市長の権能 ― 創造の最適化
第50話です。宜しくお願い致します。
市長――。
その文字を見た時の感覚が、まだ頭に残っていた。
村長から市長へ。
たった一文字しか変わっていないのに、その中身はまるで別物だった。
500キロ。
30キロだったテリトリー範囲が、一気にそこまで拡張されたという事実だけでも十分おかしい。
いや、十分どころじゃない。
もう感覚がバグるレベルだ。
それでも、俺は自分の部屋で一人、ステータス画面を開き直していた。
こういう時は、一度落ち着いて細かく確認した方がいい。
今の俺のスキルが、何をどこまで出来るのか。
それを把握しないまま動くのは危険だ。
「……ん?」
画面を上から順に見ていく中で、違和感があった。
市長の項目。
その詳細の中に、前にはなかった文字が二つ増えている。
「……何だこれ」
思わず、声が漏れる。
■自動配置
建物の外装変更や内装変更をする際、頭で想像した通りに配置可能。
更に、同じ建物のコピーなども可能。
■テリトリー周知
テリトリー内にいる人々全員にメッセージ、声を届ける事ができる。
「……は?」
思考が、一瞬止まる。
まず目を引いたのは――自動配置。
説明を読んでから、俺はしばらく無言になった。
「……いや、待てよ」
想像した通りに、簡単に配置できる?
しかも、コピーも可能?
それってつまり――
頭の中でイメージするだけで、建物を丸ごと作って、家具や設備まで全部まとめて配置できるってことか?
「……ふざけてんのか、このスキル」
ぽつりと呟いた。
前に一キロ範囲で街を作った時のことを思い出す。
一軒一軒。
一部屋一部屋。
外壁の色。
床材。
キッチン。
風呂。
家具の位置。
細かいところまで、全部俺が手作業みたいに決めていった。
スーパー一つ作るにも、棚の位置、レジの位置、通路の広さまで考えた。
病院も。
公民館も。
飲食店も。
ひたすら想像して、修正して、また考えて――気づけば二日以上潰れていた。
しかも、最後はまともに立っていられないくらい疲れて、二日休んだ。
「……あの二日間、何だったんだよ」
思わず苦笑する。
いや、あれはあれで必要だった。
実際、自分の手で作ったからこそ、街に愛着も湧いた。
だが、それはそれとして。
「……助かるな、これは」
正直にそう思った。
500キロ分。
そんな範囲を、あの時みたいに一つ一つ手作業でやれって言われたら、どう考えても無理だ。
時間が足りない。
体力も持たない。
だが、自動配置があれば話は別だ。
建物の大まかな構想さえ出来ていれば、想像通りに一気に配置できる。
しかもコピー可能。
つまり、使いやすいスーパーを一つ作れば、それを複数箇所に展開できる。
マンションも同じ。
役所も同じ。
これは、街作りの効率が変わるどころの話じゃない。
もう“別ゲー”だ。
そして、もう一つ。
「……テリトリー周知」
こっちも、相当おかしかった。
テリトリー内にいる人々全員に、メッセージや声を届けられる。
超人族じゃない普通の人間にも、目の前に画面が表示される。
しかも、声は頭の中に直接届くらしい。
「……全員に、か」
俺は椅子にもたれかかったまま、天井を見上げた。
東京都の人口は、元々1400万人を超えていた。
もちろん、この世界になってから相当数が減っているはずだ。
ゲート。
モンスター。
崩壊したインフラ。
食料不足。
その中で亡くなった人間も多いだろう。
でも――
それでも、だ。
何百万人単位で人が残っていても、何もおかしくない。
「……全員に届くってことか」
もし、本当にそうなら。
これは救助のやり方そのものを変えられる。
今までは、俺達が車を走らせて、未来の索敵で生存者を見つけて、説得して、助けていた。
もちろんそれは間違っていない。
でも、東京全体となると話は別だ。
全部を自分達の足で回るなんて、現実的じゃない。
何年あっても足りない。
だけど――
「来てもらえばいいのか」
小さく呟く。
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
迎えに行く側じゃなくて、迎え入れる側。
助けを求める人間に、自分で来てもらう。
それなら、話は違ってくる。
「……そういうことか」
自然と、口元が緩む。
市長ってのは、ただ範囲が広がるだけじゃない。
“人を動かす”ためのスキルなんだ。
街を作る。
守る。
そして、人を集める。
それが市長の役割ってわけだ。
だったら――やることは決まっている。
俺は立ち上がり、リビングへ向かった。
