未来の告白
第70話です。宜しくお願い致します。
ミニバンの車内は、静かだった。
エンジン音だけが、やけに大きく聞こえる。
行きの時は、まだ少しだけ浮ついた空気があった。
久し振りに外へ出ること。
東京以外で初めてモンスターと戦うこと。
不謹慎かもしれないが、どこか遠征みたいな空気さえあった。
だが、今は違う。
誰も、すぐには口を開かなかった。
運転席の俺は、ハンドルを握りながら、ただ前を見ていた。
外の景色は荒れている。
崩れた建物。
割れた道路。
放置された車。
そして、人の気配がほとんどない街。
東京の中にいる時は、忘れそうになる。
いや、忘れてはいない。
でも、少しだけ感覚が鈍っていたのかもしれない。
俺たちの東京は、もうかなり整っている。
人が働き、金が回り、店が開き、学校があり、警察がいて、銀行があり、第一次産業も第二次産業も動き始めている。
だが、その外は――まだ、こんなにも壊れている。
今日だけでも色々あった。
ヴァンパイアバット。
レッドワイバーン。
茨城周辺に出る、東京では見なかったモンスターたち。
地方によってモンスターの種類が違うという事実。
そして――コン太。
フォック族。
翡翠球。
パラレルワールド。
ゲートの先が、別の平行世界へ繋がっている可能性。
情報量が、多すぎた。
(……整理が追いつかないな)
俺は小さく息を吐いた。
隣の助手席では、陸斗が黙って窓の外を見ている。
いつもなら冷静に情報を整理して何か言いそうなものだが、今は口数が少ない。
まあ、無理もない。
十四歳の中学生が背負うには、今日の出来事は重すぎる。
後部座席では、色谷がシートに深くもたれていた。
「……いや、マジで今日は濃すぎるな」
ぽつりと、色谷が呟く。
その声には疲れが滲んでいた。
「Cランクの吸血コウモリ倒して、Bランクのワイバーン倒して、最後に異世界のキツネだろ?」
「言葉にすると余計に意味分からないな」
俺が言うと、色谷は乾いた笑いを漏らした。
「だろ? 俺、今日だけで一ヶ月分くらい驚いた気がする」
「俺もだよ」
正直、本当にそうだった。
戦闘の疲れだけじゃない。
情報の疲れ。
精神的な疲れ。
それがじわじわと体に溜まっている。
阿川が先にコン太を連れて帰ったから、車内は俺、陸斗、未来、色谷だけだ。
派遣していたアル、ソックス、セイコは解除してある。
さっきまでの騒がしさが消えたぶん、余計に静かに感じた。
未来も、ずっと黙っている。
窓の外を見ているようで、実際には何かを考えているようにも見えた。
俺はバックミラー越しにちらっと未来を見る。
今日の未来は、少しだけ変だった。
ヴァンパイアバットを登録した時も、いつもより反応が控えめだった。
レッドワイバーンの時も、戦闘中は普通に動いていたが、どこか心ここにあらずというか、引っかかりを抱えているように見えた。
そして、一度言いかけた言葉。
『実はこの周辺に――』
あの続き。
俺も、ずっと気になっていた。
だが、無理に聞くべきか迷っていた時だった。
「……悠真」
未来が、静かに俺の名前を呼んだ。
「ん?」
俺は前を見たまま返事をする。
ハンドルを握る手に、少しだけ力が入った。
「話したいことがあるの……」
その声は、いつもの未来よりも少し重かった。
陸斗が、横で未来の方を見る。
色谷も、シートにもたれていた体を少し起こした。
「どうしたんだ?」
俺は速度を少し落としながら聞く。
頭の中ではすぐに、さっきの言いかけた言葉が浮かんでいた。
「一度、言いかけたことか?」
未来は小さく頷いた。
「うん」
短い返事。
それだけで、車内の空気が変わる。
冗談を言う雰囲気じゃない。
未来は少しだけ視線を落としてから、ゆっくり話し始めた。
「実は、私……ヴァンパイアバットの戦闘中、カラスを使って空から索敵してたの」
「カラス?」
「うん。動植物図鑑で出したカラス。上空から他の敵が来ないか確認してた」
「あぁ……」
それ自体は、驚くことじゃない。
未来は毎回、戦闘中にただ召喚するだけじゃなく、周囲の状況も見ている。
戦いに集中しているようで、かなり広い範囲を把握している。
そういう意味では、未来はうちの索敵役としてかなり優秀だ。
「それは、いつもやってることだよな」
「うん。それ自体は、なんてことないの」
未来はそこで一度言葉を切った。
そして、少しだけ言いづらそうに続ける。
「でも……その時、その場所にSPМの門脇さんたちもいたの」
「……」
一瞬、意味が理解できなかった。
門脇たち?
