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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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78/118

初めての街と攫われた医者(中編)

第78話です。宜しくお願い致します。


 黒いバンの中で、浮田は静かに呼吸を整えていた。

 頭には袋を被せられている。

 視界は完全に塞がれていた。

 さらに、妙だった。

 音が遠い。

 いや、聞こえないわけではない。

 車の振動は感じる。

 体が左右に揺れる感覚もある。

 だが、外の音がほとんど届いてこない。

 普通なら、エンジン音やタイヤが道路を走る音、周囲の車の気配くらいは聞こえるはずだ。

 それが、妙に薄い。

 まるで自分だけが別の膜の内側に閉じ込められているようだった。

(……何かのスキルか)

 浮田は暴れなかった。

 焦っても意味がない。

 袋を被せられた時点で、相手はこちらの行動をある程度想定している。

 下手に暴れれば、周囲にいるかもしれない人間を傷つける可能性もある。


 それに――相手が浮田を殺すつもりなら、わざわざ拉致する必要はない。


 目的がある。

 金か。

 脅しか。

 人質か。

 それとも、自分のスキルか。

(……俺自身が目的って可能性が一番高いな)

 浮田は、袋の中で静かに目を細めた。

 手足は強く縛られてはいない。

 ただ、左右から押さえられている感覚がある。

 相手は二人。

 少なくとも、浮田が直接感じ取れる範囲ではそうだった。

 だが、さっきの接近の仕方は普通じゃなかった。

 チャン爺がすぐ近くにいた。

 あのチャン爺が、反応に遅れた。

 それだけで、相手が何らかの特殊なスキルを使っていたことはほぼ間違いない。

(チャン爺が気付けねぇなら、音か気配を消すタイプか……)

 浮田はゆっくり息を吐く。

 そして、すぐにコン太のことを考えた。

 コン太は無事か。

 あの場に残ったのか。

 チャン爺が守っているはずだ。

 そう思いたかった。

 だが、あの小さなフォック族は、見た目以上に行動力がある。

 浮田は少しだけ嫌な予感を覚えた。

(……まさか付いてきてねぇだろうな)

 車はしばらく走り続けた。

 浮田の体感で三十分ほど。

 道中、何度か大きく揺れた。

 崩壊後の道路はまだ完全には整備されていない場所も多い。

 おそらく東京の外れ、あるいは東京内でも人通りの少ない区画へ向かっているのだろう。

 やがて、車が止まった。

 スライドドアが開く気配。

 浮田の腕が掴まれる。

「降りろ」

 低い男の声。

 荒いが、どこか追い詰められているような声だった。

「袋被せといて降りろって、随分親切じゃねぇな」

 浮田が皮肉を言うと、男は一瞬黙った。

「……すまない」

 その返答に、浮田は眉を動かした。

 謝った。

 拉致犯が。

(……訳ありか)

