外の脅威と新たな戦場(前半)
第66話です。宜しくお願い致します。
会議室に、重い沈黙が落ちていた。
俺が最後に投げた問い。
――なぜ、地震の時に来なかったのか。
それに対して、門脇はすぐには答えなかった。
紅茶のカップに視線を落としたまま、しばらく黙っている。
隣に座る犬飼も、いつもの軽さを消していた。
ただ、その沈黙は“答えたくない”というより――どう言えばいいのかを探しているように見えた。
「……それに関しては、すまなかったと思っている」
やがて、門脇が静かに口を開いた。
その声には、いつもの気の抜けたような雰囲気は少なかった。
「地震については、こちらでも会議は行ったんだ」
「……会議はしたのか」
「あぁ」
門脇は頷く。
「だが、一旦見送りになった」
「見送り……」
思わず、俺はその言葉を繰り返していた。
その響きが、妙に引っかかった。
東京で大地震が起こるかもしれない。
それを聞いておいて、見送り。
普通に考えれば、納得できる言葉ではない。
だが――同時に、俺はSPМの全体像を知らない。
あいつらにもあいつらの事情があるのかもしれない。
そう思いながら、黙って続きを待つ。
「ただ、東京以外の関東の県にも、少なからず被害は出た」
門脇は続ける。
「東京ほどではないにしろ、建物の倒壊、避難民の移動、ゲートの活性化……色々とな」
「そっちの対処をしていたんだ」
犬飼も小さく頷いた。
「本当に、人手が足りなかったんすよ」
「東京に来なかったことを正当化するつもりはないっすけど……俺らも完全に手が空いてたわけじゃなかったんす」
犬飼の言葉遣いは崩れているが、門脇に対してはしっかり敬意がある。
ただ、今の言葉には、部下としてだけじゃない本音が混じっているように聞こえた。
「……そうか」
俺は小さく息を吐いた。
「なら、仕方ないよな」
完全に納得したわけではない。
でも、責めるつもりもなかった。
少なくとも、目の前の二人は嘘をついているようには見えない。
門脇は、少しだけ俺を見た。
「あぁ。地震のことは、本当に助かった」
その声は、真っ直ぐだった。
「改めて、東京の街を救ってくれてありがとう」
「……あぁ」
俺は短く返す。
感謝されるのは、やっぱり少し慣れない。
だけど、門脇の言葉に嘘がないことは分かった。
俺はコーヒーを一口飲み、カップを置く。
「モンスター討伐には、俺と数名で行く」
そう言うと、門脇の表情がわずかに緩んだ。
「本当か」
「あぁ。ただし、何日もは無理だ」
俺ははっきり言った。
「こっちもまだまだやることが多い。駅の件もあるし、産業の方も完全に軌道に乗ったわけじゃない」
「分かっている」
門脇は頷く。
「数日だけでも、本当に助かる」
俺は軽く頷きながらも、内心では別のことを考えていた。
(……それに、SPМの内情も気になるしな)
フトゥーロの言葉。
内部崩壊。
命令、思想、支配、恐怖。
あの言葉が、今でも耳の奥に残っている。
門脇の話を聞いても、違和感は完全には消えなかった。
見送り。
会議。
地震対応。
全部、筋は通っている。
でも――何かが引っかかる。
俺は、その違和感を胸の奥にしまったまま、門脇の差し出した地図を受け取った。
「ここか?」
「あぁ」
門脇が地図上の一点を指す。
「茨城方面だ。ゲートが複数確認されている」
「複数……」
「少数の部隊では対処しきれなくなっている」
犬飼が少しだけ苦笑した。
「正直、隊長たちが出れば何とかなるって思うかもしれないっすけど……範囲が広すぎるんすよ」
「一ヶ所潰してる間に、別の場所で湧く。そんな感じっす」
「なるほどな」
東京は俺のテリトリーになっている。
だから、状況を把握できる。
修復もできる。
人員配置もできる。
でも、外は違う。
東京の外に出れば、俺の支配領域ではない。
それだけで、危険度は一気に上がる。
「準備ができ次第、この場所に来てくれ」
門脇が言う。
「俺たちも、向こうで調整しておく」
「あぁ。分かった」
そこで話は一旦終わった。
門脇と犬飼は立ち上がる。
「今日は時間を取らせたな」
「いや、こっちも聞きたいことが聞けた」
「……そうか」
門脇は一瞬だけ何かを言いかけたように見えた。
だが、結局それ以上は何も言わず、静かに頷いた。
「では、また現地で」
「あぁ」
犬飼も軽く頭を下げる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「おう」
二人は会議室を出ていった。
扉が閉まる。
静寂。
俺はしばらく、その扉を見つめていた。
「……悠真さん」
陸斗が声をかけてくる。
「行くんですか?」
「あぁ」
俺は短く答えた。
「行く」
それはモンスター討伐のためでもある。
だが、それだけじゃない。
SPМの今を、もう少し知る必要がある。
そのためには、実際に外へ出て、あいつらの戦場を見るのが早い。
(……何もなければ、それでいい)
そう思う。
だが、胸の奥では別の自分が呟いていた。
