翡翠球と真実の口(前半)
第72話です。宜しくお願いします。
中央会館の空気は、さっきまでの温かさを少しだけ残していた。
コン太がチャン爺の料理に感動して泣き、美咲や三葉に囲まれ、芹沢に「可愛い可愛い」と撫で回されていた時間。
それは、確かに穏やかだった。
だが――今から話す内容は、そんな軽いものじゃない。
俺は広めの応接室に全員を集めた。
中央には大きなテーブル。
その周囲に、今日の話に関係する面々が座っている。
俺、未来、陸斗、色谷、阿川。
浮田、チャン爺、一葉、二葉、三葉。
ルドルフ、芹沢、美咲。
そして、テーブルの端にちょこんと座っているコン太。
コン太はチャン爺が用意した小さめのクッションの上に座っていた。
まだ少し緊張しているのか、尻尾を自分の体に巻きつけるようにしている。
だが、目の前には追加で出された軽食があり、時々そちらへ視線が吸い寄せられていた。
(……緊張してるのか腹減ってるのか、どっちなんだよ)
少しだけ苦笑しそうになる。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「ある程度、阿川から事情は聞いていると思うが――」
俺は全員を見渡す。
「改めて、俺から順番に話す」
その言葉で、部屋の空気が静かになった。
美咲も、いつもより真面目な顔で座っている。
三葉も口を閉じて、コン太の隣で背筋を伸ばしていた。
◇
「まず今日、俺たちは初めて東京ではない場所で本格的にモンスター討伐をした」
そう切り出す。
「場所は茨城方面だ」
浮田が腕を組みながら軽く頷く。
「門脇たちに頼まれたやつだな」
「あぁ」
俺は頷く。
「そこで分かったことがある」
一拍置く。
「東京と、東京以外では出現するモンスターが違う」
その言葉に、何人かの表情が変わった。
ルドルフがわずかに眉を寄せる。
チャン爺も静かに目を細めた。
「今まで俺たちが主に見てきたモンスターは、Dランクのシルバーウルフ、Cランクのシャドウウルフ、Bランクのジャイアントオーガ、Aランクのスケルトンキングだった」
俺は指折りながら確認するように言う。
「もちろん、他にも細かい個体差はあるかもしれない。ただ、俺たちの周囲で確認していた主なモンスターはその辺りだった」
未来が小さく頷く。
「うん。東京で出たのは、だいたいその系統だったね」
「だが、茨城方面では違った」
俺は続ける。
「Cランクモンスターとして、ヴァンパイアバットという吸血コウモリが出現していた」
「吸血……」
美咲が少しだけ不安そうな顔をする。
俺は頷く。
「あぁ。通常の人間なら、噛みつかれたら五秒で血を吸い尽くされるらしい」
「五秒……」
ルドルフが低く呟く。
「それは、かなり危険ですね」
「実際、現場には血を吸われた遺体もあった」
部屋の空気が少し重くなる。
コン太も、軽食に向けていた視線をこちらへ戻した。
「そして、Bランクモンスターとしてはレッドワイバーンが出た」
「火を吐く翼竜ですね」
陸斗が補足するように言う。
「青い炎を吐いてきました。温度は1500℃以上だと秘書さんが言っていました」
「千五百度……」
浮田が小さく息を吐く。
「普通に災害だな」
「あぁ」
俺は同意する。
「ただ、どちらも今の俺たちなら対処できる相手だった。危険ではあるが、倒せない敵ではない」
「未来がヴァンパイアバットもレッドワイバーンも登録できたのも大きいな」
そう言うと、未来が少しだけ頷いた。
「うん。ヴァンパイアバットは空中戦に使えるし、レッドワイバーンも使い方次第でかなり戦力になると思う」
「……それ、普通にすごいな」
浮田が呆れたように笑う。
「敵が増えれば増えるほど、お前らの戦力も増えるわけか」
「使いこなせれば、だけどね」
未来は少し控えめに言う。
だが、その能力がどれだけ重要かは全員分かっている。
「もっとモンスターにも色んな種類がいてもおかしくないとは思っていたが……」
