外の脅威と新たな戦場(後半)
第67話です。宜しくお願い致します。
ヴァンパイアバットの群れが、空を黒く染める。
バサバサバサバサ……!!
無数の羽音が重なり、まるで雨音のように頭上から降ってくる。
だが、雨とは違う。
あれが降ってきたら終わりだ。
鋭い牙で噛みつかれ、たった五秒で血を吸い尽くされる。
普通の人間なら、逃げることすらできないだろう。
だが――
「陸斗!」
「はい!」
陸斗が即座に前に出る。
「バリア」
透明な光の壁が展開された。
次の瞬間、先頭のヴァンパイアバット数体が勢いよく突っ込んでくる。
ガンッ!!
ガンッ!!
ガンッ!!
硬いものがぶつかるような音が連続で響く。
ヴァンパイアバットたちは牙を剥き出しにしたまま、バリア越しにこちらを睨んでいた。
「……近くで見ると、かなり気持ち悪いですね」
陸斗が冷静に言う。
だが、声に怯えはない。
「怖くないのか?」
「怖くないわけじゃありません」
陸斗は前を見たまま答える。
「でも、前よりは落ち着いて見られます」
その言葉に、少しだけ口元が緩んだ。
成長している。
確実に。
「頼もしいな」
「ありがとうございます」
陸斗はほんの少しだけ照れたように返し、それから手をかざした。
「光線」
次の瞬間。
十本の光が、バリアの隙間を縫うように放たれる。
ズガァァァァン!!
空中でヴァンパイアバットが弾け飛ぶ。
肉片と黒い羽が散り、数体がまとめて地面に落ちた。
Cランク。
確かに危険なモンスターだ。
だが、今の陸斗の火力なら、まともに受ければひとたまりもない。
「次、来ます!」
陸斗が叫ぶ。
それに合わせるように、未来が前に出た。
「まず一体、動きを止める!」
未来の周囲に、スキルの気配が広がる。
「動植物図鑑」
彼女の視界が、獲物を捉えるように鋭くなる。
空中を飛ぶ一体。
他より少し大きいヴァンパイアバットに、未来が意識を集中させた。
「シャドウウルフ!」
地面から影が伸び、そこから複数のシャドウウルフが飛び出す。
狼たちは地面を蹴り、崩れた建物の壁を足場にして一気に跳躍した。
「行って!」
シャドウウルフの一体が、空中のヴァンパイアバットへ食らいつく。
ギィィィィ!!
不快な鳴き声。
ヴァンパイアバットは暴れながら牙を剥くが、シャドウウルフがその翼に噛みつき、地面へ引きずり落とした。
「今!」
未来が手をかざす。
倒れたヴァンパイアバットの体が、図鑑のページに吸い込まれるように淡く光った。
そして――
「……登録、できた!」
未来がぱっと表情を明るくする。
戦場のど真ん中で、その顔だけは完全に新しいおもちゃを手に入れた子供みたいだった。
「嬉しそうだな!」
俺が叫ぶと、未来は笑って返す。
「だって、これでこっちも使える!」
次の瞬間。
未来の背後に、黒い影が広がる。
そこから現れたのは――ヴァンパイアバット。
今しがた登録したばかりの新しいモンスター。
赤い目を光らせながら、味方として空へ飛び上がる。
「こっちのヴァンパイアバットで、空中戦する!」
未来が指示を出すと、召喚されたヴァンパイアバットが敵の群れへ突っ込んだ。
空中で黒い影同士がぶつかり合う。
羽音。
牙。
爪。
激しい空中戦が始まる。
「……登録して即実戦投入かよ」
色谷が苦笑する。
「未来らしいな」
俺も思わずそう言った。
だが、効果は大きい。
敵の飛行ルートが乱れる。
群れが一瞬、ばらけた。
「そこだ!!」
色谷が前に出る。
「――ボウリング場!!」
地面に光のラインが走る。
だが今回は、地上のレーンではない。
色谷は地面に展開したレーンを、崩れた道路と建物の角度に合わせて歪ませるように伸ばした。
空中の敵を直接固定することは難しい。
だが、低く飛んでいたヴァンパイアバット数体が、レーンの範囲に巻き込まれる。
「固定だ!!」
空中で体勢を崩したヴァンパイアバットたちが、まるで見えない力に縫い付けられたように動きを止める。
その瞬間。
色谷の手元に、巨大なボウリングボールが現れた。
「飛んでるから当たらないと思うなよ!」
全力投球。
ボールが地面を滑る。
いや、転がるだけじゃない。
光のレーンに沿って、跳ね上がる。
ドゴォォォォン!!