(何かあるなら、今のうちに見ておかないとまずい)
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「駅の件は、一旦もう少し話を詰めておく」
「はい」
「モンスター討伐から戻ったら、着手する」
陸斗が頷く。
「分かりました」
俺は席を立った。
やることは決まった。
なら、準備するだけだ。
門脇と犬飼が帰ってから、一週間が経った。
その間、俺は駅の計画について、元駅員や建設関係者たちと改めて話し合った。
路線をどうするか。
駅の場所をどうするか。
まずは地上路線から始めるのか。
貨物輸送も考慮するのか。
思っていた以上に話し合うことは多かった。
だが、今すぐ全部を決める必要はない。
大枠だけ決めて、工事の本格着手は討伐から帰った後にすることにした。
街は、俺が少し離れても動く。
銀行も、第一次産業も、第二次産業も、少しずつ自走し始めている。
だからこそ、俺も外へ出られる。
その事実は、少しだけ嬉しかった。
そして出発当日。
中央会館前には、一台のミニバンが用意されていた。
今回のメンバーは、俺、陸斗、未来、色谷、阿川。
そして、現地で俺が派遣スキルを使い、アル、ソックス、セイコを召喚する予定だ。
本当は戦闘できるメンバー全員を連れていきたいところだが、それはできない。
東京の守りを空にするわけにはいかないからだ。
チャン爺、一葉、二葉、三葉、浮田、芹沢、警察組たち。
彼らには東京を守ってもらう。
今回は、少数精鋭だ。
「阿川、今回は戦闘しなくていいからな」
俺が確認すると、阿川は軽く肩をすくめた。
「するつもりもねぇよ」
「だよな」
「俺の仕事は、向こうまで行って場所を覚えることだろ?」
「あぁ」
阿川のスキル“配管工”は、一度行った場所に繋ぐことができる。
つまり、今回茨城方面の現地に行けば、次からは配管で繋げられるようになる。
帰りも同じだ。
戦闘よりも、その価値の方が遥かに大きい。
「何かあったら即撤退もできるしな」
「それは任せろ」
阿川はいつも通り気だるそうに言ったが、その声には頼もしさがあった。
「未来、索敵頼む」
「うん!」
未来はどこか楽しそうに頷いた。
何となく嫌な予感がする。
「……お前、ちょっと嬉しそうじゃないか?」
「だって、東京以外のモンスターが見られるかもしれないんでしょ?」
「あぁ、まあな」
「新しいモンスター、登録できるかもしれないじゃん」
「やっぱりそれか」
未来のスキル“動植物図鑑”。
新しい生き物やモンスターを登録できるなら、確かに戦力拡張にもなる。
だが、その目は完全に図鑑を埋めたい人間のそれだった。
陸斗は少し呆れたように言う。
「未来さん、危険な場所に行くんですからね」
「分かってるって」
「本当ですか?」
「分かってる分かってる」
明らかに軽い。
陸斗は小さくため息をついた。
十四歳なのに、相変わらず大人びている。
「色谷は?」
俺が聞くと、色谷は明るく笑って拳を握った。
「久しぶりの本格戦闘だし、気合い入ってるぞ」
「頼りにしてる」
「任せろ。まとめて吹っ飛ばしてやる」
爽やかに言っているが、内容はかなり物騒だ。
まあ、こいつのスキル的には間違っていない。
「よし、行くか」
俺は運転席に座る。
全員が乗り込む。
エンジンをかける。
東京の門を出る。
その瞬間、少しだけ空気が変わった気がした。
整った道路。
整備された街。
その外に広がるのは――まだ崩壊したままの世界だ。
俺たちは、その外へ向かって進み始めた。
車内は、思ったよりも穏やかだった。
久しぶりにみんなで外へ向かうということもあって、緊張よりも少し浮ついた空気がある。
不謹慎かもしれない。
これからモンスター討伐に行くのだから、楽しい遠足じゃない。
だが――
(……少し、ワクワクしてるな)
自分でもそう思った。
東京以外でモンスターを討伐するのは、これが初めてだ。
外の世界を知る。
それは危険であると同時に、俺にとって必要なことでもあった。
「悠真さん」
助手席の陸斗が声をかけてくる。
「何だ?」
「今回は、東京外ですよね」
「あぁ」
「テリトリー修復は使えないんですよね?」
「少なくとも、東京みたいには使えないな」
俺はハンドルを握りながら答える。
「だから、いつもより慎重にいく」
「分かりました」
陸斗は真剣に頷いた。
後部座席では、未来が窓の外を見ていた。
「やっぱり、外は全然違うね」
その声は少し低い。
さっきまでの図鑑テンションとは違う。
窓の外には、崩れた建物や放置された車が並んでいる。
人の気配は少ない。
東京の中にあった活気とは、まるで別世界だ。
「……東京だけが特別なんだな」
色谷が呟いた。
「あぁ」
俺は頷く。
「だから、広げないといけない」
その言葉に、車内が少し静かになった。
国を統一する。
あの時言った言葉が、また胸の中に浮かぶ。
東京だけじゃ足りない。
日本全体を戻さなければ意味がない。