 浮田は足元に注意しながら車を降りた。

 地面はコンクリート。

 それから建物の中へ入る。

 空気が変わった。

 少し湿った匂い。

 人がしばらく使っていなかった建物を、急に使い始めたような匂い。

 ゲストハウスか、民泊施設か。

 そんな場所だろう。

 廊下を数歩歩かされる。

 部屋に入る。

 そして、ようやく袋が外された。


 ◇


「……っ」

 視界に光が戻る。

 浮田は一度瞬きをして、周囲を確認した。

 部屋は広くない。

 簡素なベッド。

 小さな棚。

 机。

 カーテンは閉められている。


 そして――ベッドの上に、一人の女性が寝ていた。


 苦しそうに息をしている。

 額には汗。

 顔色は悪い。

 唇は乾き、呼吸は浅い。

 さらに、掛け布団の隙間から見えた足元には、黒い斑点のような模様が広がっていた。

 ただの発疹ではない。

 皮膚そのものが内側から侵食されているような、不気味な黒。

 それが下半身から腹部へ向かって、じわじわと伸びている。

 浮田の顔が変わった。

 拉致された怒りより先に、医者としての目が働く。

「……何だ、これは」

 浮田は低く呟いた。

 見たことがない症状だった。

 熱。

 衰弱。

 皮膚症状。

 だが、感染症とも違う。

 毒とも違う。

 もっと異質なもの。

 スキルか、モンスター由来か。

 そう考えた瞬間、覆面の男の一人が口を開いた。

「手荒い真似をしてすまない……」

 男は覆面を取った。

 二十代半ばほどの青年だった。

 目の下には濃い隈がある。

 疲労と焦りが顔に張りついていた。

「俺たちの姉貴を治してくれ」

 声が震えている。

「あんたならできるはずだ……!」

 もう一人の男も覆面を外した。

 こちらは少し若く見える。

 同じように疲れ切った顔をしていたが、目だけは強く浮田を見ていた。

 浮田は二人を睨むように見る。

「……何故、俺が治せると思うんだ?」

 青年が答える。

「あんた、手術室ってスキル持ってるんだろう?」

 その言葉に、浮田の目が鋭くなった。

「何でそのことを知っている」

「……」

 男は言葉に詰まる。

 浮田は、苛立ちを隠さず続けた。

「拉致までしておいて、黙るつもりか?」

「……違う」

 男は首を振る。

「話す。全部話す」

 浮田は一度、ベッドの女性を見る。

 時間はあまりない。

 この黒い斑点がどこまで進んでいるかは分からないが、明らかに危険な状態だ。

 感情だけで怒鳴っている場合ではない。

「まあ、いい」

 浮田は低く言った。

「事情があるんだろう」

「全部話せ」

 青年は大きく息を吸った。

「俺の名前は今井翔太」

 そう名乗った男は、隣の若い男を示す。

「こっちは弟の今井恭太」

「で、ベッドにいるのが……」

 翔太は、一瞬だけ言葉を詰まらせる。

「俺たちの姉貴、今井涼香だ」

 恭太がベッドの方を見る。

 その表情には、強い焦りと恐怖が浮かんでいた。

「姉貴は……呪われたんだ」

「呪い?」

 浮田が眉をひそめる。

「あぁ」

 翔太は頷いた。


 ◇


「俺たちは元々、神奈川に住んでた」

「ゲートが開いてから、ずっとあちこち逃げ回ってた」

「でも、東京が社会を取り戻し始めてるって噂を聞いたんだ」

「銀行ができたとか、電車が走ったとか、人が普通に暮らしてるとか」

 浮田は黙って聞いていた。

 東京の噂は、もう外にもかなり広がっているらしい。

 それは良いことでもあり、危険なことでもある。

「俺たちは、このまま神奈川で隠れて暮らしてても長くは持たないと思った」

 翔太は続ける。

「だから、姉貴と恭太と三人で、バンに乗って東京へ向かった」

 恭太が小さく付け加える。

「危険なのは分かってた。でも……東京に行けば、普通に暮らせるかもしれないって思ったんだ」

 その言葉には、切実さがあった。

 崩壊した世界で、普通に暮らしたい。

 それは誰もが願うことだ。

「でも、途中で休憩した場所で……事件が起きた」

