到達 ― 都を掌握する者
第56話です。宜しくお願い致します。
あれから――気づけば、時間はかなり経っていた。
地震まで、残り一ヶ月半。
カレンダーなんてものはとっくに意味を失っている世界だが、それでも“時間の感覚”だけは、妙にリアルに残っている。
「……残り、一ヶ月半か」
俺はマンションの屋上から、街を見下ろしながら呟いた。
目の前に広がる景色は、もはや“拠点”なんて言葉じゃ収まらない。
整備された道路。
均一に並ぶ建物。
人の往来。
遠くから聞こえる笑い声。
――“街”だ。
しかも、ただの街じゃない。
この崩壊した世界で、唯一まともに機能している場所。
「……静かだな」
思わず、そんな言葉が漏れた。
治安は安定している。
警察の設置も上手くいった。
トラブルは激減した。
支持率も――90%を維持している。
数字として見れば、ほぼ完璧だ。
だが――
(……逆に、不気味だな)
胸の奥に、妙な引っかかりがあった。
上手くいきすぎている。
順調すぎる。
こういう時に限って――何かが起こる。
「悠真」
後ろから声がした。
振り返ると、陸斗と未来が立っていた。
「準備、できてます」
陸斗が静かに言う。
未来も小さく頷く。
「今日は西側エリアの討伐でしょ?」
「あぁ」
俺は短く返す。
「一気に片付けるぞ」
目的は一つ。
――レベル上げ。
そして――
“都知事”への到達。
数分後。
俺たちはテリトリー外縁に近いエリアへと出ていた。
崩れかけたビル群。
瓦礫だらけの道路。
かつての東京の面影が、まだ辛うじて残っている場所。
そして――
「……いるな」
未来が目を閉じたまま呟く。
「シャドウウルフ、20体くらい」
「結構いるな」
俺は軽く息を吐いた。
「ウォーミングアップにはちょうどいい」
そう言った瞬間だった。
――影が揺れた。
次の瞬間。
ズルッ……!
地面から這い出るように、黒い影が現れる。
シャドウウルフ。
Cランクモンスター。
だが、その数が問題だ。
群れ。
完全な連携。
「……来る」
未来が一言。
その瞬間、全てが動いた。
「――光線」
陸斗の声。
次の瞬間、空間が弾けた。
10本の光。
それが、一瞬で広がる。
直線じゃない。
分散。
追尾。
シャドウウルフ一体一体を正確に捉える。
ズガァァァァン!!
爆音と共に、数体が吹き飛ぶ。
「ナイス」
俺は短く言う。
「でもまだ多いな」
「任せて」
未来が前に出る。
手をかざす。
「“動植物図鑑”」
空間が歪む。
次の瞬間――
影から影が現れる。
シャドウウルフ。
だが、こっちのは“味方”だ。
「強化」
未来の一言で、全個体の筋肉が膨れ上がる。
密度が違う。
圧が違う。
「行って!」
次の瞬間、突撃。
敵の群れに、真正面から食い込む。
牙がぶつかる。
影と影が交差する。
足を狙う。
関節を削る。
完全に“止めに行く動き”。
(いい連携だ)
自然と口元が緩む。
その隙に――
ズドンッ!!
背後から、巨大な影が落ちてきた。
「おっと……!」
反射的に飛び退く。
地面に叩きつけられたのは――
ジャイアントオーガ。
Bランク。
身長は5メートル近い。
筋肉の塊。
手には、巨大な棍棒。
「……マジか」
俺は苦笑した。
「もう来るかよ」
だが――
その時だった。
「ヒャハッ!!いいねぇ!!」
聞き慣れた声。
アルだ。
そのまま前に飛び出す。
「デカブツは任せろォ!!」
銃を乱射。
バンッ!!バンッ!!バンッ!!
弾丸が、オーガの全身に叩き込まれる。
だが――
「……硬ぇな!!」
効いてはいる。
だが、止まらない。
オーガが棍棒を振り上げる。
その瞬間。
「……そこです」
ソックスの声。
ドンッ!!
一発。
たった一発の銃声。
だが――
オーガの膝が砕けた。
「……!?」
体勢が崩れる。
その隙を、アルが逃さない。
「隙だらけだァ!!」
ゼロ距離射撃。
顔面にぶち込む。
ズガァァァァン!!
