厄災の日 ― 揺れる東京(後半)
第58話です。宜しくお願い致します。
揺れは、さらに強くなった。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地面そのものがうねるように動く。
ビルが左右に揺れ、ガラスが激しく震える。
道路に細かい亀裂が走る。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。
だが――
崩れない。
倒れない。
(……耐えてる……!)
俺は歯を食いしばりながら、全体を見渡す。
テリトリー掌握で、東京全域の状態が流れ込んでくる。
損傷箇所はある。
外壁のひび。
小規模な崩落。
看板の落下。
だが――
致命的な崩壊は起きていない。
「……いける……!」
俺は即座に動く。
「テリトリー修復!」
意識を集中させる。
ひび割れた外壁を戻す。
歪んだ柱を補強する。
崩れかけた天井を巻き戻す。
割れたガラスを再構築。
道路の亀裂を塞ぐ。
次々と、修復していく。
しかも――
(速い……!)
0.05秒。
ほぼ瞬間。
頭の中で「ここ」と思った瞬間には、もう修復が終わっている。
昔とは比べ物にならない。
「まだだ……!」
揺れは続く。
完全に止まる気配はない。
その中で――
「悠真さん!!」
陸斗の声が響く。
俺は視線を向ける。
マンション前の広場。
避難していた住民の一部が、揺れに耐えきれず倒れかけている。
その上――
近くの外壁が、崩れそうになっていた。
「まずい……!」
だが、その瞬間。
「――展開」
陸斗が手をかざす。
透明な壁のようなものが展開される。
ドンッ!!!
崩れかけた外壁が、その壁にぶつかる。
衝撃は通らない。
住民は無事。
「……っ、セーフ……!」
陸斗が息を吐く。
未来も動いていた。
「位置、全部見えてる!」
目を閉じたまま、周囲の状況を把握している。
「西側で一人転倒!南は問題なし、北は警察が対応中!」
「了解!」
浮田はすでに動いていた。
「動けるやつは手伝え!」
倒れた人の元へ駆け寄り、その場で治療を開始する。
手術空間。
傷の治療をしている。
「大丈夫だ、落ち着け」
声は低く、落ち着いている。
それだけで、周囲の人間も安心していく。
チャン爺は――
「こちらへ」
静かに、しかし確実に人を導いていた。
揺れの中でも一切ブレない動き。
崩れかけた場所に入り、逃げ遅れた人を抱えて外へ出す。
その隣には――
もう一人のチャン爺。
分身だ。
同じ動き。
同じ精度。
完全に二人分の戦力として機能している。
一葉、二葉、三葉も動いていた。
「こちらです!」
「慌てないでください!」
「ゆっくりでいいですー!」
三人それぞれが声をかけ、住民を誘導する。
そして――
「オーホッホ! 落ち着きなさいませ!」
セイコだ。
相変わらずのテンション。
だが、やっていることは的確だった。
「そこのあなた! 柱の近くは危険ですわ! こちらへ!」
ステッキを掲げながら、住民を安全な場所へ誘導していく。
見た目は完全に魔法使い。
今にも何か出しそうな雰囲気。
だが――
何も出ない。
本当に、何も出ない。
ただ振り回してるだけだ。
(……いや、まぁいいんだけどさ)
今は戦闘じゃない。
避難誘導が役目だ。
そしてそれを、しっかり果たしている。
アルは瓦礫を吹き飛ばし、
「邪魔だァ!!」
危険物を先に排除。
ソックスは冷静に状況を見て、
「右側、落下の可能性あり」
即座に指示を出す。
警察も機能している。
楢沢の怒号が響く。
「走るな!順番に動け!」
白沢が優しく声をかける。
「大丈夫よ、ちゃんと守られてるわ」
山田が規律を維持する。
「指示通りに動け!」
川原は変わらず穏やかだ。
「はいはい、大丈夫ですよ〜」
全員が、動いている。
誰も止まっていない。
それぞれの役割を果たしている。
そして――
揺れが、少しずつ弱まっていく。
