兆しと炎竜、そして歪むゲート
第68話です。宜しくお願い致します。
ヴァンパイアバットの群れを全て撃ち落とした後、辺りには静けさが戻っていた。
さっきまで空を埋め尽くしていた異形の影は消え、残っているのは黒い塵のように崩れていく残骸だけだ。
「……終わった、な」
思わずそう呟くと、隣で陸斗が軽く息を吐いた。
「思ってたより数は多かったですけど……問題なかったですね」
「あぁ。Cランクならもう脅威にはならないな」
実際、戦ってみて分かった。
確かに危険なモンスターではある。吸血なんてまともに食らえば即アウトだろう。
だが――今の俺たちにとっては、“対処できる相手”だ。
未来も、少しだけ満足そうに頷いている。
「……登録、できた」
小さくそう呟いて、いつものようにどこか嬉しそうな表情を見せる――はずだったが。
「……?」
ほんの一瞬だけ、違和感を覚えた。
いつもより、反応が静かだ。
いや、疲れているだけか?
ここまで連戦だし、無理もない。
そう考えて、俺は特に深く気にすることはなかった。
その時だった。
「……悠真」
未来が、少しだけ声を落として話しかけてくる。
「ん?」
「実はこの周辺に――」
そこで、未来の言葉が止まった。
ピタリ、と。
何かを言いかけて――やめたような、不自然な間。
俺が首を傾げた、その瞬間だった。
「すまない、遅れたな」
後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
振り返ると、そこには門脇と、その後ろに控える戦術隊の面々。そして副隊長の犬飼の姿があった。
「門脇……」
ちょうどいいタイミングだな、と思った。
いや、偶然だろうけど。
「すまない、もうヴァンパイアバットを倒してくれていたのか……」
門脇は周囲を見渡しながら、少しだけ申し訳なさそうに言う。
「今来たところなんだ、遅れてきてすまない」
その言葉に、犬飼が軽く笑う。
「流石っすね!やっぱり強ぇなぁ」
「あぁ、大丈夫だ」
俺は軽く手を振った。
「それにしても、ヴァンパイアバットなんて東京では見れないから驚いたよ」
「地方ごとに出現するモンスターが変わってくるからな……」
門脇は頷きながら続ける。
「それと、そっちもだと思うが、フトゥーロが現れて試練と称してBランクやAランクが出現してから、他の地方でも今まで出現していなかったランクのモンスターが出るようになったんだ」
「……やっぱりか」
俺は小さく息を吐いた。
東京でも、確かに変化はあった。
ゲートの出現自体は減ったが、代わりにジャイアントオーガやスケルトンキングが“たまに”現れるようになっている。
だが、対処法は分かっている。
だからこそ、そこまで脅威にはなっていない。
「次はこちらのBランクモンスターの目撃情報がある場所に向かってもらいたいが、大丈夫か?」
「あぁ……今の戦力なら問題ないだろう」
門脇は安心したように頷いた。
「本当に助かる」
「では、私たちは別の場所で討伐を進める。後でこの場所で合流しよう」
「分かった」
そう言って、門脇たちはすぐにその場を離れていった。
戦術隊の動きは相変わらず無駄がない。
統率も取れているし、やはり組織としての完成度は高い。
……それにしても。
「――で」
俺は車に乗り込んだ後、ふと思い出したように未来を見る。
「さっき何言おうとしてたんだ?」
「……え?」
「“この周辺に〜”って言いかけてただろ」
未来は一瞬だけ視線を外した。
窓の外を見るようにして、ほんの少しだけ間を置く。
それから――
「……ううん、なんでもない」
あっさりとそう言った。
「そうか?」
「うん」
短い返事。
それ以上、何も言わない。
……まあいいか。
言いたくないこともあるだろう。
俺はそれ以上追及することなく、アクセルを踏んだ。
ミニバンはゆっくりと走り出し、次の目的地へ向かう。
車内は、いつもの空気に戻っていた。
「それにしてもさぁ!」