爆発。
頭部が吹き飛ぶ。
巨体が――崩れ落ちた。
「ナイスコンビ」
俺は思わず呟いた。
アルがニヤッと笑う。
「だろ?」
ソックスは何も言わない。
だが、その目は冷静だった。
「まだ来ます!」
陸斗の声。
次の瞬間――
さらに2体のオーガが姿を現す。
「……いい加減にしろよ」
俺は息を吐いた。
だが――
止まらない。
むしろ、ここからが本番だ。
「チャン爺!」
「はい、坊ちゃま」
静かな返答。
次の瞬間。
杖が、床を叩く。
ドンッ――
その瞬間。
“もう一人”のチャン爺が現れた。
「……行きます」
二人同時に動く。
滑るような動き。
一体のオーガの背後に回る。
関節を斬る。
もう一人が前から斬り込む。
完全な挟撃。
「――終わりでございます」
次の瞬間、オーガが崩れ落ちた。
(やっぱり、反則だなこれ……)
思わず苦笑する。
戦闘は、続いた。
数時間。
いや、感覚的にはそれ以上。
シャドウウルフ。 ジャイアントオーガ。
次々と現れる。
だが――
全て、倒した。
そして――
最後の一体が、倒れた瞬間。
――ピコン。
音が鳴った。
視界に、画面が開く。
「……来たか」
俺は静かにそれを見つめた。
――ピコン。
静かな電子音。
だが、今の俺にはそれがやけに大きく聞こえた。
「……来たか」
俺は小さく呟いて、視界に浮かんだ画面を見つめる。
そこに表示されていたのは――
■職業選択 Lv20
・都知事 Lv1
「……都知事」
思わず、そのまま口に出していた。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが“広がる”。
「っ――!」
思わず足を止める。
いや、止まったのは足だけじゃない。
呼吸も。
意識も。
一瞬、世界そのものが静止したように感じた。
次の瞬間。
ドクン――と、鼓動が大きく鳴る。
そして――
(……見える)
いや、“見える”という表現じゃ足りない。
“繋がる”。
地面。
建物。
道路。
人。
その全てが、一本の線で繋がっていくような感覚。
今まで500平方キロの範囲だけだったものが一気に広がる。
さらに遠くへ。
もっと遠くへ。
まるで、東京という都市そのものが俺の中に流れ込んでくるみたいだった。
「悠真!?」
未来の声で、ようやく現実に引き戻される。
「……大丈夫ですか」
陸斗もこっちを見ている。
「あぁ……」
息を整えて、ゆっくり頷く。
「大丈夫だ」
そう答えてから、改めて画面を見る。
そこには、都知事の詳細が追加されていた。
■職業選択 Lv20
・都知事 Lv1
現在テリトリー登録している土地から1500平方キロ範囲まで自分のテリトリーとすることができる。
テリトリーとした範囲内は、登録済みと同等の効果を得る。
【新規追加】
■秘書
「……1500キロか」
数字だけ見れば、十分おかしい。
いや、十分どころじゃない。
500キロでも頭おかしいと思ってたのに、それが一気に1500キロ。
もう感覚が麻痺してくる。
だが――
(……まだ足りねぇ)
東京都は2194キロ。
あと少し。
あと少しだが、その“あと少し”がデカい。
「でも、かなり近づきましたね」
陸斗が静かに言う。
「……あぁ」
俺は頷いた。
「あと少しだ」
その時だった。
頭の中に、ふっと声が響いた。
「――悠真様、宜しくお願い致します」
思わず固まる。
「……は?」
未来が首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……今、誰か喋ったか?」
「……? いえ、私は何も」
陸斗も首を振る。
未来も同じだ。
つまり――
(……俺にだけ聞こえてるのか)
視線を戻す。
画面の中。
新しく追加されていた項目。
秘書。
「……お前か?」
小さく呟く。
すると、すぐに返答が来た。
「はい。秘書機能を担当させて頂きます」
頭の中に直接響く声。
女の声だ。
落ち着いていて、丁寧だが、感情の起伏は薄い。
機械的すぎるわけじゃない。
だが、人間の会話とも少し違う。
妙な感覚だった。
「……秘書、ね」
「はい」
「何ができる」
「現在使用可能なスキルの助言、この世界に関する助言、調べ物、及び目標達成までの最適行動の提示が可能です」
……便利すぎるな。
「マジで秘書じゃねぇか」
思わずそう漏らすと、秘書はすぐに返してくる。
「恐れ入ります」
いや、別に褒めたわけじゃないんだが。
でも――助かる。
今の俺には、こういう“指針”が必要だ。
都市の規模が大きくなりすぎた。
もう、勘と勢いだけでは回らない。
なら、使えるものは使うしかない。
「……一つ聞く」
「はい」
「東京全土をテリトリーにするには、あとどれだけ必要だ?」
少しの間もなく、即答が返ってくる。
「東京都の面積は2194キロになります」
「都知事のレベルを7にすると、2200キロとなり、東京都全体をテリトリー化することが可能です」
明確だった。
分かりやすい。
ゴールが、数字として見えた。
「……都知事レベル7、か」
「はい」
「現在はレベル1です」
分かってる。
でも――
(届く)
今までは、遠かった。
途方もなかった。
けど、今は違う。
必要な数字がある。
必要なレベルがある。