 翔太の声が低くなる。

「突然、ゲートが開いた」


「そこから出てきたのが、Bランクモンスター――カーストアンデットだ」


 浮田は聞き慣れない名前に眉を寄せた。

「カーストアンデット……」

「あぁ」

 翔太は頷く。

「俺たちは超人族に覚醒してる」

「何度かモンスターとも遭遇したことがあった」

「カーストアンデットも、名前と特徴だけは知ってた」

 恭太が悔しそうに拳を握る。

「触られたら終わりなんだ」

「終わり?」

「あいつに触られると呪われる」

 翔太が説明を引き継ぐ。

「最初は、きつい風邪みたいな症状から始まる」

「高熱、寒気、咳、倦怠感」

「でもそれだけじゃない」

「時間が経つと、体がどんどん衰弱していく」

「下半身から黒い斑点模様が広がって……」

 翔太は涼香を見る。

「全身に行き渡った時、死ぬ」

 部屋の空気が重くなった。

 浮田は涼香の足元から腹部へ広がる黒い斑点を見る。

 まだ全身には届いていない。

 だが、進行は確実に進んでいる。

「車へ戻ろうとした」

 翔太の声が震える。

「俺と恭太は走った。姉貴も走ってた」

「でも……途中で瓦礫に足を取られて、転んだんだ」

 恭太が顔を歪める。

「俺がすぐ戻ればよかった」

「恭太」

「俺がもっと早く……!」

「やめろ」

 翔太が低く言った。

 だが、その声も苦しそうだった。

「カーストアンデットが姉貴に触れた」

「その瞬間、姉貴の顔色が変わった」

「俺は無我夢中で、バンを出した」

 翔太は自分の手を見る。

「そのまま、車でカーストアンデットに突っ込んだ」

「轢いたのか」

「あぁ」

「重傷は負わせたと思う」

「その隙に、恭太が姉貴を抱えて車に乗せた」

 恭太が頷く。

「何とか逃げた」

「でも、姉貴はすぐに熱を出した」

「黒い斑点も出始めた」

「数日しか持たないって分かってた」

 浮田は静かに問う。

「それで東京へ向かったのか」

「あぁ」

 翔太は頷いた。

「東京なら、助けられる人がいるかもしれない」

「そう信じるしかなかった」

 本来、神奈川から東京までなら数時間で着く。

 だが、崩壊後の道はまともではない。

 道路は瓦礫で塞がれ、橋は落ち、車が放置され、遠回りを余儀なくされる。

 彼らは一日かけて、ようやく東京へ辿り着いた。


 ◇


「ゲストハウスを借りて、姉貴を寝かせた」

 翔太は続ける。

「でも、普通の医者じゃ無理だと思った」

「だから、俺のスキルで探した」

「スキル?」

 浮田が聞き返す。

 翔太は頷く。

「俺のスキルは《水晶玉》」

「対象の情報を確認することができる」

 そう言うと、翔太の目に変化が現れた。

 瞳の黒い部分が薄れ、白く透き通る。

 まるで目そのものが水晶に変わったような、不思議な光を宿した。

「対象の名前、種族、スキル、状態……見ようと思えば、いろんな情報が見える」

「そのスキルで、呪いを治せる可能性がある人を探した」

 浮田は目を細める。

「それで俺を見つけた」

「あぁ」

「手術室というスキル」

「その中の手術空間に、“いかなる外的要因も受けない”と書かれていた」

「外的要因……」

 浮田が呟く。

「俺たちは考えたんだ」

 翔太の声に、必死さが滲む。

「もし呪いが外から受けたものなら、手術空間で弾けるんじゃないかって」

「それしか思いつかなかった」

 浮田は、そこで恭太を見る。

「で、お前のスキルは?」

 恭太は少しだけ気まずそうに目を逸らした。

「俺のスキルは《透明人間》」

「自分か他人を透明化できる」

「透明化している対象は、音も遮断される」

 浮田は小さく舌打ちした。

「なるほどな」

 チャン爺が気付けなかった理由が、それで分かった。

 姿が見えない。

 音も聞こえない。

 それなら、いくらチャン爺でも反応が遅れる可能性はある。

「ただし、一度に透明化できるのは一人だけだ」

 恭太は続ける。

「自分が透明になってる間は、他の人を透明にはできない」

