潜入開始 ― 2人の異世界転生者
第64話です。宜しくお願い致します。
SPМの戦術隊隊長門脇誠司、副隊長犬飼守は東京へと潜入視察へ向かっていた。
風は、乾いていた。
かつては人で溢れていたはずの郊外の道路も、今では静まり返り、ひび割れたアスファルトの上を砂埃が転がっていくだけだった。
崩れかけた建物。
放置された車。
割れたガラスが光を反射している。
世界が壊れてから、どれくらい経っただろうか。
門脇誠司は、そんな光景を特別な感情もなく見つめながら歩いていた。
しばらく無言で進む。
やがて、視界の先に――
「……おい」
犬飼の声が、わずかに変わった。
門脇も、足を止める。
そこにあったのは――
「……壁、っすか……」
言葉に詰まりながら、犬飼が呟く。
それは、“壁”という言葉で片付けるにはあまりにも巨大だった。
東京を囲うように築かれた、防壁。
高さも、厚みも、明らかに異常だ。
ただ敵を防ぐためだけのものではない。
そこには――
「……区切ってるな」
門脇が小さく言う。
「区切ってる……?」
「外と中を」
静かな言葉。
だが、それが一番しっくりくる表現だった。
外の荒廃した世界と、
その内側にある“何か”。
その境界線として、この壁は存在している。
そして――
「……音、聞こえません?」
犬飼が耳を澄ませる。
門脇も意識を向ける。
すると、確かに――
微かに。
遠くから。
人の声のようなものが聞こえた。
生活音。
話し声。
何かが動いている音。
この死んだような外の世界とは、明らかに違う“気配”。
「……マジかよ」
犬飼が小さく呟いた。
門脇は何も言わず、そのまま歩き出す。
目の前の現実を、確かめるために。
東門。
巨大な門の前には、すでに人の列ができていた。
その光景を見て、犬飼が思わず立ち止まる。
「……普通に並んでるっすね」
「ああ」
門脇も、わずかに目を細めた。
外の人間。
服は汚れ、疲れ切った顔をしている者も多い。
だが、その中に混じって――
明らかに整った格好の人間もいる。
清潔な服。
落ち着いた表情。
どこか余裕のある雰囲気。
「……あれ、住民っすかね」
「だろうな」
門脇は短く答える。
外の人間と中の人間。
同じ場所にいながら、まるで別の世界にいるかのような差。
それを、ここで既に見せつけられていた。
「……行くぞ」
「了解っす」
二人は、その列に並んだ。
門脇と犬飼の任務は悠馬の統める東京の視察と、悠馬にモンスター討伐の協力を仰ぐことである。
自分達の身元を明かしたら恐らくこの受け付けに並ばなくてもすぐに会えるだろう。
しかし、視察を秘密裏に行なってから悠馬達に会いに行こうと考えていた。
その為、しっかり並び受け付けをしてから入国する事になった。
SPМの隊長と副隊長が、ただの一訪問者として。
時間は、容赦なく過ぎていく。
列は少しずつ進んでいく。
周囲から聞こえてくる会話。
「やっと中に入れる……」
「仕事、あるかな……」
「ここなら、なんとかなるって聞いたんだ」
期待と、不安。
その両方が混ざった声。
犬飼はそれを聞きながら、小さく息を吐いた。
「……なんか、避難民の列って感じじゃないっすね」
「どういう意味だ」
「もっとこう……絶望してるっていうか……」
言葉を探すように、犬飼は続ける。
「ここに並んでる人、みんな“先”見てる感じするっす」
門脇は、少しだけ視線を動かした。
確かに。
絶望している人間はいない。
疲れてはいる。
だが――
どこか、前を向いている。
「……希望、か」
門脇が小さく呟く。
「っすね」
犬飼は頷いた。
それがどれほど異常なことか、二人にはよく分かっていた。
この世界で、“希望を持てる場所”など、ほとんど存在しない。
だが、ここにはそれがある。
それだけで、この街の異質さは十分だった。
気が付けば、1時間半が経っていた。
「……やっとっすね」
犬飼が肩を回す。
「文句言うな」
「言ってないっすよ」
軽く笑う犬飼。
そのまま二人は受付へと進む。
中に入った瞬間――
「……」
二人は、同時に言葉を失った。
広い。
3階建てになっている。
1階が入国許可証発行の手続き、
2階は住民登録手続き、
3階は商業登録手続きとなっている。
小学校ほどの広さ。
そして――
機能している。
完全に。
受付カウンターが並び、係員が手際よく対応している。
人の流れは整理されている。
案内板。
番号札。
誘導の声。
どこを見ても、“崩壊した世界”のそれではない。
完全に――
「……役所っすね、これ」
犬飼が、呆れたように呟く。
「ああ」
門脇も、短く返す。
それ以上の言葉が出てこない。
ここはもう、“復興途中の街”ではない。
“機能している社会”だ。
「次の方どうぞー」
受付の声に呼ばれ、二人は前に進む。
「入国申請ですね。滞在日数はどうされますか?」
慣れた手つき。
淀みのない口調。
門脇は一瞬だけ考え――
「2日で」
「かしこまりました」
即座に処理が進む。
そして――
カウンターに置かれたのは、紙幣だった。
「……」
門脇の視線が、わずかに動く。
紙幣。
この世界では、もはやほとんど見かけなくなったもの。
「滞在日数×2万円となりますので、こちら4万円になります」
犬飼が、思わずそれを手に取る。
「……マジで紙っすね」
「当たり前だ」
門脇は小さく返したが、その目は真剣だった。
さらに説明が続く。
「こちらは東京内のみで使用可能です。使用期限は滞在日数までとなりますので、ご注意ください」
「……なるほど」
門脇は小さく頷く。
(ただの支給じゃないな)
これは――
経済の設計だ。
金を配るだけではない。
流れを作っている。
回るように。
街が機能するように。
「……すげぇっすね」
犬飼が小声で言う。
「完全に、システムっすよこれ」
「ああ」
門脇は短く答えた。
そして、ふと頭をよぎる。
(……入国、か)
ここは東京のはずだ。
だが――
今のこの仕組みは、どう見ても“国家”だ。
(あいつ……総理にでもなったつもりか?)
