揺らぎ ― 守るということ
第52話です。宜しくお願い致します。
あれから、数日が経った。
俺たちは――動き続けていた。
避難民の救助。
モンスターの討伐。
街の拡張。
やることは山ほどある。
でも、その分――
(……確実に広がってるな)
俺は高い建物の屋上から、周囲を見下ろしていた。
ここは、もう“拠点”なんて規模じゃない。
街だ。
いや――それ以上かもしれない。
市長のスキルで拡張された、半径500キロのテリトリー。
その範囲に、俺たちの手が入っている。
建物は整備され、道は綺麗に整えられ、住民は役割を持って動いている。
遠くでは、子供の声も聞こえる。
笑っている。
この世界になってから、何度も失われたはずの音だ。
「……順調、か」
小さく呟く。
でも――
その言葉に、自分で違和感を覚えた。
(……本当にそうか?)
胸の奥に、引っかかるものがある。
言葉にできない、何か。
俺はそのまま屋上を降りた。
街の中を歩く。
人が多い。
とにかく、多い。
役所の前には、今日も列ができていた。
「次の方どうぞー!」
「登録はこちらでー!」
スタッフが必死に回している。
だが、それでも追いついていない。
人、人、人。
助けを求める人。
安心したい人。
居場所を求める人。
全員が、ここに集まってきている。
(……想定以上だな)
分かっていたことではある。
でも、実際に目の前にすると重みが違う。
「……悠真」
後ろから声がした。
振り返ると、浮田がいた。
「おう」
「どうだ?」
「どうって?」
俺が聞き返すと、浮田は苦笑した。
「いや、この状況だよ」
周囲を顎で示す。
「人、増えすぎだろ」
「……まぁな」
否定はしない。
できるはずもない。
「回ってはいるけどよ」
浮田は少しだけ声を落とす。
「余裕はないな」
その言葉に、俺は黙った。
まさにその通りだったからだ。
少し歩いた先で、声が上がった。
「ちょっと待ってくれよ!」
男の声。
思わずそちらを見る。
「なんで俺が後回しなんだよ!」
「順番に対応していますので――」
「そんなの関係ねぇだろ!」
スタッフに詰め寄る男。
周囲がざわつく。
だが――
「……やめろよ」
別の住民が間に入った。
「ここはみんな同じだろ」
「っ……」
男は一瞬言葉を詰まらせる。
そして――
「……悪い」
小さくそう言って、下がった。
空気が少し緩む。
(……崩れてはいない)
でも――
(……ギリギリだな)
そう感じた。
「さっきの見たか?」
浮田が小さく言う。
「あぁ」
「表面上は収まる。でもな」
浮田はため息をつく。
「溜まってるぞ、あれ」
「……分かってる」
短く返す。
ああいうのは、一度じゃ終わらない。
むしろ、これから増える。
さらに歩く。
今度は別の場所。
「なんであいつらばっかり……」
小さな声が耳に入った。
思わず足を止める。
「危険な場所行くのは俺たちで、あいつらは後ろで――」
「やめとけって……聞こえるぞ」
すぐに会話は止まった。
だが、十分だった。
(……格差、か)
超人族。
戦えるやつ。
そうじゃないやつ。
役割分担。
それは必要なことだ。
でも――
(納得できるかどうかは別だよな)
理解はできる。
受け入れられるかは別。
それが、人間だ。
「……悠真様」
静かな声。
チャン爺だった。
いつの間にか後ろに立っている。
「どうした」
「少々、気になることが」
チャン爺は周囲を一瞥する。
「空気が、変わってきております」
「……やっぱり分かるか」
「はい」
即答だった。
「秩序は保たれております。しかし――」
一拍置く。
「心は、揺らいでおります」
その言葉は、妙に重かった。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
(……これが、現実か)
助けるだけじゃ、足りない。
守るだけでも、足りない。
人が増えれば、問題も増える。
それは当たり前のことだ。
でも――
「……どうする」
小さく呟く。
答えは、まだ出ない。
その時だった。
――ピコン。
視界に、見慣れた画面が浮かび上がる。
ステータス表示。
だが――
(……なんだこれ)
見慣れない項目が増えていた。
――ピコン。
視界に浮かんだウィンドウ。
俺は無意識にそれを開いた。
(……なんだこれ)
見慣れたステータス。
