っていた眉間のしわが緩む。

 浅かった呼吸が、深くなる。

 唇にわずかに血色が戻る。

 浮田は脈を確認した。

「……脈が戻ってきた」

 翔太の目に涙が浮かぶ。

「本当か……?」

「まだ動くな」

 浮田が短く言う。

「完全に消えるまで待つ」

 翔太は口を閉じ、必死に頷いた。

 手術空間の中で、最後の黒い斑点が蒸気となって消えていく。

 しばらくして。

 涼香の肌から、不気味な黒は完全に消えていた。

 顔色はまだ万全ではない。

 体力も落ちている。

 だが、先ほどまでの死に向かっているような気配は消えていた。

 浮田は涼香の瞼、呼吸、脈、体温を確認する。

 そして、ゆっくりと手術空間を解除した。

 白い空間が薄れていく。

 元のゲストハウスの部屋が戻ってくる。

 涼香は、静かに眠っていた。

 苦痛に歪んでいた表情は、穏やかになっている。

「……ふぅ」

 浮田は大きく息を吐いた。

「俺のスキルで呪いまで弾けるとはな……」

 誰に言うでもなく呟く。

「凄いな……俺のスキル……」


 ◇


 翔太が一歩前へ出る。

「もう、大丈夫なのか……?」

 その声は震えていた。

 浮田は涼香を見ながら答える。

「あぁ」

「恐らくもう大丈夫だろう」

「呪いは消えた」

「ただ、体力はかなり落ちてる。しばらくは安静だ」

 その瞬間、恭太の膝が崩れた。

 その場に座り込み、両手で顔を覆う。

「よかった……」

 声が震えている。

「本当に……よかった……」

 翔太も、ベッドの横に膝をついた。

 涼香の手を握る。

「姉貴……」

 涼香は眠ったままだ。

 だが、その呼吸は穏やかだった。

 翔太はその手を握りしめたまま、浮田へ頭を下げる。

「ありがとう……!」

 声が詰まっていた。

「本当に、ありがとう……!」

 恭太も床に座り込んだまま、何度も頭を下げる。

「助けてくれて……ありがとう……」

 浮田は少し居心地悪そうに頭をかく。

「礼を言う前に、まず拉致の件を反省しろ」

「……はい」

 翔太が即答する。

「本当にすみませんでした」

「俺たちは、取り返しのつかないことをするところでした」

 恭太も頭を下げる。

「ごめんなさい」

 浮田はため息を吐く。

「まあ、事情は分かった」

「ただ、次からは普通に頼め」

「助けられるもんなら助ける」

「俺は医者だからな」

 その言葉に、翔太と恭太はまた深く頭を下げた。

 コン太が、部屋の隅からそっと近づいてくる。

「浮田、すごいコン」

「お前はまず、自分の心配をしろ」

「オイラは大丈夫だコン」

「車の屋根に乗ってきたやつが言う台詞じゃねぇ」

「でも落ちなかったコン!」

「そういう問題じゃねぇんだよ」

 浮田は呆れたように言った。

 だが、その声は怒り切れていなかった。

 コン太が無事でよかった。

 それが滲んでいた。

 翔太はコン太を見る。

 まだ完全に理解したわけではない。

 だが、少なくとも敵ではないことは分かったようだった。

「……コン太、だったな」

「そうだコン」

「さっきは構えて悪かった」

「いいコン。モンスターに見えたなら仕方ないコン」

「いや……」

 翔太は少しだけ言葉を詰まらせる。

「お前も、浮田さんを追ってきたんだよな」

「そうだコン」

「すごいな」

 コン太は少しだけ照れたように胸を張る。

「匂いを追うのは得意だコン!」

「なるほど……」

 恭太が小さく呟く。

「俺の透明人間でも、匂いは消せないのか……」

「消せないみたいだコン」

「勉強になった」

「犯罪に活かすなよ」

 浮田が低く言う。

 恭太は慌てて首を振る。

「もうしません!」

「本当だろうな」

「本当です!」

 浮田はもう一度ため息を吐いた。


 ◇


「……さて」

 少し落ち着いたところで、浮田は部屋を見回した。

「俺が連れ去られたってことは、今頃チャン爺がとんでもねぇ顔してるぞ」

 コン太がビクッとした。

「チャン爺、怒ってるコン?」

「怒ってるだろうな」

「やっぱりコン……」

「いや、怒ってるというより心配してる」

 浮田は言う。

「どっちにしろ、早く連絡しないとまずい」