浮田が腕を組んだまま言う。
「そういう事だったのか」
「地域ごとに出るモンスターが違う。考えてみりゃ、自然界の生き物も場所によって違うしな」
「ただ、問題はそれが“自然発生”なのか、“ゲートの接続先”が違うせいなのかだ」
浮田の言葉に、俺は軽く頷いた。
「そこはまだ分からない」
俺も同じことを考えていた。
東京には東京のモンスター。
茨城には茨城のモンスター。
なら、北海道や九州、沖縄、海外ではどうなるのか。
さらに別種のモンスターが出るのか。
考えれば考えるほど、世界は広がっていく。
そして、危険も増えていく。
◇
「だが、ここからが本題だ」
俺は少しだけ声を落とした。
全員の視線がこちらに集まる。
「俺たちがBランクモンスター、レッドワイバーンを倒した後、さらにゲートが開いた」
美咲が少しだけ身を固くする。
コン太の耳がピクリと動いた。
「最初はまたモンスターが出てくると思った」
俺はコン太を見る。
「でも、そこから出てきたのは――そこにいるコン太だった」
視線が一斉にコン太へ向く。
「コ、コン……」
コン太は少しだけ背筋を伸ばす。
だが、すぐに尻尾を抱きしめるようにして縮こまった。
「コン太は、見ての通り人間ではない」
「フォック族という種族らしい」
「この世界には今でこそ、超人族という種族も出てきた。だが、俺たちの住む星、地球にはフォック族なんて存在しない」
そう言った瞬間、コン太が目を丸くした。
「え、どういう事だコン!?」
勢いよく立ち上がる。
「ここは翡翠球ではないコン!?」
「それに、フォック族はいないってどういう事だコーン!!」
「おいおい……」
俺は思わず苦笑する。
「会った時も話してただろうー!」
「聞いてなかったのか……?」
コン太は耳をぺたんと倒した。
「お、お腹いっぱいになって安心して……頭がぽやっとしてたコン……」
「早いな、安心するの」
浮田が呆れたように言う。
コン太はしゅんとした顔で、俺の腕にしがみついてきた。
「フォック族がいないなんて、寂しいコン……」
「まあ、今ちょうど説明してるところだから、聞いておいてくれ」
「……分かったコン」
コン太は素直に頷いて、再びクッションの上に座った。
本当に素直だ。
素直すぎて、逆に心配になる。
「少しフライングで先に言われたが――」
俺は話を戻す。
「コン太が言うには、コン太が住んでいる星は地球ではなく、翡翠球というらしい」
チャン爺が静かに反応する。
「翡翠球……ですか」
「あぁ」
「そして翡翠球には、人族――つまり俺たちのような人間も住んでいるらしい」
ルドルフが少し驚いたように言う。
「人間が、別の星に……?」
「そういう話になる」
俺は頷く。
コン太が小さく手を上げた。
「人族はいるコン」
「日の本にもたくさん住んでるコン」
「市場もあるし、道具屋もあるし、ご飯屋さんもあるコン」
「人族がいろんなものを作ってくれるから、フォック族もお世話になってるコン」
その言葉に、ルドルフが少し考え込む。
「文化や文明が存在している……それも、人間に近い種族が中心となっている世界」
浮田が眉をひそめる。
「ますます妙な話になってきたな」
「あぁ」
俺も同じ気持ちだった。
ただの異世界。
そう言ってしまえば簡単だ。
だが、そこに“人間”がいるという事実が引っかかる。
◇
「そして、コン太の世界にもある日突然ゲートが開いた」
俺は言う。
「そこからモンスターが出現したらしい」
コン太が小さく頷く。
「怖かったコン……」
「空が割れて、変な穴がいっぱい開いて……そこからモンスターが出てきたコン」
「フォック族も、人族も、みんな逃げたコン」
声が、少し震えている。
「日の本の町も、めちゃくちゃになったコン……」
美咲が不安そうにコン太を見る。
三葉も、そっとコン太の背中に手を添えた。
