始動 ― 統治と産業の夜明け
第60話です。宜しくお願い致します。
――静かだ。
あれだけの地震を乗り越えたというのに、東京は今、不気味なくらい落ち着いていた。
崩れた建物はほとんどない。
ひび割れた道路も、すでに修復されている。
人の声もある。
笑い声もある。
日常は――戻っている。
だが。
(……静かすぎる)
俺は屋上から街を見下ろしながら、小さく息を吐いた。
地震が終わってから、数日。
何も起きていない。
それ自体はいいことのはずなのに――
(引っかかるな……)
理由は分かっている。
SPМだ。
凛堂。
門脇。
あいつらが――来ない。
「……普通、来るだろ」
ぽつりと呟く。
あれだけの規模の地震だ。
東京がどうなったか、気にならないはずがない。
しかも、あいつらは一度ここに来ている。
俺たちの戦力も知っている。
なら尚更――様子くらい見に来てもおかしくない。
(……何かあったのか?)
頭をよぎる。
だが、すぐにそれを打ち消した。
(いや……分からねぇ)
情報が足りない。
何が起きているのか。
本当に何か起きているのかすら分からない。
そんな状態で、こちらから動くのは――危険すぎる。
「……向こうから来る、か」
もし何かあれば、あいつらの方から動くはずだ。
少なくとも凛堂は、黙ってるタイプじゃない。
そう考えて、一度思考を止める。
だが――
(……来ないのは、気になるな)
小さな違和感だけが、残った。
俺はゆっくりと目を閉じる。
そして――意識を内側へ向けた。
「……秘書」
呼びかける。
次の瞬間。
『はい、悠真様』
頭の中に、静かな声が響いた。
相変わらず、落ち着いた声だ。
「今のこの東京に、足りないものは何だと思う?」
少しだけ間を置いて、俺は問いかける。
ふとした疑問だった。
だが――
何となく、今聞いておくべきだと思った。
『必要なものは、数えきれない程ございます』
すぐに返ってくる答え。
だが、それだけじゃ終わらない。
『しかし、最も重要な観点から申し上げます』
声が、わずかに重くなる。
『悠真様が居なくなった後――この東京はどうなるでしょうか』
「……」
一瞬、言葉が詰まった。
予想していなかった問いだった。
だが――
考えないわけにはいかない。
「……建物は、すぐ壊れたりはしない」
ゆっくりと答える。
「食料も……すぐにはなくならない」
だが。
「……その後、か」
俺は目を細めた。
秘書が静かに続ける。
『はい』
『修復機能は失われます』
『環境維持も停止いたします』
『物資供給も滞ります』
一つ一つ、淡々と告げられる。
『結果として、東京は徐々に機能を失い――』
ほんの一拍。
『いずれ崩壊いたします』
「……」
息が、止まった気がした。
崩壊。
その言葉が、妙に重く胸に残る。
(……つまり)
「俺がいなきゃ、終わるってことか」
自嘲気味に呟く。
『現状は、その通りでございます』
否定はない。
ただ、事実だけが突きつけられる。
「……はは」
小さく笑った。
だが、その笑いはすぐに消えた。
(……それ、ダメだろ)
思考が、ゆっくりと回り始める。
俺は、何のためにここまでやってきた?
人を助けるため。
日常を取り戻すため。
そのはずだった。
なのに――
(これじゃ、“依存”だ)
俺がいないと回らない街。
それは街じゃない。
ただの“システム”だ。
しかも、たった一人に依存した――
(……脆すぎる)
俺だって人間だ。
寿命もある。
この世界だ。
いつ死ぬかなんて、分からない。
「……このままだと」
ぽつりと呟く。
「何も、生まれないな」
秘書は何も言わない。
だが、その沈黙が肯定のように感じられた。
人がいる。
生活もある。
だが――
そこには“発展”がない。
ただ消費して、ただ生きているだけ。
(……それって)
「……止まってる、のと同じだろ」
歴史がない。
未来もない。
ただ延命しているだけの世界。
それは――
(俺がやりたかったことじゃねぇ)
ゆっくりと目を開く。
街を見る。
人がいる。
笑っている。
だが、その裏にあるものも、見えてしまった。
「……足りてねぇな」
はっきりと、そう思った。
「秘書」
『はい』
「今、この街にある産業って何だ?」
『第三次産業が中心でございます』
即答だった。
予想通りだ。
サービス業。
店。
娯楽。
生活支援。
全部、“消費”に関わるものだ。
だが――
「第一次産業は?」
『存在しておりません』
「第二次は?」
『同様でございます』
やっぱりな。
分かっていた。
でも、改めて言われると――
「……土台がねぇ」
食料も。
資源も。
加工も。
全部、“外部”か“俺”頼り。
(これじゃ……)
「いつか詰む」
確信だった。
今はいい。
俺がいるから回る。
でも、俺がいなくなったら?
何も残らない。
「……なら」
俺はゆっくりと息を吐く。
「作るしかねぇか」
答えはシンプルだった。
第一次産業。
第二次産業。
この東京で、全部やる。
『その判断は、極めて合理的でございます』
秘書の声が静かに響く。
だが、それだけじゃない。
『しかし――もう一つ、重要な問題がございます』
「……何だ?」
『現在の経済構造でございます』
経済。
その言葉に、俺は眉をひそめた。
『現在は、悠真様がポイントを配布し、それを消費する形となっております』
「あぁ」
それが今のシステムだ。
働いた分だけポイントを渡す。
それで物を買う。
シンプルで分かりやすい。
だが――
『それは“生産”ではなく、“分配”でございます』
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
分配。
確かにそうだ。
俺が与えているだけ。
そこに、循環はない。
「……つまり」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺が止まったら、全部止まるってことか」
『はい』
即答だった。
「……はは」
また、小さく笑う。
だが今度は――
(完全に理解した)
これが、問題の本質だ。
「……違うな」
はっきりと言った。
「これじゃダメだ」
俺はゆっくりと空を見上げる。
東京。
この広大な街。
人がいる。
力もある。
可能性もある。
なのに――
(国が機能してねぇ)
政府は何もしていない。
SPМですら、どうなっているか分からない。
そして、フトゥーロは言った。
内部崩壊が起きると。
「……だったら」
小さく呟く。
その言葉は、自然と出ていた。
「俺がやるしかねぇだろ」
自分でも、驚くくらい自然だった。
「この国は、もう機能してない」
「なら――」
一拍置く。
「俺が統一する」
言葉にした瞬間。
妙な静けさが、胸の中に広がった。
怖さはない。
迷いもない。
ただ――
(やるしかねぇ)
それだけだった。
『……』
秘書は、何も言わない。
だが、その沈黙は――
否定ではなかった。
「まずは……」
俺は視線を街へ戻す。
「経済だな」
全ての基盤。
人が動く理由。
価値の流れ。
「ポイントじゃダメだ」
「ちゃんとした仕組みがいる」
『銀行の設立を推奨いたします』
秘書が静かに言った。
「……やっぱりか」
俺は小さく頷いた。
銀行。
金の流れを管理する場所。
信用を生み出す装置。
「そこからだな」
全ては、そこから始まる。
「この東京を――」
俺はゆっくりと呟いた。
「ちゃんとした“国”にする」
その言葉は、静かに夜の空へ溶けていった。
だが――
確実に、何かが動き始めていた。
皆様のお陰で60話も続ける事が出来ました。
自分の作品で60話も続ける事が出来た作品がないので、
嬉しいです。
本当にありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。