ゴゴゴ……。
ズズ……。
やがて。
静寂が戻った。
「……終わった、のか?」
誰かが呟く。
俺はすぐにテリトリー掌握で確認する。
東京全域。
被害状況。
人的被害。
建物。
道路。
全て。
「……」
数秒。
いや、体感ではもっと長かった。
そして――
「……死者、なし」
俺は小さく呟いた。
その言葉に、周囲が静まり返る。
「重傷者も……いない」
軽傷はある。
転倒、打撲。
だが、命に関わるものはない。
「建物の大規模倒壊も……なし」
誰かが、息を呑む。
「……マジかよ……」
浮田が呟く。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
力が抜ける。
膝が少しだけ揺れる。
「……守れた……」
その言葉が、自然と出た。
次の瞬間。
あちこちから声が上がる。
「助かった……」
「本当に……無事……?」
「生きてる……!」
泣き崩れる人。
抱き合う親子。
座り込む老人。
子供が笑い出す。
その光景を見て――
胸の奥が、じわっと熱くなる。
(……よかった……)
心の底から、そう思った。
だが同時に、頭の中に浮かぶ。
(……本当に来た)
フトゥーロの言葉。
あいつの予言。
全部、本当だった。
つまり――
残りの厄災も。
嘘じゃない。
安心と同時に、冷たい感覚が背中を撫でる。
「……悠真様」
秘書の声が響く。
「支持率が上昇しています」
視界に数字が浮かぶ。
■支持率:96%
「……」
俺はそれを見て、苦笑した。
「そりゃ……そうなるか」
守れたんだ。
それだけのことをした。
でも――
「これで終わりじゃない」
小さく呟く。
その時だった。
パチ、パチ、パチ。
拍手の音が、背後から響いた。
「……っ」
この音。
覚えがある。
嫌な予感がする。
「……この展開、前にもあったな」
俺はゆっくりと振り返った。
そこにいたのは――
空中に浮かぶ、あの男。
道化師のような格好。
不気味な笑み。
フトゥーロ。
「素晴らしい」
拍手を続けながら、静かに言う。
「本当に素晴らしいよ」
俺は睨む。
「……お前」
フトゥーロは拍手を止め、ゆっくりと俺たちを見渡した。
その目は、いつものように軽く笑っているようにも見える。
だが――どこか、以前よりも真剣だった。
「東京を、守り切った」
「死者なし。重傷者なし。大規模倒壊もなし」
「これは本来の未来では、決して起こり得なかった結果だ」
俺は拳を握る。
「……やっぱり、お前の言っていた地震は本当だったんだな」
「ああ」
フトゥーロは静かに頷いた。
「これで少しは、私の言葉にも重みが出ただろう?」
「だからって、信用したわけじゃない」
「うん。それでいい」
フトゥーロは、どこか満足そうに笑った。
「君は簡単に信用しない。その慎重さも、きっと必要になる」
その言い方が、また引っかかる。
まるで、これから先に必要になることを知っているみたいに。
「……で」
俺は低く言う。
「お前は褒めに来ただけじゃないんだろ」
フトゥーロの口元が、わずかに上がった。
「察しがいいね」
やっぱりか。
俺は息を吐く。
「前に言っていたな」
「残りの厄災は、1つ目を防いだ後に教えるって」
「ああ、言った」
フトゥーロはゆっくりと宙に浮いたまま、視線を遠くへ向ける。
「では、約束通り伝えよう」
空気が変わった。
さっきまで地震を乗り切った安堵があったはずなのに。
その一言で、場の温度が一気に下がった。
「2つ目の厄災」
フトゥーロは静かに告げる。
「それは――内部崩壊だ」
俺は眉をひそめる。
「内部崩壊……」
その言葉は、以前も聞いた。
だが、あの時は詳しい内容までは話されなかった。
「俺たちの街で、ってことか?」
そう聞くと、フトゥーロは首を横に振った。
「違う」
短い否定。
「君たちの街ではない」
「なら、どこだ」
フトゥーロは、少しだけ間を置いた。
そして――
「SPМだ」