今のうちに、全員と方針を共有しておく必要がある。
「……来たか」
リビングに入ると、何人かはすでに集まっていた。
未来、陸斗、浮田、ルドルフ、阿川、芹沢、色谷。
それから、チャン爺と一葉、二葉、三葉もいる。
「どうしたの?」
未来がすぐに聞いてくる。
「市長の詳細、見直してた」
そう言いながら、俺はステータス画面を全員に見えるように開いた。
「……何か増えてる」
陸斗がすぐに気づく。
「自動配置と……テリトリー周知?」
「そう」
俺は頷く。
「この二つがかなりデカい」
そして、その場で説明を始めた。
まず、自動配置。
今まで俺が一つ一つ手作業でやっていた建築や内装変更が、頭の中で想像した通りに一気に配置できるようになったこと。
さらに、同じ建物をコピーして展開できること。
「……チートですね」
陸斗が、珍しく少し呆れたように言う。
「だな」
俺も否定しない。
次に、テリトリー周知。
範囲内の全員にメッセージや声を届けられること。
一般人にも画面が見えること。
それを聞いた瞬間、ルドルフが静かに目を細めた。
「つまり……」
「あぁ」
俺は頷く。
「今後は、全員を迎えに行かなくていい」
そこで一拍置く。
「来てもらう」
全員の視線が集中する。
「何百万人もいるかもしれない避難民を、俺達だけで一人一人助けに行くのは現実的じゃない」
「でも、役所みたいな受付地点をいくつか作って、そこに来てもらうなら現実的になる」
「……成る程」
阿川が腕を組んだまま頷く。
「人を分散できるわけか」
「そういうことだ」
俺はそのまま続ける。
「テリトリー周知で、安全な拠点があること、役所に来れば住民登録が出来ることを知らせる」
「そして、そこで登録するかを決めてもらう」
「超人族だけは、別扱いにする」
その言葉に、ルドルフが少しだけ反応した。
「真実の口、ですね」
「そう」
俺は頷く。
「今後、ルドルフのスキルは超人族限定で使う」
理由は単純だ。
「何百万人も相手に、一人一人“真実の口”なんてやってられない」
現実的じゃない。
「でも、超人族は別だ」
そこで少しだけ声を強める。
「スキル次第で、味方にも脅威にもなる」
「だから、住民の安全のためにも、超人族だけはちゃんと見極める」
「妥当だと思います」
ルドルフが静かに答える。
浮田も、それには何も言わなかった。
「で、超人族だと分かった奴には――」
視線を阿川に向ける。
「本部に来てもらう」
「配管工、使うんだな?」
「そうだ」
俺は頷いた。
「超人族は一度マンション前の本部まで来てもらう」
「そこから、本格的に管理する」
ここまで言って、ようやく全体像がまとまってきた。
役所。
住民登録。
超人族の見極め。
阿川の輸送。
ルドルフの審査。
全部が繋がっていく。
「……システム化するわけだね」
未来がぽつりと呟く。
「あぁ」
俺ははっきり答える。
「今までは“助けに行く”だった」
「これからは――」
ゆっくりと、言う。
「この街全体を、受け入れる側の仕組みに変える」
そう決まると、動きは早かった。
まずは、どこに役所を作るか。
どれだけの数が必要か。
どういう建物を配置するか。
俺は頭の中でざっくりと街の構想を組み立て始めた。
500キロ。
その中にある、無数の建物。
道路。
商業施設。
住宅街。
今までみたいに一つ一つ細かくやる必要はない。
頭の中で、完成形を想像する。
役所をいくつか。
大型スーパー。
医療施設。
住居用のマンション群。
飲食店街。
映画館。
温泉施設。
ゲームセンター。
スポーツ施設。
そして、そこに人が集まり、生活している風景まで。
「……よし」
小さく息を吐く。
自動配置。
試す価値は、十分ある。
俺はゆっくりと目を閉じた。
――テリトリー掌握。
意識が、一気に広がる。
マンションを中心に、円を描くように拡張されていく感覚。
30キロ。
いや――もうそれどころじゃない。
500キロ。
その範囲が、“自分の中に入ってくる”。
「……っ」
思わず息が詰まる。
今までとは比べ物にならない情報量だった。
建物の位置。
道路の状態。
崩壊しているエリア。
そして――
人。
点のように、無数に存在している。
「……いるな」
ぽつりと呟く。
数えられるレベルじゃない。
だが、確実に分かる。
“まだ人はいる”。
この東京には、まだ。
「……行くぞ」
俺は目を開いた。
そして――
「テリトリー周知」
スキルを発動する。
その瞬間。
意識がさらに一段、広がった。
今度は“繋がる”感覚。
人と。