「そして、コン太は仲間たちと逃げている最中に、ゲートが開いてモンスターに襲われそうになった」
俺は言葉を選びながら続ける。
「その時――仲間に押されたらしい」
部屋の空気が、一気に変わった。
コン太の尻尾が、少しだけ震える。
「助けるためじゃない」
俺ははっきり言う。
「モンスターの囮にするためだった」
「……っ」
美咲が息を呑む。
芹沢も、さっきまでの甘い表情を消していた。
「ひど……」
ぽつりと呟く。
「ただ、その押された先が偶然ゲートだった」
「そのままゲートを通じて、俺たちの世界に来た」
沈黙。
コン太は俯いていた。
思い出してしまったのだろう。
小さな手が、自分の服をぎゅっと握っている。
「……」
俺は少しだけ胸が痛んだ。
話さなければならないことだった。
でも、もう少し配慮すべきだったかもしれない。
その時だった。
「コン太さん」
静かな声がした。
ルドルフだった。
ルドルフはゆっくりとコン太の方へ向き直る。
「私も、仲間に裏切られて死にかけたことがあります」
その言葉に、部屋の空気がまた少し変わった。
ルドルフ・ベニーニ。
イタリア出身。
俺たちが出会った時、腹を刺されて倒れていた男。
あの時、彼は何人かの生き残りと行動していた。
だが、モンスターに追われる中で、仲間に腹を刺されて囮にされた。
俺たちが助けなければ、あそこで死んでいた。
その過去を知っているからこそ、ルドルフの言葉には重みがあった。
「だから、少しだけ気持ちが分かります」
ルドルフは穏やかに続ける。
「信じていた相手に押し出される恐怖」
「自分の命を、誰かの逃げ道にされる痛み」
「それは、簡単に消えるものではありません」
コン太は顔を上げた。
不安そうな目で、ルドルフを見る。
「でも」
ルドルフは、少しだけ柔らかく笑った。
「私は今、本当の仲間に巡り合えて幸せです」
「ここにいる皆さんは、私を利用するために助けたわけではありませんでした」
「傷を癒し、居場所をくれました」
「だから――コン太さん」
一拍置く。
「ここにいる間は、もうそういう思いはしません」
「少なくとも、私はそう信じています」
コン太の目が潤む。
「……ありがとうだコン」
小さく、でもはっきりとそう言った。
美咲がそっとコン太の背中を撫でる。
三葉も「大丈夫ですー」と小さく言う。
俺は、少しだけ目を伏せた。
「すまなかった、コン太」
俺は正直に言う。
「お前の気持ちを、もっと考えて話すべきだったな」
コン太は慌てて首を振った。
「大丈夫だコン!」
「皆に知ってもらえて良かったコン!」
そして、ぐっと小さな拳を握る。
「話を続けるだコン!」
「……分かった」
俺は頷いた。
「続けるぞ」
空気が少しだけ戻る。
とはいえ、さっきまでよりも重さは残っていた。
だが、それでいい。
この話は、軽く扱っていいものじゃない。
◇
「以上のことから、俺は秘書に聞いた」
俺は話を続ける。
「ゲートは別の星と繋がっているのか、と」
全員が再び俺を見る。
「だが、秘書の答えは少し違った」
「秘書によれば、この世界のデータベース上、宇宙に他の人間は存在しないらしい」
浮田が眉をひそめる。
「……宇宙に他の人間はいない?」
「あぁ」
「だが、コン太の話が本当なら、翡翠球には人族がいる」
俺は言葉を選ぶ。
「つまり、単純に“別の星”というより――別の世界線」
「いわゆる、パラレルワールドではないかという説が濃厚らしい」
沈黙。
さすがに、すぐに反応できる話ではない。
チャン爺が静かに口を開いた。
「パラレルワールドですか……」
ゆっくりと目を細める。
「私のような異質な存在が言うのもやぶさかではございますが、なかなか突拍子のない話ですな……」
「本当にな」
浮田が苦笑する。
「医者やってて、平行世界について会議する日が来るとは思わなかったぞ」
ルドルフも静かに頷く。
「ですが、今の状況を考えれば……完全に否定する方が難しいかもしれませんね」