だが、その中に――明らかに“今まで無かった項目”が追加されていた。
■職業選択 Lv11
・市長 Lv2
【新規追加】
■支持率:73%
「……支持率?」
思わず口に出る。
数字が、静かに表示されている。
73%。
高いのか低いのか――一瞬では判断できない。
「坊ちゃま」
チャン爺が静かに声をかけてきた。
「見えておられるのですね」
「あぁ……」
俺は頷く。
「これ、なんだと思う」
そう聞くと、チャン爺は少しだけ目を細めた。
「恐らく――」
一拍置く。
「この街に住まう者たちの“信頼”でございます」
「……信頼、か」
もう一度、数字を見る。
73%。
つまり――
(全員が、信じてるわけじゃない)
当たり前だ。
見ず知らずのやつに、命預けろって言ってるようなもんだからな。
でも――
(思ったより、低いな)
正直な感想だった。
もっと高いと思っていたわけじゃない。
でも、さっきの光景を見た後だと――納得できてしまう。
「この数値は、変動する可能性が高いかと」
チャン爺が続ける。
「状況、判断、統治――それら全てによって左右されるものと思われます」
「つまり……」
「坊ちゃまの“やり方”次第、でございます」
シンプルな答えだった。
だが、それだけに重い。
「……面倒なもん出てきたな」
思わず苦笑する。
レベル上げて強くなる、だけじゃない。
人の心。
それを相手にしなきゃいけない。
「ですが」
チャン爺は、静かに続ける。
「これこそが、“市長”という立場に相応しい試練かと」
「……だろうな」
否定はしない。
むしろ、納得している。
その時だった。
浮田が少しだけ真面目な顔で言う。
「なぁ」
「ん?」
「これさ……」
周囲を見渡す。
「このまま増え続けたら、どうなると思う?」
短い問いだった。
だが――答えは、簡単に出た。
「……崩れるな」
即答だった。
「だよな」
浮田も頷く。
「今はまだ、抑えられてる」
「でも、どっかで限界来るぞ」
「分かってる」
だからこそ――
(ここで止めるか)
(それとも進むか)
選ばなきゃいけない。
ふと、頭をよぎる。
あの道化師――フトゥーロの言葉。
『内部崩壊』
(……これか)
違う場所で起きるって話だった。
でも――
(条件は同じだ)
人が増えれば、歪みが生まれる。
それは、どこでも変わらない。
「……悠真様」
チャン爺が、少しだけ声のトーンを落とす。
「もし、この支持率が大きく低下した場合――」
「どうなると思う?」
俺が先に聞く。
チャン爺は迷わず答えた。
「テリトリーの維持、あるいはスキルそのものに影響が出る可能性がございます」
「……マジかよ」
それは、想像以上にまずい。
つまり――
(ただの数字じゃないってことか)
もう一度、街を見る。
人がいる。
笑ってるやつもいれば、疲れてるやつもいる。
不満を抱えてるやつもいる。
それでも――
ここにいる。
ここを選んでいる。
「……全員は無理だな」
ぽつりと呟く。
誰にも聞こえないくらいの声で。
でも――
はっきりと、自覚した。
「全員を満足させるなんて、できるわけねぇ」
それでも――
「……守るしかねぇか」
やることは変わらない。
むしろ、はっきりした。
「方針、決める」
俺は振り返って言う。
浮田とチャン爺が、こちらを見る。
「無理に全員を抱え込まない」
「だが、切り捨ても簡単にはしない」
バランスだ。
それしかない。
「ルールは守らせる」
「その代わり、納得できる環境を作る」
そう言いながら、俺は小さく息を吐いた。
「……やること増えたな」
「ですね」
チャン爺が、静かに頷く。
その時だった。
遠くで、小さなざわめきが起きた。
誰かが言う。
「……聞いたか?」
「なんだよ」
「SPМの方で――」
一瞬、耳を疑う。
「何だか騒がしいらしいぞ……」
「……は?」
思わず反応する。
だが、声の主たちは気づいていない。
「まぁ、最近ゲートも増えてきたって聞くしな……」
「だよな、怖い怖い……」
その会話は、すぐに別の話題に流れた。
(何だろう……)
(少し、嫌な予感がするな……)
悠真は空を見上げた。
さっきまでと同じ空のはずなのに――
少しだけ、重く感じた。
「……俺は」
小さく呟く。
「どこまで守れるんだろうな」
答えは、まだ出ない。
だが――
止まるわけにはいかなかった。