そんな疑問が浮かぶ。
だが、それを否定する材料も、今はなかった。
「それでは、こちらを首から下げてください」
入国許可証を受け取り、二人はそれを身につける。
「では、いってらっしゃいませ」
軽く頭を下げる受付。
その言葉を背に――
二人は門をくぐった。
その瞬間。
空気が、変わった。
音が変わる。
匂いが変わる。
温度すら違う気がする。
「……」
犬飼が、言葉を失う。
門脇も、ただ前を見た。
そこに広がっていたのは――
“東京”だった。
だが、彼らの知っている東京ではない。
整備された道路。
走る車。
行き交う人々。
スーツ姿の男。
作業着の人間。
笑い声。
会話。
生活音。
すべてが――
「……生きてる」
門脇の口から、無意識に言葉が漏れた。
それは、確認でも、分析でもない。
ただの実感だった。
この街は、生きている。
完全に。
そして――
門脇の頬を、何かが伝った。
「……」
自分でも、すぐには理解できなかった。
何が起きているのか。
なぜ、視界が滲んでいるのか。
犬飼が、横から声をかける。
「……隊長?」
驚いたような声。
門脇は、ゆっくりと手で頬に触れた。
濡れている。
「……なんでだ」
小さく呟く。
自分でも分からない。
ただ――
胸の奥が、妙に熱かった。
そして、ようやく気づく。
(……ああ)
これは。
――自分が、やりたかったことだ。
この国を、元に戻すこと。
普通の日常を取り戻すこと。
そのために、SPМに入った。
そのはずだった。
なのに。
(先に、やられてる)
黒瀬悠真。
あの男が。
それを、現実にしている。
だから――
涙が出た。
理屈じゃない。
ただ、それだけだった。
しばらくの間、門脇はその場に立ち尽くしていた。
視界に広がる光景を、ただ黙って見つめながら。
「……隊長」
犬飼が、少しだけ遠慮がちに声をかける。
いつもなら軽口の一つも挟むところだが、今はそれが出てこないらしい。
門脇はゆっくりと息を吐いた。
「……悪い」
短くそう言って、軽く目元を拭う。
「いえ……その……」
犬飼は言葉を探すように視線を泳がせたあと、小さく笑った。
「……なんか、分かる気がするっす」
その言葉に、門脇は少しだけ眉を動かす。
「何がだ」
「いや……その……」
犬飼は頭をかきながら続けた。
「ここ、普通なんすよ」
「……」
「普通に人が働いてて、普通に飯食ってて、普通に会話してる」
犬飼は周囲を見渡す。
スーツ姿の男が急ぎ足で横を通り過ぎる。
道路脇では、配送トラックから荷物が下ろされている。
子供たちが笑いながら走り抜けていく。
「……それが、なんか……」
犬飼は言葉を切る。
「すげぇなって思うっす」
門脇は何も返さなかった。
だが、その言葉は十分すぎるほど理解できた。
この世界では、“普通”が一番難しい。
そして今――
それが、ここにはある。
「……行くぞ」
門脇は視線を前に戻した。
立ち止まっている理由はない。
ここからが本題だ。
「了解っす」
二人は歩き出す。
街の中へ。
歩けば歩くほど、その異常さは際立っていった。
整備された信号機。
車はルールを守って停止し、人が横断歩道を渡る。
「……ちゃんと機能してるっすね」
「ああ」
門脇は短く答える。
信号という“ルール”が成立している。
つまり、そこには“秩序”がある。
さらに進むと、商店街が見えてきた。
看板。
呼び込みの声。
並ぶ商品。
どれもこれも、かつての日本で当たり前にあったものだ。
「いらっしゃいませー!」
「今日は安いよー!」
活気のある声。
それを聞いた瞬間、犬飼が小さく吹き出した。
「……なんか、懐かしいっすね」
「……ああ」
門脇も、わずかに口元を緩める。
だが、その奥では別の感情が動いていた。
(ここまでやるか……)
これはもう、“避難所”ではない。
“復興途中”でもない。
完全に――
(社会だ)
それも、かなり完成度の高い。
さらに歩く。
視界が開けた先には――
「……オフィス街かよ」
思わず、門脇の口から言葉が漏れた。
高層ビルが並ぶエリア。
ガラス張りの建物。