その場所に?
「どういうことだ……?」
俺の声は、思ったより低くなった。
未来は、はっきりと答える。
「明らかに、私たちを観察していたように見えた」
車内が静まり返る。
陸斗の表情が変わった。
色谷も、眉をひそめる。
俺は、ハンドルを握ったまま言葉を失った。
門脇たちは、あの時言った。
『今来たところなんだ』
確かにそう言った。
遅れてきた。
今来た。
そういう態度だった。
だが――実際は違った?
先に来ていた。
こちらを見ていた。
なのに、今来たように振る舞った。
「私が言おうとした時に、門脇さんたちが来たから……」
未来は続ける。
「見ていたことを言うのかなって思ったの」
「でも、門脇さんは“今来た”みたいに言ったから……ちょっと、おかしいなと思って」
「……」
「その後すぐに言おうと思ったんだけど、次の戦闘に集中しないといけなかったし……」
未来は少しだけ声を落とす。
「コン太も来て、色々ありすぎて……報告が今になったの」
その言葉を聞いて、俺は小さく息を吐いた。
責める気は、まったくなかった。
むしろ、よく見ていたと思う。
でも――胸の奥が、冷たくなる。
(やっぱり……違和感はあったんだ)
門脇の言葉。
態度。
視線。
どこかよそよそしい感じ。
完全に嘘をついているようには見えなかった。
だが、何かを隠しているようにも見えた。
その感覚が、今、未来の報告によって形を持ってしまった。
「……門脇さんたちが、最初から見ていた」
陸斗が確認するように呟く。
「それで、後から合流したように振る舞った……ということですか」
「うん」
未来が頷く。
色谷が頭をかく。
「いや、それ普通に不味くないか?」
「あぁ」
俺は短く答える。
まずい。
かなり、まずい。
門脇たちとは、馬が合うと思っていた。
少なくとも、スケルトンキングの時に共闘したあいつらは、信用できる相手だと思っていた。
東京に来た時も、門脇は本気で俺たちの街を見て感動していたように見えた。
あれが全部演技だったとは思えない。
思いたくもない。
だが――
(半年の間に、何かあったのか?)
スケルトンキング戦から今まで。
門脇たちと会っていなかった半年。
その間に、SPМ内部で何かが変わったのか。
それとも、元々何かがあったのか。
そして、どうしても頭に浮かぶのは、フトゥーロの言葉だった。
二つ目の厄災。
内部崩壊。
SPМが、内側から崩れる。
そう告げられているからこそ、俺は最初から疑ってしまっているのかもしれない。
もし、フトゥーロの言葉を聞いていなければ、今の話も別の解釈をした可能性はある。
門脇たちは、俺たちの実力を確認したかっただけかもしれない。
SPМの任務として、戦力評価をしていたのかもしれない。
それでも。
それなら、なぜ隠した。
なぜ、“今来た”と装った。
(……本当に、何が起きてるんだ?)