そして、それに届く手段もある。
「やるぞ」
俺ははっきり言った。
未来と陸斗が、同時にこっちを見る。
「あと少しなんだろ?」
「あぁ」
俺は頷く。
「なら、止まる理由はねぇ」
そう言うと、未来が少しだけ笑った。
「やっぱりそう言うと思った」
「当然です」
陸斗も、静かに頷く。
その目は、もう戦う側のそれだった。
それからの日々は――文字通り、戦いだった。
昼も夜も関係ない。
ゲートが開けば出る。
テリトリー掌握でモンスターの位置を把握し、効率よく潰していく。
未来の索敵。
陸斗の光線。
アルの乱射。
ソックスの精密射撃。
チャン爺と分身の連携。
一葉、二葉、三葉のサポートと制圧。
それぞれが、それぞれの役割を完璧に果たしていく。
俺自身も、ただ見ているだけじゃない。
テリトリー修復。
環境維持。
戦場を整え、守る。
崩れた建物を瞬時に戻し、道を開き、住民を遠ざける。
戦う全員が、最大限動けるように。
今の俺にできることを、全部やった。
ある夜。
廃高速道路の上で、俺たちはジャイアントオーガ3体と対峙していた。
月明かり。
風。
そして、巨体の影。
「……多いな」
俺がそう呟くと、アルが笑った。
「ヒャッハ!!最高じゃねぇか!!」
「……うるさいです」
ソックスがぼそっと言う。
「でも、同意です」
珍しく肯定した。
「右は任せろ!」
アルが前に出る。
そのまま乱射。
弾丸の雨が、オーガの顔面と上半身を叩く。
「オラオラオラァ!!」
完全に楽しんでるな、こいつ。
だが、火力は本物だ。
一体の視線を完全に引きつけている。
「左、行きます」
ソックスが構える。
ドンッ。
静かな一発。
次の瞬間、オーガの手首が吹き飛ぶ。
「よし」
その隙に、陸斗が動いた。
「準備――完了」
瞬間。
「光線」
10本の光が、一気に収束する。
ズガァァァァァン!!
中央のオーガが、胸から頭までまとめて吹き飛んだ。
「一体」
陸斗が小さく呟く。
未来もすぐに続く。
「行って!」
召喚された強化シャドウウルフが、残りの一体の足元に噛みつく。
動きが止まる。
「今!」
チャン爺と、その分身が同時に飛ぶ。
斬撃。
関節を断つ。
そのまま、首を落とす。
最後の一体が崩れ落ちた。
「……終わりか」
俺が息を吐いた、その瞬間。
――ピコン。
まただ。
レベルアップの音。
画面を見る。
「……都知事レベル3」
少しずつだが、確実に上がっている。
「順調ですね」
陸斗が言う。
「あぁ」
俺は頷いた。
「でも、まだだ」
そんな戦いを、何度繰り返したか分からない。
日が昇り、沈み、また昇る。
残り時間は、どんどん減っていく。
そして――
ついに。
「……残り、一週間」
俺はそう呟いていた。
屋上。
朝焼け。
その下に広がる街は、今日も動いている。
人がいて、生活があって、笑い声がある。
守りたいものは、はっきりしていた。
だからこそ――負けられない。
「秘書」
「はい」
「今の到達度は?」
「現在、都知事レベル6です」
「残り一段階で2200キロに到達可能です」
あと一つ。
あと、一歩。
「……間に合うか」
「現在の戦力と討伐効率であれば、十分に可能です」
淡々とした返答。
でも、その言葉は妙に頼もしかった。
「そうか」
俺は小さく頷いた。
なら――やるだけだ。
そして、その時は、思ったよりもあっさり来た。
最後のジャイアントオーガを、陸斗の光線と未来の召喚獣、アルたちの連携で仕留めた直後。
――ピコン。
音が鳴る。
画面が、開く。
その瞬間。
空気が変わった。
「……っ!」
視界が、一気に広がる。
地面が。
建物が。
道路が。
川が。
全部、繋がる。
今までより、もっと広く。
もっと深く。
東京全域が、一本の線で自分と繋がっていく感覚。
「……はは」
思わず、笑いが漏れた。
表示を見る。
■都知事 Lv7
・テリトリー範囲:2200キロ
「……届いた」
小さく呟く。
本当に、届いた。
東京都全域。
2194キロ。
それを、俺のテリトリーとして扱える範囲に入れた。
「悠真?」
未来がこちらを見る。
「どうしたの?」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「……届いた」
「え?」
「東京全土だ」
一瞬の静寂。
そして――
「……やった」
未来が目を見開く。
陸斗も、珍しく感情を表に出した。
「本当に……」
「あぁ」
俺は頷く。
「これで――守れる」
その言葉を口にした時、ようやく実感が湧いた。
今までやってきたこと。
戦って、守って、積み上げてきたこと。
全部が、ここに繋がった。
俺は空を見上げる。
一週間後。
地震が来る。
でも――
今の俺なら。
今のこの街なら。
やれる。
「秘書」
「はい」
「……第一段階、完了だ」
そう言うと、秘書は静かに答えた。
「第一段階、完了です」
その一言は、妙に機械的で。
でも、確かに“達成”を告げる言葉だった。
俺は小さく息を吐く。
まだ終わりじゃない。
むしろ、ここからが本番だ。
でも――
今だけは、少しだけ。
「……よくやったな、俺たち」
そう呟いても、罰は当たらないだろう。
風が吹く。
その下に、東京が広がっていた。