後部座席で色谷が笑いながら言う。
「まさかコウモリがあんなサイズになってるとは思わなかったっすよ!」
「確かに、普通の感覚だと笑えないサイズだな」
「しかも血吸うとかヤバすぎでしょ!」
「人間なら5秒でアウトって話だったしな……」
そんな会話をしながら、車は進んでいく。
陸斗は前を見ながら静かに言う。
「でも、戦力的には余裕でしたね」
「油断はするなよ」
「はい、分かってます」
未来は――
特に何も言わなかった。
窓の外をぼんやりと見ている。
だが、疲れているだけだろう。
そう思って、俺は特に気にしなかった。
やがて車は、目的地へと近づいていく。
遠くの空に、何かが見えた。
「……あれか?」
思わず呟く。
赤い影。
空を旋回する、翼を持つ何か。
近づくにつれて、その全貌が見えてきた。
コウモリなんて比じゃない。
明らかに“竜”に近い存在。
「……デカいな……」
思わず本音が漏れる。
小型と聞いていたが、それでも十分すぎる大きさだ。
翼を広げれば車なんて軽く覆えるレベル。
空を飛び回りながら、鋭い鳴き声を上げている。
「秘書、あれは何だ?」
俺は即座に確認する。
『あれはBランクモンスター、レッドワイバーンです』
「ワイバーン……やっぱりか」
『茨城周辺で目撃されるモンスターで、鋭い爪と高い機動力を持ちます』
『さらに、1500℃以上の高温の青い炎を広範囲に吐き出します』
「1500℃って……普通に災害レベルだな」
『はい、人間が直撃すれば即死です』
「成る程な……」
俺はゆっくりと車を止めた。
ドアを開けて外に出ると、熱気のようなものを感じる。
まだ距離はあるはずなのに、空気が少しだけ歪んでいるような感覚。
あれが炎の影響か。
「さて……」
軽く息を吐く。
「行くか」
俺は手をかざした。
「派遣」
空間が歪む。
次の瞬間――
「ヒャッハァァ!!また呼ばれたァ!!」
アルがいつものテンションで現れる。
「……状況、確認しました」
ソックスが静かに周囲を見渡す。
「オーホッホ! 本日はどなたを殴ればよろしいのかしら?」
セイコがステッキをくるくる回しながら優雅に登場した。
「上だ」
俺は空を指さす。
赤い影が、こちらに気づいたように旋回してくる。
「アレかァ!!」
アルがニヤリと笑う。
「燃えてるやつっすね……」
色谷が少しだけ引き気味に呟く。
「大丈夫だ、問題ない」
俺は短く言った。
「Bランクだが――」
全員を見る。
「俺たちなら勝てる」
その言葉に、誰も迷わなかった。
未来も、小さく頷いた。
「……うん」
その声は、いつも通りだった。
戦闘態勢に入る。
レッドワイバーンが急降下してくる。
空気を裂く音。
巨大な影が、一気に距離を詰めてくる。
「来るぞ!」
俺が叫んだ瞬間――
戦いが、始まった。
バサァァァァァッ!!
巨大な翼が風を巻き起こし、地面の砂が一気に舞い上がった。
そのまま――
口が開く。
内部に、青い光が集まる。
「来るぞ!!」
次の瞬間。
ゴォォォォォォォォォ!!!!
青い炎が、広範囲に吐き出された。
一直線じゃない。
扇状。
逃げ場を潰すように広がる炎。
「陸斗!!」
「はい!!」
即座に前に出る。
「バリア!!」
透明な壁が展開された。
ドォォォォォン!!
炎が叩きつけられる。
爆音。
熱風。
だが――
「……防いでる!」
色谷が叫ぶ。
炎は確かに強い。
だが、突破はされていない。
「長くは持ちません!」
陸斗が言う。
「攻めましょう!」
「いい!」
俺は即座に指示を飛ばす。
「未来!」
「うん!」
未来が前に出る。
その目が、獲物を狙うそれに変わる。
「動植物図鑑」
空間が歪む。
次の瞬間――
複数のヴァンパイアバットが召喚された。
赤い目。
鋭い牙。
先ほど登録したばかりのモンスター。
「空、取る!」
未来が手を振る。
ヴァンパイアバットたちが一斉に空へ飛び上がる。
ワイバーンへ突撃。
バサバサバサバサ!!