 翔太がすぐに立ち上がる。

「俺たちが送る」

「当たり前だ」

「それと、東京側にも事情を説明する」

「……分かってる」

 翔太は涼香を見る。

「姉貴を助けてもらった以上、逃げるつもりはない」

 浮田はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。

「ならいい」

 恭太も立ち上がる。

「本当に、何でも話します」

「俺たちのスキルのことも、カーストアンデットのことも」

「その辺りは悠真に話せ」

 浮田が言う。

「俺は医者だ。政治や管理はあいつの仕事だ」

「悠真……?」

「この東京を動かしてる男だよ」

 翔太と恭太は顔を見合わせた。

「東京を……」

「動かしてる……」

 浮田は涼香の容体をもう一度確認しながら言う。

「お前らが噂で聞いて来た東京は、あいつが中心になって作った場所だ」

「だから、これからどうするかは悠真と話せ」

 翔太は静かに頷いた。

「分かった」

 その時、涼香がわずかに身じろぎした。

「……ん……」

 翔太がすぐに顔を寄せる。

「姉貴?」

 涼香はまだ目を覚まさない。

 だが、苦しげな声ではなかった。

 ただ眠りの中で、少しだけ体を動かしただけだった。

 翔太は、その小さな反応だけで泣きそうな顔になった。

 浮田はそれを見て、静かに言う。

「しばらく寝かせてやれ」

「あぁ……」

「水分補給は起きてから少しずつだ。無理に飲ませるな」

「分かった」

「あと、今夜は熱がぶり返す可能性もある。目を離すな」

「分かった」

「俺も戻る前に、念のためもう一度確認する」

「ありがとう……」

 翔太は何度も頷いた。

 部屋の空気は、最初とは全く違っていた。

 拉致された医者。

 脅迫するように助けを求めた兄弟。

 突然現れた小さなフォック族。

 異様な状況だった。

 だが、その中心にいた涼香は助かった。

 少なくとも、命の危機からは抜け出した。

 浮田は窓の外を見た。

 日が傾き始めている。

 チャン爺がこちらへ向かっているか、あるいは悠真に連絡しているだろう。

 どちらにせよ、この件はすぐに大きくなる。

「……面倒なことになったな」

 浮田が呟く。

 コン太が首を傾げる。

「でも、涼香は助かったコン」

「まあな」

 浮田は少しだけ笑った。

「そこだけは、悪くない」

 翔太と恭太が、もう一度深く頭を下げる。

「本当に、ありがとうございました」

 浮田は片手をひらひら振った。

「礼はいい」

「患者が助かったなら、それでいい」

 そして、少しだけ声を低くする。

「ただし」

 二人が顔を上げる。

「次に同じことをしたら、俺じゃなくてチャン爺に斬られるぞ」

 翔太と恭太の顔が引きつった。

 コン太は、想像したのか小さく震えた。

「チャン爺は怒らせたら怖いコン……」

「お前も後で説教だな」

「えぇぇ……」

 浮田は呆れたように笑いながら、涼香の容体を見る。

 黒い斑点は、もうどこにもなかった。

 部屋には、静かな呼吸音だけが残っている。

 こうして、浮田の手術室は初めて“呪い”を弾いた。

 そして、翔太と恭太は姉を失わずに済んだ。

 だが同時に、この事件は新たな出会いと問題を東京へ持ち込むことになる。

 神奈川方面のBランクモンスター、カーストアンデット。

 水晶玉と透明人間という新たなスキル。

 そして、東京へ救いを求めてやって来た三兄弟。

 浮田は小さく息を吐いた。

 医者として命を救った安堵と、これから起こる面倒事への予感。

 その二つを抱えたまま、彼は静かに言った。

「さて……まずは、悠真に怒られる準備だな」

 コン太が耳を伏せる。

「オイラも怒られるコン……?」

「確実にな」

「うぅ……」

 それでも、コン太は少しだけ涼香を見た。

 苦しそうだった女性が、今は静かに眠っている。

 その姿を見て、コン太は小さく呟いた。

「でも、来てよかったコン」

 浮田は何も言わなかった。

 ただ、その言葉には反論しなかった。

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