俺は奥歯を噛む。
門脇が悪いのか。
SPМが悪いのか。
それとも、もっと別の誰かが、裏で動いているのか。
まだ分からない。
分からないからこそ、下手に決めつけることもできない。
俺は少しだけ息を整えてから、未来に言った。
「未来」
「……うん」
「報告ありがとう」
未来が、少しだけ顔を上げる。
「索敵していたのも流石だ」
「……怒らないの?」
「怒る理由がないだろ」
俺は軽く笑う。
「むしろ、よく気づいてくれた」
その言葉を聞いた瞬間、未来の表情が少しだけ緩んだ。
肩の力が抜けたように見える。
ずっとこのことを抱え込んでいたんだろう。
門脇たちを疑うような話だ。
言いづらかったに決まっている。
「……言った方がいいのは分かってたんだけど」
未来は小さく言う。
「門脇さんたちが悪い人だとは思いたくなくて」
「分かる」
俺は頷いた。
「俺も同じだ」
少なくとも、門脇個人にはまだ信頼したい気持ちがある。
だからこそ厄介だ。
完全な敵なら、もっと楽だった。
「ちょっと待ってくれ……」
そこで、色谷が声を上げた。
その表情は、かなり真剣だった。
「なら、コン太の事もバレてるんじゃないのか?」
「……っ」
俺は、思わずブレーキを踏みそうになった。
いや、実際に少し速度が落ちた。
その可能性に、すぐ気づけなかった自分が嫌になる。
「確かに……」
陸斗も表情を険しくする。
「レッドワイバーン戦も監視されていたなら、コン太さんのことも見られている可能性があります」
「それはマズい」
俺の声が、少し焦る。
コン太の存在がSPМに知られる。
それはかなり危険だ。
ただの喋るキツネじゃない。
異世界、いや平行世界から来た存在。
ゲートの先に別世界がある証拠。
フォック族。
翡翠球。
他世界の崩壊。
その情報は、今のSPМに渡していいものじゃない。
敵か味方か以前の問題だ。
コン太自身も、まだ何も分かっていない。
なのにSPМに存在を知られれば、何をされるか分からない。
今のSPМは、本当に何をするか分からない。
俺は、そう思ってしまっている。
だが――
「それに関しては、バレてないと思う」
未来が、はっきり言った。
俺はすぐに未来を見る。
「本当か?」
「うん」
未来は頷く。
「レッドワイバーンとの戦闘中も、索敵してた。でも、周りには誰もいなかった」
「少なくとも、あの場面を見ていた人はいないと思う」
「……」
俺は深く息を吐いた。
「危なかった……」
本当に、危なかった。
もし見られていたら、話はかなりややこしくなっていた。
「未来、助かった」
「うん」
未来は小さく頷く。
車内に、少しだけ安堵が広がる。
だが、完全に安心できたわけではない。
むしろ、SPМへの疑念はより強くなった。
観察していた。
隠した。
そして、コン太の件はまだ知られていない。
なら、今後どうするか。
もっと慎重に動く必要がある。
「……とにかく」
俺はゆっくりと言った。
「SPМには、まだコン太のことは言わない」
誰も反対しなかった。
陸斗が静かに頷く。
「その方がいいと思います」
色谷も頷いた。
「俺も同意だな。今の話聞いた後だと、余計に見せたくない」
未来も、何も言わず頷いた。
「よし」
俺は前を見る。
遠くに、東京の壁が見え始めていた。
大きな門。
整えられた防壁。
外の荒廃した景色の中で、そこだけが異様なほど整っている。
(……帰ってきたな)
その瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
東京に戻ってきた。
守られている場所。
俺たちが作った場所。
そして今、そこにはコン太がいる。
この世界ではない場所から来た、小さな来訪者が。
俺はアクセルを緩め、門へと近づいていった。
70話まで来ましたね。
皆様のお陰で何とかモチベーションを保てながら続ける事が出来ています。
本当にありがとうございます。