中では人が忙しなく動いているのが見える。
スーツ姿の人間たちが出入りし、スマホを見ながら足早に歩く。
「いや……マジで何なんすかここ……」
犬飼が呟く。
「半年っすよね?最後に来たの」
「ああ」
門脇は頷く。
あの時の光景が、頭に浮かぶ。
スケルトンキングの猛攻。
即席で守られた街。
確かに凄かった。
だが――
(あの時は“街”だった)
ただ、街に過ぎず更に店などはあれど、ただ住んでいるに過ぎないように見えた。
いわゆる震災に遭い超豪華な仮設住宅に住んでいるような感覚。
だが今は完全にそれではなく、社会が成り立っている音がしている。
ゲートが開きモンスターがこの世界にやってきて社会が崩壊してからもう少しで1年が経ちそうである。
経った年数よりもとても懐かしみを感じた。
「……隊長」
犬飼が、少しだけ真面目な声で言う。
「これ、俺らがやるはずだったことじゃないっすか」
門脇は、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
だが、すぐに歩き出す。
「……そうだな」
それ以上は、何も言わなかった。
言葉にする必要はなかった。
昼時。
二人は自然な流れで飲食店の並ぶ通りへと足を向けていた。
潜入任務だというのに――
気づけば、普通に歩いている。
それが、この街の“怖さ”だった。
「……腹、減ってません?」
犬飼が言う。
「減ってる」
「……っすよね」
即答だった。
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
「……ラーメン、行きます?」
「いいな」
迷いはなかった。
暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませー!」
威勢のいい声。
カウンター席に座る。
メニューを見る。
普通だ。
何もかも。
異常なほどに。
「……醤油で」
「同じで」
注文を済ませる。
しばらくして、ラーメンが運ばれてきた。
湯気。
香り。
それだけで、犬飼が小さく笑う。
「……やべぇ」
「何がだ」
「普通の飯っす」
「……」
門脇は何も言わず、箸を取った。
一口、啜る。
「……」
無言。
だが、次の瞬間。
「……うまいな」
ぽつりと呟いた。
犬飼が吹き出す。
「隊長がそんな素直に言うの珍しいっすね」
「黙って食え」
「はいはいっす」
二人は、しばらく無言でラーメンを食べた。
ただ、それだけの時間。
だが――
それは、あまりにも久しぶりの“普通の時間”だった。
店を出る。
午後の街。
変わらず、人が動いている。
働いている。
生きている。
「……」
門脇は、ゆっくりと空を見上げた。
この街は守られている。
だがそれだけじゃない。
“前に進んでいる”。
(ここにいる人間は、もう“被害者”じゃない)
“住民”だ。
そして――
“社会の一員”だ。
「……そろそろ行くか」
門脇が言う。
「っすね」
犬飼も頷く。
楽しかった。
認めざるを得ない。
だが――
これは任務だ。
遊びじゃない。
二人はタクシーを拾った。
「どちらまで?」
「中央会館まで」
「かしこまりました」
車が動き出す。
その感覚すら、どこか懐かしい。
流れる景色。
整った道路。
信号。
ビル。
「……」
犬飼が、窓の外を見ながらぽつりと呟く。
「……壁の外と中で、マジで世界違いますね」
「ああ」
門脇も静かに答えた。
もう、疑いようがない。
ここは別世界だ。
そして――
その中心にいるのが。
(黒瀬悠真)
あの男だ。
車は、ゆっくりと目的地へと向かっていく。
次に会う時。
それは――
ただの“視察”では終わらない。
門脇は、静かに目を細めた。
(……何者なんだ、お前は)
その問いの答えを確かめるために。
車は、中央会館へと近づいていった。
大事なお知らせです。
投稿頻度が変わります。
平日1日1話、土日2話〜3話から毎日1話更新に変更になります。
投稿頻度を落としてしまい、本当に申し訳ありませんが
引き続き宜しくお願い致します。




