進化と解放
第48話です。宜しくお願い致します。
フトゥーロが去った後も、しばらく俺は空を見上げていた。
もう、あの不気味なカウントダウンはない。
空は静かで、拍子抜けするくらい普通だった。
だが、だからこそ逆に落ち着かない。
あんなわけの分からない存在が現れて、未来の話をして、日本が崩壊するとか何とか言って、総理大臣の許可書まで置いていった。
情報量が多すぎる。
頭が追いつかない。
でも――考えないわけにもいかない。
(東京を守る、か……)
その言葉だけが、妙に重く胸に残っていた。
拠点に戻ってからも、その感覚は消えなかった。
自分の部屋に戻って、ベッドに腰を下ろす。
少しだけ目を閉じる。
すると、自然と頭の中に浮かんだのは――あの村長スキルだった。
俺はゆっくりとステータス画面を開く。
職業選択。
その中の、村長。
以前は、周囲1キロだったが、スケルトンキングとの戦闘の前にレベルを上げていたので、周囲1キロだったテリトリー範囲が、10キロにまで拡大されている。
だが――
俺はスマホで東京都の面積を確認した。
「……2194平方キロメートル」
小さく読み上げてから、思わず苦笑する。
「全く足りねぇな……」
10キロになったからって、東京全体から見たら焼け石に水だ。
もちろん、何もできないわけじゃない。
でも、フトゥーロが言っていた“東京を守る”って話には、まだ全然届いていない。
今の俺じゃ、無理だ。
それははっきり分かる。
だが同時に――
やるべきことも、はっきりしていた。
「レベルを上げるしかない、か」
シンプルだ。
結局、そこに戻ってくる。
レベルを上げる。
スキルを伸ばす。
できることを増やす。
もう、遠回りしてる時間はない。
俺は深く息を吐いて、改めてポイントの確認に入った。
今回のスケルトンキング戦で得たスキルポイント。
Bランクのジャイアントオーガは一体につき30ポイントだった。
それだけでも破格だと思っていたが、今回の相手はAランクだ。
「……まさかとは思うけど」
嫌な予感というか、逆の意味での期待を抱きながら確認する。
表示された数字を見て、俺は一瞬黙った。
「……100ポイント?」
思わず声が漏れる。
Aランクモンスター、スケルトンキング。
一体につき、100ポイント。
でかすぎる。
いや、でかすぎるなんてもんじゃない。
Bランクの三倍以上。
Dランクなんて、もはや比較対象にもならない。
「おいおい……」
思わず頭をかく。
こんだけポイントが入るなら、そりゃ一気に世界が変わるはずだ。
俺はそのまま、深呼吸してステータス画面を見つめた。
「……やるか」
どうせ迷ってる暇はない。
村長スキルを伸ばす。
日常生活そのものを底上げする。
そう決めて、俺はポイントを振り始めた。
その瞬間だった。
体の中を、ぶわっと熱が駆け抜ける。
「……っ」
思わず、肩に力が入る。
今までのレベルアップとは明らかに違った。
ただ“強くなる”っていうより――
領域そのものが、広がる。
そんな感覚。
意識が、自分の体だけじゃなく周囲にも広がっていくような、妙な浮遊感があった。
拠点。
街。
土地。
建物。
全部が、自分の感覚の延長になっていくような感覚。
「……これ……」
やばい。
言葉にするなら、それしかなかった。
ポイントの振り分けを終えたあと、俺は少しだけ呼吸を整えてから、改めてステータスを開いた。
表示された数値を見て――
今度は本気で言葉を失った。
【ステータス】
名前:黒瀬悠真
年齢:22
種族:超人族
Lv:19
《日常生活 Lv19》
■テリトリー最大登録数:25
■テリトリー登録/解除
■テリトリー置換
■テリトリー掌握
【内訳スキル】
■テリトリー修復 Lv19
・同時登録数:無制限
・修復時間:0.05秒
・警備スキル連携
・内装変更
・外装変更
・材質変更
・複数同時建物修復:50
■環境維持 Lv19
・温度調整
・菌・ウイルス遮断
・電気・水道・ガス維持
・空気清浄
・身体能力アップ4.0倍
■商品生成 Lv19
■ネットショッピング Lv19(19回)
■召使い Lv19
・チャン爺