「あぁ」
俺は頷く。
「俺も秘書の言葉を聞いた時は驚いた」
「でも、今のこの世界なら、何が起こってもおかしくない」
ゲートが開き、モンスターが現れ、人間が超人族になった。
俺のように日常生活スキルで東京を作り替えられる者がいる。
チャン爺やメイドたちのような存在が生まれ、警備隊は自我を持ち始めている。
そして今、別世界から来たコン太が目の前にいる。
ここまで来て、“ありえない”なんて言葉はもう使えない。
「だからこそ」
俺は、少しだけ声を強めた。
「この話は、慎重に扱う必要がある」
全員の表情が引き締まる。
ここからが、次の重要な話だ。
◇
「コン太の存在と、ゲートが繋がっている先の情報」
「これをSPМに報告するかどうか、俺は迷った」
そう言った瞬間、浮田が静かに腕を組んだ。
陸斗も、すぐに表情を変える。
「だが、報告しなかった」
俺ははっきりと言った。
「理由は二つある」
「一つ目は、フトゥーロが言っていた第二の厄災」
「内部崩壊」
「それがSPМに関わっていると言われていること」
ルドルフが息を呑む。
「二つ目は、未来の報告だ」
俺は未来を見る。
未来は少しだけ頷いた。
「門脇たちは、俺たちがヴァンパイアバットと戦っている時、近くでこちらを観察していた可能性がある」
ざわり、と空気が揺れた。
芹沢が目を細める。
「それなのに、後から“今来た”って顔をしたわけねぇ♡」
「あぁ」
俺は頷く。
「門脇個人を完全に疑っているわけじゃない」
「だが、今のSPМを信用するには、材料が足りない」
「コン太を渡すわけにはいかない」
美咲が即座に言った。
「コン太ちゃん、守る!」
その真っ直ぐな声に、コン太がまた目を潤ませる。
「美咲……ありがとうだコン……」
芹沢も頷いた。
「コンちゃんを変なことに使われたら嫌だしねぇ♡」
浮田が真面目な顔で言う。
「俺も、その判断でいいと思う」
「今の状況で、正体不明の組織に渡すには危険すぎる」
ルドルフも静かに同意する。
「情報の価値が高すぎます」
「だからこそ、扱う側に信用が必要です」
「今のSPМには、それを預けるだけの信用がない……ということですね」
「あぁ」
俺は頷いた。
そして、コン太を見る。
「だからコン太」
「すまないが、しばらくは決まった場所から出ないでくれ」
「今、外に出ると住民がモンスターが出たと騒ぐ可能性がある」
「それに、住民に知られたら噂になる」
「噂がSPМまで届くのは早い」
コン太は真剣な顔で聞いていた。
「何とか対策を考えるまで、待ってくれ」
コン太は大きく頷く。
「分かっただコン!」
そして、すぐに少し不安そうに聞いてきた。
「でも……ご飯は食べられるコン?」
「それは食べられる」
「なら大丈夫だコン!」
「切り替え早いな」
浮田が呆れたように言う。
少しだけ笑いが起きる。
重い話が続いていたから、その一言で少しだけ救われた。
◇
「チャン爺」
俺はチャン爺を見る。
「コン太の面倒を頼む」
チャン爺は静かに一礼した。
「承知いたしました」
「食事、寝床、衣服、すべて整えておきます」
「さすがだな」
「お任せくださいませ」
三葉が手を上げる。
「三葉も遊ぶですー!」
二葉がすかさず言う。
「三葉、遊びすぎないようにね」
「分かってるですー!」
「本当に分かってるか?」
一葉が穏やかに微笑む。
「コン太様が疲れない程度にいたしましょう」
「コン太、いっぱい遊ぶコン!」
「お前も乗るのかよ」
また少しだけ笑いが広がる。
だが――まだ終わりじゃない。
俺はルドルフの方を見た。
「ルドルフ」
「はい」
「今からコン太に、“真実の口”を使ってくれないか」
その瞬間、場の空気が再び変わった。
少し前に10万PV達成致しました。
本当にありがとうございます。
こんなに多くの人に見られているのだと思うと、益々頑張らねばと思います。
これからも宜しくお願い致します。