無数の人間と。
「……これが」
思わず呟く。
全員に届く。
なら――伝えるしかない。
俺は言葉を選ぶ。
短く。
分かりやすく。
そして、希望を持たせる内容。
『――聞こえるか』
自分の声が、頭の中から響く。
テリトリー内、全ての人間へ。
『俺は黒瀬悠真。このエリアのテリトリーを管理している』
『安全な拠点がある』
『食料、住居、環境は全て整っている』
一度、間を置く。
強制じゃない。
それは絶対に伝える。
『ここに来るかどうかは自由だ』
『だが、助かりたいなら来てくれ』
『各地に受付となる施設を設置する』
『そこに来れば、住民として受け入れる』
最後に、一番大事なことを言う。
『――ここには、“日常”がある』
そこで、スキルを切った。
「……終わったか」
ぽつりと呟く。
全身から、力が少し抜ける。
だが、疲労はほとんどない。
前とは違う。
スキルの扱いにも、身体がついてきている。
「今の……」
未来が少し驚いた顔でこちらを見る。
「全部に届いたの?」
「あぁ」
俺は頷いた。
「少なくとも、この範囲にいるやつ全員にはな」
「……すご」
芹沢が小さく笑う。
「悠ちん、ほんと規格外ね♡」
「茶化してる場合じゃねぇぞ」
そう言いながらも、俺は少しだけ口元を緩めた。
やるべきことは、まだある。
むしろ、ここからが本番だ。
「次は、街だ」
俺は前を向いた。
「自動配置、使う」
そして、意識を集中する。
頭の中で、街を思い描く。
役所。
マンション群。
大型スーパー。
医療施設。
飲食店街。
娯楽施設。
人が生活する動線。
全てを、まとめて。
「――自動配置」
次の瞬間。
空間が、動いた。
「……っ」
全員が息を呑む。
目の前の建物が、一瞬で形を変える。
崩れていたビルが修復され、外装が整い、内部構造が再構築されていく。
まるで、現実そのものが書き換えられているみたいだった。
「……やば……」
色谷が思わず呟く。
だが、それは序章に過ぎなかった。
俺は止めない。
意識を広げ、範囲全体へ。
複数のポイントに、一気に配置していく。
役所を、数十箇所。
マンション群を、各エリアに。
スーパーを、生活圏ごとに。
医療施設を、バランスよく。
さらに――
映画館。
温泉。
ゲームセンター。
スポーツ施設。
人が“生きる”ための場所を、次々に。
「……これが、自動配置か」
思わず呟く。
あの時とは、全然違う。
頭の中で構想したものが、そのまま現実になる。
迷いも、手間も、時間もない。
ただ――創るだけ。
「……あの二日、マジで何だったんだよ」
苦笑が漏れる。
だが同時に、分かっていた。
あの経験があったからこそ、今このスキルを使いこなせている。
構造も、動線も、全部理解しているから。
「……よし」
数時間後。
俺は一度、スキルを止めた。
全体を確認する。
広がる街。
整えられた建物。
人を受け入れる準備が整った空間。
「……できたな」
小さく呟く。
完全じゃない。
だが、十分だ。
ここから、人が入ってくる。
そして、この街は“生き始める”。
それから、数日。
街は変わった。
テリトリー周知を受けた人間が、少しずつ集まり始めた。
最初は警戒していた。
当然だ。
突然、頭の中に声が響いたんだから。
だが――
実際に来た人間が見たのは、
整った街。
安全な環境。
食料。
そして、人の生活。
それを見て、多くの人間が残ることを選んだ。
役所は機能し始める。
住民登録。
案内。
振り分け。
少しずつ、だが確実に。
街が、“回り始めていた”。
そんなある日だった。
「悠真さん!」
慌てた様子で、役所の担当者が駆け込んできた。
「どうした」
俺はすぐに振り返る。
ただ事じゃない雰囲気だった。
「来訪者が……その……」
言い淀む。
珍しい。
ここまで慌てるのは。
「落ち着け。何だ?」
そう言うと、そいつは息を整えてから言った。
「瀬川陸斗さんと……」
その名前に、反応する。
隣で、陸斗も顔を上げた。
「美咲さんの――」
空気が、止まる。
「父親と母親を名乗る人物が、現れました」
「……は?」
思わず、声が漏れた。
陸斗が、完全に固まっている。
美咲の顔も、一気に変わった。
驚き。
戸惑い。
そして――わずかな期待。
俺はゆっくりと息を吐いた。
「……案内しろ」
短く言う。
状況は分からない。
だが――
「会うしかねぇな」
静かに、そう呟いた。
節目の50話です。
改めてここまで見て頂いてありがとうございます。
これからも何とか更新を頑張っていくので、
宜しくお願い致します。