「それでお前が透明になって、俺に近づいたわけか」

「……そうだ」

「袋被せて拉致」

「……本当に、すまない」

 恭太は深く頭を下げた。

 翔太も同じように頭を下げる。

「でも、時間がなかったんだ」

「頼んでも断られるかもしれない」

「場所を説明してる間に姉貴が死ぬかもしれない」

「だから……」

「だから拉致した、か」

 浮田の声は冷たかった。

 二人は何も言い返さない。

 浮田はしばらく黙っていた。

 怒っていないわけではない。

 拉致されたのだ。

 当然だ。

 だが、目の前には患者がいる。

 そして、彼らがただの悪人ではないことも分かった。

 愚かではある。

 焦っていた。

 追い詰められていた。

 それだけだ。

「事情は分かった」

 浮田は静かに言った。

「大変な思いをしたんだな」

 翔太と恭太が顔を上げる。

「だが、そんな拉致までしなくても、助けられるものなら助けるさ」

 浮田は涼香の方へ歩く。

「俺は医者だからな」

 その言葉に、翔太の表情が揺れた。

 恭太も、唇を噛みしめる。

「ただし」

 浮田は涼香の症状を見ながら言った。

「呪いを手術室で弾くなんてことは、今までやったことがねぇ」

「できるかどうかは分からん」

「それでも頼む!」

 翔太が叫ぶように言う。

「姉貴を助けてくれ……!」

 恭太も頭を下げる。

「お願いします……!」

 浮田は何も言わず、涼香の額に手を当てた。

 高熱。

 呼吸は浅い。

 脈も弱い。

 時間は少ない。

 その時だった。


 ◇


 部屋の後ろで、何かが倒れる音がした。

 ガシャン。

 花瓶が床に落ち、割れる。

 三人は一斉に振り向いた。

 恭太が身構える。

「誰だ……!?」

 棚の影。

 そこから、もぞもぞと小さな影が出てきた。

「……バレちゃったコン」

 そこにいたのは、元のフォック族の姿に戻ったコン太だった。

 翔太と恭太が目を見開く。

「何だ!?」

「モンスターが喋った?!」

 二人は反射的に構えた。

 だが浮田がすぐに声を上げる。

「待て」

「コン太……?」

 浮田は呆然とコン太を見る。

「お前、そんなとこで何をしているんだ?」

「それに、元の姿に戻ってるぞ……」

 コン太は少し誇らしげに胸を張った。

 だが、すぐに慌てたように言う。

「そうだコン……でも、そんなことしてる場合じゃなかったコン!」

「浮田が連れ去られたのを見て、オイラも車の上に乗って付いていったコン!」

 浮田は一瞬、言葉を失った。

「……お前、すごいな」

 素直な感想だった。

 コン太は鼻をひくひく動かす。

「あの透明の人、匂いがしたコン」

 その言葉に、恭太の表情が変わる。

「匂い……?」

「そうだコン」

「姿も音もなかったけど、知らない匂いが近づいてきたコン」

「だから変だと思ったコン」

 チャン爺が気付けなかった接近。

 だが、コン太は気づいていた。

 音でも、姿でもなく、匂いで。

「浮田に袋を被せた瞬間、オイラも追いかけたコン」

「でも車が速すぎて、中には入れなかったコン」

「だから屋根にしがみついたコン」

「屋根に!?」

 浮田が思わず声を上げる。

「落ちたらどうするつもりだったんだ!」

「必死だったから考えてなかったコン!」

「考えろ!」

 浮田の怒鳴り声に、コン太はビクッとした。

 だがすぐに、心配そうに浮田を見る。

「でも、浮田が連れていかれたから……放っておけなかったコン」

「……」

 浮田は言葉を詰まらせた。

 小さなフォック族が、自分を追ってきた。

 危険を承知で、車の上にしがみついて。

 その事実に、胸の奥が少しだけ詰まる。

「……無茶しやがって」

 浮田は小さく呟いた。

 その声は、怒っているようで、どこか優しかった。

今回は前編、中編、後編と少し長めの話になっていますが宜しくお願いします!

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