揺らぎ ― 守るということ
第52話です。宜しくお願い致します。
あれから、数日が経った。
俺たちは――動き続けていた。
避難民の救助。
モンスターの討伐。
街の拡張。
やることは山ほどある。
でも、その分――
(……確実に広がってるな)
俺は高い建物の屋上から、周囲を見下ろしていた。
ここは、もう“拠点”なんて規模じゃない。
街だ。
いや――それ以上かもしれない。
市長のスキルで拡張された、500平方キロのテリトリー。
その範囲に、俺たちの手が入っている。
建物は整備され、道は綺麗に整えられ、住民は役割を持って動いている。
遠くでは、子供の声も聞こえる。
笑っている。
この世界になってから、何度も失われたはずの音だ。
「……順調、か」
小さく呟く。
でも――
その言葉に、自分で違和感を覚えた。
(……本当にそうか?)
胸の奥に、引っかかるものがある。
言葉にできない、何か。
俺はそのまま屋上を降りた。
◇
街の中を歩く。
人が多い。
とにかく、多い。
役所の前には、今日も列ができていた。
「次の方どうぞー!」
「登録はこちらでー!」
スタッフが必死に回している。
だが、それでも追いついていない。
人、人、人。
助けを求める人。
安心したい人。
居場所を求める人。
全員が、ここに集まってきている。
(……想定以上だな)
分かっていたことではある。
でも、実際に目の前にすると重みが違う。
「……悠真」
後ろから声がした。
振り返ると、浮田がいた。
「おう」
「どうだ?」
「どうって?」
俺が聞き返すと、浮田は苦笑した。
「いや、この状況だよ」
周囲を顎で示す。
「人、増えすぎだろ」
「……まぁな」
否定はしない。
できるはずもない。
「回ってはいるけどよ」
浮田は少しだけ声を落とす。
「余裕はないな」
その言葉に、俺は黙った。
まさにその通りだったからだ。
◇
少し歩いた先で、声が上がった。
「ちょっと待ってくれよ!」
男の声。
思わずそちらを見る。
「なんで俺が後回しなんだよ!」
「順番に対応していますので――」
「そんなの関係ねぇだろ!」
スタッフに詰め寄る男。
周囲がざわつく。
だが――
「……やめろよ」
別の住民が間に入った。
「ここはみんな同じだろ」
「っ……」
男は一瞬言葉を詰まらせる。
そして――
「……悪い」
小さくそう言って、下がった。
空気が少し緩む。
(……崩れてはいない)
でも――
(……ギリギリだな)
そう感じた。
「さっきの見たか?」
浮田が小さく言う。
「あぁ」
「表面上は収まる。でもな」
浮田はため息をつく。
「溜まってるぞ、あれ」
「……分かってる」
短く返す。
ああいうのは、一度じゃ終わらない。
むしろ、これから増える。
◇
さらに歩く。
今度は別の場所。
「なんであいつらばっかり……」
小さな声が耳に入った。
思わず足を止める。
「危険な場所行くのは俺たちで、あいつらは後ろで――」
「やめとけって……聞こえるぞ」
すぐに会話は止まった。
だが、十分だった。
(……格差、か)
超人族。
戦えるやつ。
そうじゃないやつ。
役割分担。
それは必要なことだ。
でも――
(納得できるかどうかは別だよな)
理解はできる。
受け入れられるかは別。
それが、人間だ。
「……悠真様」
静かな声。
チャン爺だった。
いつの間にか後ろに立っている。
「どうした」
「少々、気になることが」
チャン爺は周囲を一瞥する。
「空気が、変わってきております」
「……やっぱり分かるか」
「はい」
即答だった。
「秩序は保たれております。しかし――」
一拍置く。
「心は、揺らいでおります」
その言葉は、妙に重かった。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
(……これが、現実か)
助けるだけじゃ、足りない。
守るだけでも、足りない。
人が増えれば、問題も増える。
それは当たり前のことだ。
でも――
「……どうする」
小さく呟く。
答えは、まだ出ない。
◇
その時だった。
――ピコン。
視界に、見慣れた画面が浮かび上がる。
ステータス表示。
だが――
(……なんだこれ)
見慣れない項目が増えていた。
――ピコン。
視界に浮かんだウィンドウ。
俺は無意識にそれを開いた。
(……なんだこれ)
見慣れたステータス。
だが、その中に――明らかに“今まで無かった項目”が追加されていた。