その名前が出た瞬間、俺の表情が変わったのが自分でも分かった。
「SPМ……?」
「ああ」
フトゥーロは頷く。
「この国を救う救世主であろうとしている組織」
「だが、その内側は――すでに歪み始めている」
凛堂。
門脇。
柿原。
犬飼。
共闘したあいつらの顔が、頭に浮かぶ。
「……どういうことだ」
俺が聞くと、フトゥーロはゆっくりと続けた。
「SPМは、いずれ内側から割れる」
「命令、思想、支配、恐怖」
「それらが絡み合い、やがて大きな崩壊を引き起こす」
「そして、その崩壊は――日本全体を巻き込む」
俺は奥歯を噛んだ。
「待て」
「SPМの内部問題が、どうして日本全体を巻き込むんだ」
フトゥーロは俺を見る。
「彼らには力がある」
「武力も、組織も、情報も、人材も」
「そして何より――多くの人々が、彼らを“救い”だと信じている」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
確かに、SPМは大きい。
あいつらが壊れたら、その影響は間違いなく広がる。
「崩壊した組織ほど危険なものはない」
フトゥーロは続ける。
「外からの敵より、内側から腐った味方の方が、時に多くを壊す」
「……」
俺は拳を握った。
地震を防いだばかりだ。
安堵していいはずだった。
だが、次の厄災はもう目の前にある。
「……いつ起こる」
俺が聞くと、フトゥーロは少しだけ目を細めた。
「今すぐではない」
「だが、遠くもない」
「今回の地震を越えたことで、未来は大きく変わった」
「だから正確な時期は、以前より揺らいでいる」
「未来が変わった……?」
「ああ」
フトゥーロは頷く。
「君たちが東京を守った。それだけで、本来の未来とは別の流れに入っている」
「だが、厄災そのものの種は消えていない」
その言葉が、妙に重かった。
未来は変わった。
でも、危機は消えていない。
「じゃあ、俺たちは何をすればいい」
俺は問う。
フトゥーロは、少しだけ笑った。
今度は馬鹿にするような笑みではない。
どこか試すような、だが期待も混ざった笑みだった。
「見極めることだ」
「SPМの中で、誰が本当に人を救おうとしているのか」
「そして、誰が組織を壊そうとしているのか」
「……」
「次の厄災は、力だけでは防げない」
フトゥーロの声が、静かに響く。
「人を見る目が必要になる」
俺は黙ってその言葉を聞いていた。
戦うだけじゃない。
街を作るだけでもない。
今度は、組織と人間を見る必要がある。
「……また面倒なことを言いやがる」
「面倒な未来だからね」
フトゥーロはそう言って、小さく肩をすくめた。
「だが、君たちは1つ目を防いだ」
「だから私は、次を伝えに来た」
その言葉には、前回よりも少しだけ“信頼”のようなものがあった。
俺がこいつを信じるかどうかは別として。
少なくとも、こいつは本当に“未来を変えようとしている”。
そんな気がした。
「……分かった」
俺は短く言う。
「SPМについては、警戒しておく」
「それでいい」
フトゥーロは頷いた。
「今は休むといい」
「君たちは、今日ひとつの未来を変えたのだから」
そう言って、フトゥーロは少しだけ空へ浮かび上がる。
しかし、消える直前――
こちらを振り返った。
「黒瀬悠真」
「何だ」
「よくやった」
その一言は、意外なほど素直だった。
俺は何も返せなかった。
次の瞬間。
フトゥーロの姿は、空気に溶けるように消えた。
今度こそ、気配も何も残さずに。
静寂が戻る。
だが、もうさっきまでの静けさとは違う。
地震は乗り越えた。
だが――
次の厄災の名前を、俺たちは知ってしまった。
「……SPМ、か」
小さく呟く。
空を見上げる。
東京は守れた。
だが、日本はまだ守れていない。
俺は拳を握った。
「……休ませてくれねぇな、本当に」
それでも。
やるしかない。
守ると決めたなら。
次の厄災も――向き合うしかない。