空中で固定されていたヴァンパイアバットの群れに直撃した。
黒い羽が散る。
骨が砕ける。
まとめて数体が吹き飛んだ。
「よし!」
色谷が拳を握る。
だが、まだまだ数は多い。
群れの一部が、こちらを避けるように大きく旋回し、後方へ回り込もうとする。
「後ろから来るぞ!」
俺が叫ぶ。
「……対応します」
ソックスが静かに動いた。
銃を構える。
その目は冷静そのもの。
まるで風の流れまで計算しているかのように、照準を合わせる。
パンッ。
一発。
低く、乾いた音。
空中のヴァンパイアバットが、頭部を撃ち抜かれて落ちる。
続けて二発、三発。
すべて急所。
無駄がない。
「……相変わらず正確だな」
俺が呟くと、アルが笑った。
「ヒャッハァ!!なら俺は派手にいくぜェ!!」
アルが銃を乱射する。
ドドドドドドド!!
弾幕が空を裂く。
ソックスのような精密射撃ではない。
だが、圧倒的な手数。
ヴァンパイアバットの群れが、面で削られていく。
「まとめて落ちろォ!!」
アルの笑い声が、羽音と銃声に混じる。
その勢いに、敵の群れがさらに乱れた。
だが――
その隙を突くように、一体のヴァンパイアバットが急降下する。
狙いは、後方にいる阿川だった。
「チッ……!」
阿川が身を引く。
戦闘は苦手だ。
避ける動きも速くはない。
「まずい!」
俺が叫ぶより早く、セイコが動いた。
「オッホッホ!」
セイコは優雅にステッキを掲げる。
その姿は、完全に魔法を放つ直前の魔法少女だった。
「わたくしにお任せあそばせ!」
ステッキの先端が、ヴァンパイアバットへ向けられる。
一瞬、全員が見た。
何か出るのかと。
光か。
魔法か。
ビームか。
だが――
何も出ない。
「……え?」
未来が呟く。
次の瞬間。
セイコが跳んだ。
地面が爆ぜるほどの踏み込み。
常識外れの速度でヴァンパイアバットへ接近し――
そのステッキを、全力で振り抜いた。
ゴッッッ!!!!!!
鈍い音。
魔法でも何でもない。
ただの物理。
だが、その一撃は尋常じゃなかった。
ヴァンパイアバットの体が、空中で完全に潰れた。
まるでハンマーで叩き潰された虫のように、地面へ叩きつけられる。
「……殴った?」
陸斗が呟く。
「ステッキで、殴りましたね」
ソックスが冷静に補足する。
俺も言葉を失っていた。
「いや……何だそれ」
セイコは着地すると、縦ロールを揺らしながら高笑いした。
「オーッホッホッホ!!」
そして、優雅にステッキを構える。
「わたくしのステッキは、魔法を放つためのものではありませんわ!」
一拍置く。
「淑女の嗜みとして、殴るためのものですの!」
「いや淑女は殴らねぇよ!」
思わずツッコんでしまった。
だが、セイコは気にしない。
次のヴァンパイアバットが迫る。
セイコはステッキをくるりと回し、真横からフルスイング。
ゴッ!!
一撃。
さらに次。
ゴンッ!!