・戦闘力12倍 ・「一卵性兄弟」レベル1解放
・一葉、二葉、三葉
・戦闘力8倍 ・自我解放
■住民登録 Lv19
・最大80名
・スキル共有
■警備 Lv19
・15人召喚
・武器強化威力2.5倍
・会話機能
・自我機能未開放
■派遣3人
・アル、ソックス、警備隊C
・会話機能
・武器強化威力5倍
■監視システム
・テリトリー外周囲30キロ範囲
■職業選択Lv8
・村長Lv8
・テリトリー周囲30キロ
「……は?」
間抜けな声が出た。
いや、出るだろこんなの。
どこから突っ込めばいいんだ。
「30キロ……?」
まず村長。
さっきまでは10キロだったが、もう30キロになっている。
いや、意味が分からん。
「修復、0.05秒……?」
それ、ほぼ瞬間じゃねぇか。
しかも同時登録数無制限って何だよ。
“無制限”って単語をステータス画面で見たの、初めてなんだが。
「身体能力アップ4倍……?」
もはや日常生活スキルの数値じゃない。
商品生成、ネットショッピングも順当にやばい。
警備も15人召喚、しかも派遣3人になってる。
アル、ソックスに加えて“警備隊C”って誰だよ。
いや、そこも気になるけど――
一番、目が止まったのはそこじゃなかった。
「……一卵性兄弟?」
俺は、チャン爺の項目を見て眉をひそめた。
戦闘力12倍って時点で十分おかしいのに、その横に見慣れない文字がある。
“「一卵性兄弟」レベル1解放”。
何だ、それ。
スキル名、なのか?
俺は首をかしげたまま、リビングへ向かった。
みんなもそれぞれレベルアップが終わっている頃だろうし、共有しておいた方がいい。
リビングに入ると、案の定みんな揃っていた。
「どうだった?」
未来が最初に聞いてくる。
「……いや、それがな」
俺は苦笑しながらステータス画面を見せる。
すると、全員の反応が面白いくらい揃った。
「えっ……」
「は?」
「すご……」
「やばいですね……」
未来、浮田、色谷、陸斗。
順番に声が漏れる。
まあ、そうなるよな。
そして俺は、そのままチャン爺を見る。
「チャン爺」
「はい、坊ちゃま」
「この“一卵性兄弟”って、何だ?」
俺が聞くと、チャン爺は相変わらず落ち着いた表情のまま、静かに一礼した。
「はい。私にも、スキルが出来ました」
「……お見せいたします」
その言葉に、全員の視線がチャン爺へ集まる。
チャン爺はゆっくりと仕込み杖を持ち直すと――
床に、ドンッと鳴らした。
次の瞬間だった。
空気が揺れる。
光が、ふっと集まる。
そして――
「……え?」
俺の口から、また間抜けな声が漏れた。
そこに立っていたのは。
もう一人の、チャン爺だった。
顔も。
服装も。
立ち姿も。
何もかも、完全に同じ。
「……は?」
未来が固まる。
「……本当にもう一人いる……」
浮田が目を見開く。
陸斗も、さすがに驚きを隠せていなかった。
「……分身、ですか……?」
だが、その中で一人だけ――
「増えたー!!」
美咲だけが、妙に嬉しそうにはしゃいでいた。
その反応に、思わず笑いそうになる。
いや、確かに見た目のインパクトはすごいけど。
チャン爺――いや、元からいた方のチャン爺が静かに説明する。
「私の、所謂分身でございます」
「私の指示で連携が取れますし、私と同じ戦闘力を有しています」
「……凄いな」
素直にそう思った。
いや、凄いなんてもんじゃない。
元々チャン爺は、うちの戦力の中でもかなり上位だった。
それが今回のレベルアップで戦闘力12倍。
その上、同じ強さの分身がもう一体。
「ただでさえ強いチャン爺が今回のレベルアップでとんでもなく強くなったのに、もう一人となると……鬼に金棒だな」
俺が言うと、チャン爺は深く一礼する。
「この力で、坊ちゃまをお守りいたします」
その言葉は、いつもと同じだった。
でも、今はそれが前よりずっと重く聞こえた。
守る力が、本当に増えている。
そう実感できたからだ。
チャン爺の分身を見ながら、しばらくその場に妙な静けさが流れていた。
いや、正確には――
情報処理が追いついていない、ってやつだ。
「……なあ」
浮田がぽつりと呟く。
「これ、もう普通に一人の戦力が二人分ってことだよな?」