翼に食らいつく。
顔面へ突っ込む。
視界を遮る。
「ギャァァァァァ!!」
ワイバーンが叫ぶ。
動きが乱れた。
高度が落ちる。
「そこだ!!」
色谷が走る。
「――ボウリング場!!」
地面に光のラインが走る。
だが今回は――
崩れた地形を利用し、斜めに展開。
ワイバーンが低空に落ちた瞬間を狙う。
「捕まえた!!」
片翼がレーンに触れた瞬間。
動きが一瞬止まる。
完全固定じゃない。
だが、“隙”は生まれた。
「ぶっ飛べぇぇぇ!!」
巨大なボールを投げる。
ドゴォォォォン!!!
ワイバーンの胴体に直撃。
巨体が横に吹き飛んだ。
「いいぞ!!」
俺が叫ぶ。
その瞬間――
「ヒャッハァァァ!!」
アルが突っ込む。
銃を乱射。
ドドドドドドド!!
鱗に弾が当たり、火花が散る。
「硬ぇなァ!!でも削れる!!」
弾幕で押し込む。
その隙に――
「……撃ち抜きます」
ソックスが静かに構える。
呼吸を止める。
そして――
パンッ。
一発。
翼の付け根。
正確に撃ち抜く。
ズガァン!!
関節が破壊される。
翼が崩れる。
「落ちるぞ!」
ワイバーンがバランスを崩し、地面へ叩きつけられる。
ズドォォォン!!!
地面が揺れる。
「今だ!」
俺が叫ぶ。
「未来、地上固定!」
「うん!」
未来が手をかざす。
「シャドウウルフ!!」
地面から影が伸びる。
そこから複数の狼が飛び出す。
ワイバーンへ一斉に飛びかかる。
ガブッ!!
脚に噛みつく。
翼に食らいつく。
体を押さえ込む。
「抑えた!」
未来が叫ぶ。
その瞬間――
「オーホッホ!」
セイコが跳んだ。
ドンッ!!
地面が爆ぜる。
そのまま空中へ。
ワイバーンの頭上に回り込み――
ステッキを振りかぶる。
「覚悟なさい!!」
ゴッッッッ!!!!!!
頭部に直撃。
衝撃で顔面がめり込む。
そのまま地面に叩きつけられる。
「えぐ……」
色谷が引く。
だが止まらない。
ワイバーンが口を開く。
炎が溜まる。
「まだ来るぞ!!」
だが――
「光線」
陸斗の声。
十本。
すべて一点集中。
ズガァァァァァン!!!
口の中に直撃。
内部から爆発。
炎が逆流する。
ドォォォォォン!!!
頭部が吹き飛ぶ。
胴体が痙攣する。
だが――
まだ動く。
「しぶといな……!」
俺が呟く。
「なら――もう一押しだ!!」
「任せろ!!」
色谷が再び構える。
未来が頷く。
「空も使う!」
ヴァンパイアバットを再展開。
空中から襲いかかる。
シャドウウルフが地上で押さえる。
上下から完全拘束。
「これで――終わりだ!!」
色谷のボールが再び飛ぶ。
ドゴォォォォォン!!!
同時に――
陸斗の光線。
アルの弾幕。
ソックスの精密射撃。
セイコの一撃。
すべてが重なる。
ズガァァァァァン!!!
爆発。
粉砕。
完全破壊。
――静寂。
ワイバーンは、動かなかった。
再生もない。
完全に沈黙している。
「……終わったな」
俺は息を吐く。
「Bランクもこのレベルか……」
確かに強い。
だが、今の連携なら問題ない。
「……登録、完了」
未来が小さく言う。
今回はちゃんといつもの調子に戻っていた。
「よし」
俺は周囲を見渡す。
問題なし。
戦闘終了――
そう思った、その時だった。
バキッ――
空が、割れた。
「……っ」
全員が空を見る。
黒い亀裂。
歪む空間。
ゲート。
「またかよ……」
色谷が呟く。
アルは笑う。
「いいじゃねぇか!!まだやれる!!」
ソックスは構える。
「……対応可能です」
陸斗も前を見る。
「来るなら、倒します」
未来も隣に立つ。
「……うん」
俺は一歩前に出る。
拳を握る。
「……行くぞ」
ゲートの奥で、何かが動いた。
影が揺れる。
次の脅威が、すぐそこまで来ていた。
――まだ終わらない。
俺たちは、構えた。
次の戦いへ向けて。