■職業選択 Lv11
・市長 Lv2
【新規追加】
■支持率:73%
「……支持率?」
思わず口に出る。
数字が、静かに表示されている。
73%。
高いのか低いのか一瞬では判断できない。
「坊ちゃま」
チャン爺が静かに声をかけてきた。
「見えておられるのですね」
「あぁ……」
俺は頷く。
「これ、なんだと思う」
そう聞くと、チャン爺は少しだけ目を細めた。
「恐らく――」
一拍置く。
「この街に住まう者たちの“信頼”でございます」
「……信頼、か」
もう一度、数字を見る。
73%。
つまり――
(全員が、信じてるわけじゃない)
当たり前だ。
見ず知らずのやつに、命預けろって言ってるようなもんだからな。
でも――
(思ったより、低いな)
正直な感想だった。
もっと高いと思っていたわけじゃない。
でも、さっきの光景を見た後だと――納得できてしまう。
「この数値は、変動する可能性が高いかと」
チャン爺が続ける。
「状況、判断、統治――それら全てによって左右されるものと思われます」
「つまり……」
「坊ちゃまの“やり方”次第、でございます」
シンプルな答えだった。
だが、それだけに重い。
「……面倒なもん出てきたな」
思わず苦笑する。
レベル上げて強くなる、だけじゃない。
人の心。
それを相手にしなきゃいけない。
「ですが」
チャン爺は、静かに続ける。
「これこそが、“市長”という立場に相応しい試練かと」
「……だろうな」
否定はしない。
むしろ、納得している。
◇
その時だった。
浮田が少しだけ真面目な顔で言う。
「なぁ」
「ん?」
「これさ……」
周囲を見渡す。
「このまま増え続けたら、どうなると思う?」
短い問いだった。
だが――答えは、簡単に出た。
「……崩れるな」
即答だった。
「だよな」
浮田も頷く。
「今はまだ、抑えられてる」
「でも、どっかで限界来るぞ」
「分かってる」
だからこそ――
(ここで止めるか)
(それとも進むか)
選ばなきゃいけない。
ふと、頭をよぎる。
あの道化師――フトゥーロの言葉。
『内部崩壊』
(……これか)
違う場所で起きるって話だった。
でも――
(条件は同じだ)
人が増えれば、歪みが生まれる。
それは、どこでも変わらない。
「……悠真様」
チャン爺が、少しだけ声のトーンを落とす。
「もし、この支持率が大きく低下した場合――」
「どうなると思う?」
俺が先に聞く。
チャン爺は迷わず答えた。
「テリトリーの維持、あるいはスキルそのものに影響が出る可能性がございます」
「……マジかよ」
それは、想像以上にまずい。
つまり――
(ただの数字じゃないってことか)
もう一度、街を見る。
人がいる。
笑ってるやつもいれば、疲れてるやつもいる。
不満を抱えてるやつもいる。
それでも――
ここにいる。
ここを選んでいる。
◇
「……全員は無理だな」
ぽつりと呟く。
誰にも聞こえないくらいの声で。
でも――
はっきりと、自覚した。
「全員を満足させるなんて、できるわけねぇ」
それでも――
「……守るしかねぇか」
やることは変わらない。
むしろ、はっきりした。
「方針、決める」
俺は振り返って言う。
浮田とチャン爺が、こちらを見る。
「無理に全員を抱え込まない」
「だが、切り捨ても簡単にはしない」
バランスだ。
それしかない。
「ルールは守らせる」
「その代わり、納得できる環境を作る」
そう言いながら、俺は小さく息を吐いた。
「……やること増えたな」
「ですね」
チャン爺が、静かに頷く。
◇
その時だった。
遠くで、小さなざわめきが起きた。
誰かが言う。
「……聞いたか?」
「なんだよ」
「SPМの方で――」
一瞬、耳を疑う。
「何だか騒がしいらしいぞ……」
「……は?」
思わず反応する。
だが、声の主たちは気づいていない。
「まぁ、最近ゲートも増えてきたって聞くしな……」
「だよな、怖い怖い……」
その会話は、すぐに別の話題に流れた。
(何だろう……)
(少し、嫌な予感がするな……)
悠真は空を見上げた。
さっきまでと同じ空のはずなのに――
少しだけ、重く感じた。
「……俺は」
小さく呟く。
「どこまで守れるんだろうな」
答えは、まだ出ない。
だが――
止まるわけにはいかなかった。
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