「そうなりますね……」
陸斗が冷静に頷く。
「しかも完全に同等の性能で連携可能……」
「……強すぎない?」
未来が少し引き気味に言う。
まあ、気持ちは分かる。
俺も同じこと思ってる。
だが――
「頼りになるのは間違いないな」
そう言いながら、俺は改めてステータス画面へ視線を落とした。
そして、もう一つ。
さっきから気になっている項目に目を向ける。
「……自我解放」
小さく呟く。
召使いの項目。
一葉、二葉、三葉。
その横に表示されている、“自我解放”の文字。
これが意味するものは――なんとなく想像はついていた。
俺は少しだけ息を吸ってから、声をかける。
「……一葉、二葉、三葉」
名前を呼ぶ。
すると――
すぐに反応があった。
ぱたぱたと、三人がこちらへ歩いてくる。
その動きが、今までと違った。
今までは、命令に従う“動き”だった。
だが今は――
自然だ。
意思がある動き。
そんな感じがした。
そして三人は、俺の前で並ぶ。
一歩前に出たのは、一葉だった。
一葉は、ゆっくりと頭を下げる。
「私達を解放して頂き、誠にありがとうございます」
――その瞬間、空気が変わった。
「……」
俺は思わず、言葉を失った。
違う。
明らかに違う。
今までの機械的な口調じゃない。
柔らかくて、落ち着いていて、感情が乗っている。
そして、顔つきもどこか大人びて見える。
(……長女、って感じだな)
自然とそんな印象が浮かんだ。
次に、二葉が一歩前に出る。
少しだけ控えめに、でもしっかりと俺を見て言った。
「ずっと、ご主人様とお話してみたかったです」
その言葉に、少しだけ驚く。
“話してみたかった”。
つまり――今までちゃんと意思があった、ってことか。
ただ、それを表に出せなかっただけで。
二葉もまた、少し大人びた雰囲気になっている。
落ち着きはあるが、一葉ほどではない。
どこかバランス型というか、次女らしい立ち位置だ。
そして――
三葉。
三葉は一歩前に出ると、ぱっと顔を明るくした。
「自由にしてくれてありがとうですー!!」
元気よく言い放つ。
「……」
一瞬、空気が止まる。
「三葉」
二葉がすかさずツッコむ。
「“ありがとうございます”でしょう」
「あっ、そうだったです!」
「……」
俺は思わず吹き出しそうになった。
三葉だけ、明らかにテンションが違う。
無邪気というか、感情がそのまま出ているというか。
(完全に末っ子だな……)
そう思わずにはいられなかった。
だが、そのやり取りを見て――
自然と、口元が緩む。
「……いいな」
ぽつりと呟く。
三人がこちらを見る。
「俺も、みんなと話せて嬉しいよ」
そう言うと――
三人とも、嬉しそうに笑った。
その表情は、完全に“人間”だった。
もう、ただのスキルで作られた存在じゃない。
仲間だ。
そう、はっきり感じた。
「……賑やかになるな」
思わず、そんな言葉が漏れる。
「はい」
一葉が静かに頷く。
「今後とも、全力でお仕えいたします」
「よろしくお願いします」
二葉も続く。
「いっぱい頑張るです!」
三葉は元気よく拳を握った。
「……頼もしいな」
俺は小さく笑った。
チャン爺に分身。
メイド三人の自我解放。
そして、自分自身のスキルの大幅強化。
戦力も、拠点も、全部が一気に底上げされた。
確実に、前とは違う段階に来ている。
だが――
それでも。
(まだ足りない)
頭のどこかで、冷静な自分がそう言っていた。
東京全体。
3ヶ月後の地震。
そして、残りの厄災。
やることは山ほどある。
だが、それでも。
今この瞬間だけは――
少しだけ、穏やかな気持ちでいられた。
仲間が増えて。
力が増えて。
前に進めていると、実感できたからだ。
「……よし」
俺は小さく息を吐く。
「やれること、やっていくか」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
その言葉に、全員が自然と頷いていた。
次に何が来るかなんて、分からない。
でも――
このメンバーなら、何とかなる。
そんな気がした。
そして、俺達はまた一歩――
未来へ進む準備を整えた。