また一撃。
まるで野球でもしているかのように、飛んでくる敵を次々に叩き落としていく。
「……強いな」
色谷が素直に呟く。
「めちゃくちゃだが、強い」
俺も頷くしかなかった。
警備隊C。
セイコ。
見た目はふざけている。
性格もかなり濃い。
だが、戦闘力は本物だった。
「阿川、無事か!」
「あぁ……」
阿川は少し引きつった顔で頷いた。
「助かったけど……何だあいつ」
「俺にも分からん」
正直に答える。
その間にも、戦闘は続いていた。
だが、もう流れはこちらに傾いている。
陸斗がバリアで守り、光線で撃ち落とす。
未来が登録したヴァンパイアバットで空中を制圧し、シャドウウルフで地上に落とす。
色谷が範囲固定からのボウリングでまとめて砕く。
アルが弾幕を張り、ソックスが急所を撃ち抜く。
セイコがステッキで殴り倒す。
俺は後方で全体を見ながら、指示を出す。
「右、三体固まってる!」
「任せろ!」
色谷が動く。
「未来、上空の群れを散らせ!」
「うん!」
「陸斗、阿川の前にバリア!」
「はい!」
陸斗が即座に展開する。
ヴァンパイアバットがバリアに弾かれ、その隙をソックスが撃ち抜く。
連携は悪くない。
いや、かなり良い。
スケルトンキング戦のような絶望感はない。
こちらが明確に上回っている。
Cランク。
数は多い。
能力も厄介。
普通の人間には悪夢みたいな存在だ。
だが、今の俺たちにとっては――
「……対処できるな」
そう言える相手だった。
最後に残った数体が、空高く逃げようとする。
「逃がさない!」
未来が叫ぶ。
登録したヴァンパイアバットが追う。
その逃げ道をアルの弾幕が塞ぎ、ソックスが一体ずつ撃ち抜く。
そして最後の一体。
陸斗が静かに手をかざした。
「光線」
一本の光が一直線に伸びる。
ズガァァン!!
ヴァンパイアバットは空中で弾け、黒い羽がゆっくりと舞い落ちた。
戦場に、静けさが戻る。
羽音が消えた。
不快な鳴き声も消えた。
残っているのは、荒れた土地と、ゲート周辺に漂う黒い残滓だけだった。
「……終わったか」
俺は周囲を確認する。
未来も目を閉じ、索敵する。
「近くに動いてる個体はいないよ」
「よし」
俺は息を吐いた。
圧勝だった。
だが、気分は軽くない。
地面に転がる、血を吸われた遺体。
東京の中では、もうほとんど見ることがなくなっていた光景。
それがここにはある。
(……外は、まだこうなんだな)
改めて実感する。
東京は守れている。
だが、日本全体はまだ壊れたままだ。
俺が作った街の外には、こういう場所がいくらでもある。
そう思うと、胸の奥が重くなった。
「悠真」
未来が近づいてくる。
さっきまでのワクワクした表情は少し落ち着いていた。
「ヴァンパイアバット、登録できた」
「あぁ。助かった」
「でも……」
未来は、地面に転がる遺体を見る。
「怖いモンスターだね」
「そうだな」
俺は頷く。
「使い方には気をつけないとな」
未来も真剣に頷いた。
「うん」
陸斗も、静かに言う。
「東京の外は、まだ危険ですね」
「あぁ」
「……もっと強くならないといけませんね」
その言葉に、俺は少しだけ陸斗を見る。
以前より、ずっと頼もしい顔をしていた。
「そうだな」
俺は前を見る。
遠くには、まだ別のゲートの歪みが見えている。
今日で全部終わりじゃない。
むしろ、始まりだ。
「阿川」
「何だ」
「この場所、繋げるようになったか?」
「あぁ。もう覚えた」
「助かる」
「帰りはすぐ戻れるぞ」
「じゃあ、少し周辺を確認してから戻る」
阿川は頷いた。
アルが銃を肩に乗せ、笑う。
「ヒャッハァ!まだいるなら撃ちまくるぜェ!」
ソックスは静かに弾を確認する。
「継戦可能です」
セイコはステッキを肩に乗せて、優雅に笑う。
「オッホッホ!次はどなたを叩き潰しましょうかしら!」
「その物騒な淑女設定やめろ」
俺がそう言うと、色谷が笑った。
「でも頼もしいな、あれは」
「認めたくないけどな」
少しだけ、空気が緩む。
だが、完全には緩めない。
ここは東京ではない。
何が起こるか分からない。
そして――
(SPМ……本当に大丈夫なのか?)
門脇が言っていた人手不足。
関東の広さ。
ゲートの多発。
確かに、話は分かる。
だが、この荒れた状況を見ると、別の疑問も浮かぶ。
SPМは、本当にこれを抑え切れているのか。
それとも――もう、内側から崩れ始めているのか。
俺は黒く歪むゲートの残骸を見つめながら、静かに拳を握った。
「……次に行くぞ」
俺の言葉に、全員が頷く。
初めての東京外での戦闘。
それは、俺たちに新しい現実を突きつけた。
東京だけが、守られている。
外の世界は――まだ、救いを待っていた。
久し振りの戦闘シーンですね。