だが、今はまだ一歩目だ。
焦るな。
そう自分に言い聞かせる。
「でもまあ」
阿川が後ろでぼそっと言う。
「俺、戦わなくていいんだよな?」
「まだ言ってるのか」
「大事な確認だろ」
その言い方に、少しだけ笑ってしまう。
「お前は配管担当だ」
「ならいい」
「ただ、逃げる時は頼むぞ」
「それは得意分野だな」
阿川が軽く笑う。
その一言で、車内の空気が少し緩んだ。
こういう緩さはありがたい。
戦闘前に張り詰めすぎても、いいことはない。
やがて、目的地に近づくにつれ、空気が変わってきた。
まず、音がなくなった。
鳥の声も少ない。
風の音だけが、妙に大きく聞こえる。
そして――
「……見えた」
未来が低く呟いた。
「ゲート、複数ある」
俺は車を減速させる。
遠くの空間が、黒く歪んでいた。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
さらに奥にも、ひび割れたような空間が見える。
その周辺を、黒い影が飛び回っていた。
「……何だ、あれ」
色谷が眉をひそめる。
車を止め、全員で降りる。
空気が重い。
東京の外。
荒れた土地。
崩れた建物。
そして、空を飛び回る無数の影。
コウモリに似ている。
だが、普通のコウモリより遥かに大きい。
少なくとも五倍はある。
鋭い牙。
赤く光る目。
昼間だというのに、まるで夜の生き物のように飛び回っている。
そして地面には――
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
干からびたような死体がいくつか転がっていた。
人間か。
あるいは、元は人間だったものか。
血が抜けたように肌は白く、体は不自然にしぼんでいる。
未来が小さく口元を押さえる。
「……吸われた、の?」
俺は奥歯を噛む。
「秘書」
『はい、悠真様』
「あれは何のモンスターだ」
『Cランクモンスター、ヴァンパイアバットです』
「ヴァンパイアバット……」
『鋭い牙で対象に噛みつき、吸血します』
『通常の人間であれば、約五秒で全身の血液を吸い尽くされます』
「五秒……」
陸斗の表情が険しくなる。
色谷も真剣な顔になった。
「やべぇな」
「あぁ」
Cランク。
それでも、普通の人間にとっては十分すぎる脅威だ。
「初めて見るモンスターだが、普通にいるものなのか?」
『東京には出現しておりません』
「やっぱりか」
『茨城周辺で多くの目撃情報があります』
「……そういうことか」
俺は、空を飛び回るヴァンパイアバットを見上げた。
今まで俺たちが見てきたモンスターは、ほとんど限られていた。
Dランクのシルバーウルフ。
Cランクのシャドウウルフ。
Bランクのジャイアントオーガ。
Aランクのスケルトンキング。
だが、それは東京周辺の話だったのかもしれない。
地方によって、出現するモンスターが違う。
そう考えれば、納得できる。
(……世界が、広がったな)
同時に、危険も広がった。
俺は深く息を吸う。
「未来」
「うん」
「登録できそうか?」
その瞬間、未来の目が少し輝いた。
「できると思う」
「嬉しそうだな」
「だって新種だよ」
「危険な新種な」
「分かってるって」
未来は手をかざす。
「でも、登録できればこっちの戦力にもなる」
「あぁ。頼む」
俺は次に、空へ視線を向ける。
ヴァンパイアバットの群れが、こちらに気づいた。
赤い目が、一斉に向く。
羽音が増える。
ギチギチとした不快な鳴き声。
群れが、こちらへ向かって動き始めた。
「来るぞ」
俺は右手を上げる。
ここは東京じゃない。
俺自身に攻撃能力はない。
だから、やることは決まっている。
「派遣」
空間が揺れる。
次の瞬間――三つの影が現れた。
「ヒャッハァァ!!久々の出番だァ!!」
アル。
「……状況確認。敵多数」
ソックス。
そして――
「オッホッホ! わたくしの華麗なる初陣ですわね!」
セイコ。
金髪縦ロール。
警備服。
魔法少女みたいなステッキ。
相変わらず見た目の情報量が多い。
セイコはステッキをくるりと回し、ヴァンパイアバットの群れを見上げた。
「吸血など、淑女にあるまじき蛮行ですわ!」
「……お前が言うと何か変だな」
思わず呟く。
だが、セイコは聞いていない。
アルが銃を構え、笑う。
「撃ち落としゃいいんだろォ?」
ソックスも冷静に構える。
「空中目標。対応可能です」
陸斗が一歩前に出る。
「バリア、準備できます」
色谷が肩を回す。
「空飛んでても、まとめて叩き落とせばいいんだろ」
未来は、目を輝かせながらも真剣な顔で前を見る。
「まずは登録する」
阿川は、少し後ろへ下がった。
「俺、後方でいいよな」
「あぁ」
俺は頷く。
「何かあったら撤退路を頼む」
「任せろ」
その返事を聞いて、俺は前を向く。
ヴァンパイアバットの群れが、空を黒く染めるように迫ってくる。
数は多い。
だが――
「やるぞ」
俺の声に、全員が構えた。
そして、初めての東京外での戦闘が始まった。




